ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら
第4節—方舟最強の生物兵器—
もうすぐ、本土を発ってから半日経つ。方舟……海上都市センチュリオンノアまであと一時間……だが。ここまで無事に戻ってきて、物騒な通信が艦橋を荒立てる。
「結月少尉……、センチュリオンノア、サウスゲート守衛部隊から緊急入電!! サウスゲートから南南東20キロ地点にて、ドミネーターの出現が確認されました!」
「進行方向は?」
「ランクアルファ、ベータの群れが海上都市へ接近中! 守衛部隊は我々との挟撃、殲滅を提案してきています」
球形モニターの中に立体的に表示された、挟撃プランの映像。海上に現れ、方舟に向かう大量のドミネーターの群れを、立体映像化された戦艦アルバレストと、方舟側の守衛部隊が遠距離砲撃で挟撃するイメージが映されている。
挟撃と言っても、相打ちを避けるために戦艦側は高度を上げ、撃ち下ろす形になっていた。
「とのことですが、どうします。ジャックス大佐」
一応責任者に許可を得ておこうと、静流はジャックス大佐へ通信を入れておく。帰ってくる答えは、もちろん……。
《そのプランに乗れ! 守衛部隊から追加報酬ふんだくってやらァ》
「守衛部隊はあなたと同じ、企業連正規軍所属でしょう」
《ああ、部署が違うんだっつー話よ。へっへ、気にくわねえ奴らだ、恩を売りつけてやりゃあいい》
物の考え方がいちいち下品なジャックスに呆れながら、静流は執務室との通信を切り、すぐさま指揮に移った。
「対ドミネーター兵器の出力準備を。あと航行速度と高度上昇、目標の後方上空へ付いてください。ドミネーターから発生するグレアノイド反応を広域化したレーダーへ表示します」
次々に的確な指示を飛ばす静流と、操艦手により戦艦アルバレストは大きく進行方向を変える。その巨体を海原でゆっくりと振りながら波を立てていく。今現在レーダーへ投影されている。ドミネーターから発せられるグレアノイド反応を追い、反重力炉出力を上げて加速してゆく。
ブリッジに響く動力音がその出力の変化をありありと感じさせ、クルー達は心身ともに臨戦態勢へ移行していた。
「挟撃する以上、ブルーグラディウスは出せねぇな」
「サージェス大佐、いらしていたのですか」
「流石に戦闘指揮くらいは取らんとな、結月ちゃん。ったく、せっかくのお楽しみを邪魔しやがってよォ。この代償は高くつくぜ化け物共」
どこぞの女の香水の匂いを漂わせながら後ろに立った彼は、ブツブツとなにやら文句を言っているようだ。が、シズルはそんなことに構わず状況整理、指示を進めてゆく。
「射程距離まで約6分。フォトンノイド粒子砲6基、グレアノイド感知ミサイル10基、シールド共に展開完了。このまま直進しつつ待機します。少尉、大佐、次の指示があれば従います」
「そのまま待機を続行、6分後に備えてください」
「了解」
シズルがオペレーターとのやりとりを一旦終えようとしたその時だった。サージェスがレーダーに映る何かに気づき、独り言のように……。
「様子がおかしいな。群れがばらけ始めてやがる」
「本当ですね……。まさかこちらに気づいたのでは」
海域上の情報を表示しているモニターに変化が現れた。赤い点で表示されている、一つ一つのドミネーターの表示。まとまっていたはずのそれが、それぞれ突然離れ始めたのだ。
「その可能性もあるが……それにしては迎撃してくる気配がねぇよ。なにか感知しやがったな。いますぐサウスゲートに連絡を入れろ。もしかしたらセンチュリオンノア側の化け物を出しやがったのかも知れねェ」
「“ステイシス”を? まだ私たちで対処できるようなこの状況で?」
嫌な胸騒ぎを感じ、シズルはオペレーターにセンチュリオンノア側へ連絡を入れるよう指示した。自身はシートに深く座り、報告を待つ。
ステイシス……。方舟が所有する兵器の中でも、頭ひとつ飛び抜けた戦力を持つ“生物兵器”。
「ステイシスは今調整中のはずです。出撃するわけが……」
「その……結月少尉」
不穏な空気を漂わせながら、オペレーターは言う。
「ステイシスが、独断で方舟から出撃したようです……」
「嘘でしょう!?」
その報告にシズルは耳を疑った。今現在、センチュリオンノア最大の兵器であるステイシスは不安定な状態にあり使えるようなものではなかったはずなのだ。
そのステイシスを感知し、レーダーに映るドミネーターの群れはバラけたというのか。
「下手をすれば“彼女”の巻き添えを食うことになります! 進行方向を修正、今すぐ戦線を離脱してください!」
「ああだめだ、遅ェ」
広域化されたレーダーの端から新たなグレアノイド反応が感知されて表示された。
そのグレアノイド反応はドミネーターの物よりも強く大きく表示され、それは高速でドミネーターの群れへと向かっているようだ。
……——。
方舟の頂点に座す化け物。レーダーに映ったそれへ、方舟側は何度も何度も呼びかけていた。
《ステイシス、出撃は許可されていません。いますぐ帰還してください、今すぐに、帰還してください!!》
「……」
薄暗くシステマティックなコクピット内には、赤い光が電子回路のように巡っている。
その中に座し、様々なチューブを体に取り付けられた機体のパイロットはその呼びかけに答えない。
驚くべきことに、ドミネーターに出現するグレアノイドの赤い粒子と同じものが、センチュリオンノアの最大戦力と呼ばれる者の周りに現れている。
海面を大きく裂きながら、暗い夜の空を弾丸のように飛ぶ漆黒の機体。
その機体の表面にも、コクピットと同じようにグレアノイド光のラインが巡っている。鋭利な黒い装甲を持つその機体の背や腕に装備された、明らかに不釣り合いなほど巨大で金属部品が折り重なった兵器の各部が怪しい動きをみせていた。
それは、洗練されたシルエットを持つ機体との対比で、やけに不気味な様相を呈している。
機体の背のバーニアから鋭く吹き出る推進剤と、排気口から出る赤いグレアノイド粒子が高速で飛ぶ機体に尾を作りながら——……
その黒い巨人は前方の空に飛んでいる、多数のドミネーターを捉えた。
十数体に及ぶ小型中型ドミネーターの大部隊。本来ならばセンチュリオンノアの一線級部隊が出撃し、殲滅に当たるような状況だがこの機体は臆することなく真っ向から突っ込んで行っている。
すでにドミネーターの攻撃の射程範囲内、おびただしい数の光の矢が雨あられと向かってきたのだが……。
低空を飛行していたその機体は、弾かれたように上空に飛び出し、光の矢の射線から外れた。
……かのように思えたが、途切れることなく放たれているそれは、上空へ外れたその機体の足元を追ってきていた。
しかしそれ以上回避しようとせず、噴かしていたブースターを一旦完全に止めてしまう。
上に押し上げていた推進力が消失し、ゆっくりと上がりやがて止まる。機体を包む静寂、その刹那。
静止した機体を捉えた光の矢をアームで掴み、向かってきたその威力を一度完全に殺しつつ肩部に凄まじいトルクを掛けた。
その隙にも、何本もの禍々しい光の矢が装甲に直撃するが、その漆黒の装甲を傷つけることはない。その機体は光の矢を砕き弾き、しかし衝撃だけは殺せず何度か空中で後退しながらも。
“10時方向、戦域を離脱する大型艦を海上にて発見、捕捉”した。
おかしい。狙いは、眼前の怪物ではない。
コクピット内モニターにてドミネーターの群れ、その向こうの下界に見える大型の戦艦に、ピントを合わせながら拡大してゆく。そこまではこの機体のシステムによるアシスト。しかしここからは違う。
最高戦力と呼ばれる生物兵器が“センチュリオンノアに居ながらにして感じていた”とある【人間の気配】。その人間のいる場所を、“最高戦力ステイシス”自身の感覚で探る。
見つけた。右舷後方装甲付近の部屋。この機体を操る“彼女”の口角が上がった。
攻撃を受けつつ、光の矢をつかんだ側の肩部トルクを大量の赤い粒子と共に解放。
凄まじい出力で放たれた光の矢は直線上、正面に居たドミネーターの黒い体を貫きながら、戦線から離脱しようと舵をとる戦艦に一直線に向かってゆく。
現在、戦線離脱中の戦艦アルバレスト、その艦橋では……——。
「前方に展開するドミネーターより攻撃がきます!!」
アルバレスト艦橋でオペレーターが叫ぶ。たった一つの“赤い光の矢”による攻撃ではあったが、より早くより正確に飛んできていたその矢は船体側面を捉えていたのだ。
「光学防壁を多重展開しろ!! 狙いがおかしい!!」
向かってくる攻撃の予測弾道を見て、ジャックスの乱暴な指示が飛ぶ。
ステイシス機を、敵性と認め対峙しているドミネーターが、戦線を離脱しようなどと行動している、“敵性”を感じさせないこの艦に……ピンポイントで、しかもこれほど強力な攻撃を仕掛けてくるだろうか。
艦隊側面、着弾予測位置へ、青い粒子を放出しながら幾重にも展開された防護壁。青く物質化した光で構成されたそのシールドは、淡く光を放ちながら、秒単位でその強度を増してゆく。
その急ごしらえの強度は、向かってくる矢を防ぐまでになれるのか……。
「光学防護壁の展開完了!! ……右舷へ被弾しますッ! 衝撃に備えてください!」
