ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

第1節—帰艦、そして目覚めぬ兵士—

 未確認飛行物体が、集落の空に青い残光を引いていったその後。ドミネーターの襲撃によって、荒れ果てたそこを歩く一人の老人がいた。
 その老人は風音と共に孤児院を営んでいた男だ。外の騒がしさが無くなったからと、避難していた地下室から出てきて集落の様子を伺いに来たのだろう。
 子供達には、まだ衰弱している風音の様子を見てもらっていた。

 集落の中心部まで来たが、ひどい荒れ様だった。無事に残っている家屋は一つもない。逃げて戻ってきた集落の人々が、逃げ遅れ、家屋に潰されたり怪物の攻撃で無残な屍となった身内、関係者の前で落胆し、悲壮感を漂わせている。
 この世の地獄。惨憺さんたんたる光景。

 湿った風が生臭い血と臓物、埃やカビの匂いを運んできた。込み上げてくる絶望感と悔しさ。

 だが、雛樹とあの軍人がいなければ、この光景すら見なかった、見れなかっただろうことは……老人にはわかっていた。

 潰れた商店の一つ、そこで見知った顔が瓦礫に潰されていた。

かがりさん、香月篝こうづきかがりさん!! しっかりしなさい!!」

 思わず声をあげて走り寄った。瓦礫の隙間からわずかに見える、あのいかめしい顔をした中年女性は、雛樹が世話になっていた質屋の店主だ。
 雛樹からのツテで、その老人も何度も彼女の質屋に足を運んだことがある。

「ああ、そんな大声出さんでも聞こえてるさね……。くはは、もう人と話すことなく、このままおっ死んじまうんじゃないかと思ってたよ……」
「今すぐ瓦礫を退けよう……少しの間、我慢してくれい」
「ああ、ああいいよ……。もういいんだ、助からんね、あたしはよ」

 掠れた、小さく呟くような声でそう言う香月篝という、質屋の店主。彼女の全身に覆いかぶさる瓦礫の隙間から見える表情を、老人は覗く。
 漂う死臭……。視界の端に見えるおびただしい量の血液。

「まあ……最後に、あたしの懺悔ざんげだけよ、聞いてくんな……」
「ああ、聞こう。俺じゃああんたを助けられん。なんでも言ってくれ、全て聞いてやる」

 瓦礫の向こうに見える女店主のしわがれた手を握り、老人は頷いた。

「あたしはね……あの子、雛樹を政府軍に売ったのさ……街での永住権と出店許可をもらうためにねぇ……。けけ、その結果、この有様さ……。悪いこたあ、するもんじゃあないね……。特に、息子みたいだなんて……思ってたあの子に対してはさぁ……。あたしにふさわしい、最後だよ……」

 魔が差したのさ。そんなことを言う女店主に、老人は言う。確かにあなたのしたことはよくないことだった、しかし……。

「あなたがここへ政府軍を呼ばなければ、この集落の人間は根こそぎ死に絶えていた。結果として、あなたはここを救ったのだよ」
「へへ……そんな結果論など知らないさね……」
「あなたも知っていたのでしょう。雛樹、彼はもともと従軍経験があった。政府軍へ引き渡されても、そう悪い待遇は受けないと知っていたはずだ」
「さてねぇ……。あたしの裏切り行為を、美談なんかにしないでおくれよ……虫酸が、走るって……もんだ」

 尻すぼみに小さくなっていく女店主の声。もう、息をしている音すら聞こえなくなってきた。風前の灯、それがもう……。

「本当に……悪いこと、したねぇ……あの子、には……。もう、兵士などになりたくはないと……耳にタコが、できるほど……聞いて、いた……」
「篝さん……!!」

 老人の握る手にはもう、生気は失せていた。いくら呼びかけても、もう返事が返ってくることはない。彼女は、息絶えたのだ。
 かつて、満身創痍の少年兵の世話をし、その世話の話を肴に酒を呑み交わしたこともあった彼女は、死んでしまった。

