最強は絶対、弓矢だろ!

矢追 参

いや、覗いてねぇから

 ☆☆☆


「宿取るんだろ?」

 街へ着いて開口一番……俺が言うと、エルフィアが疲れたように笑ってから頷いた。

「そうだね……もう、今日は疲れちゃった」
「では、お嬢様。私が宿をとりましょう」
「うん、お願いね。色々なことはまた明日……」
「それが、いいですね」

 シールも疲れているようで、同意している。

 そうだ。明日は色々と買わなくてはならないだろう。俺は自分の腰の矢筒と、そしてエルフィアの足下に目を向けて言った。

「まずは、やっぱお嬢様の靴だな。それから、俺の矢の補充頼むぜ?」

 と、俺は三人に腰にぶら下げている矢筒を見せる。中には、ほんの数本の矢しか入っていない。

「少ないね」

 エルフィアが言ったことに、俺は肩を竦めた。

「アシッドウルフやった後に、できるかぎり回収したんだがな……半分以上は折れてやがった。で、さっきハンガーとの戦闘に使った奴もある程度回収したが半分ダメ……で、今はこれっぽっちってなわけ。いやーこれが弓矢の唯一の弱点だよなー」

 あはは〜いや、本当にこれが唯一の弱点だよな。うん。のね!

 ふと、暴力剣士が馬鹿にするような目つきで矢筒の中を確認し……ふっと俺を見て嘲笑った。

 あ!?

「致命的ですね。やはり、剣の方が優秀です。というか、自分で買ったらどうですか?」
「あ?文無しなんだよボケェ」

 一触即発……おれが矢筒に手を掛け、暴力剣士が背中に背負う剣の柄に手を伸ばす。それを見て慌てたシールとエルフィアが、それぞれ俺と暴力剣士に近寄った。

「ま、まあまあ……」
「落ち着いて……」

 そう言ってエルフィアとシールが止めに入った。仕方ない。今回は引き下がってやろう……疲れたから。この暴力剣士を相手にするのも面倒臭い。
 俺がムスッとしたままそっぽ向いたからか、暴力剣士もそれ以上はつっかかってこなかった。
 ただ、一瞬だけ口を開こうとしていたが……何を言うべきか迷ったようにしてから、結局押し黙った。

 なんだ?

「とにかく、早く宿をとりにいこうね」
「分かりました」

 暴力剣士はエルフィアに言って、宿を探す。その後ろを俺たちは付いていくのだった。


 ☆☆☆


 二人一部屋で二つ、宿を取った。

 なぜか、同室が暴力剣士だった。おい、待て。なぜだ。

「お前なんで俺と一緒なの?てっきり、シールと同じだと思ってたんだが……え?なに?俺のこと好きなの?」
「馬鹿言わないでください。私がお嬢様に提案したのです。部屋は隣ですし、何かあれば私は直ぐに動けます……問題はお前です」
「あ?俺?」

 暴力剣士は重厚な手甲に包まれた指先を俺に向けて言う。互いにベッドを挟んで睨み合い、互いに気に食わなそうに相手を見る。

「そうです……シールもお嬢様もお前を信用しすぎていますから、何かあっては二人では対応できません。しかし、その点私ならばお前を相手にしても問題ありませんから」

 それで理解した。なるほど……言い方は癪だが、もしも俺なら暴力剣士と同じ対応をしただろうこと……。つまりだ。

「あー信用されてねぇわけか」
「当然です。お前が何者か、定かではないのですから」

 何者って……マジでただの村人なんだが。
 ここにくる道中、確かにそう言ってやったのだが、信じてねぇぞこいつ。いや、そうか……俺様がスーパー強いせいで信じられないんだな?

 分かるわー……分かるけどちょっと今は付き合っていられない。正直、歩き通しで疲れているのだ。俺はもう何でもいいやと思い、暴力剣士に対して適当に返す。

「へいへい。もう、なんでもいいわ。早く休みてぇ」

 そう言って、俺がベッドへダイブすると暴力剣士は、「はぁ……」とため息を吐いた。

「汚い身体で……お前は。身体を濡れた布で拭ってからにしなさい」
「あー?」

 暴力剣士に目を向けると、顔に何か投げつけられた。タオルだった。

「ほら、貸しますから」
「ちっ……わあったよ……」

 俺はせっかく寝っ転がったベッドから起き上がり、マントやら上着やらの各種旅装備を取っ払う。上半身裸になったところで、視線を感じたので向かい側のベッドを見ると、暴力剣士が鎧を外していた。

「邪魔くさそうだな、それ」

 言いながら、そういえばお湯もらってくんの忘れた……と思い出した。

「自分の身を守るものですから」
「はぁん……おい、ちょっと、頼みがあるんだが」
「いやです」
「聞けよ!」

 叫ぶと、暴力剣士はうるさそうにしていたが……俺は気にせず顎を上げて促した。

「お湯、もらってきてくんね?」
「……」

 自分にも必要だと判断したのだろう。暴力剣士は嫌々ながらも、階下へ降りて宿主からお湯の入った桶を借りて、部屋に戻ってきた。
 俺は湯気の出ているお湯に布を浸し、それから絞って身体を拭う。
 たしかに、身体を拭いた方がスッキリする。なるほど、暴力剣士の言うことも一理あったわけだ。
 拭い終わって、お湯とタオルを暴力剣士へ押し付けると苦い顔をされた。

