最強は絶対、弓矢だろ!

矢追 参

なるほど……

 ☆☆☆


 それは灰色。

 象に似ているがそれは身体だけだ。頭は見るからに象ではなく、魔物のそれだ。何とも形容し難く、俺はポリポリと頬を掻きながらレシアにポツリと呟く。

「なぁ……」
「何も言わないで下さい……」
「いや、これは言わずにゃあいられねぇだろ」
「…………では、どうぞ」
「俺ら、夜襲多くねぇか」

「「…………」」

 心当たりがあるのか、エルフィアとシールが黙る。まだ仲間になって日の浅いディースとハニーは首を傾げているが、俺は何となくこいつらのことを理解してきていた。

 街でも襲われ、森でも襲われる。腰を落ち着かせたところに必ずと言っていいほどトラブルが舞い込む。これ絶対誰かが呼び込んでるだろってくらい。

「お嬢様は悪くありません。悪いのはシールでは?」
「えぇ僕!?喧嘩っ早いのはレシアじゃないか!最初、ロアさんのこと勘違いして襲ったのはレシアでしょ」
「この男のことはどうでもいいのです。当然のことですから」
「おい」

 張っ倒すぞ。

 俺の不満に気付いたのか、レシアは俺を見るとふんっと鼻を鳴らして顔を明後日の方向に向けてしまった。それから、兎に角自分は悪くないと言いたいようで口を利かせる。

「こんなチンピラ顔の男がお嬢様の近くにいれば、誰でも剣を向けるでしょう」
「……脳筋剣士」
「はい?何か仰いましたか?ヘッポコ弓使い」

「「…………」」

 俺とレシアは久々(?)に対峙し、互いに至近距離で睨み合う。が、それをエルフィアが止めた。

「ふ、二人ともストップです!ほら、魔物さんが来てる!」

 そういうエルフィアに従って魔物を見ると、「え?これ襲っていいの?大丈夫?」という感じに困惑していた。なんだこいつ。

「仲良きことは美しきことじゃの〜」
「ガッハッハッハッ!相変わらずであるな、二人は!」
「「仲良くない」」

 全く心外だとばかりに俺はそっぽ向き、レシアも同じようにそっぽ向く。それでまたハニーが爆笑するものだから、いよいよ俺とレシアのボルテージも上がって……といったところで魔物側がもう待ってられないとばかりに巨大な岩のような足を上げて振り下ろした。

「お嬢様」

 レシアはサッとその場から駆け出し、エルフィアを抱え……シールの首根っこをもってその場から離脱。シールをぞんざいに扱うなんて珍しいと思ってレシアの顔を見ると、ムッとしていた。子供のように不貞腐れていた。どうやら先ほどシールに言われたことを根に持っているらしい。

「餓鬼か……」

 なんて俺が思わず呟いた言葉にも反応し、レシアはスッと目を細めて俺を睨む。

 あ、こんなことしてる場合でもねぇな。

 俺は背を沿って後ろに向かって身体を縦に回転させる。上下が逆さになること数回……ドシンッと魔物の足が地面に叩きつけられ、激震が走る。俺もその場から離脱し、相棒を担いで距離を稼ぐ……あれ?と、俺は何やら魔物が地面に叩きつけた足の下に何かいると思って目を凝らして見る……すると、そこには魔物の足をその屈強な身体で支えるディースと、ディースを応援しているハニーの姿があった。

 何やってんだ?

「ガッハッハッハッ!中々に重い……が、我輩を止めたいのならもっと筋肉を付けるがいい!!」
「おぉおぉ〜!頼もしいのーガンバレガンバレ〜なのじゃ!」

 何なら太鼓の音でも聴こえてくるような応援だった。いや、アホか。

「おーいディースや。あんまし遊んでんじゃねぇ。サクッと片付けるぞ」
  
 俺が矢筒から矢を取り出して述べると、レシアに抱えられていたものの今は降ろされたようで、自分で地に立つエルフィアだった。

「サクッと……?ロアさん!なら『エクスカリバー』で……」
「ダメだ」
「ダメです」
「ダメであるな!
「ダメじゃの〜?」
「えぇ!?」

 シール以外の猛反対に驚きを隠せないエルフィアは、若干涙目になっていた。総攻撃を受けて悲しい気持ちになったのかもしれない。だが、アレはダメだ。たしかに強力で便利だが……威力があり過ぎる。下手に使うものでもあるまい。

「お嬢様よぉ、俺が許可しない限り『エクスカリバー』は使うな。分かったか?」
「え?は、はい!」
「お前は何様なのですか……」

 エルフィアに命令したのが気に食わないようで今度はレシアが出てくる。何様か?決まっている。

「俺様」

 レシアは手近にあった石ころを投げてきた!


