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巫夏希

第十六話 フルの機転

 
 科学者はレバーを下げた。

「あれはまだ実験段階では!? いつ形が崩れるか……」
「うるさい! これしか方法は無いのだ!!」

 水槽の底が中央からどんどん開いてゆく。
 水があふれ出す。
 床にたたきつけられ、水しぶきを上げると、フルとルーシーはその水を大量にかぶってしまった。
 水槽の底が完全に解放され――


 ドシィィィン


 メタモルフォーズがついに姿を表した。

「え?…そんなまさか……」

 フルが驚くのも無理はなかった。
 巨大な凹凸<おうとつ>の少ない人間のような姿。
 それを構成しているのは――

「水!?」
「管理者命令 実験体547号へ 命令コード001 ターゲットは、おまえの水をかぶった侵入者2人!!」

 科学者がそう叫ぶと、巨人の頭の中に見える赤い光が、ピカピカと点滅した。

「せっかくだから冥土の土産に教えてやろう…… 命令コード001というのは殺害命令だ! そしてこいつの能力は、触れている水を支配下に置き、意のままに動かすこと。つまり、人間に触れれば体の水分を支配、一気に抜きとって殺せるというわけだ。そして分離した水、こいつは発信機の役割をはたす。その水にかかった貴様らは、いくら逃げても追いかけられるというわけだ!! アッハハハハ!」


 ガルゥゥゥゥウ!
 笑い声に共鳴するかのようにメタモルフォーズが吠えた。
 ターゲットに小走りで近寄ってゆく。ただ、その体躯からの歩幅は、人間の並ではない。

「と、とりあえず逃げよう。 フル!」
「うん!」

 後ろを向いて思いっきりダッシュ。
 角を右に左に曲がって、何とか差をつけてゆく。

「フル! どうしよう……あの科学者が言うには倒すしかないらしいよ」

 顔を合わせずに、ただ走りながら話す。

「確かにそうだけど…… 何か案はないの?」
「えーと…魔法で炎を出して蒸発させるのは?」
「ムリだよ。炎は出せるけど、火力が圧倒的に足りない」
「じゃあ、この前みたいに錬金術で温度を何千倍にしちゃうとか……」
「それもムリ。あの術を使ったのはメアリーだし、僕は錬金術は使えない」
「メアリー……か」
「……!! 『第四倉庫』? ルーシー、ここに入ってみよう。何か使えるものがあるかもしれない」

 2人は急ブレーキ。
 人1人分くらい開いていた巨大な鉄扉から中へと入る。

「広いなー」

 ルーシーはあまりの広さに驚く。

「フル、このデッカイ機械、何かな?」
「……発電機じゃないかな」

 機械の横には燃料らしいドラム缶と、太い導線が並べられている。
 そして他にも、さまざまな薬品が入っているらしい大きな袋が詰まれている。
 その中で、1つの薬品が、フルの目に留まった。

「……水酸化ナトリウム?……そうか、これなら!」

 フルはさらに入口の近くのクレーンを確認する。

「よし、これも動く…… ルーシー! その発電機、動くかな?」
「動くと思うよ。燃料もたっぷりあるし」
「よかった! いいこと思いついたんだよ」




 ドシィィン ドシィィン と地を鳴らしながら、メタモルフォーズは第四倉庫へとたどり着いた。
 中から水のにおいがする。己からの水をまとった2人が。
 大きく開けられた扉から中へと入る。
 1歩。
 2歩。

「今だ! ルーシー!!」

 ぎりぎりまで張りつめられた弓が解放される!


 ヒュッ


 矢はメタモルフォーズ頭上、クレーンで吊るされた袋に命中した。
 袋は弾け、白い粉がメタモルフォーズへと降りかかる。
 その粉は瞬く間に溶けて、メタモルフォーズの全身へと回った。

「スイッチオン!」

 フルが発電機を始動させ、轟音とともに地を這う2本の導線に電気が流れ始める。
 その導線の端につながっているのは――メタモルフォーズ、本体。


 グオォォォォォォオオオ!!!!


 水に大量の電気が流れ、メタモルフォーズが悲鳴を上げる。
 急激なスピードで、メタモルフォーズが小さくなってゆく。
 そう、これは電気分解だ。
 特定の液体に電気を流すことによって、気体や固体に分解される現象。
 水は、水素と酸素に分解される。
 そして、ルーシーが射抜いた粉は水酸化ナトリウム。水に溶けると、電気が流れやすくなるという性質を持っている。
 巨大発電機による大電力と、水酸化ナトリウムの性質が組み合わさって、メタモルフォーズを急速に分解する電気分解装置が出来上がったのだ。
 ついに全ての水が、水素と酸素になった。
 頭の中にあった赤い玉が床に落下し、四散した。

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