悪役令嬢は隣国で錬金術を学びたい!
第三話 前世の記憶(後編)
中学に上がって、私は名門私立女子校、翼は名門私立男子校に通うことになって離れ離れになった。そして──
「おかえり、美月」
帰宅すると、主の私より先に勝手に部屋に上がり込んでくつろいでいる不届き者が居るのが、日常になっていった。
彼が私の家に来るのには目的がある。
口では「可愛い婚約者に会いに来るのに理由なんて居る?」とか言ってニコニコしてるけど、その手に隠し持っているゲームを奪い取ると年相応の少年らしく焦る翼。
「これがやりたいから、でしょ?」
「……うん」
学校で皆の前で見せていたクールな感じとは違って、すこし恥ずかしそうに頷く、そんな翼の可愛い姿を見れるのが嬉しかった。
「じゃあ、今度ピアノ聞かせてね」
「お望みのままに、何でも弾いてやるよ」
翼の好きなゲームに付き合う代わりに、私は彼にピアノの演奏をお願いしていた。
奏でられる旋律に癒やされるっていうのもあるけど、ピアノを引いている翼の楽しそうに笑う横顔が好きだったから。
そんな生活が高校生になってからも続いていた。その当時、物作り系シミュレーションRPG「リューネブルクの錬金術士」というゲームが翼は好きだった。
冒険して素材を集め、錬金術でアイテムを生成してお店で販売したり、依頼品として納めてたりして資金を集め、寂れたお店を繁盛させるのが目的で、かなりのやりこみ要素があり、かつ色んなエンディングがある。
世界一の街にするも良し、冒険を本業にするもよし、ひたすら錬金術を極めるもよし、特定のキャラクターエンドを迎えるもよしと、とにかく自由度が高いのが特徴だった。
その頃になると、翼に最初のような恥じらいはなくなっていた。私の部屋の一部を徐々に侵食し、勝手に小さな冷蔵庫を置いて、飲み物やデザートを常備。冬になるとコタツが増え、その上にはケトルと高級みかんがのっている。
私が煎れた熱いお茶をすすりながらみかんを頬張り、「次はあそこに行け」だの、「それはまだ使っちゃダメだ」などと色々指示を出してくる。
そのくつろぎっぷりはもはや家族の域に達していた。『熟年夫婦みたいね』と両親に比喩されるなんとも悲しい勘違いを生み出すほどに。
翼のことが好きだった私はそのたとえが嬉しくもあったけど、虚しくもあった。
翼はゲームがしたいから私の所に通っているだけだと思っていたから。
でも実際は、ゲームはただの長居するための口実で、帰りが遅い両親の代わりに私が寂しくないように、家に寄ってくれているんだと気付いた。
夕方来れない時は朝、律儀にポストに置き手紙と小さな可愛いくまさんのぬいぐるみを入れてくれていた。
「戸締まりはちゃんとしろよ」
「誰か来ても出なくていいから」
「カーテンはきちんと閉めるように」
「家の電気はなるべく多くつけて」
などと、注意事項が必ず書いてあった。そして翌日になると「昨日は大丈夫だったか?」と、少し過剰なんじゃないかなってくらいに心配してくれるから。
「昨日はゲーム出来なくて残念だったね?」って尋ねると、「俺はお前に会えなかった方が残念だ……」って本音を漏らした後、「いや、何でも無い……今の、忘れて」って顔を赤くして照れながら否定する翼が可愛くて仕方なかった。
高校2年の秋の終わり頃、『しばらく来れない』という置き手紙と沢山の動物のぬいぐると共に、翼からの連絡が途絶えた時があった。
寂しくて、悲しくて、何度も泣いて、家を訪ねても会えなくて嫌われたんだと思っていた。
翼が置いていったゲームを独りでしても、全然楽しくなくて、心にぽっかりと穴が空いてしまったような虚無感を拭うことが出来ないまま日々を過ごしていた。
そして3か月が経った頃、何事もなかったかのように平然と翼が私の部屋に上がり込んでいた。
