悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!

花宵

第四十二話 重なる面影

 建国記念の式典が終わった後、外も暗くなっているからとリヴァイは律儀に送ってくれた。

「俺の顔に、何かついているのか?」
「いえ、何も……不躾にすみませんでした」

 気になりすぎて、無意識のうちに視線がリヴァイの方へ向いていたらしい。

「月が綺麗だな」

 月……?!

「そ、そうですね!」

 何を動揺してるんだ、私は。リヴァイはただ、窓から見える夜空の月が綺麗だからそう言っただけ。別に他意は何もない。何も。

 いくらリヴァイの演奏が翼にそっくりだったとしても、そんな都合のよい事があるわけない。

 それなのに私は、リヴァイの中に他にも翼の面影があるんじゃないかって必死に探して、馬鹿みたいだ。

「でも、リオーネの美しさの前じゃ霞んで見えるな」

 その一言で、鼓動が一際大きく跳ねた。
 馬鹿みたいだって思うのに、どうして同じように微笑んで同じ台詞を言ってくれるのだろう。


 前世の私は『美月』っていう名前が苦手だった。美しい月なんて、名前負けしてるって思ってたから。名前にそんな『美』なんて漢字を使ってしまえば、嫌でも容姿と比べられる。でも――

『今夜は月が綺麗だな。でもどんなに美しい月でも、美月の前では霞んで見える』

 何でって聞いたら、翼はこう答えた。

『だって俺にとっては、美月が一番綺麗に見える美しい月だから』

 美しいの基準は人それぞれ違う。「似合わない」とか「地味なくせに」とか、他の誰かに何を言われても、翼のその言葉でどうでもよくなった。

 だって翼の中でそうして私が一番の美しい月、『美月』で居られるだけで、すごく幸せだって気付いたから。その事があってから、苦手だった自分の名前が好きになれたんだよね。


 心にしまおう。これはきっと、表に出してはいけない感情だ。だって今の私はリオーネで、目の前に居るのはリヴァイド王子。

 好きな人の面影を勝手に重ねて嬉しくなるなんて、あってはならない事だ。リヴァイに失礼だ。
 ましてやリヴァイは大人びて見えても、特殊な兄を持つ苦労人で達観してても、まだ八歳の子供だ。ウブな少年の幼気な恋心を弄ぶなんて、あってはならない事だ!

 しっかりと自制したところで口を開く。

「ありがとうございます。でもリヴァイ、耳が真っ赤です。無理して誉めなくてもいいんですよ?」
「む、無理してない! ここ半年、ずっとアトリエにこもりっきりだっただろう?」
「そうですね、錬金術のレベル上げに励んでました!」

 先生が許してくれる範囲で倉庫のモンスターレベルも上げたりして、素材集めの戦闘訓練と錬金術のレベル上げに勤しんでた。

「たまに公爵家に寄っても、『リィはアトリエからほぼ出てこないよ?』とルイスは言うし、中で倒れているんじゃないかって心配してたんだぞ」
「それでしたら、アトリエまで顔を出してくれればよかったのに」
「理由なく訪ねたら、迷惑だろう? 錬金術を学べるよう取り計らうと約束したわけだし……」

 えっ、まさかの気遣い!?
 リヴァイの精神年齢、本当に八歳なの!?
 真偽の腕輪を付けて育ったから人を見る目はすごく肥えているとは思うけど、少し達観しすぎじゃないだろうか。

「確かにそんな約束をしましたね。たとえ仮の婚約者とはいえ、私とリヴァイは友達でもあるでしょう? 友人の訪問を、無下に扱ったりはしませんよ」
「なら、アトリエに遊びに行ってもいいのか?」
「ええ、勿論です」
「行く、絶体行く! 約束だからな!」
「その代わり、リヴァイもまたピアノ聞かせてくださいね?」
「ああ、勿論だ!」

 無邪気に喜んでる姿はやっぱり、年相応の男の子で可愛い。そんな事を話していたら、公爵邸に着いた。
 馬車を降りる時、転ばないようにさりげなくエスコートしてくれるのは、流石は王子様だな。

