最強は絶対、弓矢だろ!
いや、怒ってねぇから
☆☆☆
シールの頬が赤くなった辺りで、切り上げた。
シールを部屋まで送っていき、俺も部屋へと戻ると……蝋燭の火が点いた部屋の中で、暴力剣士が窓の淵に腰掛けて夜空を眺めていた。
寝間着姿で。
「……ずいぶん、遅かったですね」
スッと耳の奥まで入ってくるような声音だった。覚えやすい、凛とした声音だ。
夜風に靡く白銀の髪を眺め見ながら、俺は肩を竦めてこう答えた。
「ま、男同士の語らいというものだよ……この蝋燭なんだ?」
「宿主から買ったのですよ……」
「わざわざ蝋燭代なんて払ったのか?寝ればいいだろ」
暴力剣士の寝間着姿は、ゆったりとした服だった。重厚な鎧の上からでは分からなかったが、よく育った胸を持っている。尻もそうだが、良い形をしている。
ウエストも鍛えているのか、よく引き締まっている。それが、ゆったりとした寝間着の上からでも分かるのだから抜群のプロポーションだ。
足や腕もスラッと長く、全てにおいて美女だということは紛れもない。
いや、それは言い過ぎた。
性格は暴力剣士なのだ。
「ジロジロと見ないでください。汚らわしい」
「あ?マジで可愛くねぇな……」
性格が。
俺は冷ややかな視線を向けてくる暴力剣士にそう言った。
暴力剣士はそれを気にも留めていないようで、サッと髪を手で払う。それから、窓淵から立ち上がって長い髪を耳へかけると……濡れた瞳を俺に向けてきた。
「お前と少し、話をしようと思ったのです」
「話?」
「そう……お前の本意。どうして、わざわざこんなことに足を踏み入れたのですか?」
「あ?」
俺は顔をしかめた。何回も説明したはずだが……疑ってんのか。この女は。
「説明しただろーが」
「世界一の弓の名手ですか?……笑わせないでください」
暴力剣士は一蹴した。
嘲笑うとのは……訳が違う。どこか真に迫った物言いは、子供に現実を見ろと諭す大人のような姿だった。夢を忘れた大人の姿だった。
「お前のそれは子供が紙に描く絵のように幼稚な物です」
「馬鹿だとでもいいてぇのか?」
いつのまにか、俺の意図しない方向に声音が低く響く。ドスの利いた声に、暴力剣士は一瞬だけたじろぐが……それでも凛とした表情で答えた。
「そうではありません」
暴力剣士は俺と目を合わせないように目を伏せて、それでも気を張った力強い言葉で返してくる。
「目標があるというのは、素晴らしいことです。しかし、私が言っているのは……それは私たちの事情に首を突っ込むことでもないという話です。他にも、道があったはずなのに……何が目的ですか?」
「……」
俺は黙った。
何が目的と言われても、それが目的だとしか言えなかったし、何度も説明もしたからだ。俺にある明確な目的というのは、それだけしかない。
そしてそれは、俺の中にある確かな信念なのだ。
俺は弓を極め尽くしたその先……「夢幻」と呼ばれる境地に達したい。そこに辿り着いたら、きっと俺は……俺の信念を貫けると思うから。俺が幼い頃から描いてきた「夢」や「幻」……それを叶えるためならば、手段は何でもいい。
曲げられないものが、男にはある。
俺が何も言わなからか、焦れた暴力剣士が俺にツカツカと寄ってくる。
蝋燭の火だけが灯る薄暗い部屋で、暴力剣士が太腿にでも隠していたのか、銀色のナイフが俺の喉元で輝いた。
「得体の知れない者を近くに置いておくのは、お嬢様にとって危険です。お嬢様は、良くも悪くも人を信じ易い……もはや、お前のことも信じきっているかもしれません。だから……また、裏切られる前にここで死んでいただきます」
「……」
また……裏切られた経験でもあるようだ。俺の眼に映るのは、冷酷なまでに感情を押し殺した人形だ。今度は間違えまいと、そういう感じ。