強力な加速に伴った凄まじい風切り音を纏いながら、その矢は戦艦アルバレストへ肉薄する。
その赤い光の矢は船体右舷を擦るように着弾。
多重展開されたシールドを削るように破壊してゆき、その向こうの右舷装甲を大きく破損させた。
船体が大きく振動し、破壊されたシールドが粒子となって散り、装甲はめくれ上がり爆ぜて四散した。
横から殴りつけるような衝撃は艦橋までも襲った。球体モニターの艦内マップに表示された艦内マップ、その右舷付近のダメージエリアが赤く染まる。
「……くっ、損傷報告を!!」
ぐわんぐわんと鳴る頭に翻弄されながらも、シズルはオペレーターに指示を出した。
「右舷シールド、装甲共に大破しましたが動力部に異常なし! 脅威対象、艦を掠め装甲を抉り後方へ抜けました。船員バイタルサインにも異常は見られませんが、艦内部が大きく露出しています……ここは」
オペレーターが艦内マップ、そのダメージエリアを拡大しシズルへ見せる。右舷後方に位置するその部屋は。
「捕虜、祠堂雛機が療養中である部屋の外壁が大きく破壊されています!」
「なんですって!?」
この時、ジャックス大佐の頭の中に引っかかっていた、今しがたの攻撃に対する違和感がおさまるところにおさまった。祠堂雛樹という男が、巨大な怪物を蹴り飛ばしていた戦闘映像。突然の帰還命令、その機会を待っていたかのようなステイシスの暴走。
そして、狙ったかのように飛んできた光の矢の一撃。
「結月少尉よぉ。グラディウスでステイシスを抑えろ。狙いがわかった」
「どういうことですか」
「気づいてんだろ。今しがたの攻撃、ドミネーターのもんじゃねぇってこたぁ。速度と光子圧縮比が強化されてやがった。じゃねぇとこの艦のスペックで展開できる多重シールドを削り取るなんて真似はできねぇよ」
過程はどうあれ、ジャックスと同じような結論に至った結月静流は言う。
「やはり今のは……ステイシスからのものでしたか」
「ああ。少しおイタが過ぎるってもんだ。単騎では心細いだろうが、できるだけ抑えてくんな。あれと祠堂雛樹を接触させると、ややこしいことになるような気がしてならねぇんだ」
「……わかりました。東雲准尉、“ブルーグラディウス”オペレート準備を!」
《もう始めてます。いつでも出撃できるよ》
その通信を聞いた静流は凛とした面持ちで、しかしどこか不安を見せながら格納庫へ走っていく。
残されたジャックス大佐はシズルの代わりに司令塔となり、戦線離脱続行の為、航行進路を指示、右舷被弾部付近の乗組員の正常なエリアへの移動状況を把握しつつ、被害の大きい雛樹の部屋の監視カメラの映像をモニターへ映し出した。
「……うっそだろ、オイ」
が、その部屋の映像は全く映り込んでいない。大方、破壊された装甲の破片か何かで監視カメラ自体が破壊されたのだろう。通信からして途絶してしまっていたのだ。
方舟の最高戦力と揶揄される者が駆る漆黒の機体は、投擲した赤い光の矢がアルバレストへ着弾したのを確認した。
しかしそこでようやく自分の置かれた状況に気づいたらしい。
大量の怪物に包囲されている、と。いや、気づいてはいたが今まで眼中になかっただけだったのだが。
そのほとんどが、人型ランクα。
ドミネーターのランク分けは下位順に、α、β、Γ……と、その形状から分けられるのだが。
この人型ランクαは、“ドミネーターの基本形態にして数が多く”、普通なら単騎で挑めるような状況ではない。
絶望的なこの包囲網の中で平然としている黒い装甲を持つ機体は一体何者なのか。
すでに攻撃は始まっていて、幾つもの光の矢が機体へ放たれてはいる……が。
その数多の光の矢が装甲を貫くことはなく、装甲の表層を浅く削っていくばかり。
機体頭部、人でいう目の部分に赤い光が灯る。積んでいる反重力機関を用いて空に浮いていた機体、その“各部ブースター”が慣らしだとでも言うように次々に噴射した後、一気に上昇しさらなる上空へ離脱した。
それに反応したドミネーターは、間髪入れずその機体の後を追った。群れとなり、まるで空に向かって伸びる柱のように“縦一直線”になりながら追う。
索敵レーダーモニターで、追ってきているドミネーターの群れを確認した、漆黒の機体、そのコクピットに座る“彼女”。
口角をギィッとあげ、凶悪な笑みを口元に浮かべながら、横目で“グレアノイド粒子チャージ完了”の文字を確認した。
その瞬間、音速を超える速度で上空へ上がり続けていた漆黒の機体は“突如反転”する。
反転……しながら。機体に不釣り合いなほど大型で、無骨な兵器が右腕を覆うように変形していく。
追ってきているドミネーターと向き合う頃には巨大な砲身を持つ兵器へと変貌を遂げていた。
砲身が三つに分かれており、赤い粒子を撒き散らしながらそのそれぞれが唸りを上げて左右に回転し。
巨大な金属塊が擦れる、恐怖を誘う重く続く音を放ちながら、照準は一直線にこちらに上がってきているドミネーターの群れの真ん中へ。
グレアノイド粒子三連結砲、射出。
極限まで加速された巨大な赤いエネルギーの塊。
その大量破壊光線が、一直線に並んでいたドミネーターを薙ぎはらいながら海へと落ち、広範囲の海面を強烈なグレアノイドの赤い光で染める。
蒸発した海水が辺りに広がり立ち上り、景色を白で埋めていった。
射出後、機体に装備されていたその砲身は、その凄まじいエネルギー放出に耐え切れなかった。
歪んだ砲身が回転しながらも、不規則な音を立てて火花を散らせ、瓦解してゆく。
モニター上に、ノイズと共に明滅するウェポンパージの文字。
一回撃ち下ろしただけで使えなくなったそれをなんの未練もなく外し、その巨大な鉃塊は火を吹きながら海に落ちてゆく。
まるで隕石のようなそれは、やがて大きな爆発を起こし海面をさらに噴き上げさせた。
この惨状だ。全てなぎ払った、かに思えたが。
コクピットが大きく揺れる。
生き残ったドミネーターが機体に取り付いてきたのだ。取り付いたドミネーターは、武器でもある触腕を鋭く尖らせ、大きく振り上げて胸部装甲をめがけ、振り下ろしてきた。
巨大なハンマーで思いっきり殴られたかのような衝撃に、コクピットの中の“彼女”は大きく跳ねる。
間違いなく光の矢より威力の高い一撃。装甲にヒビが入り、赤く光る粒子がその装甲の下から漏れてしまっていた。
「……」
この機体には先ほどの巨大な粒子砲以外に攻撃兵器が搭載されていない。
それもそのはず、この機体に出撃予定はなく、唯一搭載されていた粒子砲は試作兵器であり、試射のため機体に取り付けられていただけだった。
その証拠に、兵装状態を示すモニターには予備兵装が無いことを示す文字が出現している。
機体に張り付いたドミネーターはその触腕を、ヒビの入った黒い装甲に潜り込ませ抉り剥がしにかかっていた。
……が、機体内の彼女の髪がふわりと浮き、剣呑な双眸が赤く染まる。
腕にドミネーター特有の赤いグレアノイド光のラインが浮かび上がり、それはコクピット内壁に走る同様のそれと操縦桿を握る手を伝って繋がり……。
次の瞬間には、機体装甲の“ヒビから突き出した”いくつものグレアノイドの“赤い光の刃”が取り付いていたドミネーターを串刺しにしていた。
張り付いていた怪物は、機体から強制的に剥がされ宙吊になる。
その後、動きを封じられたドミネーターの頭部を、機体の右腕で乱暴に鷲掴みにし、徐々にトルクをかけてゆく……。
怪物に脱出の術はなく、頭部は軋み、耳障りな音を立てて形を変えていった。
……負荷に耐えきれなくなった頭部は赤い液体を撒き散らし、潰されたリンゴのように破壊されてしまった。
だらんと力無く垂れ下がったその怪物を、漆黒の機体は躊躇いなく遥か下の暗い海へ落としてしまう。
これで最後のドミネーターを撃破した。だがその機体に乗るステイシスと呼ばれる彼女にはなんの感動も、達成感もない。ただただその先にある目標にだけ、今は興味を惹かれて落ち着かない。その漆黒の機体は次に目標を定める。
先ほど攻撃を加えた戦艦アルバレスト右舷後方へ。
——……。
することもなくベッドに寝転んでいたら、突然壁が吹き飛びついでに自分もベッドから転げ落ちた挙句、床に頭を打ち付けしばらく意識を失っていた祠堂雛樹は、こちらへ向けられた異形の気配に反応し目を覚ました。
「あ……ったま痛いぞクソ……突然なんだよ」
ベッドに手をかけ何があったのか把握……するまでもなかった。
派手に壁が破壊され、夜の帳が下りた大海原が広がっている大パノラマ風景が自分を迎えてくれている。
部屋を見渡すと、ベッドはひっくり返り、破壊された装甲の一部が散らばり足の踏み場もない。
打ち付けて腫れた頭をさすりながら、身の毛がよだつような化け物の気配を外に感じつつ。
驚きで丸くなっていた目を、鋭く、剣呑なそれに変える。片方の瞳が赤みを帯び、熱を持つ。
その身に叩きつけられるように感じる、強大な怪物の気配。
その異形の気配がどんどん近づいてきている感覚に動悸が止まらない。
赤い色を帯びた右目の熱が、気配と比例して強くなっていく。その気配の出どころを探ろうと、風に靡く髪を押さえ、壁にできた大穴から身を乗り出した瞬間。
視界にフェードインしてきた、無機質な塊でできた漆黒の巨人。