疲れているのか、彼はコタツに突っ伏したまま寝ていた。手に小さな箱を握りしめて。
とりあえず風邪を引かないようにそっとブランケットをかけてあげると、身じろきして翼が起きた。
寝ぼけ眼でこちらを見て、「おかえり、美月」って口元を緩めて言われただけで嬉しくて涙が止まらなかった。
急に泣きだした私に、翼はどうしていいか分からなかったようでオロオロとした様子で背中を撫でてくれた。
「今までどこ行ってたの? ずっと心配してたんだよ……」
「お前に、これを渡したくて」
翼は手に握りしめていた小さな箱を渡してくれた。お礼を言って中を開けると、そこには小さなダイヤモンドのついたシルバーリングが入っていた。
「誕生日、おめでとう。美月、来年……その、お前が18になったら結婚しよう」
私の左手の薬指に小さなダイヤモンドのついたシルバーリングをはめてくれた。
3か月、お父さんの会社で仕事を手伝って資金を貯めて婚約指輪を買ってくれたのだと、その後分かった。
嬉しくて涙が止まらなかった。この幸せがずっと続けばいいと思っていた。
だけど、その幸せは突然──脆くも儚く崩れ去る。
高校2年の終わり頃、翼と一緒にブライダル雑誌を買った帰り道、私達は共に誘拐された。薬品をかがされ気を失った私達は、気がつくと自殺の名所として有名な断崖絶壁の崖の上に居た。足にはチェーンをつけられ、繫がれた先には重厚そうな錘が見える。
「恨むなら、お前達の親父を恨むんだな!」
犯人はそう言った後、私達をそのまま崖から突き落とした。
この高い崖の上から海に落ちたら、いくら水面とはいえその堅さはコンクリートの地面に匹敵するってテレビで見たことがある。
怖くて目をつむると、身体を包み込むようにしてきつく抱きしめられた。翼が私を庇うようにして自分の身体を下にして、何かを耳元で囁く。
だけど風の音が強くて、何て言っているのか分からなかった。そのまま全身を堅い水面に打ち付けられた私達は、暗くて深い海の底に沈みながら意識を手放した。
享年17歳。そこで美月として生きた私の記憶は途絶えている。
「おかえり、美月」
帰宅すると、主の私より先に勝手に部屋に上がり込んでくつろいでいる不届き者が居るのが、日常になっていった。
彼が私の家に来るのには目的がある。
口では「可愛い婚約者に会いに来るのに理由なんて居る?」とか言ってニコニコしてるけど、その手に隠し持っているゲームを奪い取ると年相応の少年らしく焦る翼。
「これがやりたいから、でしょ?」
「……うん」
学校で皆の前で見せていたクールな感じとは違って、すこし恥ずかしそうに頷く、そんな翼の可愛い姿を見れるのが嬉しかった。
「じゃあ、今度ピアノ聞かせてね」
「お望みのままに、何でも弾いてやるよ」
翼の好きなゲームに付き合う代わりに、私は彼にピアノの演奏をお願いしていた。
奏でられる旋律に癒やされるっていうのもあるけど、ピアノを引いている翼の楽しそうに笑う横顔が好きだったから。
そんな生活が高校生になってからも続いていた。その当時、物作り系シミュレーションRPG「リューネブルクの錬金術士」というゲームが翼は好きだった。
冒険して素材を集め、錬金術でアイテムを生成してお店で販売したり、依頼品として納めてたりして資金を集め、寂れたお店を繁盛させるのが目的で、かなりのやりこみ要素があり、かつ色んなエンディングがある。
世界一の街にするも良し、冒険を本業にするもよし、ひたすら錬金術を極めるもよし、特定のキャラクターエンドを迎えるもよしと、とにかく自由度が高いのが特徴だった。
その頃になると、翼に最初のような恥じらいはなくなっていた。私の部屋の一部を徐々に侵食し、勝手に小さな冷蔵庫を置いて、飲み物やデザートを常備。冬になるとコタツが増え、その上にはケトルと高級みかんがのっている。
