ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

第2節—思わぬ再会—《表紙掲載》

 しばらく何も起こらず、突っ立ていると警備隊本部から連絡が入り、警備を交代するとのことだった。一度警備隊本部に戻り、装備を一式預けるとそこから11時から15時までの4時間の休憩時間が入る。
 大企業がパレードに参列する一番慌ただしい時間に休憩をもらえるのは、ははりピーク時にグローバルノアコーポレーションの精鋭達が警備のシフトを埋めるからだろう。弱小PMCの新米は重要なところでは使いづらいわけだ。

 だが、そのおかげで……。

「ヒナキ!! 遅くなりました!!」

 警備隊本部となっている企業連の敷地の一角から出た途端、とんでもなく上ずった声が向こうから聞こえてきた。
 髪をなびかせて走ってきたのは、結月静流。休憩の連絡を入れると、すっ飛んできたようだ。

「今、装備を預けたところ。待ってないぞ」
「タイミングが良かったです。私もスカイシップを預けたところですから……どこから回りますか? お腹が減っているでしょうし、お店に行きましょう! こう見えて美味しいところたくさん知ってるんです!」
「お、それはいいな。ものすごい腹が減ってるんだ」
「では、参りましょうか。あ、それと葉月との連絡用のインカムはどうしたんです?」

 雛樹の耳に装着していた小型のインカムがなくなっている。一応任務の中の休憩中なので装着していた方がいいと思って聞いたのだが。

「夜刀神もパレードを観に来るそうで。一緒に休憩みたいだ」
「……そうですか」

 邪魔されないようにしないと……と。静流は小声でつぶやき、耳のいい雛樹はそれを聞いて苦笑いを浮かべた。昨夜のバルコニーでの事柄から、静流はあまり夜刀神葉月のことをよく思っていないようだというのはわかっていたためだ。

 伸びをして欠伸をした雛樹の腕をひっつかみ、派手な騒がしさも益々大きくなってきている祭りの会場に繰り出した静流の顔は生き生きしていた。

 数分前までの沈みようは一体何だったのかというくらいに。本当は、一日中共に居れるはずだったが、いざこうして一緒にいるととんでもない緊張だ。
 こんな状態で朝から居たら、昼前には疲れてしまっていただろう。

 名もない男性兵士と歩いている静流を見た、ファンたちはどよめいたり驚愕の表情を浮かべていたが、そんなもの知ったことではない。
 まだ、自分は祠堂雛樹に届かない。昔、背中を追っていた憧れの人物がまだ前にいて、それを追うことができる嬉しさを。

 隣で歩く、自分より少し背の高い彼の横顔を横目で見ることで噛み締めていた。

「私はまだまだ弱いです。はっきり言って、ここでお祭りにうつつを抜かしている場合ではありません」
「尉官でもまだ足りないって?」
「ええ。もっともっと上に行って、絶対あなたより強くなってみせます……しかし、今は……今日はやっぱり、あなたとこうして居れる奇跡を感じていたいです」

 そう真剣に言う静流に対して、雛樹は「大袈裟だな」と言うことができなかったが、それは照れ隠しの一言だった。
 静流……ターシャは本当に美人になった。始めに顔を合わせた時、誰だかわからなかったくらいに。
 周りから向けられた、ターシャへの憧れや、恋慕の視線などを見ているとわかる。自分ヒナキに向けられた嫉妬の目、羨望の目、背筋を凍らせるほどの殺意を感じてわかる結月静流の凄さ。

「すいません。この厚切りサーロインサンドを二つもらえますか?」
「はい! サーロインサンドですね、2400円になります」

静流に紹介された綺麗な露天で、食べ物を注文し……金を出そうとした雛樹だったが。
「ここは奢らせて下さい」と一蹴されてしまった。と、いうか不意をつかれて払われてしまった。
 静流のしている指輪型デバイス。それを、露天のレジに設置されたデバイス感知エリアに通すことで支払いが完了するということだったのだ。

「おお……ハイテクだな……!」
「形は違えど、昔からある技術ですよ。ほら、ヒナキの分です」
「あっつ、ありがとう……!」

 滴る熱い肉汁にやられながらも、香ばしいパンに挟まれた分厚いサーロインステーキを口に頬張った。とんでもない多幸感に包まれ、つい破顔してしまう。

「期待通りの反応で可愛いです」
「んぐ……。そんなことで期待するなよ、恥ずかしいな」

 二人して並び、パレードを見て、様々な催しに目を輝かせた。グローバルノアコーポレーションの試作兵器がパレードに参列してきたときなど、あまりの人だかりにはぐれそうになったり、人の壁に押され密着し……。

