貴方を知って、愛を知る

ノベルバユーザー172401

前編


私の住んでいる場所は、古くからあるお店が多い。
それは、私の家も同じ。
私のお祖父ちゃんは、古本屋をやっている。お隣のおじいさんは、喫茶店をやっていて、二人は幼いころから仲が良い。だから、もう店主という名前を名乗っていてもどちらかの店で話をしているか、将棋や囲碁を打っているかして気ままに過ごしている。この二人は、いつもそうだったのだ、と亡くなったお祖母ちゃんはよく言っていたものだ。
お祖父ちゃんの古本屋は、私が引き継いだ。お隣の喫茶店は、小説家のお孫さんが仕事の片手間に集まる常連さんたちにコーヒーを振舞っている。

お孫さん、小説家の藤堂朔さんは、柔らかな物腰の男の人。難しいご本を書いていて、お祖父ちゃんは絶賛していた。私には、少し難しい。それでも、私は彼からもらう彼の本を少しずつ読み進めるのだ。
――あの人の、書いた言葉を少しずつ少しずつ、私の中に。あの人を知れるような気がして、あの人の言葉を取り込むように。考えが、知りたくて。
難しかったら、読まなくてもいいよ。と彼は言う。それでも半分意地の様に本を読み進めるのは、何よりも彼の心を知りたいからだ。

「琴乃、隣に行ってるからなあ」
「はあい。お祖父ちゃん、おじさまによろしくね」

じゃあな、と出ていったお祖父ちゃんは、紺色の着物を着ている。ひらひらと手を振りながら、喫茶店に入っていった。小脇に将棋盤を抱えていたから今日は将棋でもして過ごすのだろう。隣のおじさまは、いつも洋装。二人で旅行に行ったり、良い所のお寿司を食べてたり、飲みに行ったり、二人は仲良しだ。
――私も、そんな風に朔さんと仲良くなりたいのだ。あそこまで気安くなくてもいいけれど、何の用事がなくてもコーヒーを飲みに行けるくらいの間柄に、私はなりたい。
私がまだ18歳だからか、朔さんが24歳だからか、私たちの間には少し壁のようなものがある。意地悪をされるわけでも、無視をされるわけでもなくて、ただなんとなく子ども扱いされてしまうのが不満だ。
確かに、私なんて子供のようなモノだけれど。大人の男の人は、ずるいなあと思う。私はもっと、あの人に近寄りたいのに交わされてしまっているような気がするのだ。
今日も、ゆったりと時間が流れていく。うちの本たちは、どんな人たちが買って行ってくれるだろう。大事にしてくれる人に、会えるといいね。本に宿った心を、思いながら私は売られてきた本たちをそっと棚に並べていく。


「琴乃ちゃん、こんにちは」
「あ、朔さん…こんにちは。お祖父ちゃんが今日もお世話に」
「ああ、いいえ。お互い様だからね」
「何か本の取り置きをしてましたっけ…?」

朔さんは、ふらりとやってきてお仕事の資料になりそうなものや自分の趣味で読む本を買って行ってくれる。
彼の編集さんだという人も、目を輝かせてみていた。本、好きなんだなあと嬉しく思った事を思い出す。
それから、本を取っておいてほしいと言われることもある。こういう本が欲しいんだけど、ということで代わりに私がそういった本を見つくろう。もちろん、見当はずれな本を出してしまうことがあるけれど、そこは最後の購入前にチェックしてもらって。古本屋は、のんびりとゆったりしているので、それくらいの時間はあるのである。

「いや、追い出された」
「…追い出された?」
「祖父たちに、お前はあっちへ行けと」
「ええ…、ご、ごめんなさい。お祖父ちゃんったら…」
「言い張ったのは、家の祖父だから琴乃ちゃんが謝ることじゃない。ただ、申し訳ないんだけどここに居させてもらってもいい?」
「はい、もちろんです」

朔さんは、背が高い。対して、平均身長に届かない私は見上げなければならないけれど、いつも少しだけ膝を曲げて私を見てくれる。そんな風にお願いされた私は、一も二もなく頷いて彼を通した。ありがとう、と頭を撫でられる。甘やかされているようで嬉しいような、子ども扱いが複雑なような。
会計カウンターの近くにはお祖父ちゃんが、朔さんのおじい様と話せるように、あるいは常連さんとお話しできるようにとテーブルと椅子が置かれている。
朔さんはいくつか持ってきていた本をテーブルに置いて、笑った。静かな人だ。物音が余りたたない。そんなところが、すごくらしいなあと思う。