私が煎れた熱いお茶をすすりながらみかんを頬張り、「次はあそこに行け」だの、「それはまだ使っちゃダメだ」などと色々指示を出してくる。
そのくつろぎっぷりはもはや家族の域に達していた。『熟年夫婦みたいね』と両親に比喩されるなんとも悲しい勘違いを生み出すほどに。
翼のことが好きだった私はそのたとえが嬉しくもあったけど、虚しくもあった。
翼はゲームがしたいから私の所に通っているだけだと思っていたから。
でも実際は、ゲームはただの長居するための口実で、帰りが遅い両親の代わりに私が寂しくないように、家に寄ってくれているんだと気付いた。
夕方来れない時は朝、律儀にポストに置き手紙と小さな可愛いくまさんのぬいぐるみを入れてくれていた。
「戸締まりはちゃんとしろよ」
「誰か来ても出なくていいから」
「カーテンはきちんと閉めるように」
「家の電気はなるべく多くつけて」
などと、注意事項が必ず書いてあった。そして翌日になると「昨日は大丈夫だったか?」と、少し過剰なんじゃないかなってくらいに心配してくれるから。
「昨日はゲーム出来なくて残念だったね?」って尋ねると、「俺はお前に会えなかった方が残念だ……」って本音を漏らした後、「いや、何でも無い……今の、忘れて」って顔を赤くして照れながら否定する翼が可愛くて仕方なかった。
高校2年の秋の終わり頃、『しばらく来れない』という置き手紙と沢山の動物のぬいぐると共に、翼からの連絡が途絶えた時があった。
寂しくて、悲しくて、何度も泣いて、家を訪ねても会えなくて嫌われたんだと思っていた。
翼が置いていったゲームを独りでしても、全然楽しくなくて、心にぽっかりと穴が空いてしまったような虚無感を拭うことが出来ないまま日々を過ごしていた。
そして3か月が経った頃、何事もなかったかのように平然と翼が私の部屋に上がり込んでいた。
疲れているのか、彼はコタツに突っ伏したまま寝ていた。手に小さな箱を握りしめて。
とりあえず風邪を引かないようにそっとブランケットをかけてあげると、身じろきして翼が起きた。
寝ぼけ眼でこちらを見て、「おかえり、美月」って口元を緩めて言われただけで嬉しくて涙が止まらなかった。
急に泣きだした私に、翼はどうしていいか分からなかったようでオロオロとした様子で背中を撫でてくれた。
「今までどこ行ってたの? ずっと心配してたんだよ……」
「お前に、これを渡したくて」
翼は手に握りしめていた小さな箱を渡してくれた。お礼を言って中を開けると、そこには小さなダイヤモンドのついたシルバーリングが入っていた。
「誕生日、おめでとう。美月、来年……その、お前が18になったら結婚しよう」
私の左手の薬指に小さなダイヤモンドのついたシルバーリングをはめてくれた。
3か月、お父さんの会社で仕事を手伝って資金を貯めて婚約指輪を買ってくれたのだと、その後分かった。
嬉しくて涙が止まらなかった。この幸せがずっと続けばいいと思っていた。
だけど、その幸せは突然──脆くも儚く崩れ去る。
高校2年の終わり頃、翼と一緒にブライダル雑誌を買った帰り道、私達は共に誘拐された。薬品をかがされ気を失った私達は、気がつくと自殺の名所として有名な断崖絶壁の崖の上に居た。足にはチェーンをつけられ、繫がれた先には重厚そうな錘が見える。
「恨むなら、お前達の親父を恨むんだな!」
犯人はそう言った後、私達をそのまま崖から突き落とした。
この高い崖の上から海に落ちたら、いくら水面とはいえその堅さはコンクリートの地面に匹敵するってテレビで見たことがある。
怖くて目をつむると、身体を包み込むようにしてきつく抱きしめられた。翼が私を庇うようにして自分の身体を下にして、何かを耳元で囁く。
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