だから、簡単に人のことが信じられない。こいつの言う通り、お嬢様は直ぐに人を信じすぎる。お人好しだ。警戒とは疎遠に思える。
別に俺は信じて欲しいとは思わない。俺には俺の目的があって、行動する。だからこそ、こいつに俺の目的を否定され、こいつの中で勝手に俺の目的を、妄想の目的を作られるのは気に食わない。
なるほど。
俺は喉元に突きつけられたナイフを素手で掴んだ。血が滲み、ポタポタと床に垂れていく。
ナイフの刃を通って、暴力剣士の細長く綺麗な指を赤く染める。そして、俺は息を吸い込んで怒鳴り散らした。
「ふざけんな!ボケェ!!」
「え?」
いきなり怒鳴られるとは思っていなかったのか、暴力剣士は面喰らったように驚いている。
「殺すんなら、好きに殺せドアホ!俺はもう寝るかんな!!くそが」
呆然とする暴力剣士からナイフを奪い、捨てる。カランカランと音を立てて床を転がるナイフを……イライラしたので一回踏みつけて、俺はベッドに不貞寝した。手のひらが切れていたので、馬鹿みたいに痛かったが、狩で怪我をすることもしょっちゅうだった俺は気にせず眠った。
暴力剣士から、「あの……」だとか、「お、起きてください」などと弱々しい声が聞こえたが全部無視した。
うん。もう怒ったわぁ……知るか。あんな暴力剣士。
だが、次に続いてきた言葉に……俺は仕方なく起きた。
「ごめんなさい……」
心からの謝罪だったのだろう。それが分かった。
だから俺は、上半身だけムクッと起き上がり、キッと暴力剣士を睨み付けた。
「世界一の弓の名手になるのは……俺の一番の夢だ。てめぇの都合で、裏切りがどうだとかで、俺の夢を嘘だとかまやかしだとか言われんのは、違うだろーが。これは俺の夢だ。てめぇに否定される筋合いはねぇ」
それだけ言って、また寝た。
最後に暴力剣士から、震えたような弱々しい声が聞こえたが聞こえなかったので無視した。
どうでもいいわ。
☆☆☆
翌朝……目覚めると、弓手の方に違和感を感じた。たしか、昨夜暴力剣士の突きつけてきたナイフを掴んだ時に負傷した手だ。
モゾモゾと掛け布団の下から出してみると、包帯が巻かれて手当されていた。これをやったのが、誰かなんて考えるまでもないだろう。
ふと、隣のベッドを見るとベッドの上で正座していた暴力剣士が俺を見ていた。
「……」
「……」
視線が合うとオロオロし出す。
なんか面白いぞ、これ。
昨日のことでも気にしているのだろうか。可愛げがないと思っていたが、意外と可愛いところがある。
俺はユラリと起き上がり、若干掠れる声で言った。
「何やってんだ、てめぇ」
「あ、いえ……はい」
「はい?何言ってんだ」
オロオロしている。めっちゃ面白い。
 
よく見て見ると、暴力剣士の目の下に隈が出来ている。こいつはもしかすると一日中起きていたのではないだろうか。
木窓から差し込む朝日に白銀の髪が輝く。
「……」
「あっ……と、うぅ」
すごく謝りたいけど素直に頭を下げられない感じが伝わってくる。暫く、怒ったふりでもしてやろうか。そう思うくらいには、今の暴力剣士は面白い。
え?もう怒ってないのか?ぶっちゃっけ、どうでもいい。はなっから大して怒ってない。
「んん」
「っ!」
俺が背伸びすると、暴力剣士が肩をビクリと震わせた。俺の一挙手一投足に反応するのだから、面白いことこの上ない。
「あの……き、昨日は……」
「さて、顔を洗ってくるか」
「っ!」
敢えて、暴力剣士が何か言う前に俺はベッドから立ち上がった。若干寒い……やっぱり、まだ寝ていたいが暴力剣士の反応がいかんせん面白すぎた。
昨日の腹いせに暫くはこのままでいようかなと思い始めた。
何度も言うが、別にもう怒ってない。単純に面白いからやるだけである。
性格が悪い?知るか!
