ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

第5節13部—世界は兵器に優しくない—

 意識がはっきりしない雛樹に、激しく揺れ、ふらつきながらも近づいていく飛燕。その様子を、褐色の少女は冷たい床に転がりながら、その赤い瞳を向けて眺めていた。
 彼女は、雛樹が本土にいる頃からその気配を感じていた。いつ頃からはわからないが、随分長い間感じていた……はずなのだ。
 それは、自分の中に埋め込まれた人とは違う異形の因子と同じものを、祠堂雛樹に感じていたからだ。
 確かに彼は、自分がその手で触れることができる……。その点においては、人間とほぼ触れ合ったことのないステイシスにとって珍しく、興味のあるものだった。

“彼女を任されてここにいる”“これは任務だ”。

 ずっとなんらかの気配を感じていた、いつか会えるのではないかと虚ろな心の隅で、塵のような期待を持っていたことは事実。

“任務を遂行し、成し遂げてこそ金がもらえる”
“それで誰かが助かり、俺は飯が食える”

 その気配の元と会えれば、何か変わるかもしれない。実験と薬と戦闘漬けの彼女は、ほんのすこしでもそんなことを思っていた……のかもしれない。

“それだけだ”

 だが、それは間違いだったのだ。自分の思い過ごしだった。
 そんなことを考えていた自分が随分と滑稽で、失笑した。

 もう、はるか昔にわかっていたことではないか。
 人とは悪魔の生き物なのだと。
 自分は兵器であり、物であり、生物としての尊厳などないのだと。
 信じられるものは“お父様”だけ。

 しかし、そのお父様でさえ触れることも、触れられることも許されない。

 この世界は、限りなく黒く、穢れているのだとわかっていたではないか。

 だから、このまま連れて行かれるなら連れて行かれるでもいいと思った。
 もうあの方舟という名の檻から出られるのなら。どこへでも連れて行ってどうにでもしてくれと思った。
 だから、祠堂雛樹に助けを求めることもしなかった。
 そして、今も。

(随分脆いわねぇ……。やっぱりあれも人間なのかしらぁ)

 ふーん、ま、どうでもいいけどぉ。そんなことを呟きながら、今まさにトドメを刺される直前の彼の表情を見た。
 右目だけが赤い、彼の姿を。

(これから壊される人間の顔じゃ……ないわねぇ)

 見るからに彼の視点は定まっていない。近づいてくる敵の足音から、それらしいところに目を向けているだけだ。
 だがなんだ、怯えの一切も感じられない。ただただ無機質に、貪欲に反撃の意思を見せつけられた気分になった。

(……)

 ステイシスは、そこにただただ違和感を感じた。憂さを晴らすためになにかを壊すことしかしてこなかった自分は、あんな冷たく、穏やかな凄みを感じたことはない。
 壊される側の人間はいつだって、鼻水や涙をぐちゃぐちゃに流したり、叫んで命乞いしたり、粗相して失神したり……また、諦めておとなしくなったり。まともな反応を見たことがない。

 だが、あれはそれ以上にまともではない。

 死と共にあり続け、あり続け過ぎたからこそ研ぎ澄まされた何か。

「できるだけ苦しんで死ね、クソガキ」

 射程距離。雛樹はその射程距離に入り歩みを止め、口を開いた男の場所に、瞳を、視線を固定した。

 相手はそれ以上何も言わなかった。直後に銃を構えて、心臓に照準を合わせて引き金を引く。
 流れるような動作だった。
 獲物を前に舌なめずりするような人間ではないことはわかっていた。
 そして慣れた片手構えで固定された照準が、自分の胸に照準された時思う。間合いは5メートル強。この距離でも外す可能性のある頭を狙ってこないとは……わかっている。
 せめて苛立ちまぎれに頭を狙ってくれていればまだ希望はあった。

 この弾丸は、確実に自分を打ち抜くだろう。

「ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「SF」の人気作品

コメント

コメントを書く