ノアの弱小PMC—アナログ元少年兵がハイテク都市の最凶生体兵器少女と働いたら

稲荷一等兵

第4部25部ー決着ー

鉄と鉄のぶつかり合い。凄まじい攻防の中、お互いの銃火器の弾薬が底をついた。
 任務内容が物資輸送だったために、元々積んでいた弾薬が少なく継戦能力に欠いていたこともあっただろう。
 残されたのは近接専用のブレードとカッターのみ。

「うぜぇ……いくらこいつがポンコツだとはいえ、あんなオンボロにここまで……」

 いくら一昔前の量産機で、かつグレアノイド体による攻撃でダメージを受けていたとはいえ、どう見てもスクラップ一歩手前にしか見えない機体に遅れをとるのは予想外だ。

 しかも搭乗者は素人の祠堂雛樹。よほど同乗者である小さな女が優秀なのか。
 どちらせよ、こちらはまだブレードが残っている。相手の胸部装甲は剥がした。うまくブレードをコクピット部に突き立てることができれば、祠堂雛樹を殺すことができる。

「胸部装甲破損、原動力炉冷却機構メインラジエイター破損、右腕部出力低下、スラスター出力40%ダウン。ひっどぉい」
「……っはぁ、くそ、疲れる……!!」

 外部モニターが歪み、ノイズが走っている。機体損傷度が激しく、デンジャーアラートが鳴り、赤いライトが点灯していた。
 過剰な熱を放出するグレアノイドの原動力炉のおかげで、コクピット内は蒸し風呂状態で、雛樹は汗を多量に流し、集中力も精神力も限界に近づいてきていた。

  対するガーネットは、汗はかいているものの涼しい顔で損傷部分のリカバリを行っているが……。

「しどぉ、つぎ接近されて胸部を攻撃されれば潰れるかで死ぬわよぉ?」
「ああ、わかってる……。ガーネット、少し無茶な頼みがあるんだけど、いいか?」
「んー? なぁに、言ってみなぁ」

 雛樹はすぐさまこの瀬戸際での策をガーネットに言おうとした。しかしすでに敵機、アンタレスはこちらの胸部を狙ってブレードを振ってきていた。
 いい加減回避しきれない。
 スラスターの出力が落ち、機体の足が地面に取られ始める。ブレードを右手のカッターで受けるが、右腕部の出力が落ちているため力負けしてしまい、カッターがはじかれ手を離れ、宙を舞った。

「オラ入ったァ!!」

 装甲が剥がれ、がら空きになった胸部にアンタレスのブレードが突き刺さった。
 そのブレードは雛樹のいるコクピット、その正面から侵入し背へ抜けた。

 裂けた装甲と擦れあい、金切り音を上げて火花がまるで花火のように飛び散り、オイルか何かが漏れ出てアンタレスの装甲をまるで返り血を浴びたかのように濡らす。

「手間かけさせやがって、このクソ野郎が……ッ」

 そこまでやって、雛樹の機体はようやく制止した。
 だが、なんだ。コクピットを貫いたというのに、この焦燥感は。

 黒い機体を貫いたブレードを引き抜こうとした。しかし、刺さったままそのブレードは微動だにしない。

「……あ?」

 ブレードだけではない。その刺さった機体ごとびたりと動かないのだ。まるで、根っこでも生えたかのように。
 仕方がないとブレードを手放そうとしたその時だった。
 目の前の機体の右腕が、アンタレスの腕を掴んだのは。

「捕えたぞ、伊庭……ッ」

 コクピット内に侵入してきたブレードは、紙一重のところで雛樹とガーネットを避けていた。いや、避けるように誘導したのだ。
 しかもそのブレードを物質化光のガーネットの髪でがんじがらめにし、引き抜けないように固定していた。

「くそ、こいつはじめから狙ってやがったな……!!」

「しどぉ、早くぅッ。これすごい大変、痛ぁいッ」

 伊庭はそこから逃れようと、スラスターを噴かして離脱しようとするが、引いても押してもふりほどけない。

 黒い機体の足元、大型の大出力兵器を扱うための、機体を地面に固定する杭型のアンカー。
 左脚部のアンカーを地面に突き刺して自らの機体ごと、アンタレスを捕らえていた。

 そして……、右脚部をアンタレスの脚部に当て、金属をも砕く威力を持ったアンカーを射出。
 バカン、と、景気のいい音を響かせアンタレスの左脚部を半ばから砕いた。

「あ? なんだおいなんだよ!!」

 突然バランスを崩し始め、左側に傾くコクピット内。ダメージモニターには、破壊された左脚部の状況がありありと映し出されていた。

「左脚部全損!? うっそだろおい! 何しやがった……!?」

「しどぉ、もう無理ぃ」

 ガーネットはブレードに絡ませていた髪を解く。その上、原動力炉を冷やすラジエイター破損のため、オーバーヒートを起こした機体が悲鳴をあげた。
 排熱機構や機体の隙間から白い蒸気のようなものを噴出し、各部の機動が停止したのだ。

「クソ……こんなときに」
「オーバーヒートよぅ。しばらく待てばまた動くけどぉ……」

 片足を失ったにもかかわらず、伊庭の操る機体、アンタレスはブレードを引き抜いて下がり、スラスターによる姿勢制御を行い、片足立ちで直立していた。

「まあ、待っちゃくれないわよねぇ」

 どこかあきらめたようにそういったガーネットは、ブレードが抜かれたことでできたコクピットの隙間から敵機アンタレスを覗いていた。

「緊急脱出装置、さっきのブレードで動かないわよぅ? どうするぅ? 死ぬぅ? あたしだけなら逃げれるけどぉ」
「ならさっさと逃げろ。お前まで巻き込まれることはないんだ」

 ガーネットの能力を考えれば、問題なく逃げられる算段はあるのだろう。だが雛樹にはそれができない。いくつか手を打とうとしても、もうすぐそこまで伊庭のブレードが迫ってきてるのだ。
 逃げ出す時間が、無い。

「ふぅん。まぁ、あたしだけ逃げてもまた檻の中だしぃ……。ここでしどぉと死ぬのも悪くないわぁ」
「なにを……っ、馬鹿言ってないで早く逃げろ!」
「しどぉ、うるさぁい……」

 あろうことかガーネットは逃げることをせず、雛樹の胸板にしなだれかかって目を閉じてしまったのだ。
 軽い、軽すぎる。ガーネットの、方舟の守護者ステイシスの自分に対する命の扱いが。

 こんどこそ終わりだ。死ね。伊庭のそんな声が聞こえてくるようだ。
 全てを切り裂くブレードが空気を振動させながら、その不気味な音を聞かせ迫ってきた。

 ここまでか。微動だにしないガーネットを、無駄だとわかっていながらも庇おうとして抱き込む。

「んっ……あっは、あったかぁい」

 なぜだかとても嬉しそうな、ガーネットの猫なで声が頭の中で響いていた。

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