背筋に、悪寒が走る。
ギラギラと光る頭部の目、洗練された漆黒の装甲に電子回路のごとく走る赤いグレアノイドの光。
なぜか破壊されている胸部装甲からは、赤い粒子が漏れ出していた。
……——。
漆黒の機体内部のモニターには、驚き絶句している男の姿が映し出されている。彼女は前々から感じていた“同類の気配”を目の前に興奮し、その男の右目を拡大。
淡く光を放っている赤い瞳と、獣のような縦に細い瞳孔を確認。そして確信を得た。
「あっはぁ……、やぁっと見つけたわ……。私と“遊べる”人間……」
口角が上がり凶悪な笑みを浮かべ、モニター越しに彼を見て放った言葉はどこか危ない気配を漂わせていた。
……——。
雛樹は絶句した。気配は確実にあの怪物のものだったはずだ。だが、目の前に現れたのは、静流が乗っていたあの“ウィンバック・アブソリューター”と呼ばれる二脚機甲と同じような外見をしていたのだ。
その漆黒の巨人は、両方の腕を後方へ引き絞ると、思いっきり戦艦の装甲へ突き立てた。まるで、“機体を固定するアンカーのように”。
いざという時に備えて、手頃な金属片を片手に持っていたのだが……目の前の漆黒の機体、その胸部が展開し……コクピットがせり出してきたのを見た瞬間。
目を見開き、口をポカンと開け脱力。その金属片を床へ落としてしまった。
そのコクピットに座っていたのは、褐色の体に、純白の長い髪の少女だった。見た目、13歳から15歳といったところか。
えらく露出の高い拘束衣をだらしなく纏い、なにより……。
怪しく赤い光をのぞかせる瞳。
それは瞳孔の形といい、色といい、自分の右目と同じものだった。しかも、彼女のものは、両の目とも赤い特殊な瞳なのだ。
薄く笑みを浮かべたその端整な顔の少女は、自らの体に取り付けられた大小様々なケーブルを強引に外しながらコクピットから立ち上がった。
ケーブルを外したせいか、一斉に漆黒の機体のシステム、動力が落ちる。
力が抜けたようにガクンと落ち込む機体だったが、腕を戦艦の装甲に突き刺しているおかげで、不安定だが宙吊りに。落ちることはない。
「ふふ、ねぇ! あなたに触れさせてぇ?」
「……あんた、その肌……は!」
その美少女の褐色の肌のところどころに回路のように走る、赤い光のライン。
“ドミネーターの体表に現れる紋様と同じ”だ。
裸足で、まるで羽が落ちるかのようにふわりと自分が立つ床まで降りてきて、無邪気な様子でぺたぺたと近づいてきた。
拘束衣の袖は後ろに回っている。なんてことだ。この子は、腕を固定されながらこの機体を操っていたのか。
しかし、触れるとはなんだ。腕を拘束された状態でどう触れるつもりなのか。
だが、その懸念は一瞬で吹っ飛ばされることになる。
目を見開き、硬直していた自分の顔目掛けて跳んできた褐色白髪の少女に……唇を塞がれた。
ぬるりと、粘膜の柔らかく暖かい感触。
意表を突かれた一瞬の出来事だったが、目を回すのに十分なインパクトだった。
「ぬぁ……!?」
「あっは!! ほんとだぁ。“アルマ”が触れても“黒い塊”にならない。へぇ……そう。人間の温かさって、こんなのだったわねぇ……」
離れていく彼女は、目を色っぽく細めて、心底感じている高揚を噛みしめている風だ。
「お父様ですら、“アルマ”に触れないもの……。私が触れられる人間の男……ねぇ、あなた——……」
《そこまでです、ステイシス。ステイシス・アルマ。彼から離れなさい。これは重大な命令違反です。あなたには出撃命令は下されていません》
戦艦に取り付いている漆黒の機体の後方に、青い粒子を放出しながら悠然と滞空している、青い二脚機甲、“ブルーグラディウス”から、結月静流の声が聞こえてきた。
その声の主に背を向けながら、容姿端麗な褐色の少女は攻撃的な鋭い目つきになり、瞳だけ動かし後方を気にする仕草を見せた。
「あっはぁ……その目障りな“青いクソ”でアルマの前に出るなんて……。ああ、なんて勇敢な子なのかしら……」
『今すぐそこから離れなさい』と、再びそう言われた褐色白髪の少女は『せっかちねぇ』と半ば呆れながら言葉を返す。
だが、そういう少女の表情は……雛樹にとって理解不能な恐怖を抱かせた。
口元は笑みを浮かべてはいるが……目が据わっている。獣のような赤い瞳は獲物を見定めたかのように動かない。
「ねーえ、あなた」
「んん?」
と、思えば。少女らしい見た目にそぐわぬ妖艶な表情を浮かべ、こちらに視線を移して、蠱惑的に間延びした声で呼びかけてきた。
「お名前、教えてくれはしないかしらぁ?」
少し不安げな表情を浮かべた少女に、雛樹は本土に置いてきた子供達の顔を重ねてしまった。
「……しどう、祠堂雛樹だよ。君の名前は?」
「あっは、なんだか子供扱いねぇ? ふぅん……こんなのも新鮮でいいわぁ。しどーお兄ちゃん? きひひ」
くすぐったそうに笑いながら、そう言われてもだ。どうしたって自分より年下の少女にしか見えないのだから仕方ないだろうと心の中でつぶやきながら、少女の次の言葉を待つ。
ひとしきり笑った彼女は、一呼吸置いてから雛樹の質問に答えた。
「ステイシス・アルマ。方舟のゴミ共はみぃんなそう呼ぶわぁ」
「ステイシス……」
「ねえ」
ぐいっと顔を寄せてきて、ステイシス・アルマは言う。
「ねぇ、ひなき。アルマと一緒に来てほしいの……お願ぁい」
その言葉に、疑問符を浮かべた雛樹だったが。金属を叩き割ったような甲高い音に、喉から出かかった何故? という問いは飲み込まれてしまった。
そうしているうちにも両腕をアンカー代わりにして、戦艦の側面でぶら下がっていた漆黒の機体が、どんどんずり落ちてきている。
後方に見える青い巨人、ブルーグラディウスの周囲に展開された、自立して浮遊する三本の巨大なブレード……主兵装“ムラクモ”。
《忠告はしました。ステイシス・アルマ、その機体が海の底へ沈んでも知りませんよ》
アンカーにしていた漆黒の機体の腕、その片方をムラクモで切り落としたのだ。支えを一つ失った漆黒の機体は自重で落下寸前。しかしなんとか残された片腕だけで踏みとどまっていた。
「くひ、きひひひ……、“クソ女”。怒らせる相手間違ってることに気づいてるぅ……?」
限界まで見開かれた両目と、怒りで引き絞られた瞳。そして狂気に満ちた笑い声。
こんな少女が放っていい殺意じゃない。一体この少女は何者なのか……。
別れの言葉もなくその少女、ステイシスは落下しかけている漆黒の機体、その胸部コクピットへ飛び乗り……。
「あっはぁ……海の底で後悔しなさぁい……」
腕が落とされているそのハンデなど、全く意に介さない様子でそう言うと胸部装甲を閉じ、再び機体の動力を起動させた。
脚部を戦艦側面の装甲に押し付け、蹴り出してアンカーにしていた腕を勢い良く抜くと同時に、背後にいたブルーグラディウスへ肉薄した。
「ッ、なんて起動速度……!!」
システム、動力起動にかかる時間。それが恐ろしく短く、無いに等しい漆黒の機体の速攻に怯み、迎え撃つことができなかった。
静流は、前面推進ブースターを起動させるトリガーを思いっきり踏み込み、機体を後退させながら……、展開していた浮遊する三本の剣、ムラクモに神経を集中させていく。
結月静流の不意を突いた、静止状態からの弾丸のようなフル加速。
それを目の当たりにして静流は、“三本だけ”のムラクモすらうまく統制できない。
とっさの判断で、三本のうち二本のコントロールを手放し、残った一本のコントロールへ移行した。
《きひひひッ、サァ、遊びましょう?》
「なんてデタラメな出力してるんですか……ッ」
相手には近接での攻撃手段しかないはず、そう思い備えていたはずだったのだが。
化け物と話し合おうとした自分が馬鹿だったと思い知らされる。
目の前にいるのはもはや本能で動く獣。言葉で律するなどと考えている場合ではなかったのだ。
あっという間に懐に入られ、漆黒の機体、その残った腕によるコクピットを狙った刺突攻撃が迫る。だが紙一重で反応することができた。機体側面のブースターを噴かし、空中で自機を回転させつつスライドさせ、胸部装甲をかすめさせいなすことに成功。
そして、コントロール下にあるムラクモの一本でカウンターを見舞う。
初撃を外して後方に流れていた漆黒の機体、その肩部に撃ち込まれた一本のムラクモ。
鉱石の砕ける音と、機体から剥がれた装甲の破片が飛び散り、赤い粒子がまるで血液のようにだくだくと漏れ出ては宙に散る。
だが、全く効いている様子がない。怯むどころか、ノックバックさえしない。
「2番、3番統制——……! 目標を貫きなさいッ」
目まぐるしく展開するモニターに視線を走らせ、各ムラクモの状態を把握しながらコクピットで声を出す。
静流の青い瞳がより一層蒼さを増し、淡く光が放たれた。
それはまるで雛樹、そしてステイシスと呼ばれる少女の赤い瞳と対照的に。
「うぎ……ッ、きひひ……。流石にやるぅ……」
一撃、ムラクモが貫いたあと、間髪入れず二本目三本目が脚部、腰部を貫いてきた。
流石の“化け物”も、この鮮やかな連撃に動きを止めてしまった。
ブルーグラディウスは、近接攻撃回避の際に行ったブースターによる機体の回転、その遠心力を持って腕に装備されている物理兵器、白く巨大な特殊鋼ブレードを高速展開した。