俺が部屋を出ると、ペタペタと顔を俯かせた暴力剣士が後ろを付いてきた。ここで、何か一言言ってやってもいいが……無視した。
そのまま宿裏の井戸へ行って水を汲み、桶に入った水で顔を洗う。冷たい。すごく。
そして、俺はふと気が付いた。顔を洗いにきたはいいが、拭くものを忘れた。
「やべぇ……」
「あ、あの……これ……タオルです」
「……」
一瞬、無視してみようかと思ったがありがたく借りることにした。
顔を拭き終わってから、暴力剣士に返す時に俺は肩を竦めて言った。
「あんがとよ」
「っ!!」
暗かった表情が、一瞬で明るくなった。
あぁ……こいつはこっちの方がいいな。顔がいいから、笑顔が似合う。そう、顔がいいから。飽くまでも。俺が暴力剣士に対して、明るい印象は一つも持っていないが……少なくとも俯いて歩くより、顔を上げている方がらしいというものだ。
「お嬢様方もそろそろ起きたかねぇ」
「ど、どうでしょうか……お、お前は少し早く起きたように思いますから……」
視線をあちらこちらと忙しなく動かし、暴力剣士はしどろもどろに答える。何ともらしくない……
「はーん……暴力剣士はずっと起きてたのか?」
「ぼっ……暴力……は、はい。お前に……言いたいことがあったので」
「なんだ?」
訊いた方が、言いやすいだろうと訊いてやると暴力剣士はホッと安心したように一息吐いてから、俺に深々と頭を下げた。
「昨夜は……申し訳ありませんでした。お前の言う通り、お前の夢を否定したことは……私の落ち度です」
「うん。いいよ」
「か、軽い……」
だが、文句はないようで表情は安心したような感じになっている。そして、暴力剣士はさらに続けた。
「それと、暴力剣士というのは止めませんか?私も……暴言弓使いなどとは呼びませんから……ロア」
結構気にしていたのかもしれない。それは、悪いことをした。暴力剣士というのも、たしかに言葉にするには長い。こいつの名前を呼んだ方が遥かにいいだろう。
俺は苦笑して、暴力剣士に言った。
「分かった。レシア……これでいいか?そろそろ戻ろうぜ……ここは少し冷えるわ」
「そうですね……私も寝間着では肌寒いです。顔を洗ったら戻ります」
レシアは腕を摩り、寒そうにしていた。そりゃあ、薄い布の寝巻きじゃあ寒いだろう……と、
「ん?」
ふと、レシアは先ほど俺が使ったタオルを持って……桶の水をジャブジャブとし、そして顔を拭いた。
……いや、本人が気にしないのなら何も言わない方がいいだろう。
「ふぅ……あ、待ってくれていたのですか?先に行っていてもよかったのですよ?」
「あ?いんや……まあ、何となく」
ついつい、レシアを目で追っていたら部屋に戻るのを忘れていた。顔を洗ったからか、濡れた瞳が俺を下から覗き込む。
なんだか、昨日よりもずっと可愛く見えるのは……多分気のせいじゃないだろう。
シールの頬が赤くなった辺りで、切り上げた。
シールを部屋まで送っていき、俺も部屋へと戻ると……蝋燭の火が点いた部屋の中で、暴力剣士が窓の淵に腰掛けて夜空を眺めていた。
寝間着姿で。
「……ずいぶん、遅かったですね」
スッと耳の奥まで入ってくるような声音だった。覚えやすい、凛とした声音だ。
夜風に靡く白銀の髪を眺め見ながら、俺は肩を竦めてこう答えた。
「ま、男同士の語らいというものだよ……この蝋燭なんだ?」
「宿主から買ったのですよ……」
「わざわざ蝋燭代なんて払ったのか?寝ればいいだろ」
暴力剣士の寝間着姿は、ゆったりとした服だった。重厚な鎧の上からでは分からなかったが、よく育った胸を持っている。尻もそうだが、良い形をしている。
ウエストも鍛えているのか、よく引き締まっている。それが、ゆったりとした寝間着の上からでも分かるのだから抜群のプロポーションだ。
足や腕もスラッと長く、全てにおいて美女だということは紛れもない。
いや、それは言い過ぎた。
性格は暴力剣士なのだ。
「ジロジロと見ないでください。汚らわしい」
「あ?マジで可愛くねぇな……」
性格が。
俺は冷ややかな視線を向けてくる暴力剣士にそう言った。
暴力剣士はそれを気にも留めていないようで、サッと髪を手で払う。それから、窓淵から立ち上がって長い髪を耳へかけると……濡れた瞳を俺に向けてきた。
「お前と少し、話をしようと思ったのです」
「話?」
「そう……お前の本意。どうして、わざわざこんなことに足を踏み入れたのですか?」