「……す、すいません雛樹……。気にしないでください、私も気にしません……ので」

 静流がせめて他人に密着するのを回避するために、雛樹へ自分の体の正面を預けたので豊満な胸が雛樹の胸板に押し付けられ、潰され、形を変えていた。
 そんな柔らかく弾力のある感触を、こんな暑苦しい中では十分に堪能することはできないでいたが……。

「ちょっとここから離れようか……。これじゃ見たいものも見れやしない」
「そうですね。そうしましょうか……んぐ」

 押されて苦しげな声を上げた静流の腕を強く引き、人の少ない場所へと抜けていく。センチュリオンテクノロジーの参列はもう少し後だ。まだ時間に余裕があるため、この喧騒の中で疲弊した体を一時いっとき、休めることにした。

「ターシャはこれでよかったよな?」
「あ、そうです。やっぱり疲れたときはこれに限りますね」

 ここは、パレードを遠巻きに見れる広場にある、噴水のそばのベンチ。背後には涼やかな音を立てて噴き上がる噴水と、パレードの様子を映し出すホログラムモニターが幾つか展開している。
 雛樹が屋台から買ってきたのは冷たい飲み物だった。自分のものは、金属製のボトルに入った炭酸飲料。
 静流のものは、青い物質化光で作られたグラスに入った、これまた青い光を淡く放つ飲み物だった。

 どうにも、この青い光の物体には嫌悪感を示す雛樹だったが。そんな感情を一切表に出さず、ただ薄い笑顔を浮かべてそれを静流に渡した。

「青く光る飲み物を飲むのか……体に悪くないのかそれ」
「フォトンノイド粒子を多く含んだエナジードリンクなんです。一応、私たち特殊二脚機甲パイロットの中ではポピュラーな飲み物なんですよ? 携行食料や緊急補給飲料にも使用されていますし」
「それ……小便が光ったりするのか、もしかして」
「粒子は体内で吸収されますからそこまで……。いえ、下品なお話はやめてもらえますか、ヒナキ。睾丸握りつぶしますよ」

 どっちが下品なのかと、雛樹は股を強く閉じて自分の買ったボトルの中身を飲もうとするが……。飲み方がわからなかった。

「底にあるボタンに触れるとストローがせり出してきますので、口に含めば勝手に飲料が送り出される仕組みになってるんですよ。中で冷やされているのでとても冷たいですから、気をつけてくださいね」
「こんな細かいところまで自動化されてるのか。すごいようでそのじつ、無駄の塊のような気がする」
「そういったものが一般に出回るのが、技術合戦パレードならではのものですね。そのボトルにも、企業名が刻印されているでしょう?」

 そう言われ、見たボトルの側面にはアクアサプリカンパニーと、美しい英字体で刻まれていた。

「そこも大きな企業です。主にセンチュリオンノアに必要な飲料製造を一手に引き受けていますからね」
「へぇ……一つの企業が担う役割がいちいち大きいんだな」
「まあ、それがこの都市を一枚岩となり得ない要因にもなっているのですけどね……」

 そうして、談笑しながらしばらく休憩していると。なにやら一人の男がこちらに向かってきているのが見えた。しっかりセットされた茶髪に、右耳には青い石のピアス、タクティカルベストを身につけ、インナーの袖の下に刺青のような模様が見える。
 雛樹が見たことのない、洗練された形状の小銃を肩にかけたサングラスの男は雛樹と結月静流の前で立ち止まり……。

「やあ、静流さん。今回はパレードに出ないんだね」
「ああ、こんにちは、伊庭いば零斗れいと少尉。今回はお休みです。あなたこそ、警備……」

 近寄ってきた、別企業の兵士であるその知り合いの男に挨拶をしながら横目で雛樹を見たとき、言葉が途切れた。
 その時の雛樹が、口をポカンと開けて静止していたからだ。

「よぉ、ひっさしぶりだなぁ祠堂雛樹。昔は世話んなったな。てめーとてめーの部隊にはよ」

 静流と話す時とは打って変わった態度で、呆然とする雛樹に言葉を投げかけた、GグローバルNノアCコーポレーション所属、階級少尉、伊庭いば零斗れいと

「方舟に渡ったとは聞いてたけど。相変わらず融通のきかない性格なんだな」
「てめーこそ相変わらずぼけっとしやがって。何様のつもりだ、弱小会社のイチ兵士がよ」

 容赦なく雛樹に浴びせられる、トゲのある言葉に反応して静流が剣呑な表情で食ってかかろうとするのを、雛樹は右手を静流の顔の前に出すことで制止した。

「は、てめーの部隊が壊滅したと聞いて清々してたってのに、一番気にくわねーお前がこっちに来るとはな。ま、えらく落ちぶれた会社に入っちまったみてーだが。時代遅れのてめーにはお似合いだろうよ……おい、どこにいくんだ」