ブレード展開後、今の運動エネルギーを相殺するために、再度ブースターを噴かしピタリと停止。
ムラクモを引き戻し、機体の周囲に再展開。体勢を立て直した。
《結月ちゃん。ステイシス機の動力低下確認。うまくやったね》
「いえ、事前にエネルギー回路の場所を把握できていたおかげです。的確なオペレート、流石です姫乃」
縁の下の力持ち、東雲のバックアップがあってこその、この攻勢。
漆黒の機体、その動力部は直接潰さず、動力部から各駆動部にエネルギーを伝達する、“人体で言う、所謂血管”であるエネルギー回路を断ったのだ。
これで、二脚機甲ウィンバックアブソリューターの活動は停止する筈。
……本来ならば。
「あはぁ……気持ちいいくらいだわ……。これくらいの苦痛……」
漆黒の機体、そのコクピット内の少女は顔を伏せたまま、口元だけ歪めていた。
「起きなさぁい……“ゴアグレア・デトネーター”……」
そう、呟くと。コクピット内の赤い光がさらに増し、赤い光の回路がそこらじゅうに張り巡らされた。
……——。
見るに堪えない姿になった黒い機体、その心臓部分と体を断たれたにも関わらず、機体内部の熱量が上昇し続ける。
《結月ちゃん、ステイシス機再起動……機関出力上昇! どうして!? 動力部と駆動部のパスは断った筈なのに!》
「……やはり得体の知れない化け物ですね。方舟もよくあんなものを最大戦力などと……」
新たな脅威に戦慄しながらも、青の機体ブルーグラディウスはムラクモの剣先を全て、漆黒の機体に向けた。
「仕方ありません……動力部の破壊を試みます!!」
《気をつけて、あの機体の動力部を破壊してしまうと、周囲に深刻なグレアノイド汚染が広がるから!》
「留意しますが、対処できるかはわかりませんね」
そう言って、力無く笑う静流。外部を映し出すモニター、その中心には未だ活動を続ける漆黒の機体、“ゴアグレア・デトネーター”の姿が捉えられている。
表示された複数のレティクルがそれぞれ、その中心に収束してゆく。
青いレティクルが赤に変わり、“LOCK ON”の文字が現れた。
呼吸を止まるほどに、集中する神経。
「ムラクモ、全弾射出します……!!」
トリガーを引こうとしたその時。
《待ちなさい結月ちゃん!!》
「なんですか!」
《ステイシス機の様子がおかしい!》
「……? 様子……?」
そう、様子がおかしい。
ブルーグラディウスにロックされているにも関わらず、“目覚めてすでに行動できる状態にあるステイシス機”が動こうとしない……動けないでいるのだ。
そのことに困惑しているのは、なにも静流とオペレーター、東雲姫乃だけではない。
ステイシス自体もまた、困惑していた。
「……何故、うごかないのかしら? デト? あなた……アルマの言うことに逆らうのぉ?」
コクピットから、機体に向かってそう言うが……ゴアグレア・“デト”ネーターは答えない。
異常を知らせるインジケーターにも表示は見られない。
……何故、自分の操作を受け付けないのか。
……——。
戦艦アルバレスト。破壊された装甲の裏、露出した部屋で雛樹は行動を起こしていた。
右足を破壊された装甲の壁に乗せ、それをつっかえにし、何かに対して踏ん張っている。
「ぬぐっ……怒らせる相手を間違えてるって……? あんたは“怒りを向ける”相手を間違えてるんだってことをだな……!」
細めた左目とは逆に、これでもかと見開いた右目は異常な状態となっていた。
赤い瞳はそのままだが、白目、眼球の部分が全て黒くなっているのだ。そして眼球に巡った、血管のように細く赤い光の回路。
もはやそれは、人間のものではない。
「他はどうあれ、ターシャは止めろ……!」
雛樹自身の腕に巻きつかせ、両手で掴むように保持している『質量を持った赤い光の線』。
そのラインは……目視する事が難しいほど細く長くなりながらも、漆黒の機体“ゴアグレア・デトネーター”の装甲のヒビへ繋がっていた。
「こんな一筋縄で干渉できるとは……あれ、完全にドミネーターと同じだな……。腕が捥げそうだ……抑え、込めるのかこれ……ッ」
ミシリ、と、足場にしている装甲部分がひしゃげていく。それだけの力が、今雛樹に掛かっているのだ。
気を抜けば体が持って行かれ、大海原へ落ちてしまう。
腕に巻き付いた赤い光も、強く肉に食い込んできた。
……——。
「あっは、あははは!! 信じられない……あの人間、意外と“ドミネーター因子”と馴染んでるのねぇ。さっきから、この子が上手く動かないと思っていたら……、物質化したグレアノイド光でこの子を縛り付け続けてるなんてねぇ?」
全く動こうとしない機体の中、ステイシスは抑えられない高揚感を剥き出しに、狂気を孕んだ声でそう言った。
「きひひ、伝わってくるわ。あの“クソ女”を護りたいのね……。でもだめよぉ、あの女は排除するわ」
雛樹の干渉によって機体の制御がままならない中……ステイシスはゆっくりと目を見開いてゆく。
「アルマと張り合うには100年早いわぁ、人間」
突如、漆黒の機体、その周囲に展開された球状の赤い光のシールド。そのシールドは、雛樹が繋いでいたラインを切断した。
張り詰めていたそれを突然切られ、雛樹は思いっきり尻餅をつき転がった。
握られていた雛樹の手には、繋いでいたものが無くなり、暴れまわる赤い紐状の線。端から赤い粒子となって消えていく。
《ステイシス機、グレアノイドスフィアの展開を確認。ムラクモを放ってたら潰されてたね……》
「一体あの機体に何が……」
《……! 結月ちゃん! ステイシス機の駆動を確認! 来るよ!!》
「ええ、目視しました。迎撃態勢に入ります」
《まだエネルギー供給量は安全域で止めてあるから、無理しないようにして!》
「了解しました」
静流は、漆黒の機体周囲に展開するグレアノイドスフィアというシールドが、一点に収束されていくのを確認した。
先ほどまで防壁と化していたそれは、巨大な円錐形を描き……巨大な鋭い槍となる。
《グレアノイド最大収束……? 嘘……あれ、本気で墜としに来るつもりだ》
「グラディウスのフォトンノイド貯蔵量はいくらです?」
《30秒後、6000Xeに達するよ》
「あの攻撃物体の生成に使われたグレアノイド粒子量は」
《あれ単体で推定3万Xe》
「……ああ、もう。本当に化け物ですね……。何故企業連の定めたエネルギー保有規格を軽く超えてるんですか」
ブルーグラディウスのエネルギー、その全てを防御に回してもまず防げない威力の攻撃だということが理解できた。
あれは、ステイシスの感知範囲内なら目標を追尾し、確実に当ててくる。その追尾速度は音速を軽く超えて来るはずだ。
その攻撃性物体は、方舟を壊滅直前まで追い込んだ最上級のオメガ級ドミネーターを葬った記録もあるほどのものだ。
「ムラクモ一本破壊されてでも、機関部を潰しておくべきでしたね」
《ごめんなさい、結月ちゃん……》
「いえ、機関部を潰したところで止められていたかどうかわかりませんし。気にしないでください。仕方ありません……いざとなればベイルアウトします。後の処理、お願いしますね」
そんな絶望の淵から交わされる会話など知らぬステイシスは、漆黒の機体のコクピットで凶悪な笑みを浮かべていた。
不快なノイズを立てるモニターで、青い巨人を自身の目で捕捉。
「あは……塵すら残らないから安心なさいな、青いの……」
巨大な山すら更地にするほどの破壊の槍が捻れ、放たれる。
……その、手前。
《止まりなさい、ステイシス》
アルバレスト艦橋、ブルーグラディウスのコクピット、そして漆黒の機体のコクピット。
その全てに響いた、精悍な男の声。思わず姿勢を正してしまいそうになる程の説得力を持った鶴の一声。
「……!! お父様……?」
その声を聞いた彼女は顔色を変え、血の気がすっと引いてゆく。それに呼応するように、展開していた赤光する剛槍の出力も落ち着いていき、粒子化し、消滅してゆく。
シズルが受けていた威圧感も次第に無くなっていった。
《私が離れている間に何をしているんだ? 戻ってきなさい》
「でもっ、でもぉ……」
《駄々をこねるな。いいかい、戻って来いと言ったんだ》
「お願いお父様ぁ。もう少しだけ、もう少しだけだからァ……」
《お前がここまでごねるのは初めてだな。だが駄目だ。今お前が害しようとしている相手をわかっているのか? センチュリオンノア、その一端を担う企業の特殊二脚戦術機甲……それを我々の最高戦力であるお前が屠ることの罪が》
「だって邪魔してくるんだものぉ……」
随分としおらしくなってしまったステイシスは、その男の言葉を聞いてブルーグラディウスに背を向けてしまった。
その会話を通信越しに聞いているシズルはどこか安堵したような表情で……。
「企業連合兵器統制局、高部総一郎局長。ステイシスの制止、感謝いたします……」
《ああ、遅れてすまなかったね。センチュリオンテクノロジー所属エースパイロット、結月静流君。ステイシスが迷惑をかけた。機体の修理費は連合が負担する、その旨は伝えておくから安心してほしい》
「はい、了解いたしました」
助けの声と挨拶を交わし。
静流は戦域から離れていくステイシスの機体、ゴアグレア・デトネーターを、放心しながらモニター越しに眺めていた。
