悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!

花宵

第四十四話 怪我の功名?

 先生は腰に付けた布の鞄から状態異常を解くアイテム『沈静花の葉』を取り出して、リヴァイの鼻先に当てる。

「リヴァイ、私が誰か分かりますか?」
「女神……」

 先生は再び『沈静花の葉』を当て匂いをかがせる。そうして同じ質問を繰り返すこと十回。未だにリヴァイの状態異常は解けない。

「ここまで強力にかかるとは、リヴァイド君のリオーネに対する想いは相当強いようですね。普通の状態異常なら、一度アイテムを使えばすぐに解けますから。君達の間には、何らかの強い繋がりがあるのかもしれませんね」

 何らかの強い繋がり……?

『俺はお前に運命を感じる。それでは駄目か?』

 賭けの約束をした時のリヴァイの言葉が、ふと脳裏によぎった。リヴァイにとっての運命とは、どういう意味があったのだろう。

「先生、リヴァイは治りますか?」
「少しずつ症状は収まってきているのできっと大丈夫です。もう少し頑張りましょう」

 そうして『沈静花の葉』を使うこと五回――

「リヴァイ、私が誰か分かりますか?」
「ん……リオーネ」

 やっとリヴァイの状態異常が解けた。

「な、なんだこのハートの葉っぱの山は!?」
「すみません、リヴァイ。貴方に魅了魔法がかかってしまったみたいで、解くのに使った残骸です」
「そうなのか?」
「はい。私を見て、女神様……とずっと呟いていました」
「女神? リオーネは月の女神の申し子だろう? だってこんなに可憐で美しいではないか」
「先生、やっぱりまだ解けてないんじゃ!?」

 アナライズしながら先生が言った。

「ご安心下さい。それは通常のリヴァイド君ですよ。ほら、言った後に照れて悶えてるでしょう」
「確かに……いつものリヴァイだ」

 耳が真っ赤だ。さっきは素面で女神様……ってぼやいてたから不気味だったけど、恥ずかしくて照れてる姿はリヴァイそのものだ。

「これは……この前見せてもらったのと、違うな。まるで砂金のようだ」

 錬金釜を見ながらリヴァイが言った。

「よかったら触ってみてください。とても滑らかで気持ちいいんですよ」

 目の前で少しすくって下に落とす。サラサラと滑り落ちる金色の魔法水を見てリヴァイの目が輝いている。

「いいのか?」
「はい、どうぞ」
「なんてきめ細やかな手触りなんだ! これで泥団子を作ったら面白そうだな」

 両手でぎゅっと丸めるけども、普通の土のように固まらない。リヴァイの手からするすると落ちて行く。

「残念ながら、この魔法水は固まりませんよ」
「そうなんですね、残念です。リオーネ、続けてくれ」

 邪魔にならないよう、リヴァイは錬金釜から少し離れた。

「ではそろそろ、オリジナル錬金術に挑戦してみましょう。まずはボディの素材を少しずつ変えていって試してみましょう」
「はい、先生」
「三つの素材を錬金釜に入れて、強くイメージしながら五属性の魔力を注いで下さい」
「分かりました」

 作業台の上に用意しているミニマムリングと風のコア、ボディ用の素材から一つ持ってきて錬金釜に入れる。リヴァイから魔力探知眼鏡は取ったから大丈夫。

 人々の助けとなる、たくさんの水を便利に持ち運べる『ウォーターガン』

 そう強くイメージしながら、先程と同じように五属性の魔力を注いでいく。
 給水口にミニマムリングを埋め込み、トリガーを引くと噴射口が開き、風のコアが水を外へ押し出そうとする。
 植物の水やりには優しいシャワーのように、窓掃除には汚れを吹き飛ばすように勢いよく水の出方を調節出来るように、便利なパーツが銃口についた『ウォーターガン』

 どうか、私のイメージ通りに完成して!

 金色の魔法水が渦を巻いて浮かび上がる。まばゆい光を放って丸い球体が空中に浮いている。下にそっと手を添えると、サラサラと金色の砂がこぼれ落ちる。

 最後に私の手の上に残ったのは……ごつごつした暗黒物質。

「先生、ダークマターになりました……」
「まぁまぁ、まだ最初ですから。素材の組み合わせが良くなかった可能性もありますし、次いってみましょう」
「はい!」

 そうして何度もボディの素材を変えながら作り続けること数時間。見学していたリヴァイがダークマターに囲まれた。

「オリジナル錬金術なんて、夢のまた夢なんだ……」

 用意していた素材も底をつき、ズーンと落ち込む私にリヴァイが明るく声をかけてくる。

「ほ、ほら! 何となくこの設計図に似てないか? 形は悪くないぞ、形は!」

 くの字のダークマターを握りしめて、リヴァイが必死に励ましてくれる。

「これなんか、鳥みたいで少し愛着湧かないか? ここがくちばしで、ここが目で、ここが翼だ!」

 今度は違うダークマターを手にして、落ち込んだ私を何とか元気付けようとしてくれた。

「確かに、少し鳥の形に見えますね」
「そうだろう!」
「ありがとうございます。少し元気でました」

 失敗を笑ったりしないで励ましてくれるって、やっぱりリヴァイは優しくて良い子だな。

 少し癒されたけれど、私が作りたいのは、『ウォーターガン』なんだ。これじゃあ先生が安心してカトレット皇国に帰れない。
 それに、このダークマターの山はどうしよう。無駄に硬いし普通のゴミとして処分してもらうのも大変そうだ。

「ご安心下さい、リオーネ。最初は誰でもこうです。とりあえず、このダークマターの山を片付けに行きましょう」

 先生はダークマターを布袋に詰め始めた。

「どこに捨てに行くのですか?」
「リューネブルクの雑貨屋です。このダークマターは言わば魔力の塊。魔力燃料として、結構高値で買い取ってくれるのですよ」

 え、ちょっと待って。
 どこからつっこんでいいのか分からない。
 今からリューネブルクに行くってとこ!?
 それともこのダークマターが売れるってとこ!?

「ついでに、雑貨屋で転送売買の登録も済ませておきましょう。そうすれば、次回から手軽に素材やアイテムを転送して売り買いする事も出来ますので」

 そんなシステムがあるの!?

「え、リューネブルクに今から行くんですか!?」

 リヴァイが驚いた様子で尋ねる。そりゃそうだ、気軽に行ける距離じゃないもんね。普通なら。

「はい、そうですよ。私があちらへ帰るまでに、外の世界の事も少しは教えておきたいので」
「先生、ありがとうございます!」
「いくら隣国とはいえ、リューネブルクまで行くとなると、ここから馬車で一週間はかかります。空を飛んだとしても……」
「大丈夫です。このテレポートブックを使えば三秒もかかりませんから」
「それは兄上を連れ戻した時の……」
「でもそのアイテムは、一ヶ所しか記憶出来ないのではありませんか?」
「本来の効能は一ヶ所ですが、品質を上げて『記憶力ばつぐん』効果をそれぞれの素材につけて作る事で、合計九ヶ所まで登録可能なんですよ」

 九ヶ所も!?

「まぁ、足りない分はこの二冊目を利用すれば良いだけですしね」

 私はまだ、本当の意味で先生の凄さを理解出来ていなかったんだと、思い知らされた瞬間だった。

「リヴァイド君はどうしますか?」
「俺も行きます! 行きたいです!」

 こうして、思わぬ形で『リューネブルクの錬金術師』の舞台へ行くことになった。

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