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巫夏希

第四十九話 すべての決着

「フル!! フル!! 起きて!!」

 メアリーが、必死に声をかける。

「……」

 フルは、あの魔法を撃ってから気を失っている。

「……そうだ! これを使えば……!!」

 ルーシーの手には、黄金色の、林檎のような、きのみがあった。
 さっき、フルからもらった、知恵の木の実。
 それを使えば、どんな傷をも直すこともできる。

「これを使えば……!! フル!! 待ってろ……。君を絶対死なせやしない……!!」



 魔法を撃ってからのフルは、“まるでどこかに飛ばされてしまったかのように”意識が飛んでいた。

「ここは……?」

 そこは、真っ白な部屋。
 白い。白い。白い。どこまで行っても白い。

「なんだよ……。ここは? 確か俺は……」
『あなたは、魔法を使った。“すべての記憶を失うだろう”というリスクを知っていたはずなのに』

 後ろから、凛とした、すうっとした声が聞こえた。
 それは、初めてリュージュと会った時のような、そんな寒気もした。

「……あなたは……、誰ですか?」

 フルが思っていたことを、少しづつ声に紡ぎ出す。

『私は……あの世界の人間に“神”と例えられているもの……。予言の勇者、フル・ヤタクミ。よくここまで頑張りましたね』
「……では、あなたがガラムドさま!」

 同時に、フルは膝をつく。確か自分は腹を貫かれていた気もしたが、そんなことは無視してできるくらい痛みはひいていた。

『よいのです。さて……あなたは『ガラムドの書』を効率良く使っていただきました……。あれはまた封印するつもりです』
「……壊そうと思えば、壊せるのでは?」
『確かに。私が壊そう、と思えば、それは簡単に壊すことはできます』
『しかし、それではいけないのです』
「え?」

 フルはガラムドのセリフに疑問に思い、聞き返した。

「………」
『まあ、いいでしょう。こちらにきなさい。そんなに見られない、貴重なものを見せてあげましょう』
「貴重な……もの?」
『“記憶が消える”瞬間です』
「え……?」

 ガラムドがあるかどうかもわからない壁をポン! と叩いた。
 と、同時にガゴン!! と扉が開いた。

「な……!?」
『見せてあげましょう。これが』

 フルは、ゆっくりと、その扉の中を見る。
 その中には、川が流れていた。
 しかし、流れているのが“水”ではない。
 人の会話、情景、モノ、その他もろもろ。

「……これは?」
『ここにあるのは川。でも流れているのは水じゃない。ここに流れているのは記憶。あなたが今まで過ごした中の記憶』
「で……? なぜここに連れてきた? ここはどこだ!?」

 フルの問いかけに、ガラムドは答えない。

『……見ていなさい。あの川を』
「え?」

 フルが、それを見るために顔を、転換させた。
 見ると、その川が、どんどん枯れていっていく。

「……な!?」
『……あれが、あなたの記憶……。魔法を使いすぎたから、このような結果になった……』
「……じゃあ、忘れてしまうというのか!? このすべての記憶を!! メアリーと出会った時のことも!! ルーシーと出会った時のことも!! 全部か!!」
『ええ。あきらめなさい。それが“あなたの運命”。そして“私の運命”』
「……」

 フルは、泣いていた。
 フルは、ふと一人の少年を思い出した。
 高校時代、出会った後輩。
 彼もまた、大きな事件に巻き込まれていた。

「おれも……そんな運命だったのか……」
『……さて、そろそろお別れの時ですね』
「……」
『……大丈夫、またいつか会えるでしょう』
『だって“あなたがいなければ私は今ここにいません”からね』

 フルは、その言葉を聞いたのを最後に、意識が真っ白になった。






 その少年は病院らしき、部屋で目を覚ました。

「ここは……?」

 隣には、二人の少年少女が、眠っていた。
 二人とも包帯だらけだったが、その少年の声を聞いて、目を覚ます。

「あ、起きたの。よかった~。フル」

 その赤い髪の女の子――その男と同じくらいの身長で、目は赤い、が言った。

(誰だろう……?)

 男はじっとその女の子を眺めていた。

「……な、なにじっと見てるのよ!!」

 その女の子は顔を赤らめて言った。

「大丈夫かい? フル」

 隣にはこれまた男と同じ身長の男――背中には弓矢が背負われている、がいた。

「……」
「まさか……」
『ついに来てしまったようですね』
「ラルク!? これはどういうこと!?」
『主様。わかっておっしゃられるでしょう? ついに来たのですよ』
『フル・ヤタクミの脳に限界が訪れたのです』
「……うそだろ」

 ルーシーは崩れた。
 同時に体に巻かれていた包帯がたわむ。

「帰ってからさ、前の世界のこととか、いろいろ話したかったのにさ……」
「私もよ。ルーシー」

 メアリーはルーシーを慰めるように言った。

「でも、もしかしたら、フルは気付いていたのかもしれない……自分の記憶が消え去ることを……」

 ルーシーとメアリーはただただその場に居座るだけ。
 フルは何もできずに立ち尽くすだけ。ただ何も考えていないだろう。

「ぼくは一体……なんなんだ?」

 その男はそれだけを言い、そのあとは何も言わなくなった。






 そして一カ月の時間が流れた。




「……」

 フルはベッドで小さくうなだれていた。
 あの後、学校では大きく反響があった。
 しかし、内密に、内密に学校から離れ、独りリーガル城の部屋にいた。

「ぼくは……」

 フルは立ち上がり、隣にある大きな部屋に向かった。
 ここは書物庫の奥の部屋のようだ。

「さて……今日は何を読もうか」

 何回も見て、左に曲がった。
 しばらく。一冊の本を見つけた。

「これで……いいかな」

 その本は『偉大なる戦い・全史』という本。実はフルは何回も読んでいるのだが。
 フルが本を取ろうとしたその時、何処からか声が聞こえた。

「久しぶりだな、少年よ」
「え?」

 後ろにいたのは杖をもった老人。
 フルは見覚えがあった。

「……時は来たようじゃな」

 その老人はにやりと笑った。

「え……?」
「くるがよい、古屋拓見。お前の役目はまだ終わっていない」
「古屋……拓見……?」
「ああ……そうじゃ、だがおぬしはそのことなんて覚えられない……わしの事をも忘れているじゃろうからな……」