「結月少尉……、センチュリオンノア、サウスゲート守衛部隊から緊急入電!! サウスゲートから南南東20キロ地点にて、ドミネーターの出現が確認されました!」
「進行方向は?」
「ランクアルファ、ベータの群れが海上都市へ接近中! 守衛部隊は我々との挟撃、殲滅を提案してきています」
球形モニターの中に立体的に表示された、挟撃プランの映像。海上に現れ、方舟に向かう大量のドミネーターの群れを、立体映像化された戦艦アルバレストと、方舟側の守衛部隊が遠距離砲撃で挟撃するイメージが映されている。
挟撃と言っても、相打ちを避けるために戦艦側は高度を上げ、撃ち下ろす形になっていた。
「とのことですが、どうします。ジャックス大佐」
一応責任者に許可を得ておこうと、静流はジャックス大佐へ通信を入れておく。帰ってくる答えは、もちろん……。
《そのプランに乗れ! 守衛部隊から追加報酬ふんだくってやらァ》
「守衛部隊はあなたと同じ、企業連正規軍所属でしょう」
《ああ、部署が違うんだっつー話よ。へっへ、気にくわねえ奴らだ、恩を売りつけてやりゃあいい》
物の考え方がいちいち下品なジャックスに呆れながら、静流は執務室との通信を切り、すぐさま指揮に移った。
「対ドミネーター兵器の出力準備を。あと航行速度と高度上昇、目標の後方上空へ付いてください。ドミネーターから発生するグレアノイド反応を広域化したレーダーへ表示します」
次々に的確な指示を飛ばす静流と、操艦手により戦艦アルバレストは大きく進行方向を変える。その巨体を海原でゆっくりと振りながら波を立てていく。今現在レーダーへ投影されている。ドミネーターから発せられるグレアノイド反応を追い、反重力炉出力を上げて加速してゆく。
ブリッジに響く動力音がその出力の変化をありありと感じさせ、クルー達は心身ともに臨戦態勢へ移行していた。
「挟撃する以上、ブルーグラディウスは出せねぇな」
「サージェス大佐、いらしていたのですか」
「流石に戦闘指揮くらいは取らんとな、結月ちゃん。ったく、せっかくのお楽しみを邪魔しやがってよォ。この代償は高くつくぜ化け物共」
どこぞの女の香水の匂いを漂わせながら後ろに立った彼は、ブツブツとなにやら文句を言っているようだ。が、シズルはそんなことに構わず状況整理、指示を進めてゆく。
「射程距離まで約6分。フォトンノイド粒子砲6基、グレアノイド感知ミサイル10基、シールド共に展開完了。このまま直進しつつ待機します。少尉、大佐、次の指示があれば従います」
「そのまま待機を続行、6分後に備えてください」
「了解」
シズルがオペレーターとのやりとりを一旦終えようとしたその時だった。サージェスがレーダーに映る何かに気づき、独り言のように……。
「様子がおかしいな。群れがばらけ始めてやがる」
「本当ですね……。まさかこちらに気づいたのでは」
海域上の情報を表示しているモニターに変化が現れた。赤い点で表示されている、一つ一つのドミネーターの表示。まとまっていたはずのそれが、それぞれ突然離れ始めたのだ。
「その可能性もあるが……それにしては迎撃してくる気配がねぇよ。なにか感知しやがったな。いますぐサウスゲートに連絡を入れろ。もしかしたらセンチュリオンノア側の化け物を出しやがったのかも知れねェ」
「“ステイシス”を? まだ私たちで対処できるようなこの状況で?」
嫌な胸騒ぎを感じ、シズルはオペレーターにセンチュリオンノア側へ連絡を入れるよう指示した。自身はシートに深く座り、報告を待つ。
ステイシス……。方舟が所有する兵器の中でも、頭ひとつ飛び抜けた戦力を持つ“生物兵器”。
「ステイシスは今調整中のはずです。出撃するわけが……」
「その……結月少尉」
不穏な空気を漂わせながら、オペレーターは言う。
「ステイシスが、独断で方舟から出撃したようです……」
「嘘でしょう!?」
その報告にシズルは耳を疑った。今現在、センチュリオンノア最大の兵器であるステイシスは不安定な状態にあり使えるようなものではなかったはずなのだ。
そのステイシスを感知し、レーダーに映るドミネーターの群れはバラけたというのか。
「下手をすれば“彼女”の巻き添えを食うことになります! 進行方向を修正、今すぐ戦線を離脱してください!」
「ああだめだ、遅ェ」
広域化されたレーダーの端から新たなグレアノイド反応が感知されて表示された。
そのグレアノイド反応はドミネーターの物よりも強く大きく表示され、それは高速でドミネーターの群れへと向かっているようだ。
……——。
方舟の頂点に座す化け物。レーダーに映ったそれへ、方舟側は何度も何度も呼びかけていた。
《ステイシス、出撃は許可されていません。いますぐ帰還してください、今すぐに、帰還してください!!》
「……」
薄暗くシステマティックなコクピット内には、赤い光が電子回路のように巡っている。
その中に座し、様々なチューブを体に取り付けられた機体のパイロットはその呼びかけに答えない。
驚くべきことに、ドミネーターに出現するグレアノイドの赤い粒子と同じものが、センチュリオンノアの最大戦力と呼ばれる者の周りに現れている。
海面を大きく裂きながら、暗い夜の空を弾丸のように飛ぶ漆黒の機体。
その機体の表面にも、コクピットと同じようにグレアノイド光のラインが巡っている。鋭利な黒い装甲を持つその機体の背や腕に装備された、明らかに不釣り合いなほど巨大で金属部品が折り重なった兵器の各部が怪しい動きをみせていた。
それは、洗練されたシルエットを持つ機体との対比で、やけに不気味な様相を呈している。
機体の背のバーニアから鋭く吹き出る推進剤と、排気口から出る赤いグレアノイド粒子が高速で飛ぶ機体に尾を作りながら——……
その黒い巨人は前方の空に飛んでいる、多数のドミネーターを捉えた。
十数体に及ぶ小型中型ドミネーターの大部隊。本来ならばセンチュリオンノアの一線級部隊が出撃し、殲滅に当たるような状況だがこの機体は臆することなく真っ向から突っ込んで行っている。
すでにドミネーターの攻撃の射程範囲内、おびただしい数の光の矢が雨あられと向かってきたのだが……。
低空を飛行していたその機体は、弾かれたように上空に飛び出し、光の矢の射線から外れた。
……かのように思えたが、途切れることなく放たれているそれは、上空へ外れたその機体の足元を追ってきていた。
しかしそれ以上回避しようとせず、噴かしていたブースターを一旦完全に止めてしまう。
上に押し上げていた推進力が消失し、ゆっくりと上がりやがて止まる。機体を包む静寂、その刹那。
静止した機体を捉えた光の矢をアームで掴み、向かってきたその威力を一度完全に殺しつつ肩部に凄まじいトルクを掛けた。
その隙にも、何本もの禍々しい光の矢が装甲に直撃するが、その漆黒の装甲を傷つけることはない。その機体は光の矢を砕き弾き、しかし衝撃だけは殺せず何度か空中で後退しながらも。
“10時方向、戦域を離脱する大型艦を海上にて発見、捕捉”した。
おかしい。狙いは、眼前の怪物ではない。
コクピット内モニターにてドミネーターの群れ、その向こうの下界に見える大型の戦艦に、ピントを合わせながら拡大してゆく。そこまではこの機体のシステムによるアシスト。しかしここからは違う。
最高戦力と呼ばれる生物兵器が“センチュリオンノアに居ながらにして感じていた”とある【人間の気配】。その人間のいる場所を、“最高戦力ステイシス”自身の感覚で探る。
見つけた。右舷後方装甲付近の部屋。この機体を操る“彼女”の口角が上がった。
攻撃を受けつつ、光の矢をつかんだ側の肩部トルクを大量の赤い粒子と共に解放。
凄まじい出力で放たれた光の矢は直線上、正面に居たドミネーターの黒い体を貫きながら、戦線から離脱しようと舵をとる戦艦に一直線に向かってゆく。
現在、戦線離脱中の戦艦アルバレスト、その艦橋では……——。
「前方に展開するドミネーターより攻撃がきます!!」
アルバレスト艦橋でオペレーターが叫ぶ。たった一つの“赤い光の矢”による攻撃ではあったが、より早くより正確に飛んできていたその矢は船体側面を捉えていたのだ。
「光学防壁を多重展開しろ!! 狙いがおかしい!!」
向かってくる攻撃の予測弾道を見て、ジャックスの乱暴な指示が飛ぶ。
ステイシス機を、敵性と認め対峙しているドミネーターが、戦線を離脱しようなどと行動している、“敵性”を感じさせないこの艦に……ピンポイントで、しかもこれほど強力な攻撃を仕掛けてくるだろうか。
艦隊側面、着弾予測位置へ、青い粒子を放出しながら幾重にも展開された防護壁。青く物質化した光で構成されたそのシールドは、淡く光を放ちながら、秒単位でその強度を増してゆく。
その急ごしらえの強度は、向かってくる矢を防ぐまでになれるのか……。
「光学防護壁の展開完了!! ……右舷へ被弾しますッ! 衝撃に備えてください!」
強力な加速に伴った凄まじい風切り音を纏いながら、その矢は戦艦アルバレストへ肉薄する。
その赤い光の矢は船体右舷を擦るように着弾。
多重展開されたシールドを削るように破壊してゆき、その向こうの右舷装甲を大きく破損させた。
