最強は絶対、弓矢だろ!

矢追 参

あ?なんだこいつ……ぴ、ピエロか?

 ☆☆☆


 街を出てからの王都への道のりは綺麗に整備されており、とても歩き易い。御者として雇われていただけあって道に詳しいシールを先頭にして、エルフィアとディースが並び、最後尾で俺とレシアが歩いている。
 例の戦闘から数時間ほどが経っており、追手も来ないことから割とノンビリと歩いている。正確には疲れているため、急ぎ足で歩くのが辛いだけなのだが……。
 ふと、隣を歩くレシアを横目で見ると澄ました顔で歩いていた。別に何でもないが、街を出てからレシアが不機嫌な気がしてならない。こいつの機嫌とかどうでもいいが、俺に対して無意味に怒っている感がある。

 俺が果たして何故かと考えようとしたところで、前方からエルフィアが俺のところまで下がってきてちょちょいと耳を貸せと手招きしてくる。
 俺は首を傾げつつ、言われた通り耳を近づけるとエルフィアが耳元でレシアには聞こえないように言った。

「ちゃんとフォローしないとダメだよ?レシアのこと」
「あ?フォロー?何の話だ?」

 俺が素で返すと、全く呆れたようにエルフィアが半眼を作る。

「さっきほら……レシアに怒鳴ったでしょう?」

 そう指摘されて思考を巡らせ、思い当たったが……で?と俺はエルフィアに返した。エルフィアは呆れたのを通り越したのかコメカミに青筋を浮かべた。
 あの温厚なお嬢様が怒ってる……俺は大人しくエルフィアの話を聞くことにした。

「フォローってもなぁ……」
「謝ればいいの。素直に謝れば、レシアも許しでくれるはずだわ」

 謝罪しろと言う。
 まあ、たしかに勝手に伝説の武器を賭けに出したのは悪かったかもしれないので、俺は仕方がなく頷いて隣を歩くレシアに首を回す。
  
「おい」

 と、呼び掛けるとレシアがムッとした表情で俺に視線を向けた。

「おい……などと、相変わらず口の悪い。ちゃんと名前で呼んでください」
「あ?別に伝わればいいだろ……はぁ」

 俺はガシガシと頭を掻きつつ、面倒ながらも改めて呼び掛ける。

「レシア」
「……意外と、素直ですね」
「あ?なんか文句あっか?」
「いえ。意外に思っただけです。それでなにか?」

 レシアは少しばかり微笑んで直ぐに用件を訊く。俺は一瞬、微笑んだレシアの表情に呆気に取られながらも用件を手早く伝えた。

「いや……なんつーかな。さっきは怒鳴って悪かったな」

 そう言うと、レシアはまた意外に思ったのか暫し目を瞬かせてから首を横へ振った。

「別にいい気にしていませんよ」
「……そうか」

 気にしてないらしい。

 俺は安堵して、ちょっとスッキリした気持ちで前を向いてふと感じた違和感に首を傾げる。
 なんで気にしてないなんて言われて、俺が安堵しなきゃならんのだ。

 俺は前に向けた目を、再びレシアへ向ける。俺と同じように視線を前へ戻していたレシアは視線を感じたのか、俺に視線を戻して訝しげな表情で口を開いた。

「まだ何か?」
「……」

 そう尋ねるレシアを無視し、俺はレシアの顔をマジマジと見つめる。
 切れ長の目に、長い睫毛。スッとした鼻に、きめ細かい白の肌。綺麗な瞳、美しい顔立ち。

 …………。


「えっと……何ですか?」

 じーっと見ていると、いよいよ困惑したレシアが眉を顰めて俺に声を掛ける。
 俺たちの様子に気づいたのかディース達が後ろを振り返る。そして、全員困惑顔で立ち止まり、俺も足を止める。

