ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

プロローグ—泥棒逃走、荒野の軍基地—

 十数年前、地球全土を巻き込む大規模地殻変動が発生し、何事もなく回り続けていた人類の営みは一変した。大地は裂け、海は割れ、都市は崩壊し、およそ悲劇と呼ばれるものをひとかたまりにした惨状が、世界を崩壊させた。

 そして、地獄へ叩き落とされた人類に、追い打ちをかける事態が発生。その地殻変動と共に現れた異形の怪物“ドミネーター”。その未知の脅威が人類の居住区域を汚染し始めたのだ。

   そんな中、同じく地殻変動と怪物により、国としての機能を失った日本の大部分の土地は、荒野と化していた。

 崩壊した列島で生き残るため、または国を存続させるため、人と人、さらには異形の怪物相手に数多の戦争が行われる。地獄の中でも、人類は争いを止めることができなかったのだ。

 その結果残った、痩せて荒れた土地に、日本政府は国を小規模ながら再建することに成功した。しかし、その国を砂上の楼閣と見限った力のある企業等は結託し……そして、方舟と呼ばれる海上都市を作り、新たな生を営んでゆく——……。


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 耳をつんざくサイレンが、深夜の深く暗い空に鳴り響く。荒野の真ん中にポツンとある街、その中心の、とある政府軍基地の今日は、平穏とはほど遠いものとなっていた。

《第三保管庫に侵入者! 第三保管庫に侵入者だ! 西へ向かって逃亡している! 軽傷三名! 捕らえろ、捕らえるんだ!!》

「うわうわ……保管庫ハシゴしたのは失敗だったな、まいった」

 打ちっ放しのコンクリートに囲まれた、軍事基地内の廊下。顔を真っ黒なバラクラバで隠し、がっちゃがっちゃと音を立てる麻袋を担いだ男が全力で入っている。

「居たぞ!! こっちだ、締めあげろ!!」

 前方、数十メートルのところで、泥棒を見つけた軍人が意気揚々と仲間を呼ぶ。

「やばいやばいやばい……!」

 捕まれば、窃盗の罪で指切り殴りの拷問部屋行きだ。もしかすれば、その場で殺される可能性だってある。今のこの国には、犯罪者を飼い殺す余裕なんてない。殺伐としたこの土地は今や、国営の組織でさえ、治安もなにもあったものじゃない。


 踵を返して、新たな脱出口を探して走る彼は幾度となく反芻する。いくら生活のためとはいえ、こんなところで盗みを働くべきではなかった。なんてことを。

 ここから無事逃げられたら、盗みからは足洗うんだ。そう誓った回数は、もう何度目か忘れてしまった。

「逃げ足の速いやつだ! なぜこうも迷いなくちょこまかと」
「無駄口を叩くな! あちらからは、今しがた叩き起こした第三兵舎の仲間が来てるはず。挟み込めるぞ」

 ここは地上、約10メートル。窓はあるが飛びおりられるような高さではない。廊下で追い詰めてやれば、たやすく捕らえられるはずだ。と、不届き者を追う兵士たちは考えていた。

 ただ、頭の隅にやけにこびりつく、負傷させられた兵士3名のこと。

 この三名は、戦闘に長けた、第1課陸軍、戦闘師団の部隊章を背負った者たちだった。
 対人格闘術にも長けた彼らが負傷させられるとはどういうことなのか。
 その技術が、追っているこそ泥に備わっているとは考えにくいが……。

「居たぞ!!」
「よし、挟み込めたな! 捕らえろ!!」

 追っている男の向かいからも援軍が来た。一本道の廊下だ、逃げ道はない。完全に挟み込むことができた。詰み、だ。

 だが、男のとった行動は予想だにしていないものだった。
 担いでいた麻袋を、廊下の壁にはめ込まれていた窓に向かって放り投げたのだ。
 重そうな、金属質の音を立てていたそれだ。大層頑丈なものが入っていたはず。その麻袋はたやすく窓ガラスを破って、10メートル下の地面へ落ちていった。

「バカなッ!?」
「おいよさないか!飛び降りられるような高さじゃないんだぞ!!!」

  投げた本人も、窓枠に足をかけたのだ。飛び降りるつもりだ。そう直感した兵士たちは、思わず制止のための声をかけた。
 潰れた屍の掃除など御免被る。

「もし死んだら後片付けよろしく」

 腕に、上着を巻きつけそのこそ泥は飛びおりた。兵士たちの叫びを後ろに聞きながら。
 空中に飛び出した体は、重力に従い地面へ落下してゆく。

 もちろんそのまま落ちて、地面に叩きつけられるつもりはない。右手に巻いたごついジャケット、そして左手首に仕込んだ……。

「頼む、刺さってくれ……!!」

 火薬が炸裂する音と共に、左手首から打ち出された鋭い刃を持つ金属製のアンカー。それは見事、コンクリートの壁に深く突き刺さってくれた。
 そのアンカーに繋がれたワイヤーは、泥棒の体を繋いでいる。

 そのワイヤーに、ジャケットを巻きつけて摩擦を直接受けないようにした右手を這わせ、力強く掴み、落下速度を殺していく。

 頭上で銃の撃鉄が起きる音。自分を追ってきていた兵士が撃ってくるつもりだ。
 地上に降りる直前、直上から発砲音。それを予測していた彼は、コンクリートの壁を思いっきり蹴り、射線を回避。
 蹴って大きく前進した勢いを利用し、壁にかかっていたアンカーを外し、地上で二、三転。落ちていた麻袋を拾い上げた。その間、撃ち降ろされながらも、建物の陰まで走る。

 熱されたコテを押し付けられたような、鋭い熱さを足と背中に感じた。
弾丸が掠めたのだ。くぐもった呻きが出る。だが足を止めない。そのまま、軍施設の外に止めておいた、塗装も剥がれ、ところどころ錆も見えるボロボロのオフロードバイクにまたがった。

 キーは刺さったままだ。セルを回して、エンジンに火を入れ、クラッチを握りアクセルを捻る。

タコメーターが8000回転を超えた時に、クラッチを離しながらアクセルを全開に。
 過剰な動力が一気に後輪へ送られ、フロントタイヤが浮きながらも、バイクは凄まじい加速で軍施設から離れていく。

 この暗闇の中だ。追っても見つからないだろう。まんまと逃してしまった兵士たちは、悔しさとともに悪態をつく。


「なんて失態だ。これだけ手数を揃えたにもかかわらず、こそ泥一人に逃げられるとは」
「全員、始末書じゃ済まんぞ……くそ」
「それより、軍曹殿、あいつの身のこなし見ましたか? あれ、普通ではありませんでしたよ」

 訓練された並みの兵士でも、とっさの判断であんなことをできるわけがない。
 あの泥棒は一体何者なのだと、その場に不穏な空気を残していた。

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