船体が大きく振動し、破壊されたシールドが粒子となって散り、装甲はめくれ上がり爆ぜて四散した。
横から殴りつけるような衝撃は艦橋までも襲った。球体モニターの艦内マップに表示された艦内マップ、その右舷付近のダメージエリアが赤く染まる。
「……くっ、損傷報告を!!」
ぐわんぐわんと鳴る頭に翻弄されながらも、シズルはオペレーターに指示を出した。
「右舷シールド、装甲共に大破しましたが動力部に異常なし! 脅威対象、艦を掠め装甲を抉り後方へ抜けました。船員バイタルサインにも異常は見られませんが、艦内部が大きく露出しています……ここは」
オペレーターが艦内マップ、そのダメージエリアを拡大しシズルへ見せる。右舷後方に位置するその部屋は。
「捕虜、祠堂雛機が療養中である部屋の外壁が大きく破壊されています!」
「なんですって!?」
この時、ジャックス大佐の頭の中に引っかかっていた、今しがたの攻撃に対する違和感がおさまるところにおさまった。祠堂雛樹という男が、巨大な怪物を蹴り飛ばしていた戦闘映像。突然の帰還命令、その機会を待っていたかのようなステイシスの暴走。
そして、狙ったかのように飛んできた光の矢の一撃。
「結月少尉よぉ。グラディウスでステイシスを抑えろ。狙いがわかった」
「どういうことですか」
「気づいてんだろ。今しがたの攻撃、ドミネーターのもんじゃねぇってこたぁ。速度と光子圧縮比が強化されてやがった。じゃねぇとこの艦のスペックで展開できる多重シールドを削り取るなんて真似はできねぇよ」
過程はどうあれ、ジャックスと同じような結論に至った結月静流は言う。
「やはり今のは……ステイシスからのものでしたか」
「ああ。少しおイタが過ぎるってもんだ。単騎では心細いだろうが、できるだけ抑えてくんな。あれと祠堂雛樹を接触させると、ややこしいことになるような気がしてならねぇんだ」
「……わかりました。東雲准尉、“ブルーグラディウス”オペレート準備を!」
《もう始めてます。いつでも出撃できるよ》
その通信を聞いた静流は凛とした面持ちで、しかしどこか不安を見せながら格納庫へ走っていく。
残されたジャックス大佐はシズルの代わりに司令塔となり、戦線離脱続行の為、航行進路を指示、右舷被弾部付近の乗組員の正常なエリアへの移動状況を把握しつつ、被害の大きい雛樹の部屋の監視カメラの映像をモニターへ映し出した。
「……うっそだろ、オイ」
が、その部屋の映像は全く映り込んでいない。大方、破壊された装甲の破片か何かで監視カメラ自体が破壊されたのだろう。通信からして途絶してしまっていたのだ。
方舟の最高戦力と揶揄される者が駆る漆黒の機体は、投擲した赤い光の矢がアルバレストへ着弾したのを確認した。
しかしそこでようやく自分の置かれた状況に気づいたらしい。
大量の怪物に包囲されている、と。いや、気づいてはいたが今まで眼中になかっただけだったのだが。
そのほとんどが、人型ランクα。
ドミネーターのランク分けは下位順に、α、β、Γ……と、その形状から分けられるのだが。
この人型ランクαは、“ドミネーターの基本形態にして数が多く”、普通なら単騎で挑めるような状況ではない。
絶望的なこの包囲網の中で平然としている黒い装甲を持つ機体は一体何者なのか。
すでに攻撃は始まっていて、幾つもの光の矢が機体へ放たれてはいる……が。
その数多の光の矢が装甲を貫くことはなく、装甲の表層を浅く削っていくばかり。
機体頭部、人でいう目の部分に赤い光が灯る。積んでいる反重力機関を用いて空に浮いていた機体、その“各部ブースター”が慣らしだとでも言うように次々に噴射した後、一気に上昇しさらなる上空へ離脱した。
それに反応したドミネーターは、間髪入れずその機体の後を追った。群れとなり、まるで空に向かって伸びる柱のように“縦一直線”になりながら追う。
索敵レーダーモニターで、追ってきているドミネーターの群れを確認した、漆黒の機体、そのコクピットに座る“彼女”。
口角をギィッとあげ、凶悪な笑みを口元に浮かべながら、横目で“グレアノイド粒子チャージ完了”の文字を確認した。
その瞬間、音速を超える速度で上空へ上がり続けていた漆黒の機体は“突如反転”する。
反転……しながら。機体に不釣り合いなほど大型で、無骨な兵器が右腕を覆うように変形していく。
追ってきているドミネーターと向き合う頃には巨大な砲身を持つ兵器へと変貌を遂げていた。
砲身が三つに分かれており、赤い粒子を撒き散らしながらそのそれぞれが唸りを上げて左右に回転し。
巨大な金属塊が擦れる、恐怖を誘う重く続く音を放ちながら、照準は一直線にこちらに上がってきているドミネーターの群れの真ん中へ。
グレアノイド粒子三連結砲、射出。
極限まで加速された巨大な赤いエネルギーの塊。
その大量破壊光線が、一直線に並んでいたドミネーターを薙ぎはらいながら海へと落ち、広範囲の海面を強烈なグレアノイドの赤い光で染める。
蒸発した海水が辺りに広がり立ち上り、景色を白で埋めていった。
射出後、機体に装備されていたその砲身は、その凄まじいエネルギー放出に耐え切れなかった。
歪んだ砲身が回転しながらも、不規則な音を立てて火花を散らせ、瓦解してゆく。
モニター上に、ノイズと共に明滅するウェポンパージの文字。
一回撃ち下ろしただけで使えなくなったそれをなんの未練もなく外し、その巨大な鉃塊は火を吹きながら海に落ちてゆく。
まるで隕石のようなそれは、やがて大きな爆発を起こし海面をさらに噴き上げさせた。
この惨状だ。全てなぎ払った、かに思えたが。
コクピットが大きく揺れる。
生き残ったドミネーターが機体に取り付いてきたのだ。取り付いたドミネーターは、武器でもある触腕を鋭く尖らせ、大きく振り上げて胸部装甲をめがけ、振り下ろしてきた。
巨大なハンマーで思いっきり殴られたかのような衝撃に、コクピットの中の“彼女”は大きく跳ねる。
間違いなく光の矢より威力の高い一撃。装甲にヒビが入り、赤く光る粒子がその装甲の下から漏れてしまっていた。
「……」
この機体には先ほどの巨大な粒子砲以外に攻撃兵器が搭載されていない。
それもそのはず、この機体に出撃予定はなく、唯一搭載されていた粒子砲は試作兵器であり、試射のため機体に取り付けられていただけだった。
その証拠に、兵装状態を示すモニターには予備兵装が無いことを示す文字が出現している。
機体に張り付いたドミネーターはその触腕を、ヒビの入った黒い装甲に潜り込ませ抉り剥がしにかかっていた。
……が、機体内の彼女の髪がふわりと浮き、剣呑な双眸が赤く染まる。
腕にドミネーター特有の赤いグレアノイド光のラインが浮かび上がり、それはコクピット内壁に走る同様のそれと操縦桿を握る手を伝って繋がり……。
次の瞬間には、機体装甲の“ヒビから突き出した”いくつものグレアノイドの“赤い光の刃”が取り付いていたドミネーターを串刺しにしていた。
張り付いていた怪物は、機体から強制的に剥がされ宙吊になる。
その後、動きを封じられたドミネーターの頭部を、機体の右腕で乱暴に鷲掴みにし、徐々にトルクをかけてゆく……。
怪物に脱出の術はなく、頭部は軋み、耳障りな音を立てて形を変えていった。
……負荷に耐えきれなくなった頭部は赤い液体を撒き散らし、潰されたリンゴのように破壊されてしまった。
だらんと力無く垂れ下がったその怪物を、漆黒の機体は躊躇いなく遥か下の暗い海へ落としてしまう。
これで最後のドミネーターを撃破した。だがその機体に乗るステイシスと呼ばれる彼女にはなんの感動も、達成感もない。ただただその先にある目標にだけ、今は興味を惹かれて落ち着かない。その漆黒の機体は次に目標を定める。
先ほど攻撃を加えた戦艦アルバレスト右舷後方へ。
——……。
することもなくベッドに寝転んでいたら、突然壁が吹き飛びついでに自分もベッドから転げ落ちた挙句、床に頭を打ち付けしばらく意識を失っていた祠堂雛樹は、こちらへ向けられた異形の気配に反応し目を覚ました。
「あ……ったま痛いぞクソ……突然なんだよ」
ベッドに手をかけ何があったのか把握……するまでもなかった。
派手に壁が破壊され、夜の帳が下りた大海原が広がっている大パノラマ風景が自分を迎えてくれている。
部屋を見渡すと、ベッドはひっくり返り、破壊された装甲の一部が散らばり足の踏み場もない。
打ち付けて腫れた頭をさすりながら、身の毛がよだつような化け物の気配を外に感じつつ。
驚きで丸くなっていた目を、鋭く、剣呑なそれに変える。片方の瞳が赤みを帯び、熱を持つ。
その身に叩きつけられるように感じる、強大な怪物の気配。
その異形の気配がどんどん近づいてきている感覚に動悸が止まらない。
赤い色を帯びた右目の熱が、気配と比例して強くなっていく。その気配の出どころを探ろうと、風に靡く髪を押さえ、壁にできた大穴から身を乗り出した瞬間。
視界にフェードインしてきた、無機質な塊でできた漆黒の巨人。
背筋に、悪寒が走る。
ギラギラと光る頭部の目、洗練された漆黒の装甲に電子回路のごとく走る赤いグレアノイドの光。
なぜか破壊されている胸部装甲からは、赤い粒子が漏れ出していた。
……——。