「きっと、雛樹はあなたのことを恨んじゃいない。恨んじゃあ、いないさ……」

『もういい、爺さん。大丈夫だ……』どこか諦めたように。しかし、全く怒りの感じられない声でそう言って、政府軍の兵士の前へ出てきていた雛樹。

 老人はあの時の彼を見て、誰かを恨んでいるなどと……そんなことは到底思えなかったのだ。


……——。

 しばらく眠っていた風音は、頰に触れた優しいぬくもりで目を覚ます。ズキリと痛む脚。それに、ひどいめまいだ。しかし……。

「あ、かざ姉起きたよ!!」「ほんとっ!?」「がぁざねぇぇえええー……っ」

 次々と自分の視界に入ってくる子供達の顔。中には、風音が起きたことにより安心し、号泣している子もいる。体調は悪いが、なぜか笑顔がこぼれた。

「ごめんね……心配かけちまったみたいで……」
「起きてくれてよかったぁ。みんなでね、かざ姉のこと守ってたんだよ!」

堂々とした、子供達の表情。誰にそんな勇気をもらったのか……自分が面倒を見てきたこの子たちは、自分の予想以上にたくましく育っていたようだ。

「ありがとね、姉ちゃんを守ってくれて」
「あったりまえだろ!! いっつも姉ちゃんは俺たち守ってくれてるんだから!!」
「あー、せいちゃんかっこいいこと言ってるー」
「ぬあ、うっせ!」

 痛みをこらえながら笑う風音の前で、子供たちはいつもの元気を取り戻す。
 ……が、その中で数人、浮かない顔をした子たちがいた。

「ねえ、お兄さんはどこに行っちゃったの」
「……」
「軍人さんに連れていかれちゃったの?」
「それは……私には……」

 自分を運んだ時に、この子供達は拘束帯を腕に巻かれた雛樹を見ているのだ。
 雛樹はどこに行ったのか。風音にはもうわからない。
 彼は、現れた怪物に方へ向かったはずだ。逃げたということは、まずないだろう。
 その証拠に、外での騒ぎは収まっているように感じる。
 老人がいないのは、お外の様子を見に行ったからだと子供達に聞いたのだ。

「どこ、いったんだい……雛坊……」

 悠然と、集落の危機へ向かった彼の行方は、彼女たちには知る由もない。

……——。

 空に確認できる、青い粒子を放ちながら高速飛行する機体、その内部。

「なんてことですか……これは……」

 政府軍の戦闘師団から攻撃を受けながらも、なんとか離脱できた青い二脚戦術機は、一度外海へ抜けていた。
 異変に気付いたのは、雛機の体にかかる負担を減らすため速度を落として眼下の海原をモニター越しに捉えた時だった。

「海が……赤い」

 あのガンマ級ドミネーター出現の影響かなにかは知らないが、東雲姫乃准尉は“海溝側のグレアノイド反応が活性化している”、と言っていた。
 それを体現したのがこの海の現状か。点々と輝く赤い光が、眼下の海面におびただしい量広がっていた。海が赤いと言ったのは、比喩でもなんでもないのだ。
 実際に赤い。赤く光っている。

 グレアノイドとは、ドミネーターから散々放出されていた、赤く光る粒子。そして、赤光の矢や槍、壁といった“特殊な条件下で物質化した、赤く輝く光”のことだ。
 人間にとって毒性があり、独自の放射線を放つことから探知は容易い。

 そのグレアノイドという特殊な物質は、“大規模地殻変動後に現れた、他物質に対して侵食性を持つ新種の黒い鉱石”から生成される。
 あの怪物の体表を構成するのも同様の鉱物だ。

“グレアノイド鉱石こうせき”。

 そう呼ばれ、新たなエネルギーと一時はもてはやされたそれは、人類を食らう怪物ドミネーターを生み出した。
 そのグレアノイド鉱石の“毒性”は赤い光とは比較にならないほどであり、危険極まりない物質だ。