「朔さんは、本が好きなんですね」
「ううん、好きなんだろうね。もう読むことが生活の一部になってしまっているから」
「お茶を、いれます」

カウンターの奥はお客さんには見えないようになっている。そこで修繕作業や、売るための仕事をしたりするのだ。そこには簡単なキッチンもあるので、そこへ入って、コーヒーを入れる。この豆は、お祖父ちゃんが朔さんから買ってきたもの。お砂糖もミルクも入れないブラック、私はミルクを入れたカフェラテ。二人分のマグカップをもって戻る。
ふんわりとしたコーヒーの香りが、店内に広がった。朔さんは、私に気が付くとごめんね、ありがとうと笑ってくれた。

「朔さんは、何が好き?」
「…うん?」

唐突に、私の口から滑り落ちた言葉に私自身がびっくりした。きょとん、と立っている私と同じくらいの目線にいる朔さんが私を見る。あ、えっと、と口ごもりながら、私は必死に声を絞り出した。
だって、知りたいと思ってしまったんだもの。想っているんだもの。

「朔さんが、知りたい。私は、貴方の事を何も知らないから…だから、教えてくれませんか。本からしか貴方を知らないから」
「…参ったな、ほんとうに。――子供だと思っていたのに」
「…え?」

後半は、全く聞き取れなくて、けれど片手で顔を覆ってしまった朔さんに私はうろたえる。やっぱり、嫌だったかもしれない。小娘が、勝手に仲良くしようとするなんて調子に乗ってしまったかな。距離感を、間違えてしまったのかな。
不安に思って、胸の前で手を組んだ。朔さんは少しだけ、照れ臭そうに笑いながら、私を見た。――その顔にあるのが、嫌悪でもなんでもなかったことが嬉しい。

「好きなものは、甘いものだよ」
「コーヒーは、ブラックなのに?」
「甘いものばかりが好きなわけじゃ、ないけどね。琴乃ちゃんも甘いもの、好きでしょう」
「え、え?どうして…」
「知ってる。君が何が好きで、苦手で、どういった子なのか。君のお祖父さんからいつも聞いているから、俺ばかり知っているようで少し悔しかったけど、知ろうとしてくれて嬉しいよ」
「……っ!」

かああ、と頬に熱が集まっていく。
胸で組んだ手をほどいて慌てて両手で顔を覆った。どうしてこんなに嬉しいんだろう、私の事、嫌いじゃないんだろうとわかったからだろうか。

「照れてるの?顔が赤いよ」
「は、はじめさんが…わるいの」
「俺も、君の事が知りたいよ。俺はだいぶ年上だけれど、それでもいいなら。琴乃ちゃんの事を、君のお祖父さんからではなくて君から知りたい」

そっと、腕を引かれて近づいた。ささやかれた言葉に、脳内は沸騰して、私の口からは声にならない声しか、上がらない。
私の心臓がこんなに煩いのは、心臓が全力疾走したみたいに激しくなっているのは、この人の傍にいるからだろうか。――きゅう、と掴まれたように心臓が痛い。痛いのに、甘やかなので、この痛みをもっと知りたいと思うくらいには癖になる。

「……げ、んかい…です!」
「可愛いね、君は。…初めて会ったときは可愛い女の子だと、思っていたのに」

近くにいるから、余計に感じてしまう。
朔さんの香り、朔さんの雰囲気、そのどれもが私の全身に熱を帯びさせる。

初めて会った時。朔さんは18歳で、今の私と同じ年だった。私は12歳、小学生を卒業する歳。
都会に住んでいて、高校を卒業したからと彼は彼の祖父と共に生活することを決めたらしい。あの時の彼は、幼かった。私はもちろん、ただの子供で、学校が終わるたびにお祖父ちゃんのいるお店か隣の喫茶店に行ってお祖父ちゃんに引っ付いている子供だった。
彼はその時にはもう、小説を書いていた。ただ、都会で暮らすということにつかれてしまったんだ、と祖父が祖母に言っているのを聞いていた。
彼は人と関わるのがあまり好きじゃないようで、それでも私が近づけばひざを折り曲げて私の相手をしてくれた。ほのかな憧れが、いつだって私の胸には渦巻いていたのだ。
初めて見た時から、私は彼に近づきたかった。この人の隣はきっと心地いんだろうなと幼心におもってから、いつもそっとつかず離れずの距離にいて。――だから、かもしれない。私は幼心にそう思ってからずっと、朔さんが特別の域に入りつつあった。

「明日、甘いものを食べに行こう」
「はい…!」

その言葉に、じんわりと胸が温かくなったのは。噛みしめるようにその言葉を抱きしめて、私は頷いた。
笑ったら、少しだけ目尻を赤くした朔さんが、私に微笑んだ。
――ああ、もしかしたら。私は、この人が好きなのかもしれない。
そっと撫でられた頭、その手つきはいつもと違って慈しむようで、私の胸はどくん、と大きな音を立てた。もっと触れてほしいと思ったのは、初めて。

その日、明日が楽しみで寝付けないなんて、久しぶりだった。





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