漆黒の機体内部のモニターには、驚き絶句している男の姿が映し出されている。彼女は前々から感じていた“同類の気配”を目の前に興奮し、その男の右目を拡大。
淡く光を放っている赤い瞳と、獣のような縦に細い瞳孔を確認。そして確信を得た。
「あっはぁ……、やぁっと見つけたわ……。私と“遊べる”人間……」
口角が上がり凶悪な笑みを浮かべ、モニター越しに彼を見て放った言葉はどこか危ない気配を漂わせていた。
……——。
雛樹は絶句した。気配は確実にあの怪物のものだったはずだ。だが、目の前に現れたのは、静流が乗っていたあの“ウィンバック・アブソリューター”と呼ばれる二脚機甲と同じような外見をしていたのだ。
その漆黒の巨人は、両方の腕を後方へ引き絞ると、思いっきり戦艦の装甲へ突き立てた。まるで、“機体を固定するアンカーのように”。
いざという時に備えて、手頃な金属片を片手に持っていたのだが……目の前の漆黒の機体、その胸部が展開し……コクピットがせり出してきたのを見た瞬間。
目を見開き、口をポカンと開け脱力。その金属片を床へ落としてしまった。
そのコクピットに座っていたのは、褐色の体に、純白の長い髪の少女だった。見た目、13歳から15歳といったところか。
えらく露出の高い拘束衣をだらしなく纏い、なにより……。
怪しく赤い光をのぞかせる瞳。
それは瞳孔の形といい、色といい、自分の右目と同じものだった。しかも、彼女のものは、両の目とも赤い特殊な瞳なのだ。
薄く笑みを浮かべたその端整な顔の少女は、自らの体に取り付けられた大小様々なケーブルを強引に外しながらコクピットから立ち上がった。
ケーブルを外したせいか、一斉に漆黒の機体のシステム、動力が落ちる。
力が抜けたようにガクンと落ち込む機体だったが、腕を戦艦の装甲に突き刺しているおかげで、不安定だが宙吊りに。落ちることはない。
「ふふ、ねぇ! あなたに触れさせてぇ?」
「……あんた、その肌……は!」
その美少女の褐色の肌のところどころに回路のように走る、赤い光のライン。
“ドミネーターの体表に現れる紋様と同じ”だ。
裸足で、まるで羽が落ちるかのようにふわりと自分が立つ床まで降りてきて、無邪気な様子でぺたぺたと近づいてきた。
拘束衣の袖は後ろに回っている。なんてことだ。この子は、腕を固定されながらこの機体を操っていたのか。
しかし、触れるとはなんだ。腕を拘束された状態でどう触れるつもりなのか。
だが、その懸念は一瞬で吹っ飛ばされることになる。
目を見開き、硬直していた自分の顔目掛けて跳んできた褐色白髪の少女に……唇を塞がれた。
ぬるりと、粘膜の柔らかく暖かい感触。
意表を突かれた一瞬の出来事だったが、目を回すのに十分なインパクトだった。
「ぬぁ……!?」
「あっは!! ほんとだぁ。“アルマ”が触れても“黒い塊”にならない。へぇ……そう。人間の温かさって、こんなのだったわねぇ……」
離れていく彼女は、目を色っぽく細めて、心底感じている高揚を噛みしめている風だ。
「お父様ですら、“アルマ”に触れないもの……。私が触れられる人間の男……ねぇ、あなた——……」
《そこまでです、ステイシス。ステイシス・アルマ。彼から離れなさい。これは重大な命令違反です。あなたには出撃命令は下されていません》
戦艦に取り付いている漆黒の機体の後方に、青い粒子を放出しながら悠然と滞空している、青い二脚機甲、“ブルーグラディウス”から、結月静流の声が聞こえてきた。
その声の主に背を向けながら、容姿端麗な褐色の少女は攻撃的な鋭い目つきになり、瞳だけ動かし後方を気にする仕草を見せた。
「あっはぁ……その目障りな“青いクソ”でアルマの前に出るなんて……。ああ、なんて勇敢な子なのかしら……」
『今すぐそこから離れなさい』と、再びそう言われた褐色白髪の少女は『せっかちねぇ』と半ば呆れながら言葉を返す。
だが、そういう少女の表情は……雛樹にとって理解不能な恐怖を抱かせた。
口元は笑みを浮かべてはいるが……目が据わっている。獣のような赤い瞳は獲物を見定めたかのように動かない。
「ねーえ、あなた」
「んん?」
と、思えば。少女らしい見た目にそぐわぬ妖艶な表情を浮かべ、こちらに視線を移して、蠱惑的に間延びした声で呼びかけてきた。
「お名前、教えてくれはしないかしらぁ?」
少し不安げな表情を浮かべた少女に、雛樹は本土に置いてきた子供達の顔を重ねてしまった。
「……しどう、祠堂雛樹だよ。君の名前は?」
「あっは、なんだか子供扱いねぇ? ふぅん……こんなのも新鮮でいいわぁ。しどーお兄ちゃん? きひひ」
くすぐったそうに笑いながら、そう言われてもだ。どうしたって自分より年下の少女にしか見えないのだから仕方ないだろうと心の中でつぶやきながら、少女の次の言葉を待つ。
ひとしきり笑った彼女は、一呼吸置いてから雛樹の質問に答えた。
「ステイシス・アルマ。方舟のゴミ共はみぃんなそう呼ぶわぁ」
「ステイシス……」
「ねえ」
ぐいっと顔を寄せてきて、ステイシス・アルマは言う。
「ねぇ、ひなき。アルマと一緒に来てほしいの……お願ぁい」
その言葉に、疑問符を浮かべた雛樹だったが。金属を叩き割ったような甲高い音に、喉から出かかった何故? という問いは飲み込まれてしまった。
そうしているうちにも両腕をアンカー代わりにして、戦艦の側面でぶら下がっていた漆黒の機体が、どんどんずり落ちてきている。
後方に見える青い巨人、ブルーグラディウスの周囲に展開された、自立して浮遊する三本の巨大なブレード……主兵装“ムラクモ”。
《忠告はしました。ステイシス・アルマ、その機体が海の底へ沈んでも知りませんよ》
アンカーにしていた漆黒の機体の腕、その片方をムラクモで切り落としたのだ。支えを一つ失った漆黒の機体は自重で落下寸前。しかしなんとか残された片腕だけで踏みとどまっていた。
「くひ、きひひひ……、“クソ女”。怒らせる相手間違ってることに気づいてるぅ……?」
限界まで見開かれた両目と、怒りで引き絞られた瞳。そして狂気に満ちた笑い声。
こんな少女が放っていい殺意じゃない。一体この少女は何者なのか……。
別れの言葉もなくその少女、ステイシスは落下しかけている漆黒の機体、その胸部コクピットへ飛び乗り……。
「あっはぁ……海の底で後悔しなさぁい……」
腕が落とされているそのハンデなど、全く意に介さない様子でそう言うと胸部装甲を閉じ、再び機体の動力を起動させた。
脚部を戦艦側面の装甲に押し付け、蹴り出してアンカーにしていた腕を勢い良く抜くと同時に、背後にいたブルーグラディウスへ肉薄した。
「ッ、なんて起動速度……!!」
システム、動力起動にかかる時間。それが恐ろしく短く、無いに等しい漆黒の機体の速攻に怯み、迎え撃つことができなかった。
静流は、前面推進ブースターを起動させるトリガーを思いっきり踏み込み、機体を後退させながら……、展開していた浮遊する三本の剣、ムラクモに神経を集中させていく。
結月静流の不意を突いた、静止状態からの弾丸のようなフル加速。
それを目の当たりにして静流は、“三本だけ”のムラクモすらうまく統制できない。
とっさの判断で、三本のうち二本のコントロールを手放し、残った一本のコントロールへ移行した。
《きひひひッ、サァ、遊びましょう?》
「なんてデタラメな出力してるんですか……ッ」
相手には近接での攻撃手段しかないはず、そう思い備えていたはずだったのだが。
化け物と話し合おうとした自分が馬鹿だったと思い知らされる。
目の前にいるのはもはや本能で動く獣。言葉で律するなどと考えている場合ではなかったのだ。
あっという間に懐に入られ、漆黒の機体、その残った腕によるコクピットを狙った刺突攻撃が迫る。だが紙一重で反応することができた。機体側面のブースターを噴かし、空中で自機を回転させつつスライドさせ、胸部装甲をかすめさせいなすことに成功。
そして、コントロール下にあるムラクモの一本でカウンターを見舞う。
初撃を外して後方に流れていた漆黒の機体、その肩部に撃ち込まれた一本のムラクモ。
鉱石の砕ける音と、機体から剥がれた装甲の破片が飛び散り、赤い粒子がまるで血液のようにだくだくと漏れ出ては宙に散る。
だが、全く効いている様子がない。怯むどころか、ノックバックさえしない。
「2番、3番統制——……! 目標を貫きなさいッ」
目まぐるしく展開するモニターに視線を走らせ、各ムラクモの状態を把握しながらコクピットで声を出す。
静流の青い瞳がより一層蒼さを増し、淡く光が放たれた。
それはまるで雛樹、そしてステイシスと呼ばれる少女の赤い瞳と対照的に。
「うぎ……ッ、きひひ……。流石にやるぅ……」
一撃、ムラクモが貫いたあと、間髪入れず二本目三本目が脚部、腰部を貫いてきた。
流石の“化け物”も、この鮮やかな連撃に動きを止めてしまった。
ブルーグラディウスは、近接攻撃回避の際に行ったブースターによる機体の回転、その遠心力を持って腕に装備されている物理兵器、白く巨大な特殊鋼ブレードを高速展開した。
ブレード展開後、今の運動エネルギーを相殺するために、再度ブースターを噴かしピタリと停止。
ムラクモを引き戻し、機体の周囲に再展開。体勢を立て直した。
《結月ちゃん。ステイシス機の動力低下確認。うまくやったね》