「本土近海の海溝部はこれだから嫌なんです。今まで何隻の偵察巡洋艦を沈めてきたことか……」

 ぶつくさとそう言いながら、この機体を空に浮かせている機関である反重力炉の出力を、モニター操作することで落としてゆく。
 出力を落とせば必然的に高度も落ちていく。海面を飛行の風圧で波立たせ、内陸で母艦と合流するため大きくアーチを描くように旋回していった。

「“フォトンノイド粒子”放出量低下……。これで“彼ら”に察知される危険性は……」

 瞬間、静流の息が止まる。海面スレスレを飛んでいた矢先に現れた何本もの巨大な黒い鉱物の柱が、海を割って突き出してきた。それは集落に現れたものと同じではあるが、サイズがはるかに大きい。
 その直径は軽く10メートルを超え、高さは50メートルに届くか届かないか。ごつごつとしたその円柱の表面には、何かの回路のように走る、赤い光のライン。
 禍々しくそり立つそれは、突き出したと思えば何事もなかったかのように次々と海へ沈んでゆく。

 逐一回避行動をとり、大量の水飛沫にモニターを汚されながら静流は舌打ちする。

「なんて数……。この速度で柱に衝突すれば機体がバラバラになりますね。ただでさえ、修理費ばかり高くて薄く脆い装甲なんですから……やめてほしいです。社長に怒られるのは私なんです、よっ」

 出てくることさえわかっていれば、回避は容易い。しかし、回避するたびに大きな負荷がコクピット内にかかる。モニターしている雛樹の容体は芳しくない。
 できるだけ早く、しかし、負荷をかけず運びたいところなのだが。

「麻酔は効いているみたいですね……。できる限り効果のある薬品を投与してはいますが……頑張ってください、ヒナキ……」

 横たわる雛樹の左腕、その動脈に向けられた鋭い先端を持つノズル。
 いわゆる、針のない注射器だ。モニターされた雛樹の容体に合わせ、この機体のメディカルシステムが必要に応じた薬品を自動的に投与しているのだ。

 収まってはきているものの、黒い好物の柱は海から飛び出してきている。海面を飛ぶ、この機体の気配を感じ取り反応しているのだろう。

 怪物を生むグレアノイド鉱石は、大規模地殻変動により現れた海溝の間に発見された。

 【全長、約3万6000km、幅約90キロ、最大深度計測不能】

 地球一周分に届こうかという、未曾有の大海溝。そして……。


 “文明を破滅させかねない、全ての元凶”


 眼下一帯に広がる赤い光が、機体を追ってきているように感じる。ドミネーターは、反重力炉や機体から放出される“青い粒子”に反応し、追ってくる性質があるのだが……。
 今、放出しているエネルギーは必要最低限のものだ。ドミネーターが反応を示す基準を大きく下回っている筈。それなのに、追ってくる。原因を探るため、動力やエネルギー残量、エネルギー供給、出力、搭載武装の状態等を示す計器メーターを、目で漁り異常がないかを確かめるが……。

「……損害部からの粒子漏れも無いですが。一体どうしてこうも彼等ドミネーターの注意を引いてしまうのでしょうか。鬱陶しくてたまりません」

 砲撃を受け破損した補助推進機関から、青い粒子が想定外の放出をする可能性もある。しかし、そこへのエネルギーパスはとうにっている。そこはもう死んだ部分だ。エネルギー漏れは起こらない。

(何か、他のイレギュラーが原因で……?)

 この機体にあるイレギュラーの心当たりは一つだけ。いや、一人。祠堂雛樹の存在だが……。
 そんなことを考えているうちに、海から離れ陸地を眼下に眺めることとなった。海中から追ってきていた赤い光も、そこまでこの機体に関心がなかったのか本土まで追ってくることはなく、静流はほっと胸を撫で下ろした。
 岸に当たり、散った赤い光はただただ燻り続けているようだ。

(やはり、少しの違和感をこちらに感じていただけでしたか。そろそろ合流地点ですね……。ECMを解除し、すぐにでも可視光の屈折度数をこちらへ送ってもらわないと……)

