ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

59話ー紙一重の搭乗

  だが足はまだ肥大化している変異体に捕らえられたままであり、コクピットハッチまで届かない。

 こうしている間にもベリオノイズは勢い良く沈んでくる……が、雛樹は足だけではなく腕や胴体までも絡め取られ底へ底へと引きずり込まれていく……。
 このままでは自分も、ガーネットすらあの変異体に取り込まれてしまう。

 それだけは何としても避けなくてはならない。
 同様の個体を取り込み、増殖を続けるあの変異体がガーネットの因子を取り込めばどうなるかわかったものではないからだ。
 
 仕方ない。使用は止められているが……限界まで引き出すしかない。

 左の瞳が強く赤い光が灯り……強膜が因子の影響で黒く染まる。
 腕すらも黒く染まり、ドミネーター特有の電子回路のような赤いラインが手先に向かって走っていく。

 6年後の自分の姿が脳裏に浮かぶ。

(死んだら元も子もないからな……)

 その姿を振り切って腕にありったけの力を込め、絡みついてきていた触腕を振りほどく。
 そのあまりにも強く激しい力の摩擦により沸騰した海水が泡立ち、弾ける。

「ごぼっ……!!」

 腰から予備で装備していたナイフを取り出し、残りの触腕を切って脱出した……はいいが。

 すでに限界だった体内の空気を全て吐き出してしまった。
 だが、ベリオノイズもすぐそこまで来ている。ならばもうあと一歩だ。
 あれに乗り込みさえすれば……。

 なお追ってくる触腕を振り払いながらベリオノイズのハッチへたどり着き、開放しすぐさまコクピットへ乗り込みシステムを立ち上げた。

《水中戦闘システムオールグリーン、スラスター起動、排水システム起動、完全排水まで1分30秒》

 モニターに機械的な文字でそう表示された。
 水中から出現することもあるドミネーターに対抗するため、二脚機甲は一部を除き基本的には水陸両用である。
 そのためのシステムはもちろん備えてある……後付けではあるが。

(……)

 目の前が暗くなってきた。因子を活性化した影響で腕に痛みがあるがその痛みすらおぼろげになっている。
 コクピットに空気が満たされつつあるが……間に合わない。

(クソ……)

 体内に残った最後の空気を細く吐き出しながら、ゆっくりと意識を手放してしまった……。

……——。

《排水完了。各操縦桿ノテスト運用ヲ推奨》

 排水が完了したコクピット内ではシートに深くもたれかかり目を閉じ意識のない雛樹と……。

「……ぅん……」

 何事もなかったかのように目覚めたガーネットが辺りを見回していた。
 状況はすぐに理解できた。
 排水され空気は循環させているようだがまだ濡れているコクピット内、深度100メートルを超えている深度計。

 操縦桿を少しばかり弄ってみるが、脚部がうまく動かない。

「……しどぉ……しどぉ?」

 気を失っている雛樹に呼びかけてみるが起きない。
 目を覚ましたばかりでぼんやりとした意識の中、雛樹の胸に手を当て耳を鼻に近づけた。

「……ッ!!」

 ぼんやりとしていた意識が沸騰したように激しく覚醒した。
 息をしていない。

 さほど時間は経っていないだろうが、まずい。
 荒療治になるが……右拳の一撃を雛樹の胸に向かって的確に、適切な力で打ち込んでからまるで風船に空気でも入れるような感覚で雛樹の口に自分の唇を押し付け、息を送り込んだ。

「ふぅー…………っ!!」

 その衝撃に雛樹は意識を取り戻し、口を塞いでいたガーネットを両手で押しのけ咳き込み、海水を吐き出した。
 押しのけられたガーネットは思いっきり転がり落ち操縦桿で頭を強く打ち付け……。

「痛ぁい!!」

「げほっ……ぐっ……げほ、ごほっ……ッあ」


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