「いえ、事前にエネルギー回路の場所を把握できていたおかげです。的確なオペレート、流石です姫乃」
縁の下の力持ち、東雲のバックアップがあってこその、この攻勢。
漆黒の機体、その動力部は直接潰さず、動力部から各駆動部にエネルギーを伝達する、“人体で言う、所謂血管”であるエネルギー回路を断ったのだ。
これで、二脚機甲ウィンバックアブソリューターの活動は停止する筈。
……本来ならば。
「あはぁ……気持ちいいくらいだわ……。これくらいの苦痛……」
漆黒の機体、そのコクピット内の少女は顔を伏せたまま、口元だけ歪めていた。
「起きなさぁい……“ゴアグレア・デトネーター”……」
そう、呟くと。コクピット内の赤い光がさらに増し、赤い光の回路がそこらじゅうに張り巡らされた。
……——。
見るに堪えない姿になった黒い機体、その心臓部分と体を断たれたにも関わらず、機体内部の熱量が上昇し続ける。
《結月ちゃん、ステイシス機再起動……機関出力上昇! どうして!? 動力部と駆動部のパスは断った筈なのに!》
「……やはり得体の知れない化け物ですね。方舟もよくあんなものを最大戦力などと……」
新たな脅威に戦慄しながらも、青の機体ブルーグラディウスはムラクモの剣先を全て、漆黒の機体に向けた。
「仕方ありません……動力部の破壊を試みます!!」
《気をつけて、あの機体の動力部を破壊してしまうと、周囲に深刻なグレアノイド汚染が広がるから!》
「留意しますが、対処できるかはわかりませんね」
そう言って、力無く笑う静流。外部を映し出すモニター、その中心には未だ活動を続ける漆黒の機体、“ゴアグレア・デトネーター”の姿が捉えられている。
表示された複数のレティクルがそれぞれ、その中心に収束してゆく。
青いレティクルが赤に変わり、“LOCK ON”の文字が現れた。
呼吸を止まるほどに、集中する神経。
「ムラクモ、全弾射出します……!!」
トリガーを引こうとしたその時。
《待ちなさい結月ちゃん!!》
「なんですか!」
《ステイシス機の様子がおかしい!》
「……? 様子……?」
そう、様子がおかしい。
ブルーグラディウスにロックされているにも関わらず、“目覚めてすでに行動できる状態にあるステイシス機”が動こうとしない……動けないでいるのだ。
そのことに困惑しているのは、なにも静流とオペレーター、東雲姫乃だけではない。
ステイシス自体もまた、困惑していた。
「……何故、うごかないのかしら? デト? あなた……アルマの言うことに逆らうのぉ?」
コクピットから、機体に向かってそう言うが……ゴアグレア・“デト”ネーターは答えない。
異常を知らせるインジケーターにも表示は見られない。
……何故、自分の操作を受け付けないのか。
……——。
戦艦アルバレスト。破壊された装甲の裏、露出した部屋で雛樹は行動を起こしていた。
右足を破壊された装甲の壁に乗せ、それをつっかえにし、何かに対して踏ん張っている。
「ぬぐっ……怒らせる相手を間違えてるって……? あんたは“怒りを向ける”相手を間違えてるんだってことをだな……!」
細めた左目とは逆に、これでもかと見開いた右目は異常な状態となっていた。
赤い瞳はそのままだが、白目、眼球の部分が全て黒くなっているのだ。そして眼球に巡った、血管のように細く赤い光の回路。
もはやそれは、人間のものではない。
「他はどうあれ、ターシャは止めろ……!」
雛樹自身の腕に巻きつかせ、両手で掴むように保持している『質量を持った赤い光の線』。
そのラインは……目視する事が難しいほど細く長くなりながらも、漆黒の機体“ゴアグレア・デトネーター”の装甲のヒビへ繋がっていた。
「こんな一筋縄で干渉できるとは……あれ、完全にドミネーターと同じだな……。腕が捥げそうだ……抑え、込めるのかこれ……ッ」
ミシリ、と、足場にしている装甲部分がひしゃげていく。それだけの力が、今雛樹に掛かっているのだ。
気を抜けば体が持って行かれ、大海原へ落ちてしまう。
腕に巻き付いた赤い光も、強く肉に食い込んできた。
……——。
「あっは、あははは!! 信じられない……あの人間、意外と“ドミネーター因子”と馴染んでるのねぇ。さっきから、この子が上手く動かないと思っていたら……、物質化したグレアノイド光でこの子を縛り付け続けてるなんてねぇ?」
全く動こうとしない機体の中、ステイシスは抑えられない高揚感を剥き出しに、狂気を孕んだ声でそう言った。
「きひひ、伝わってくるわ。あの“クソ女”を護りたいのね……。でもだめよぉ、あの女は排除するわ」
雛樹の干渉によって機体の制御がままならない中……ステイシスはゆっくりと目を見開いてゆく。
「アルマと張り合うには100年早いわぁ、人間」
突如、漆黒の機体、その周囲に展開された球状の赤い光のシールド。そのシールドは、雛樹が繋いでいたラインを切断した。
張り詰めていたそれを突然切られ、雛樹は思いっきり尻餅をつき転がった。
握られていた雛樹の手には、繋いでいたものが無くなり、暴れまわる赤い紐状の線。端から赤い粒子となって消えていく。
《ステイシス機、グレアノイドスフィアの展開を確認。ムラクモを放ってたら潰されてたね……》
「一体あの機体に何が……」
《……! 結月ちゃん! ステイシス機の駆動を確認! 来るよ!!》
「ええ、目視しました。迎撃態勢に入ります」
《まだエネルギー供給量は安全域で止めてあるから、無理しないようにして!》
「了解しました」
静流は、漆黒の機体周囲に展開するグレアノイドスフィアというシールドが、一点に収束されていくのを確認した。
先ほどまで防壁と化していたそれは、巨大な円錐形を描き……巨大な鋭い槍となる。
《グレアノイド最大収束……? 嘘……あれ、本気で墜としに来るつもりだ》
「グラディウスのフォトンノイド貯蔵量はいくらです?」
《30秒後、6000Xeに達するよ》
「あの攻撃物体の生成に使われたグレアノイド粒子量は」
《あれ単体で推定3万Xe》
「……ああ、もう。本当に化け物ですね……。何故企業連の定めたエネルギー保有規格を軽く超えてるんですか」
ブルーグラディウスのエネルギー、その全てを防御に回してもまず防げない威力の攻撃だということが理解できた。
あれは、ステイシスの感知範囲内なら目標を追尾し、確実に当ててくる。その追尾速度は音速を軽く超えて来るはずだ。
その攻撃性物体は、方舟を壊滅直前まで追い込んだ最上級のオメガ級ドミネーターを葬った記録もあるほどのものだ。
「ムラクモ一本破壊されてでも、機関部を潰しておくべきでしたね」
《ごめんなさい、結月ちゃん……》
「いえ、機関部を潰したところで止められていたかどうかわかりませんし。気にしないでください。仕方ありません……いざとなればベイルアウトします。後の処理、お願いしますね」
そんな絶望の淵から交わされる会話など知らぬステイシスは、漆黒の機体のコクピットで凶悪な笑みを浮かべていた。
不快なノイズを立てるモニターで、青い巨人を自身の目で捕捉。
「あは……塵すら残らないから安心なさいな、青いの……」
巨大な山すら更地にするほどの破壊の槍が捻れ、放たれる。
……その、手前。
《止まりなさい、ステイシス》
アルバレスト艦橋、ブルーグラディウスのコクピット、そして漆黒の機体のコクピット。
その全てに響いた、精悍な男の声。思わず姿勢を正してしまいそうになる程の説得力を持った鶴の一声。
「……!! お父様……?」
その声を聞いた彼女は顔色を変え、血の気がすっと引いてゆく。それに呼応するように、展開していた赤光する剛槍の出力も落ち着いていき、粒子化し、消滅してゆく。
シズルが受けていた威圧感も次第に無くなっていった。
《私が離れている間に何をしているんだ? 戻ってきなさい》
「でもっ、でもぉ……」
《駄々をこねるな。いいかい、戻って来いと言ったんだ》
「お願いお父様ぁ。もう少しだけ、もう少しだけだからァ……」
《お前がここまでごねるのは初めてだな。だが駄目だ。今お前が害しようとしている相手をわかっているのか? センチュリオンノア、その一端を担う企業の特殊二脚戦術機甲……それを我々の最高戦力であるお前が屠ることの罪が》
「だって邪魔してくるんだものぉ……」
随分としおらしくなってしまったステイシスは、その男の言葉を聞いてブルーグラディウスに背を向けてしまった。
その会話を通信越しに聞いているシズルはどこか安堵したような表情で……。
「企業連合兵器統制局、高部総一郎局長。ステイシスの制止、感謝いたします……」
《ああ、遅れてすまなかったね。センチュリオンテクノロジー所属エースパイロット、結月静流君。ステイシスが迷惑をかけた。機体の修理費は連合が負担する、その旨は伝えておくから安心してほしい》
「はい、了解いたしました」
助けの声と挨拶を交わし。
静流は戦域から離れていくステイシスの機体、ゴアグレア・デトネーターを、放心しながらモニター越しに眺めていた。
「SF」の人気作品
書籍化作品
-
-
238
-
-
70810
-
-
35
-
-
361
-
-
221
-
-
0
-
-
39
-
-
111
-
-
1168
コメント