 ☆☆☆


 象のような魔物はこのフィジン大森林に巣食う魔物であり、フィジン大森林の主であると言われているようだ。フィジンの巨象……象呼ばれているという。

 さすがに御者として各地を転々としているだけあって、シールは何かと地域の伝承等を多く知っていた。

 ズドンッ

 再び魔物が地面を叩く音が森中に轟くと、鳥達が驚いて羽ばたき立つ。さすがにディースも今度はハニーの手を取って離脱していた。

「ガッハッハッハッ!こっちである!」
「うひょ〜、早いのじゃ〜!」

 ディースが引っ張っているからか、ハニーの顔は風圧で酷いことになっている。折角の美人がブチャイクになっていたので、俺はプッと小馬鹿にしてやる。すると、大木の太い枝に着地したディース――その枝から落ちまいと必死にしがみ付いたハニーは恨めしそうに呟く。

「あ、後で覚えておれよぉ……んん!?ぎょえぇぇぇぇ!?」

 先ほど地面で暴れ回っていたフィジンの巨象は、ディースとハニーのいる大木に体当たり……それで木が大きく揺れて枝にしがみ付いていたハニーが美女らしからぬ悲鳴を上げていた。

「ププー。……もう忘れたわ!」

 俺がそう叫ぶも、どうやら言い返す余裕がないらしい。ハニーはムムッと顔を顰めると……瞬きの間に俺の背後に回っていた。

 思わず振り返ると、不敵に笑むハニーが俺の胸倉を掴んで揺すってきた。

「こんのぉ〜!儂がどれだけ怖かったと思っとるのじゃ!」
「てめぇ転移魔法使えるじゃねぇか!」
「それとこれとでは話は別じゃろ!例えそれでも、男なれば女の子を助けるのは当たり前じゃて!」
「……(女の子?)」
「口に出して言えー!!」

 俺はユッサユッサと身体を上下左右に揺らされつつ……視界の端にフィジンの巨象が足を振り上げている様が見えた。

「っぶね!」
「【シュインッ】」
「あ、汚ねぇ!?」

 慌てふためく俺を捨て、ハニーは転移魔法で逃げやがった。何とかその場から飛び退き、間一髪難を逃れられたが……俺は再び大木の枝の上に悠々と座るハニーに向かって一言文句を言った。

「てんめぇ!後で覚えてやがれ!」
「ふっふっふ〜……もう忘れたわい!」
「張っ倒すぞ……」
「いつまで遊んでいるつもりですか。いい加減にして下さい」

 レシアはスッと会話に割って入ると同時に踏み込み……一閃。彼女の描いて美しき剣の軌跡が一直線に引かれ、その線の通った場所にあった巨象の足が――スッパリ綺麗に完全に切断された。

 おいおい……あのリーチの剣で、一体どうやってあの巨象の太い足を斬ったのか。なんて訊くのは、やはり野暮なことなのだろう。俺はやれやれと首を竦め、相棒を構えながら最高に格好良く、それはもう格好良く口を開いて言った。

「まあ、仕方ねぇ……やれやれだぜ。んじゃあ、そろそろ最強は弓だっつーことを教えてやるとすっかぁー」
「いいえ、剣です」
「違う!己の肉体である!」
「儂の魔法が最強じゃて〜当然じゃろ?」

「「「「…………」」」」

 なるほど。頑固者、自信過剰、思い込みバカとかそんな奴らが集まると……まあこうなるわけか。俺はより一層やれやれと首を振り、大きく息を吸い込み……吐き出した。

「上等だゴラァ!!」

 俺の怒鳴り声を皮切りに、俺たちは一斉に動き出す。何やら視界の端の方で『エクスカリバー』を携えてウズウズしているエルフィアを必死に抑えているシールの絵面が見えた気がしたが……今はそんなことどうでもいいだろう。

 俺の放った矢が巨象を穿ち、レシアの剣が巨象を断ち、ディースの拳が巨象を打ち、ハニーの魔法が巨象にトドメを刺した。

 巨象の、それはもう巨大な身体はボコボコにされて地面に倒れ伏す。何とも哀れで、同情の念が浮かぶが……しかし、これだけは言っておかなくてはならない。

「俺の矢で倒した!」
「私の剣で倒しました」
「我輩の拳で倒した!」
「儂の魔法で倒したのじゃ〜」

「「「「…………」」」」

 なるほど。



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