ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

ー軍港の異変ー


 呆れるような愚直さだが、それがあってこそ彼女は今こうして地位を得ているのだ。
 そんな今だからこそ、彼女の根底を揺るがすようなことを言うのはよくないかとそれ以上何かを言うことはなかったのだが……。

「心配していただいて、ありがとうございます……ヒナキ」

 顔色がすっかり良くなった静流が、染み入るようにそう言った。

 雛樹はそれを聞いたあと、そろそろ行こうかと静流を連れて喫茶店を出ることになった。
 そこから先は、本当にただ楽しく過ごしただけだ。
 映画を見たり、ここ最近流行りで静流が行ってみたいと言った店に向かったり。

 そして午後16時を回った頃、海岸沿いの展望台に来ていた。
 そこから見える夕日とそれに赤く照らされた海、海上都市を囲むゲートはどうにも自然の風景として違和感はあったが、それでも美しく、カップルが多く訪れていた。

 そんな訪れていた人たちは、静流を見ては口々に言う。
 結月少尉だ、握手してください、サインくださいなどと。

 言い寄られている様子を隣で見ていて、雛樹は嬉しいやら寂しいやら、なにか複雑な気分にさせられてしまった。

(随分支えられてるんだな)

 センチュリオンテクノロジー所属の結月少尉は、こう言った人たちの声援によって支えられているのだ。
 自分がどうこう言うこともなかったみたいだと。

「住民たちが見ているのは結月少尉ですから」

 だが、静流はそんな雛樹の心持ちを知ってか知らずか、そう言った。
 あくまで住民たちの人気を集めているのは、兵士としての自分であると。

「今はヒナキがちゃんと私を見てくれているので、とても心地がいいです」

「ついててやらないとトイレすらまともに行けなかったのに、ほんと立派になったもんだよ」

「その頃からあまり変わってないのですので、いろいろご一緒してくれると嬉しいです。お風呂とか、また一緒に入りたいですね」

 ちょっとした皮肉めいた言葉を吐いたところで、静流は恥ずかしげもなくそんなことを言うので雛樹はどうも調子を狂わされる。

 そうしていると、ちょうど正面にあるゲートの向こうに艦船が見えた。

「今戻ってきたんですね」

「ん?」

「いえ、先日の任務を共にした企業の補給艦です。速度の速い私たちウィンバック部隊が先に帰投し、補給艦は後から港に帰ってくる予定でしたので。しかし……」

 帰ってくるにしても少し遅いのではと静流はいう。
 確かに、すでに帰投しているセンチュリオンテクノロジーの補給艦と比べて格段に性能が劣るため速度は遅いのだが……それにしても。

 それに、開いていくゲートに向かって、軍港から何隻か二脚機甲を積んだ軍艦が出ている。

「ちょっと失礼しますね、ヒナキ」

「ん、ああ」

 その様子を疑問に思った静流は、センチュリオンテクノロジー本部に確認の連絡を入れた。

「結月静流です。ええ、ID,STW001920。……今現在、第二東軍港から出ている艦船のことについてお聞きしたいのですが……」

 雛樹は雛樹で、なにか違和感を感じるゲートの向こうの艦を眺めていた。
 左目になにか違和感を感じていた。
 だがその違和感が遠すぎて、まだ確信を持てないでいた。

 なにかやばいような気がする。

 そんな漠然とした感想が口から出たその時だった。

 その展望台を含む、軍港全域にけたたましいサイレンが鳴り響いたのは。

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