悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!

花宵

第二十話 波乱の誕生パーティ④

「これは真実の指輪と言って、色んな物の効能を調べる事が出来るアイテムです。指にはめてから何かに触れて、心の中で『ステータスオープン』と唱えてみて下さい」
「分かった」


 王子は指輪をはめると、近くにあった花瓶に生けられた花に触れた。


「すごいな、この花にこのような効能があったとは知らなかった」


 目をキラキラさせて、今度は別の物をアナライズし始めたリヴァイド王子。どうやらかなり真実の指輪が気に入られたご様子だ。


「錬金術では他にも様々な便利品を作ることが出来ます。私はこれを極めて、家族により良い暮らしを提供したいのです。もうすぐアトリエも完成しますし、隣国より立派な講師を父に付けて頂いています。なので今は、恋愛にかまけている暇なんてありません。リヴァイド王子には、もっと相応しい方が居られるはずです。どうかそのお方とお幸せになられて下さい」


 やんわりとオブラートに包みつつ、しっかりとお断りを入れた。元々王子も乗り気ではない話だろうし、取りやめてくれる方向で行くと思っていた。それなのに……


「嫌だ。お前を俺の妃にする」
「……はい?」
「家族になれば俺にも将来、便利な物を作ってくれるだろ?」


 ……なんとも予想外な質問が飛んできた。
 大人びて見えるものの、リヴァイド王子もまだ8歳の子供だ。物につられても仕方ないのかもしれない。それならば!


「リヴァイド王子は兄の大切なご友人です。いわば家族同然。その時、私に出来るものであれば望まれるものを何なりとお作りします。なので、別に妃になる必要はないかと……」
「俺がルイスと喧嘩したら、その関係は壊れるんじゃないのか?」
「そ、それは……」


 ルイスと王子を選べと言われたら、間違いなく私はルイスをとるだろう。万が一にもありえないとは思うけど、もしルイスが将来、王族の政治のやり方に疑問を抱き、国家転覆を狙って反旗を翻したとしたら……それでもやはり、私はルイスの味方をするだろう。何の考えもなしに、お兄様はそんなことをする方ではないと分かっているから。
 と、馬鹿正直に言えるはずもない。王子が危惧しているのは私達の関係性の脆さだ。それを補うには……


「でしたら、私ともお友達になって下さいませんか? お友達の頼みでしたら断るはずございません」
「そうか。なら、今日から友達だ。よろしく、リオーネ。俺のことはリヴァイと呼んでくれ」


 私の提案に、王子は嬉しそうに笑って手を差し出してきた。何だかこの感じ、懐かしいかもしれない。
 考えてみれば、今の私に友達は居ない。屋敷に引きこもっていて全く交流がなかったから当たり前か。
 王子が記念すべき初友達になろうとは夢にも思わなかったけど、いくつになっても友達が出来るというのは純粋に嬉しい。差し出された手を握り返して私も笑顔で応えた。


「はい、よろしくお願いします、リヴァイ……様」


 友達になったとはいえ、王子様をいきなり呼び捨てるのに抵抗があり、思わず敬称をつけてしまった。でも、王子はそれが気に入らなかったようで少し頰を膨れさせて訂正してきた。


「様はいらない。さっきはリヴァイって呼んでたじゃないか」
「あ、あの時は……すみませんでした」
「その事ならもうよい。それよりほら」
「……り、リヴァイ」
「少しぎこちないがまぁよい」


 やっとお許しが出た。
 一時はどうなることかと思ったけど、ルイスの言うとおり王子が良い人でよかった。
 ほっと胸を撫で下ろしていると、リヴァイが真剣な面持ちで話しかけてきた。


「ところでリオーネ、友人として折り入って頼みがある」
「はい、何でしょう?」
「しばらく、俺の婚約者になってはくれないか?」


 何故だ、何故振り出しに戻る?
 思い詰めたような顔のリヴァイにこれは何かわけありかと、理由を尋ねてみる。


「……えーっと、まずは理由をお聞きしても?」
「父上は今日、必ず誰かを選定されるおつもりだ。お前も見ただろう? あのおぞましくもどう猛な令嬢達を! 俺とルイスはいつもあの群れに追いかけ回されているのだ。あの中の誰かを横に置くと考えただけでも……腕を引きちぎられやしないかとノイローゼになりそうなんだ。頼む、何かあれば必ずフォローに入る。だから……っ!」


 その光景を思い出したのか時折身体を身震いさせながら、リヴァイは必死に訴えてきた。

 確かにあれは怖かった。その気持ちも分からなくもない。もしかして、「夢色セレナーデ」の世界では、その中にリオーネも含まれていたんだろうか。彼女達を率いていたんだから、その可能性は高い。

 でも今は違う。折角友達になったんだから力になってあげたい。リヴァイもフォローしてくれるって言ってるし、期間限定の婚約者ならいくつか利点もある。

 まず王子の婚約者ともなれば、公の場で変な輩に絡まれる事もそうそうないだろう。
 さらに破棄されると分かっているから、将来旅に出るためのきっかけに使える。王子に婚約破棄されて意気消沈。自分を見つめ直すとの口実で旅に出るのだ。それまでに冒険者レベルと錬金術レベルをあげ旅支度を調えれば……完璧だ!


「分かりました。そのかわり期間限定、ですよ? 婚約を破棄する半年前には必ずお知らせ下さい。支度を整える準備が必要なので!」
「ありがとう、リオーネ! 助かるが……支度を調えるとは、何をするつもりなのだ?」
「それは勿論、旅に出るための支度です。婚約破棄されて意気消沈したフリをして、自分を見つめ直すとの口実で旅に出るのです。そして目指すは暗黒大陸! 伝説のドラゴンを倒してレアアイテムを手に入れてきます」
「くっ、はははっ! リオーネ、お前は本当に面白い奴だな。一緒に居ると、退屈しなくて済みそうだ。ルイスがっ、羨ましいぞ!」


 目に涙を浮かべながら、リヴァイはお腹を抱えて笑っている。


「少し、笑いすぎです」


 それはほめ言葉ですか? ほめ言葉ですよね? 勝手にほめ言葉だとして受け取っておきます。そうじゃないと女の子として何か大切な物を失いそうなので……


「それよりリヴァイ、そろそろ会場に戻りましょう。ルイスが心配です」
「もうこんな時間か。そうだな、急ぐか」


 会場に戻ると、私の番が来ていたようでちょうどルイスがステージに上ったところだった。

 祝いの席に相応しい、祝福の歌。

 それをルイスは寸部のミスもなく完璧に弾き終えた。陛下なんて立ち上がって拍手してるし。隣では王妃様がハンカチで涙を拭っている。
 盛大な拍手に包まれながら一礼してルイスが退場しようとした時、


「リオーネ嬢」


 会場の後ろからステージに向かって呼びかける少し幼い声が届く。それはさっきまで確かに私の横に居たはずの人物の声だった。

 突然リヴァイがそう叫んだから、会場にざわめきがおこる。それを気にする様子もなく、リヴァイはステージまで歩いてルイスの横まで行くと片膝をついて跪く。壊れ物を扱うかのように優しくルイスの手をとって口を開いた。


「私のために素晴らしい演奏をありがとうございます。美しい貴女に一目で心を奪われました。是非私と、結婚を前提にお付き合い下さい」


 静まり返っていた会場が、一気に盛大な拍手と黄色い歓声で埋め尽くされる。
 リヴァイは中々の役者になれるかもしれない、なんて思いながらその日──大勢の人に見守られてリヴァイド王子と私の婚約が成立した。

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