「お前の使った後の物を使うのですか?」
「あ?」
「替えてきます」

 そう言って、半分武装した状態で暴力剣士はまたお湯を貰いに行った。

「可愛くねぇ……」

 一言言って、俺はあれが戻ってくる前に向こうの部屋に行こうと部屋を出ると、ちょうど隣の部屋から出てきたシールに出くわした。

「んぁ?どうかしたか?」

 少し顔が赤く、出てきた部屋の扉をチラチラと気に掛けているシールに話しかけた。すると、シールはまるで悪い事をした子供のように俯いて、ボソボソっと言った。

「い、いや……中でお嬢様が身体を清めると言って……」
「ふぅん?なるほど……」

 可愛い顔して、やはり男だと言うことか。ふっふっふっ……ちょっと意地悪してやろう。

「覗けば?」
「だ、ダメだよ!何言ってるの!?」
「興味ねぇのか。へぇ〜?」
「うっ……なくは……ない、けど」

 俺はニヤリと笑った。初心な感じの少年を弄るのは、思いの外楽しい。あまり歳の差はないはずだが、見た目のせいかシールはもっと幼く見える節がある。本人はおそらく、そんなこと言われたらしょんぼりしてしまうだろうが……男の俺から見ても、シールは幼かった。見た目が……。

 だから、ちゃんと女の裸が気になる辺り……俺はなんとなく安心した。お嬢様とのこと、なんとかなりそうな兆しが見えた気がしたからだ。

 もう少しだけ弄ろう。

「なら、覗いて……」
「いや、それは……ひっ」
「あ?どうし……お」

 シールが突然、俺の背後を見て表情を強張らせた。誰か立ってる気配がする。誰だと思って振り返ると、案の定と言うべきか、暴力剣士が満面の笑みで立っていた。目は笑ってないけど……。

 脇に湯気の立つ桶を抱え、もう片方の空いている手で俺の肩をガシッと掴んだ。

「何をしようとしていたのですか?」
「何も」

 俺はスッと目を逸らして事実を述べる。いや、何もしてないし。しようともきてません。うん。

「覗こうとしていたでしょう」
「シールをからかってたんだよ。見りゃあわかんだろ」

 俺は平然と言いながら、顔を強張らせながらも真っ赤なシールを見て……暴力剣士は俺に冷たい目を向けてきた。

「シールに変なことを吹き込まないでください」
「へいへい。それより、さっさと身体を拭けよ。俺が寝られねぇだろ」

 俺の言葉になぜか驚いた暴力剣士が戸惑ったように俺の肩から手を離した。そして、所在無さげにその手は宙を漂い……ダラリと垂れた。

「そうですね……それではシール。この男を任せました」
「う、うん」

 未だに怖いのか、コクコクと頷いたシール。それを見て、暴力剣士は部屋へ戻った。
 廊下には、男二人がポツンと残される。

 ちょうどいい。

 俺は困ったようにしているシールに向けて言った。

「おい、シール。下の酒場いこうぜ」
「え?どうして?」
「男同士、積もる話があんだろ」
「う、うん?」

 シールはよく分からないようだが、俺にはある。
 これから、こいつらと行動を共にする以上、俺には知るべきことが山程あるのだ。


 ☆☆☆


 暴力剣士がとった宿屋の一階は、酒場となっていて食事やら酒飲みやらが出来る。夜でもそこそこ人がいて、そこそこに周りはうるさい。
 これだけうるさければ、大事な話も聞こえまい。

「てめぇら、武器の収集ってのはいつ頃からやってんだ?」

 俺が聞きたかったのは、そこだ。所謂、旅の目的とかそこんところだった。
 この街に着く道中で詳しい話を聞けていないのだ。分かっているのは、次期国王になれるのは最も多く・・・・の武器を収集をした者……教えてもらえないのは、案外お嬢様もシールも、俺を信用しちゃいないからかもしれない。
 だが酒の席での話なら、口も回る。

「うーん……実は、僕がお嬢様付きの御者になったのは一年前なんだ。レシアとお嬢様は、その前から伝説の武器の収集をしていたらしいから……どうなんだろうね。少なくとも、一年以上は」
「なるほどな。結構な期間、二人で探してたとなると……随分、人手がいねぇんだな?」

 俺がグイッと木製ジョッキの中身を流し込みながら尋ねると、シールは顔を俯かせた。

「うん……。お嬢様の派閥には、僕とレシアしかいないんだ。お嬢様は女性だし、第一王子は凄い切れ者だって……第二王子は扱いやすいからだって。それで、お嬢様には誰も集まらなかったんだ」
「なんなら、相手もされなかったんだろ?今まで」
「うん。でも、僕たちが一生懸命探して見つけた伝説の武器を……今まで相手もしてこなかったのに、急に突っかかってきたんだ!」