 高度約4000メートル、1キロ前方に戦艦アルバレストは待機しているはずだが……何も見えない。
 それもそうだ。ステルス航行中だった母艦は視認することすら困難なのだから。
 物質化した光の膜を使用した最新鋭の光学ステルスは、“可視光かしこうを屈折させることで不可視化している”。が、その屈折を限定的な外部干渉で修正することで、この機体に対してだけ可視化させることができるらしい。

 そうするためには母艦と直接連絡を取り、今現在の戦艦アルバレストを覆う全ての可視光屈折度数データを、この機体のシステムに直接送ってもらう必要が有る。
 凄まじく膨大なデータだが、方舟のテクノロジーを前にすれば、なんのことはない処理だ。

 結果として、母艦と連絡を取れた静流はすぐさま戦艦アルバレストの姿を機体に捕捉させ、広い甲板に着艦した。

 モニター越しに見える戦艦の甲板を通り、機体の格納庫へ進む。格納庫に入るにあたり、反重力機関のシステムは全て落としてある。
 今のこの青い二脚機甲は、床を普通に歩く機械だ。

 金属質な壁と床に囲まれた格納庫内、数十人はいるこの戦艦のエンジニアが機体を誘導している。  機体を固定するロッカーまで、重々しく金属床を鳴らし、時折脚部との接触で火花を散らせながら進み、背中を向けて後退。
 各部に備えられたコネクターと、格納設備ロッカーからせり出ている金属製の円柱コネクターをドッキングし、機体の格納は完了した。

《結月ちゃん。そっちに医療班が待機してるはず。容体の悪化が思ったより早いの。急いで彼をシートから降ろしてハッチを開放して!》
「わかりました! 今すぐに……!」

 静流は機体が安定した後、すぐさまタンデムシートに固定されている雛樹を運び出すために動く。

 運び出そうとしたがしかし、突然自身を襲った目眩にやられ、頼りなく体をふらつかせてしまう。
 機体の異常な機動性からくる、パイロットの負担は想像を絶するものだ。

 だが本来ならば、コクピット内には無理な機動による高負荷を無効化するためのシステムが備わっている。実際雛樹を乗せるまでは、この機体でどのような挙動をしても負担など無いに等しかった。“他の負荷”を除いては。

「結月少尉! 負傷者はこの方ですかッ」

 解放されたハッチから、医療部隊の兵士が顔を出し、静流に確認をとってきた。静流は安堵の表情を浮かべながら彼に言う。

「……そうです、一刻も早く彼を治療してあげてください。そして……必ず、助けなさい」
「わかりました。すぐにでもメディカルセンターに運び、治療にあたります。しかし、あなたもすぐにお越しください。方舟の戦乙女の額に傷を残したとあらば、御社の取締役に首をねられますので」

冗談交じりにそう言った医療部隊の兵士に対し、静流は苦笑いを浮かべ。

「よろしく、お願いします」
「ええ、傷一つ残しはしませんよ」

 そうして運ばれていく彼をコクピット内から見送ってから、彼女は辟易する。
 度重なる命令違反に、政府軍から発見された件で、今回の任務の責任者である、ジャックス大佐からのお叱りを受けるだろうことが明白だったからだ。

 しかし、もうしでかしてしまったことは仕方がない。それに後悔もしていない。とにかく、ヒナキ・シドーと再び会えたことによる高揚感が、彼女の罪悪感を隠していた。もちろん高揚感だけでなく、雛樹の現状を把握しているため、同じくらいの絶望感にも苛まれているが。
 兎にも角にも、節々が軋み痛む体を引き摺りながら、結月少尉はこの艦に備えられたメディカルセンターへ向かった。
 自分の体を診てもらいたいわけではなく、雛樹があまりに心配なので、仕方なく足を運ぶのだ。


 そして同時刻。報告書を作成するために、艦橋にある自分のデスクから展開された、半透明のホログラムキーボードを叩いている東雲姫乃准尉の背中に声がかかる。

「よお、さっき言っておいたことは?」
「完了していますよ、ジャックス大佐。先ほどの、ランクΓと運び込まれた青年の戦闘映像は消去しました」
「で?」
「これが唯一のバックアップです」
「へっへ、お利口お利口。こんなもん、企業連のお上の目に触れりゃあ大騒ぎだぜ。こいつは俺が預かっとく」