 瞬間、光に包まれた。

「え……」
「もう、会うことはないだろう。おぬしにはさらにきつい試練が待っておる……しかし、それはおぬしの運命。それが人類を救うことになる……」
「な、なにを……」
「良いか、この記憶は忘れてないじゃろう? この世界を作った神ガラムドの母を」
「……木葉秋穂……」
「そうだ。それだけ覚えておればよい……」

 ついには完全にフルは光に包まれ、その老人をも見えなくなった。







 そのころ、Alchemy-1クラス。

「ねえ、メアリー」
「どうしたの?ルーシー」
「今日も、フルのところ行くんでしょ?」
「ええ。またサリー先生の力を借りて、ね」

 あのあと、ハイダルク王がやってきていた。
 ゴードンは、国内にある中央刑務所、とやらに搬送された。
 サリーは、奇跡的に心臓をかすっており、生きていた。しかし彼女自体はリュージュ直下の部下でなく、リュージュに操られていただけ、ということで学園に戻された。
 まぁ……つまり、学園は至って平静に戻っていたわけで。






「……そろそろ思い出してくれると嬉しいんだけどさ」
「ルーシー」

 すると、ルーシーは泣きだした。

「メアリーは悲しくないの……? フルの記憶が無くなって……今まで僕らが過ごした一ヶ月半……全て忘れちゃったんだよ。トライヤムチェン族の村でのこととか、リーガル城の事とか、スノーフォグ、ラムガスでの事とか、『オリジナルフォーズ』との戦いとか……良いことも、もちろん悪いこともあった。でも全て忘れちゃうなんて」
「ルーシー、少し静かにして」
「なんで!?」
「……みんなが見てるわ」
「あ」
「じゃあ、行きましょう」
「うん……」

 ルーシーは道中思っていた。
 “なぜぼくたちは冷たい目で見られなくてはならないのか”
 そのひとつの事に。
 ぼくらは世界を救った。いわば“英雄”。
 その“英雄”がなぜこうも冷たい目で見られるのか。
 ルーシーには全く意味がわかってなかった。

『大丈夫ですよ。主様』
「ラルク」
『彼の頭は確かに限界と化しました。今の技術では回復できない……でも』
「?」

 ルーシーは突然ラルクが言葉を転換させたのに驚いた。

『もう少し……科学技術が進んだら、どうですか?』
「え?」
『旅が終わり、王に謁見した時申しておりましたでしょう?』
「うん……たしか“リュージュが科学技術を牛耳っていた”って……!!」
『……そういうことです』
「そうか……“現在いま”が無理なら……“未来”、か……」

 ラルクはその言葉にうなずいた。

「何やってるの二人とも―! 行くわよー!」

 メアリーの声が聞こえる。隣にはサリー先生。どうやら『移動錬金術』を行うようだ。

「わかりました―! 待ってくださーい!」

 ルーシーは、その場に向けて、走った。






 そして二人はリーガル城のフルがいる部屋にたどり着いた。

「フル―いるかしら~?」
「フル、いるかい?」

 二人は一緒に言った。
 しかし、彼らが見たのはその姿ではなかった。
 そこにいたのは黒い髪の少年。少し茶色がかった目をしている。

「あなたは……誰?」
「ぼくですか? ところであなたたちは……メアリー・ホープキンさんにルーシー・アドバリーさんですね」
「え……?」

 メアリーとルーシーは衝撃を覚えた。
 見ず知らずの者に名前を知られていた。なぜそんなことが。

「すいません。お初にお目にかかります。ぼくはシルバ・ホークリッチといいます。そして彼女が」
「はじめまして、私はマリア・アドバリーといいます」
「アドバリー?」

 二人はその名字を聞いて驚いた。

「アドバリー……てことは僕の親戚かなんかかい?」
「……あなたがルーシーさんですか。ええ。その通り」
「わたしは、あなた“がた”の子孫です」
「ぼくたちの……子孫?」
「……」

 メアリーとルーシーはいきなりやってきたこの人物の話があまりよく理解できなかった。

「まるで、あなたたち、“未来”から来た、と言いたいみたいだけど?」
「ええ。そのとおりです」

 マリアは話を続けた。

「私たちは100年後の未来からやってきました」
「……何を言い出すんだ」

 ルーシーは言った。

「……そ、そうだ! フルは!?」
「……」

 シルバとマリアはうつ向いた。

「……あんたたち、フルに何か」
「してません! 逆に私たちは助けにきたんです!」
「助けに来た?」
「ええ……信じられないかもしれませんが、フル・ヤタクミはある計画の歯車として使われてしまっているのです。あなたたちが倒したリュージュという祈祷師も」
「え……?」
「……嘘はいけないんじゃないかしら?」
「嘘じゃありません。その計画は誰に計画されたかわかりません。しかし、こう呼ぶようです」
「『リバイバル・プロジェクト』と……」

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