 シール怒ったのか、テーブルを殴るように叩く。落ち着けよ……そう言ってやると、シールはため息を吐いた。

「ごめん……はぁ。僕が戦えれば、レシアも少しは楽になったんだろうけど……」
「言っても仕方ねぇだろ?で、あとてめぇらはどんくらい収集できてんだ?大体、想像できんだけどよ……」
「ひ、一つ……」
「だろーな……」

 想像通りだ。
 俺が遠い目をしながら逡巡していると、俺が呆れたとでも思ったのかシールが表情を暗くさせた。

「今、一番武器の収集をしているのは第一王子……ハンニバル様だよ。ハンニバル様は五つの武器を収集し終わってる……次が第二王子で、アレクセン様。二つ収集してるんだ」
「……」

 ハンニバルとか言う奴、すげぇな。
 お嬢様は人手が少ないからともかく、第二王子よりも先を行っている。それとも、第二王子が使えない奴なのか?シールも、扱いやすいからどうのと言っていたが……。

「伝説の武器の収集ってのは、簡単なのか?」

 訊くと、シールは首を横に振った。まあ、だろうな。

「そんなわけないよ。伝説の武器ってだけあってね……色んな文献を読んだりして探して……それで見つかればいいけど、何もなかったり、デマだったりが基本は多いんだ」
「ふぅん……あぁ、そういえば大事なこと聞くの忘れてたな」
「ん?」

 俺が言ったからか、シールは首を傾げた。構わず、訊いた。

「伝説の武器ってなんなんだ?」
「え」

 俺が素直に訊くと、シールは驚いた。驚いて、そのままジョッキを手放したがテーブルの上の近くだったので中身が跳ねたくらいで、特に被害はなかった。
 シールは口をワナワナさせつつ、物凄く驚いた感じで俺に迫って言った、

「し、知らないの!?伝説の武器だよ!?」
「知らねぇから訊いてんだろーが……あと近いんだよ」
「あ、ごめん……そっか知らないんだ」
「ど田舎の生まれなんだよ……言葉の感じから、すげぇ武器なんだろ?」

 また酒を飲みながら訊くと、シールも酒を飲みながら頷いた。

「うん。平たくいえば、凄い武器……エーテルバレーには実はそういった伝説の武器が多くあるんだ」
「へぇ?どうして?」

 俺がさらに訊くと、さすがにそこまでは知らなかったのか困ったように言葉に詰まり……それから答える。

「さ、さぁ……?ただ、他の国に比べて昔から伝説の武器の保有量が多かったらしいよ?伝説の武器を持っている国はそれだけ強い国の証拠なんだ。エーテルバレー王国は、そう言う意味じゃかなりの大国だからね……。村の出なら、知らないよね?エーテルバレー王国が発行してるバレー金貨は、どこの国でも使える最強の金貨なんだ」
「ふーん」

 バレー金貨、最強の金貨。
 なにその情報。今、必要だろうか……というか、貨幣の存在は知っているが、物々交換の村から出てきた俺からしたら、貨幣交換とかよく分からん……俺が文無しで村出てきたのだって、村に金なんてないからだ。

「あれ?興味ない?貨幣相場とか」
「ねぇよ。教養がねぇからな……計算できねぇし、読み書きだってできやしねぇぞ?」

 俺が肩を竦めて言うと、目の前でシールが意外そうに目を丸くさせた。

「そうなんだ……。ロアって、頭の回転とか早いみたいだから計算はともかく読み書きはできるかもって思ってたよ……。村によっては、村の教会にいるシスターから文字を教わったりするって聞いてたし」

 へぇ……と、俺はシールの話を聞いて自分の村のことを思い出す。教会……ねぇ?

「そうなんか?俺のとこは教会なんざなかったなぁ……」
「そうなんだ。あ、でもシスターから読み書きを教わってたら、そんな雑な言葉遣いになるわけないよね」

 おや?

 俺はまさかシールがそんな毒を吐くとは思わず、コメカミに青筋を立てて声にドスを利かせた。

「おー?言うようになったじゃねぇかゴラァ。喧嘩売ってんのか?おー?」
「冗談だよ!冗談!」

 ちょっと必死になっている。多分、素で言いやがったなこいつ。
 分が悪いと悟ったか、シールはなにやら話題を変えるように口を開いた。

「で、でも学問に触れたこともないのに頭の回転が早いなんて凄いよ!なにか、頭を使ったりすることしてたの?」
「あ?そりゃあ……やってたな」

 心当たりがあるが、俺からしたら当然のことすぎて不思議には思えなかった。

「狩で」
「狩?」
「あぁ、狩」

 動物の動き。どこにいるか、気配を探す。どこにいるか考える。どのように動くのか考えて、弓を引いて待ち構えるのだ。
 特に俺は、罠などは使ったことがなかった。弓だけで、どうやって獲物を仕留めるのか頭をフル回転させていたのだ。それが結果的に、頭を使うことになったのだろう。

 多分、知らんけど。


「ま、俺様が天才的なのは特に言うことでもないだろ?」
「そこまでは言ってないかな……」
「あ?あ、そう」

 俺は肩を竦めてから、最後にジョッキの中身を呷った。


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