「あ?」
俺は顔をしかめた。何回も説明したはずだが……疑ってんのか。この女は。
「説明しただろーが」
「世界一の弓の名手ですか?……笑わせないでください」
暴力剣士は一蹴した。
嘲笑うとのは……訳が違う。どこか真に迫った物言いは、子供に現実を見ろと諭す大人のような姿だった。夢を忘れた大人の姿だった。
「お前のそれは子供が紙に描く絵のように幼稚な物です」
「馬鹿だとでもいいてぇのか?」
いつのまにか、俺の意図しない方向に声音が低く響く。ドスの利いた声に、暴力剣士は一瞬だけたじろぐが……それでも凛とした表情で答えた。
「そうではありません」
暴力剣士は俺と目を合わせないように目を伏せて、それでも気を張った力強い言葉で返してくる。
「目標があるというのは、素晴らしいことです。しかし、私が言っているのは……それは私たちの事情に首を突っ込むことでもないという話です。他にも、道があったはずなのに……何が目的ですか?」
「……」
俺は黙った。
何が目的と言われても、それが目的だとしか言えなかったし、何度も説明もしたからだ。俺にある明確な目的というのは、それだけしかない。
そしてそれは、俺の中にある確かな信念なのだ。
俺は弓を極め尽くしたその先……「夢幻」と呼ばれる境地に達したい。そこに辿り着いたら、きっと俺は……俺の信念を貫けると思うから。俺が幼い頃から描いてきた「夢」や「幻」……それを叶えるためならば、手段は何でもいい。
曲げられないものが、男にはある。
俺が何も言わなからか、焦れた暴力剣士が俺にツカツカと寄ってくる。
蝋燭の火だけが灯る薄暗い部屋で、暴力剣士が太腿にでも隠していたのか、銀色のナイフが俺の喉元で輝いた。
「得体の知れない者を近くに置いておくのは、お嬢様にとって危険です。お嬢様は、良くも悪くも人を信じ易い……もはや、お前のことも信じきっているかもしれません。だから……また、裏切られる前にここで死んでいただきます」
「……」
また……裏切られた経験でもあるようだ。俺の眼に映るのは、冷酷なまでに感情を押し殺した人形だ。今度は間違えまいと、そういう感じ。
だから、簡単に人のことが信じられない。こいつの言う通り、お嬢様は直ぐに人を信じすぎる。お人好しだ。警戒とは疎遠に思える。
別に俺は信じて欲しいとは思わない。俺には俺の目的があって、行動する。だからこそ、こいつに俺の目的を否定され、こいつの中で勝手に俺の目的を、妄想の目的を作られるのは気に食わない。
なるほど。
俺は喉元に突きつけられたナイフを素手で掴んだ。血が滲み、ポタポタと床に垂れていく。
ナイフの刃を通って、暴力剣士の細長く綺麗な指を赤く染める。そして、俺は息を吸い込んで怒鳴り散らした。
「ふざけんな!ボケェ!!」
「え?」
いきなり怒鳴られるとは思っていなかったのか、暴力剣士は面喰らったように驚いている。
「殺すんなら、好きに殺せドアホ!俺はもう寝るかんな!!くそが」
呆然とする暴力剣士からナイフを奪い、捨てる。カランカランと音を立てて床を転がるナイフを……イライラしたので一回踏みつけて、俺はベッドに不貞寝した。手のひらが切れていたので、馬鹿みたいに痛かったが、狩で怪我をすることもしょっちゅうだった俺は気にせず眠った。
暴力剣士から、「あの……」だとか、「お、起きてください」などと弱々しい声が聞こえたが全部無視した。
うん。もう怒ったわぁ……知るか。あんな暴力剣士。
だが、次に続いてきた言葉に……俺は仕方なく起きた。
「ごめんなさい……」
心からの謝罪だったのだろう。それが分かった。
だから俺は、上半身だけムクッと起き上がり、キッと暴力剣士を睨み付けた。
「世界一の弓の名手になるのは……俺の一番の夢だ。てめぇの都合で、裏切りがどうだとかで、俺の夢を嘘だとかまやかしだとか言われんのは、違うだろーが。これは俺の夢だ。てめぇに否定される筋合いはねぇ」
それだけ言って、また寝た。
最後に暴力剣士から、震えたような弱々しい声が聞こえたが聞こえなかったので無視した。
どうでもいいわ。
☆☆☆
翌朝……目覚めると、弓手の方に違和感を感じた。たしか、昨夜暴力剣士の突きつけてきたナイフを掴んだ時に負傷した手だ。
モゾモゾと掛け布団の下から出してみると、包帯が巻かれて手当されていた。これをやったのが、誰かなんて考えるまでもないだろう。