 それでも、俺はレシアから目を離さなかった。何といえばいいか、見た目はいいのだといつも思っていたが……。

「……?どうしたの?何か気になることがあるの?」

 俺はそのシールの言葉にピクリと反応し、首を横に振って視線をシールは向けながら口を開いた。

「いんや……意外な事実に気がついて、ちっとばかし自分で自分を信じられなくなっちまっただけだ」

 そう言うと、シールやエルフィアは首を傾げ、レシアは訝しげに俺を見る。その中でディースだけは、俺が言わんとすることに気付いたようにウンウン頷いた。

「うむ……今更自覚したのであるかー」
「あ?勘違いするんじゃねぇよ……そういうわけじゃねぇんだっつの」
「だが、傍から見ていれば直ぐに分かるものであるがな……。揺るぎなき信念を持つ者同士、ぶつかるのは当然。そして、それが男と女であればまた然り。我輩も、そんなレシア殿が……」

 と、言いかけたディースを睨むとディースはやれやれと首を振った。
 違う。そういう訳じゃない。たしかに、ディースの言いたいことは分かる。ナヨナヨして自分じゃ何も決められない女よりも、レシアのような自分の信念を持った強い女の方が……うん、まあ好きだが。
 それが、果たしてディースのように恋愛にまで発展するかはまた別の話である。ただ、単純に俺はいつも啀み合っていたレシアのことが意外にも嫌いじゃないという事実に今気が付いて、ちょっと自分で自分が信じられなくなってレシアを凝視してしまったに過ぎない。

 ふと、レシアに目を向けるとレシアはさっきみたいな澄まし顔をしており、スタスタと俺の横を通り過ぎると俺たちの前を歩き出す。

「そろそろ、立ち止まってないで行きましょう」

 まだシールやエルフィアはよく分かっていないようで首を傾げていたが、レシアが言ったのでソロソロと後を付いていく。ディースはいつもの笑い方で大きく笑うと、さらにその後を付いて歩く。
 俺は、レシアの後ろ姿を見ながら……その耳が赤くなっているのを見て、それを不思議に思いつつ最後尾を歩いた。


  ☆☆☆


 さすがに疲労しているせいか、あまり進めずに日が傾き出した。そのため、早い段階で野宿することになった。
 さすがに以前の失敗が効いているようで、シールもエルフィアも正しい枝を拾ってきたようで魔物に襲われることなく夕食を終えた。

 シールとエルフィアが仲良く並んで眠っている間、ディースが火番を務め、俺は弓矢の手入れをする。

 む……ちょいと矢の本数が心許ねぇなぁ。

 俺は矢を矢筒へ仕舞いながらそう思った。自分で矢を削るのは面倒だが……その方が安上がりだし、何より安心も出来る。
 俺は固まった首の筋肉をほぐすように回し、ディースに一言言いながら立ち上がる。

「顔洗って寝るわ」
「うむ!合点である!」

 ディースは干し肉をギリギリと噛んで、引き千切って食べながらそう答えた。

 周りは木々に囲まれ、少ししたところにそこそこの広さの川がある。ゆっくりとした流れの川で、川沿いを進めばそのまま王都に行けるらしい。

 俺は少し歩いて、その川沿いまで着くと……川に誰かの気配を感じた。
 俺は一瞬警戒し、茂みから川を覗き見ると……一糸纏わぬ姿で川で水を浴びているらしいレシアを視界に捉えた。
 レシアは髪を両手で束ねており、岩肌に腰掛けて鼻歌を歌っている。思わず息を呑んで呆然としそうになったが、俺は後ろ振り返りつつ口を開いた。

「なにやってんだ……」
「っ!」

 ザバッ

 レシアは水飛沫を上げながら、俺の背後で恐らく胸元でも隠してこっちに振り返ったのだろう。
 レシアは暫くなにも言わなかったが、少しして口を開いた。

「ロア……覗きですか。最低ですね」
「ちげぇよ、バカ。顔洗って寝ようと思ったんだがな。そこにてめぇがいただけだ。覗き見みてぇなことして悪かったな」
「……見ましたか」
「見たな」

 正直に答えた。
 俺は男だ。言い訳はしない。女の裸を見たいと思うのも、そして偶然とはいえ見てしまって見惚れるのも男だ。だから、言い訳はしない。
 俺は礼儀として、こう付け足した。

「さすがに身体を鍛えてるだけあるじゃねぇか。いい筋肉だったぜ!」
「死んで下さい」
「あ?褒めてやってんのになんつーことを……」
「いえ。死んだ方が宜しいかと」
「てめぇ……」

