ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

47ー慢心ー



 「えらい騒がしいねぇ。新田はん? 新田はーん? やっぱり通信機は役に立ちよらんね。ええ加減グレアノイド汚染下でも使える通信手段欲しいわぁ」

「……ぐっ」

 まるで歯が立たない。
 先ほどまで白兵戦を行って得た感想がそれだ。
 ナイフと拳銃を持ってすれば慢心し素手で相対しようとしてくる蘇芳を制することができると思っていた。

 だが結果はどうだ。

 頼みの綱であった銃は接近された際の一挙動バラされ床に散らばっているし、ナイフの刃は折られてしまった。
散々弄ばれた挙句、地面に足で縫い付けられてしまったのだ。
普通の人間の膂力ではない。おそらく体に装着したなんらかの装備で単純な力を底上げしているのだ。

 慢心していたのは本当に素手のみだと見てしまった自分の方だったのだ。

「おたくのお仲間さんやろか? この騒ぎの原因は」

「ど……うだろうね……。そうだったとしても、もう……僕らには関係のないことだ……」

「なんや意味ありげな話しぶりやねぇ。薬も持ってはらんみたいやし……まあ、幾分か情報は持ってはりますやろ? その認識阻害の機械もええ加減取ってもらわなあかんねぇ」

 認識阻害の機械。
 先日海上都市に現れたガスマスクの男が装備していたものと同一のものだ。
 自分自身の容姿を正しく相手の目に映させないよう、特殊な電磁波の膜を発生させる装置を身につけているため、正確に容姿を捉えることができないでいるようだ。

 これを取られればもう終わりだ。万が一ここから逃げられたとしても指名手配され、いずれ捕らえられる。
 どうにかして澪だけでも逃がせないものか……。

「んーこれやねぇ。どこの企業が作っとるんやろか、この機械……」

 腕に装着していたその装置を蘇芳は見つけ出し、取ろうとする。
 奏太にはもうそれに抗う力は残されていない。
 両腕はとうに折られ、右足の関節は抜かれている。抗うすべがない。


「……?」

 その装置を取ろうとしていた時だった。
 背後から何者かの気配を感じた。
 RBか、新田かそれともルーキーか。誰かが来たのだろうと思ったが違う。

 かっかっかっと軽快で早い足音を立ててこちらに向かって走ってきている。
 
「どなたはんやろねぇ……」

 装置を取る手を止めこの部屋の入り口、足音が聞こえてきている方を向く。
 ワイヤーかなにかが伸びる音がして、その足音は消えた。
 蘇芳だけではない、奏太でさえも向かってきていたその足音には不気味さを覚えていた。

 と……頭上から気配。

 蘇芳はとっさに腕で頭を防御した。

 獲物を狙って向かってきた隼のように、その黒ずくめは頭上から落ちてきた。
 
「んぅ……ッ!!?」

 落下の衝撃を孕んだ凄まじく重いかかと落としを右腕だけで受けるのは悪手だった。
 防御を貫き頭部に衝撃を受け、一瞬視界が明滅。
 明滅した視界で見たのは、本土軍の兵士と自分の間に割って入ってきた……ガスマスクを被った何者か。

 蘇芳はとっさに判断した。この相手はやり手だと。 
 そのやり手は赤い光をガスマスクのゴーグルの左側から漂わせながら、次の攻撃行動に入ろうとしている。
 とっさにフォトンノイドブレードを展開させ、防御体制に入った。
 
 壁を作られたため攻めあぐね、ガスマスクの何者かは右足を踏み出した状態で静止した。

「あんた……は……なんで……」

『頼まれた。いいからさっさと逃げろ。あれ相手はお前らのお守りしながらじゃ無理そうだ』

 ガスマスクを被っているため声がこもってはいるが……祠堂雛樹だ。
 こちらからはいっさい連絡をしていない彼がなぜ、犯罪者の格好をしてここにきて、挙句自分たちを助けようとしているのか。

「なんやの……? ちょうどええとこに来はったねぇ、ガスマスクの男はん。前の騒ぎから、あんさんのことで話題は持ちきりよ?」

『……』

「だんまりは悲しなるわぁ。どうせあの機械つけてはんのやろ? お話ししましょや」

 ガスマスクの男は目の前に展開されていくフォトンノイドブレードを視認しつつ、折れたナイフの刃を拾い上げ……それを赤い粒子に変え、さらにそれを細く長い刃の形に精製してゆく。

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