ふと、隣のベッドを見るとベッドの上で正座していた暴力剣士が俺を見ていた。
「……」
「……」
視線が合うとオロオロし出す。
なんか面白いぞ、これ。
昨日のことでも気にしているのだろうか。可愛げがないと思っていたが、意外と可愛いところがある。
俺はユラリと起き上がり、若干掠れる声で言った。
「何やってんだ、てめぇ」
「あ、いえ……はい」
「はい?何言ってんだ」
オロオロしている。めっちゃ面白い。
 
よく見て見ると、暴力剣士の目の下に隈が出来ている。こいつはもしかすると一日中起きていたのではないだろうか。
木窓から差し込む朝日に白銀の髪が輝く。
「……」
「あっ……と、うぅ」
すごく謝りたいけど素直に頭を下げられない感じが伝わってくる。暫く、怒ったふりでもしてやろうか。そう思うくらいには、今の暴力剣士は面白い。
え?もう怒ってないのか?ぶっちゃっけ、どうでもいい。はなっから大して怒ってない。
「んん」
「っ!」
俺が背伸びすると、暴力剣士が肩をビクリと震わせた。俺の一挙手一投足に反応するのだから、面白いことこの上ない。
「あの……き、昨日は……」
「さて、顔を洗ってくるか」
「っ!」
敢えて、暴力剣士が何か言う前に俺はベッドから立ち上がった。若干寒い……やっぱり、まだ寝ていたいが暴力剣士の反応がいかんせん面白すぎた。
昨日の腹いせに暫くはこのままでいようかなと思い始めた。
何度も言うが、別にもう怒ってない。単純に面白いからやるだけである。
性格が悪い?知るか!
俺が部屋を出ると、ペタペタと顔を俯かせた暴力剣士が後ろを付いてきた。ここで、何か一言言ってやってもいいが……無視した。
そのまま宿裏の井戸へ行って水を汲み、桶に入った水で顔を洗う。冷たい。すごく。
そして、俺はふと気が付いた。顔を洗いにきたはいいが、拭くものを忘れた。
「やべぇ……」
「あ、あの……これ……タオルです」
「……」
一瞬、無視してみようかと思ったがありがたく借りることにした。
顔を拭き終わってから、暴力剣士に返す時に俺は肩を竦めて言った。
「あんがとよ」
「っ!!」
暗かった表情が、一瞬で明るくなった。
あぁ……こいつはこっちの方がいいな。顔がいいから、笑顔が似合う。そう、顔がいいから。飽くまでも。俺が暴力剣士に対して、明るい印象は一つも持っていないが……少なくとも俯いて歩くより、顔を上げている方がらしいというものだ。
「お嬢様方もそろそろ起きたかねぇ」
「ど、どうでしょうか……お、お前は少し早く起きたように思いますから……」
視線をあちらこちらと忙しなく動かし、暴力剣士はしどろもどろに答える。何ともらしくない……
「はーん……暴力剣士はずっと起きてたのか?」
「ぼっ……暴力……は、はい。お前に……言いたいことがあったので」
「なんだ?」
訊いた方が、言いやすいだろうと訊いてやると暴力剣士はホッと安心したように一息吐いてから、俺に深々と頭を下げた。
「昨夜は……申し訳ありませんでした。お前の言う通り、お前の夢を否定したことは……私の落ち度です」
「うん。いいよ」
「か、軽い……」
だが、文句はないようで表情は安心したような感じになっている。そして、暴力剣士はさらに続けた。
「それと、暴力剣士というのは止めませんか?私も……暴言弓使いなどとは呼びませんから……ロア」
結構気にしていたのかもしれない。それは、悪いことをした。暴力剣士というのも、たしかに言葉にするには長い。こいつの名前を呼んだ方が遥かにいいだろう。
俺は苦笑して、暴力剣士に言った。
「分かった。レシア……これでいいか?そろそろ戻ろうぜ……ここは少し冷えるわ」
「そうですね……私も寝間着では肌寒いです。顔を洗ったら戻ります」
レシアは腕を摩り、寒そうにしていた。そりゃあ、薄い布の寝巻きじゃあ寒いだろう……と、
「ん?」
ふと、レシアは先ほど俺が使ったタオルを持って……桶の水をジャブジャブとし、そして顔を拭いた。
……いや、本人が気にしないのなら何も言わない方がいいだろう。
「ふぅ……あ、待ってくれていたのですか?先に行っていてもよかったのですよ?」
「あ?いんや……まあ、何となく」
ついつい、レシアを目で追っていたら部屋に戻るのを忘れていた。顔を洗ったからか、濡れた瞳が俺を下から覗き込む。
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