 あっ、と。雛樹が固く結んでいた口を開けて驚いたのは、視線の向こうで小さな男の子が盛大に転倒したからだ。これは派手に怪我をしたと察した雛樹は、一緒に行こうとする静流を待たせて、目の前の男を押しのけ走って行った。

「なんだあいつ……。なあ、そんな怖い目で見ないでくれよ、静流さん。あなたがあいつとどれだけ親しいか知らないけど、俺にとってはただただ目障りな野郎なんだ。ちょっとした“仕返し”くらい許して欲しいな」

 打って変わって、好意的な表情を見せてくる伊庭少尉に対し、静流は呆れた表情で口を開いた。

「雛樹が私を止めた以上。あなたと彼のやりとりに対して口出しすることはしません。……が、私にも我慢の限界というものがありますので、お気をつけて」
「おっと、静流さんとは仲良くしていたいんだ。これ以上はやめておこうかな」
「あなたも彼の優しさを見習ったらどうです。背後で子供が転倒した声を聞いたでしょう」
「あいつのああいうところも嫌いなんだ。昔からそうだ、偽善者ぶってるのが鼻に付く」

 ふと後方を見ると、転倒した子供を起こしている雛樹の姿。彼は、衣服に付いた汚れを手で払ってやりながらその男の子と接していた。
 いまにも泣きそうな男の子を、ギリギリでとどめているのは……。

「気持ちよくすっ転んだな。元気がいい証拠だ。ほら、綺麗になったぞ……」
「……っ」

膝を大きく擦りむいているその男の子は、気持ちが落ち着き痛みを感じつつあることで声を上げて泣きそうになったが……。

「泣くな、男の子だろ」
「でも……っ」

 雛樹の目から見ても、深くえぐれた酷い傷だ。痛いだろう。だが、それでも安易に泣くのを許さなかった。

「せっかく我慢したんだ。ここで泣いちゃもったいないからな。ほら、これやるから目を閉じて飲んでな」
「うん……」
「すぐ痛くなくなるからな」

 雛樹は自分が持っていた飲み物をその子供に渡し、自分は小さなカバンに入れていた支給品である医療キットを取り出した。

 説明によると、スプレー一つで痛みを消すようなものまである。
 それをその子供の怪我に向かって振ると、はじめは沁みたのか、体をこわばらせるがすぐにドリンクを飲み始めた。

「もう大丈夫だ。まだ痛い?」

 雛樹のその問いに、子供はふるふると首を横に振る。どうやら、この医療スプレーの効果は本物らしい。しかし、痛みは消えるが傷が治るわけではないので、手持ちのガーゼと包帯でしっかり止血してやると、すっかりその男の子は元気を取り戻していた。

「ありがとう、お兄ちゃん」
「強い子だ。もうこけないようにな、また痛くなるのは嫌だろ?」
「うん……!」

 そういったやりとりの後、手を振って走る子供の背中に、前を見ないとまたこけるぞと声をかけたのを最後に静流の元へ戻ろうと歩く。

「ああやって助けられたガキは弱くなるんだ。また次に転んだ時、誰かが助けてくれる保証は? もはやその時は、泣くことしかできないんだろうさ。何があっても一人で対処できるようにならないと、人は強くならない」

 その光景を見ていた伊庭は半ば呆れながら、雛樹のいわゆる“偽善者”ぶりを嘲笑していた。そんな彼に対して、無表情に影を落とし、目を見開き、開いた瞳孔を向けていた静流はいい加減、我慢の限界が来ていたのだが……。

 今の伊庭の言葉に対して、言い返す言葉が見つからなかった。沸騰した頭のせいか。それとも、方舟に来てからひたすら一人で強くなろうとしていた自分への、否定の言葉になるからか。