 東雲准尉から手に収まるほどコンパクトな、直方体で青い光の回路が走るクリスタルを受け取って、ジャックス大佐は満足げに笑みを浮かべた。

「この映像を見たクルーは何人だ?」
「戦闘を詳細にモニターしていたのは私だけです」
「ッは、熱心なこったなオペレーター。いいか、この映像に映っていることは今後一切口には出すな。わかったな?」
「はい。ですがそちらも……」
「わぁってら。結月ちゃんの命令違反と政府軍との交戦、離脱の件は“無かった事”にしてやる。お上にもバレねえように手も打っておいた。あとは報告書をでっち上げるだけだ」
「助かります、ジャックス・バルカ・アーノルド大佐」

 そこまで言うと、ジャックス大佐は小声で呟く。『誰が、あの怪物を蹴り転がせる馬鹿にんげんがいると思う』と。

「報告書、頼んだぜぇ。予定にない動きをしちまったからな。航行記録を漁られりゃ、おかみに感づかれるかもしれんぜ」
「任せてください。私も降格したくはないんで、本気出しまっす」

 その場を去っていくジャックス大佐の背を一瞥し、東雲姫乃は女性にあるまじき邪悪な表情で舌打ちした。

(あの女ったらしの中年親父めぇ……。私のモニターデータのログ、勝手に荒らすんじゃねぇっつのお)

 この艦が地上での惨状をモニタリングしていたのは戦闘状態に入る前だけだった。青年が本格的に立ち回る頃にはもう、ジャックス大佐の命令で離脱準備を進めていたため、すべての戦闘状況を把握していたわけではなかったのだ。

 パートナーが護衛艦を離れる程の異常事態だ。静流の乗る二脚機甲のオペレートを開始するにあたり、自分が任されていた艦底カメラを使い、できる限りドミネーターを中心とした地上映像を記録していたのだ。

 唯一映像を記録していたその艦底カメラのログを見つけたジャックス大佐は、青年とドミネーターの戦闘映像を見つけ、すぐさま東雲准尉に連絡を入れた。

『俺が指定するログの一部を記録媒体に移したあと、跡形も残らないくらい全て消せ。そうすれば今回の結月少尉の件は黙っておいてやる』

 そう言われ、渋々従ったのだ。実のところ、東雲姫乃はその戦闘記録を見ていない。その艦底カメラに目標を追尾させ、自動録画していたためだ。
 だが、ジャックス大佐にはあたかも“自分も見ていた”風に装った。

 弱みを握ったのか、握られたのか。どちらかはわからないが、ある程度“センチュリオンテクノロジー”側にも“企業連”に対して、切れるカードは用意しておいたほうがいいと判断したための行動だ。

「さってと、報告書も書けたし。結月ちゃんの様子でも見にいこうかしらん」

 耳に残る、ジャックス大佐の小言。あの怪物を、蹴り転がせる馬鹿にんげん……そんな馬鹿にんげんが居たような口ぶりだった。

(なんか、厄介なことにならなきゃいいけどね)

 普段なら絶対に見せない動揺を見せ、命令違反をしてまで結月静流少尉が連れてきた青年。
 昔、静流が本土に居た事は直接聞いたことがある。その時に、世話になっていたという少年兵のことも。

 対ドミネーター用に、各国から優秀な兵士を集結させ編成された部隊。CTF201の噂は海上都市、センチュリオンノアでも有名だ。
 静流の様子を見るのもそうだが、そのかつての少年兵の姿を見るために、彼女はメディカルセンターへと足を運ぶことにした。

 通信機を使用し、他の艦橋オペレーターに席を離れるむねを伝え、席を立つ。

 その先で、東雲姫乃が見たものは。何かにすがるように集中治療室前で微動だにしない結月静流と、その治療室で手術を受けている青年の姿だった。

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