ODD
第二十八話 感謝の気持ち
メアリーの言い放った事実に、フルはこう返した。
「だから? メアリーのお母さんがリュージュだったからどうしたの?」
メアリーは驚きを隠せなかった。
この事実を知ったら2人は、自分を突き放すかもしれない、見放すかもしれない、罵倒するかもしれない。そう、思っていたのだ。
しかし、フルの だからどうした? という返答は、メアリーの考えを良い方向に裏切った。
「そうだよ!! リュージュのことなんか関係ない! メアリーはメアリーだろ!!」
さらに、ルーシーの言葉が後押しする。
「ルーシーの言う通りだよ。親が誰だか知ったところで、今までのメアリーと変わるわけじゃないだろ」
「ありがとう…… 2人とも……」
温かな言葉に、メアリーの目から、いつの間にか大粒の涙が零れ落ちていた。
フルは、ロマ・イルファが“伝説の魔導書”と呼んでいた本を、台座から取った。
すると、ゴゴゴゴという轟音と共に、部屋全体が大きく揺れ始め、崩れだした。
「逃げろ!」とフルは大声を上げて、外を目指す。
しかし、部屋から一歩出ると、体感できる揺れは収まり、つい安心してしまうのだった。
フルが何気なく後ろを見てみると、まるで空間ごと入れ替わったように、部屋は完全に消え、変わりに坑道が伸びていた。
そして、謎の部屋があったあたりから、壁一面が美しい、輝く銀色に光っていた。
3人は、一度作業員詰め所に寄って、坑道が掘り進められたことを告げ、下山を始めた。
背中に背負った旅行用のバックには、メアリーの錬金術で分解・再構築されたライトス銀の鋳塊が沢山詰まっていた。
ただ、フルのバックには、“魔導書”も詰められている。
数時間、淡々と、特に話もせず下山していたが、歩きながらルーシーが話しを切り出した。
「そういえばさ、メアリー」
「なに?」
「さっきのこと掘り返すようで悪いんだけどさ…… 母親が誰か、知らなかったの?」
「……ええ、知らなかったわ…… 私は、叔父さんと叔母さんに育てられたの。物心ついた時には、もうその環境だったわ。産みの親は事故で死んだと聞かされていたから……」
「そっか……」
ルーシーはそう相槌を打った。
メアリーは考えこむように俯く。
それから数時間、休憩に入るまで、誰もしゃべり出すことはなかった。
夕方、ラムガスの街に3日ぶりに着くと、船屋の前には、また大勢の人だかりが出来ていた。
「あっ! お嬢ちゃんたち、持ってきてくれたのかい?!」
職人の男は、人だかりを掻き分けて、3人の前に現れた。
「もちろんです! こんなに持って来ましたよ」
メアリーは背負っていたバックを下ろし、中身を見せる。
光輝くライトス銀が姿を現し、“おー”という声も聞こえる。
「こんだけ有りゃあ申し分ないな…… 約束通り、一番に、家の店一番の船、作ってやんよ!」
職人は腕をまくってやる気を見せる。
「「「ありがとうございます!」」」
まるで、事前に合わせておいたかのように、3人は同時にそう言った。
翌日の昼。早い事に、船は完成していた。
職人曰わく「お嬢ちゃん達を信じて、先に本体を作っといたわけよ!」とのこと。
ライトス銀が届くと、徹夜で動力部を作って、取り付けたのだ。
また、職人が言うには「自己最短だったんじゃないかな……」。
そして船のスペックは「ハイダルクに2日とかからずに着くぜ」だそうだ。
ともかく、船は無事着水し、3人は港に停泊した船に乗り込んでいた。
「ところでお嬢ちゃん達。さっき、超高速船がハイダルクから来て、聞いたんだが……」
職人は険しい顔をする。
「どうやら、あっちの首都で暴動が起こってるらしいぜ…… 何しに行くんだがしらないが、気い付けろよな」
「はい。お気遣いありがとうございます」
メアリーは明るく応えた。
船は出航する。
港で手を振る職人に、3人も手を振った。
「おじさーん。ありがとー」
メアリーが大声で叫ぶと、港からも大声が返ってきた。
「おじさんじゃねーよ! 俺にはタンダ・エーミッドって名前があらぁ!! 覚えといてくれよな!」
どんどん港から遠ざかってゆく。
3人……そしてタンダも、大きく手を振った。
向こうに見えるように…… 感謝の気持ちを込めて。
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