ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

第4節10部ー合法殺人ー

 接近し、完全に射程距離。押さえ込もうと懐に飛び込んだのだが、相手はそれを見越して一歩引き、反撃の体勢を整えていた。
 雛樹が押さえ込もうとした腕で弾かれた直後、まるで杭でも打ち込まれたかのような衝撃が腹部に抉り込んできた。

 自分の体がまるで紙屑のように飛ぶ。飛び、転がった先で見えたのは、不敵に笑い、拳につけた武器を見せつける男の姿。

「伊庭……なんのつもりだよ……!!」
「よお、クソ野郎。いいねェその表情。ずっと見たかった表情だ」

 そこにいたのは、GNC所属の伊庭少尉だった。伊庭は今回の任務において、共に任務を遂行する仲間だったはずだ。その伊庭がなぜ自分に攻撃を仕掛けてくるのか……。

「悪いが、俺の任務は初めからこんなしょぼい慈善任務なんかじゃあねーんだ。わかるか?」

 バチバチと青い閃光を放つ、伊庭の拳に装着された武器。先ほどの威力はあの武器が作り出したものだ。とっさの反撃による一撃であの威力。下手をすれば、人体内部に深刻なダメージを負わせることもできるかもしれない。

「わからないな……。何しに来たんだ、おたく。暇つぶしか?」
「んなわきゃねーだろ。企業連の一部お偉方は、お前がえらく気に入らないらしい。本土のスパイだの何だのと理由をつけて、消したがってんのさ」
「俺を殺せと……そう言われたのか」
「ああ、そうさ」
「それを俺に言ってよかったのか」
「ああ、任務を受けた以上。お前を消さなきゃなんねーからな。死人に口無しってのはよく言ったもんだぜ、なあ」

 そう言って、伊庭はまだ地面に伏している雛樹の元まで歩いて行き、胸ぐらを掴んで無理やり持ち上げ凄惨な笑みを浮かべた。

「俺は金で雇われ、お前を殺すんだ。企業連からの任務なら、殺しすら合法になるんだぜ……イカれてんだろ、方舟ってやつは!!」
「あァ……確かにイカれてる……。これは、お前なら知ってるだろ……」

雛樹はその状態のまま、先ほど侵食体から剥ぎ取った番号が刻まれたバングルを出し、伊庭の目の前に晒す。

「……侵食体につけられてた。これは被験体につけられるような通し番号だろ……違うか?」
「……」
「伊庭、お前も元々本土にいたんだ。わからないわけがないだろ……。侵食体がここまで現れるなんて事態、自然じゃ起こり得な……ッ」

 持ち上げられた体を、まるでサンドバックでも殴るかのようにして吹っ飛ばされた。体がくの字に曲がり、この部屋の端まで転がり壁に叩きつけられた。
 衝撃でバングルが手から離れ、伊庭の手に渡る。
 伊庭はしばらくそのバングルを眺めた後、武器を装着した手でそれを握りつぶした。

「祠堂ォ。俺もお前も、察しが良すぎんだ。俺は順応した。てめーもそうしろ。黙って見て見ぬ振りをしときゃあ世はこともなし、安定した収入と地位が得られんだ」
「がはっ……ぐっ……。認めたも同然だ、その言葉は……! この島は、人体実験に失敗した被験体の廃棄所にされたんだな……!」

 方舟の最終兵器、ステイシス=アルマ。ドミネーター因子を持つ完成された生体兵器。その生体兵器を量産せんとする方舟の人体実験の成れの果てが、この島に存在する侵食体の群れ。

「さあな。俺にはそこまで聞かされてねぇよ。俺は仕事で、お前を消す。死亡理由はどうすっかな」
「待て……伊庭、お前がそう任務を受けたなら、RB軍曹は……」
「ああ、今頃お前の相棒んとこだ。“まだ”ここの防衛システムを落とされちゃならねぇかんなァ。おら、もうここまでだ。最高だぜ、お前の頭をつぶせる日がくるなんてよ」

 片足が撃ち抜かれ、立つことすらままならない。そんな雛樹の元へ、伊庭は再び歩み寄り拳を振り上げた。

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