「で、憎まれ口の続きからか? 伊庭」
「へ、もういいよ。静流さんを怒らせたくないし、何より任務中なんでな。相方を待たせてる、また会おうぜ弱小兵士」

そう言って、静流にだけ手を振り、伊庭少尉はその場を離れていく。面倒な奴に絡まれたなと、肩を竦めた雛樹が静流に目をやると……。

「ターシャ、ものすごく怖い顔になってるな。人を殺せそうな勢いだ」
「……いえ、いいです。私が出る幕でもなさそうでしたし、当の本人がこの調子だと……」

 いや、これは詭弁だ。なにか言い返そうとすればできたはず。彼の顔に泥を塗るような言葉を、少しでもかき消すことができたはずなのだ。
 それに気づいて、静流はぐっと黙り込む。その、弱小PMCを紹介したのは自分だ。本来ならば、中堅企業の部隊にねじ込むこともできたはずだったのだ。
 だが、友を助けてやりたいがために、その会社に入ることを打診した。

 自分に何が言えただろうか。全て自分のわがままが悪いのに。

 昔の自分と同じ。アナスタシアは、祠堂雛樹に甘えたままなのだ。

 そして、広場から離れていく伊庭少尉はすっきりとした面持ちで待っている相方の元に戻っていた。
 ……のだが。

「怖いにいちゃ! もっと上、上ー!!」
「ああ? ったく、景気良くひっかけやがって。もっと上だな? こっからじゃ見えねェんだ」

 その相方、RBは背の高い木にのぼって、登録された個人を感知し空から追ってくる戦闘機型のおもちゃを取ろうとしていた。
 どうやら、木に引っかかってしまったようで、その子供の様子を見かねたRBが助けてやっている最中のようだ。

「ここにもクソ偽善者がいやがった……。オイRB、なにしてんだよ! 持ち場にもどらねーと!!」
「あァ? 人待たせといて言う言葉じゃあねェな。ちっとぐらい待ってやれよ」

 子供からの指示で、そのおもちゃのある場所に登りきり、しっかりと取ってやった。のだが、見事に足を滑らせて地面に真っ逆さま。普通ならそのまま病院行きの怪我を負うところだったが……。

 逆さまのまま、右腕一本で着地し、己の体を支えたのだ。彼の兵士としての練度の高さを物語る身のこなし。

「すっげー。怖いにいちゃ」
「ったく、任せとけって言ったろォが。ほらよ、もうひっかけんじゃねェぞ」
「ありがとー!!」

 ぶっきらぼうにそのおもちゃを渡すと、子供は満面の笑みを浮かべてお礼を言って走り出す。そして、振り返ったかと思うと……。

「お仕事頑張ってねー! あーるびー!!」
「あいよ、しっかり守ってやっから安心して遊んできな」

 そんな言葉をかけられて、RBはまんざらでもなさそうに右手をひらひらと振った。あんな小さな子供にまで、顔と名前を覚えられている。それだけ、RBという兵士は方舟で有名な兵士らしい。

「お前もそうやって目に付く困った人間片っ端から助けんだな。なんでだ。あのガキがまたひっかけたら、次助けてくれる人間がそばにいるとも限らないんだぞ」
「ッハ、なんだよ。やさぐれてんなァ伊庭少尉」
「おい、こたえろよ」

 先ほど落下した衝撃で痛めた右腕を、ごきりと鳴らしながら顔をしかめたRBは面倒くさそうに口を開く。

「ああやって困った奴を助けてやりゃあな。助けられた側は、今度自分以外に困った奴を見つけた時、助けてやれる奴になるんだよ。俺がそうだったようによ」
「なんだそりゃ」
「ンな反応見せンなら聞くんじゃねェよ」

 ぶっきらぼうに、RBはそう言って。伊庭とともに持ち場である第三区画に戻っていった。

「あなたは、なぜあの子供を助けようと思ったんですか。あの子は一人でもどうにかしていたはずなのに」

 同じ頃、広場では静流が伊庭と同じようなことを雛樹に聞いていた。

「おかしな質問をするんだな。ターシャ、お前も行こうとしてただろ」
「ええ……でもそれを偽善と、自己満足だと言われて何も言い返せませんでした」
「伊庭になにか言われたのか……。ほんと、視野の狭い奴だな、あいつ」

そう言って、静流の隣に座った雛樹は言った。

「ああして、誰かが助けてやれば助けられた側は次自分と同じ境遇に陥っている人間を見たとき、助けてやれる人間になるんだ。本土じゃもう、そうしてやれる人は少なかったからな、孤児院の子供達にはしっかり教えてたせいか……癖みたいなものになってるのさ」
「……そう、ですか」

 今だけたすけて終わり……では、なく。次につながる救済を。

 その考えがあるからこそ、彼は何の臆面もなく人を助けて世話してやれるのだと、静流は改めて雛樹という男の人の良さを確認したのだった。

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