「リヴァイ、送ってくれてありがとうございました」
「俺がやりたくてやった事だ。今日は付き合ってくれて感謝する。リオーネ、手を貸りてもいいか?」
「はい、どうぞ」

 深く考えずに手を差し出した。

「ありがとう」

 私の手を取ったリヴァイは身を屈めると、手の甲にキスを落とした。

「それじゃ、またな」

 無邪気な笑みを浮かべて、リヴァイはそのまま帰っていった。残された私は、しばらくその場に固まっていた。
 ただの挨拶だっていうのは知識として知っているけど、不意打ちでドッキリした。そんな挨拶、今までされたことがなかったから。

「おかえり、リィ。顔が赤いけどどうしたの?」
「ど、どうもしてない!」

 恥ずかしくて、そそくさと自室に戻った。あれ、弄ばれているのは私の方なんじゃ……そんなバカな。





 翌日、昼食を済ませた私は急いでアトリエに来た。良い素材が思い付いたから、忘れないうちに試したい素材組み合わせ表に書き記しておきたかった。

 錬金術は基本的に三つの素材を掛け合わせて作る。『ウォーターガン』の素材として私が考えているのは

1、ミニマムリング
2、風のコア
3、ボディに使う丈夫な素材

 この三つだ。
 ミニマムリングは水を小さくするのに使う。

 風の素材は、水を外に押し出すのに使う。これによって、上下左右どこに傾けても水を発射する事が出来るようになる。水やりだけじゃなくて、手の届きにくい屋外の掃除から冒険時の水の確保まで、小型だからあらゆる用途に使うことが出来る。

 最後に要となるのが、ボディに使う丈夫な素材。ある程度耐久性があって、握り心地が良い素材がいい。なおかつ、水を浸透させない素材でなければならない。
 紙や布だと濡れるし、木材だと水を吸い込んでしまう。金属だと固すぎて手に馴染みにくい。
 そこでボディに使う素材として新たに思い付いたのが、ぽにぽにのジェル。弾力性のある半透明のぽにぽにっとしたジェル状のモンスターが落とす素材だ。

 早速書き足そうと机に置いていた『ウォーターガン』の設計図を見ると、流暢な字でメッセージが添えられていた。

『リオーネらしいとても素晴らしいアイテムですね。完成目指して頑張りましょう!』

 しかもそれだけではなくて、適していると思われるボディの素材まで調べてくれたようで、色々候補が記されていた。そこには私の思い付かなかった素材がたくさん書いてある。先生はやっぱりすごいな!

 はっ、もしかして先生が私を連れて帰りたいと仰ったのは、まだまだ未熟で放っておけないって意味だったんでは?
 私の想像つかなかった素材をこんなに書き記してあるし、これくらいも思い付かないのか! って不安にさせてしまっているのでは!?

 それを変な方向に私は解釈して、恥ずかしい!
 謎が解けたら思いの外スッキリした。

 先生は伝説の錬金術師となられるお方だ。いくら寂しくても、こんな所で私が足止めさせてちゃいけない。
 きちんと作り上げて立派になった姿を見てもらおう。そして安心させて送り出してあげなければ!

 錬金術師としての基礎はしっかりと習った。
 倉庫で魔物を倒して、戦闘訓練も積んだ。
 後はアイテムを作りまくってレベルを上げながら、技術を磨いていこう。レベルの上がりにくい古の属性は、ひたすら努力あるのみ!

「はやいですね、リオーネ」
「セシル先生、こんにちは! 楽しみで、早目にきちゃいました。設計図、確認してくださってありがとうございます」
「とても良く出来ていましたよ」
「本当ですか?」
「ええ、とても面白い発想でした。このアイテムが完成すれば、きっと多くの方の手助けになると思います。むしろ、私も一つ欲しいですね」
「完成したら勿論、先生にもプレゼントします!」
「ありがとうございます。楽しみにしておきますね。では早速、始めましょうか」
「はい、よろしくお願いします!」

 よし、頑張るぞ!

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