 後ろを向いているのでレシアがなにをしているのか分からないが……シュルシュルという音からもしかすると着替えているのかもしれない。
 それから会話が途切れ、レシアが着替え終えたからか声を掛けてきた。

「もう構いませんよ」

 俺は振り返り、レシアに目を向ける。レシアはいつもよりも若干軽装ではあるが鎧を装備していた。まあ、宿じゃねぇしな……。

「んじゃ」

 俺はレシアを通り越して顔を洗いに行こうかとすると、その手前でレシアに止められた。顔を顰めて目を向けると、不機嫌さを隠そうともしないレシアが俺を下から睨むように見ていた。

「んだよ……」
「乙女の肌を見て、謝罪はないのですか」
「あ?謝っただろーが」
「全く気持ちが篭っていないではありませんか!お前……本当に最低です」

 俺は面倒そうに頭を掻き、激昂するレシアに諭すように教えてやる。

「別に裸見たくらいで騒ぐな、ドアホ。仮にもお嬢様の騎士なんだろーが?てめぇ、全裸だと敵と戦えねぇのかよ?そんなら、お嬢様の護衛なんざやめとけ」
「っ!そういうことではありません!裸を見られることに羞恥がないと言えば嘘になりますが……そういう意味では……ないのです」

 俺は急にシャンとして顔を俯かせるレシアにイライラした。煮え切らない態度というのは、はっきりしなから腹が立つ。
 俺は腕を組み、眉を寄せて言った。

「はっきり言えよ」

 俺が言うと、レシアは視線をあらぬ方へ泳がせ……それから意を決したように口を開いた。

「お、お前に肌を……っ!」
「っ!」

 俺とレシアは突然の人の気配に同時に反応し、視線を川沿い立つ岸壁の上を見上げる。
 月夜を背景にして立つ人影は、こっち見下ろしているようだった。そのシルエットはどこか奇妙……。
 俺は見下ろされているという状況が気に食わず、顔を顰めてその人影を睨みつけながら叫んだ。

「誰だ!てめぇ!!」

 俺が叫ぶと、その人物は手を上に掲げる。そして数瞬の後に掲げた手のひらが眩く発行し、魔法陣が形成される。

「……ロア!」
「ちっ!」

 俺とレシアは一瞬で目配せし、散開……その場から飛び退く。それとほぼ同時に、岸壁の上に立つ人物から放たれた魔法……雷撃が上から落ちてくる。
 間一髪それを避け、俺とレシアはそれぞれ反対側の茂みに隠れて謎の敵の様子を伺う。

 謎敵は今、魔法を使った。つまり、奴は魔法使いだ。

「ちっ……」

 俺は無意識に腰に手をやり、そこに相棒がいないことに気付いて舌打ちした。レシアは先程背中に剣を背負っていたのを見たから大丈夫だろうが……まずい。相棒をあっちに置いたままだった。

 俺は茂みから魔法使いを見やり、俺たちを見失ったのかキョロキョロと辺りを見回している。
 俺は今がチャンスだろうと見て、向かい側のレシアに目を向ける。レシアは俺と目を合わせると了解したように剣に手をかけた。

 俺はとりあえずその辺に落ちていた適当な石ころを拾い、魔法使いに目をやる。
 狙いは……魔法使いの足元。岸壁だ。

 俺は茂みの中で狙いを定め、そして石を思いっきり投擲する。
 狙い通りに飛んだ石ころが丁度魔法使いの足元の壁に直撃し、減り込んだ。少しして、俺が狙った岩の脆いその部分にヒビが入っていき、ついには崩れた。

 大きな音が轟き、魔法使いは岸壁の上から岩と一緒に落ちた。

 レシアはそれを確認すると茂みから出て、魔法使いの有無を確認する。俺もそれについていき、土埃が晴れて魔法使いの姿を見て俺は思わず呆然とした。

 魔法使いは全くの無傷だったが、全く目を回しているようだった。全身黒が貴重な服装で、いかにも魔女といった具合の格好だった。帽子も魔女ようなもので、その先には丸い何かがぶら下がっている。
 何よりも、この魔法使いの変なところは露出した腕や顔などの肌に変なペイントがあることだ。

 顔には稲妻や雫のペイントだったり……まるだピエロのような容貌だ。

「な、なんだこいつ……」
「さ、さぁ……」





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