悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!

花宵

【閑話】罪作りな指輪の物語

 その日の晩、リオーネは『真実の指輪』を使って屋敷のあらゆるもののステータスを確認していた。ペタペタと色んな物を触っては頰を緩ませている妹の奇行が気になったのか、ルイスはそんな彼女に声をかける。


「何をしてるの? リィ」
「実はね、先生にいいものもらったんだ」


 そう言って左手を差し出してきたリオーネの指には、キラリと輝く指輪がはめられている。


「え、せ、セシル先生に、それ……もらったの?!」


 男性が女性に指輪を贈るのは結婚の約束の印だと絵本で読んだ事のあるルイスは、驚きを隠せない。
 妹が、大事な妹が遠くへ行ってしまう。絶望に打ちひしがれるルイスの胸中など知る由もなくリオーネは無邪気に答える。


「うん、すっごく便利なんだよこれ! 分からない物があったらすぐに調べられるし! さっきもね、そこに生けられた花を調べてたんだけど……」


 ああ、妹がこんなにも嬉しそうにしているのを兄である僕が邪魔などしてはいけない。
 そう必死に心を落ち着けようとしているルイスにリオーネの言葉は届いていない。


「ねぇ、ルイス……聞いてる?! ルーイス!」


 急に動かなくなった兄の肩を掴み強制的に揺さぶってみるも、何の反応もない。瞳は虚ろで焦点が合っていないようだ。
 何かヒントを得られるかもしれない。そう思い肩に触れたままリオーネはルイスのステータスを確認する。


ルイス
属性:風
冒険者レベル:21
奏者レベル:34
HP:1/258
MP:382/382
STR:63
VIT:56
DEX:68
INT:65
LUK:50
状態異常:ショック


 HPが底を尽きそうだ。さっき夕食をとったばかりなのにこの数値はおかしい。きっとこれは状態異常のせいだろう。そう結論づけたリオーネは、ルイスを引きずってセシルの部屋を訪ねた。


「おや、リオーネ。どうかしましたか?」
「先生、ルイスが状態異常にかかってしまって……見てもらえませんか?」
「分かりました。ルイス君をこちらへ」


 椅子に座らせたルイスの頭にそっと手を置いたセシルはステータスを確認すると、布の鞄からハートの形をした葉っぱを取り出した。
 その匂いを嗅がせるようルイスの鼻先にあてて数秒、虚ろだった瞳に生気が宿った。


「あれ……僕……」
「よかった……急に動かなくなるから心配したんだよ」
「ショック状態になっていたようですが、悩み事ですか?」
「ショック……あ!」


 心配そうに話しかけてくるリオーネとセシル。彼等の指に同じ指輪がはめてあるのを目の当たりにして、ルイスは覚悟を決めた。


「セシル先生! リオーネを……僕の大切な妹を、絶対幸せにしてあげて下さい。お願いします」
「ルイス君……? 急にどうしたのですか?」


 ルイスのあまりにも真剣な眼差しに困惑しながらセシルが尋ねた。


「指輪を贈ったんですよね? 先生はリィと結婚の約束をしたんですよね?」


 その言葉でようやく事態を把握したセシルは、布の鞄からリオーネにあげたものと同じ指輪をルイスに差し出した。


「これは『真実の指輪』といって、アイテムを分析する時に使う道具です。分からないものを調べたい時、手元にあると便利なのでルイス君、君にもあげましょう」
「え……じゃあ……結婚は……?」
「完全にルイスの誤解だね」
「そ、そうだったんだ……よかった……」


 こうして、ルイスの誤解は無事解けた。


「リィ、一緒に調べよう!」
「うん、いいよ!」

「「それじゃあ先生、ありがとうございました」」


 仲の良い兄妹は、声をシンクロさせて笑顔で去って行った。残されたセシルは思わず安堵の息をもらす。

 (まさか、七歳の子にそんな指摘を受けるとは夢にも思いませんでしたね……)

 罪作りな指輪。それはセシルが学生時代、錬金術レベルを上げるために量産したもので、未だに彼のアトリエには数え切れない程の『真実の指輪』が転がっている。

 日々錬金術に打ち込んできたセシルだが、指輪が求婚に使われるものだと知らないわけではない。
 ただ単に便利な道具だという思考が先行してしまい、それが指輪であること事態を忘れていただけだった。

 その後、少しだけ意識を改め直したのか、セシルがそれらの指輪を女性にあげることはなかったという。

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