ルーツレス・クラン

井上数樹

襲撃

『よう、エリン・エッジってのはあんたか?』
「は?」
 通信機越しにいきなり知らない名前で呼ばれたカイルは、思わず間の抜けた返事をしてしまった。機体の右側に暗緑色のエクエスがずいと現れて、カイルのウッドソレルに視線を合わせている。そこに、一歩遅れてエレクトラからエクエスで出撃してきたリュカが割って入った。
『エリンというのは俺だ。来てくれて感謝する』
『礼なんていらないさ。俺たちは互いに商売敵なんだ。ぼやぼやしてると、分捕り品は全部いただいちゃうぜ?』
『構わない。俺の目的は他にある。好きなだけ持っていくと良い』
『太っ腹なことで』
 自分の頭越しに話が進んでいくことに苛立ったカイルは、回線を切りバイザーを開いて水を飲んだ。半分ほど飲み干しても、まだ喉の奥が乾いている感じがする。戦闘を前にして緊張しているというのもあるが、それ以上にマヤのことが気がかりだった。
「リュカの奴、こんな滅茶苦茶な作戦立てやがって……」
 ボトルを握る手に力がこもる。が、結局、マヤの意思を覆せなかったのは自分だ。彼女が完全に覚悟を決めている以上、カイルに出来ることは彼女を可能な限りアシストすることだけである。
 リュカが立てた作戦は非常に単純なものだった。まず、定期的にコロニーを襲っているデブリの対処に警備隊が動いている間に、リュカとカイル、それから海賊たちが港湾部に殴り込みをかける。今彼らの目の前にあるコロニーは旧世代的な円筒形ではなく、人工重力制御装置によって管理されたドーム状の建造物だ。上部は一面ガラス張りになっており、その中に地球と同じ環境を再現した居住区が置かれている。
 下から攻めると言っても、妨害が入ることは目に見えている。そこで、手薄になった上部にデブリ群から飛び出したマヤが突入し、防御兵器を破壊しつつ混乱させるのだ。二度の奇襲で浮足立った警備隊を片づけ、速やかに略奪を完了する。
(いくら手薄になるって言ったって……)
 マヤの乗機は単独行動に特化しており、カイルの乗っているウッドソレルやリュカの三号機よりも生存性が高い。とはいえ、心配であることに変わりはなかった。
 大体、リュカが呼んだ海賊達にしてもどこか胡散臭い雰囲気が漂っている。一般的な海賊が使うバッカニアは単にパーツの寄せ集めに過ぎないが、今周囲に展開している機体のほとんどはエクエスで占められている。正規軍では二線級の扱いを受けているが機動性を中心にバランスのとれた性能をしており、生産ラインも依然稼働している優秀な機体だ。武装も標準的な対殻ライフルで統一されており、しっかりと整備されているようだった。
 サヴァス・ダウラントが総督に着任してから西部宇宙における海賊の検挙率は上がる一方であり、同時に武器の販売ルートも締め上げられている。ここまで充実した装備は西部宇宙ではまず揃えられない。
「まあ、今さら後には引き返せないしな……」
 疑念も不安もあるが、それらを考えたままではどれほど良い機体に乗っていても墜とされる。カイルは両手を何度か動かしてから深呼吸し、ロッドを握り締めた。「時間だ」とリュカが呟く声と共に、前方のコロニーからデブリ破砕用のレーザーが飛び始めた。
 カイルは姿勢を前傾させ、ウッドソレルを突撃させる。襲撃に気付いた警備隊がコロニー内部から、あるいは外周部から集結してきた。機体のレーダーに映っただけでもエクエスが十、無人の機動砲台がニ十ほど出てきている。カイルは反射的に舌打ちし、バックパック内に装填されたマイクロミサイルを六発ほど、牽制の意図をもって発射した。
 遠距離から発射されたミサイルが通用するわけも無く、あっさりとレーザー機銃に撃ち落されるかスペルで防がれる結果となったが、その隙にカイルはスラスターの出力を最大まで開放し、肩部の連装ビーム砲を連射しながら最短距離の敵に肉薄する。
 ウッドソレルには対殻刀が装備されていない。その代替品として、リュカは「フィッシュアンク」と呼ばれる武装を両腕部に取り付けていた。一見するとビームシールドの発生装置に見えるが、その出力をあえて不安定にすることで剣として使用することも可能であり、さらにワイヤーと接続したまま射出することによって、文字通り釣り針のような暗器としても使えるのだ。
 そのフィッシュアンクをシールドモードからブレイドモードに切り替え、正面に滑り込んできたエクエスに向けてさらに機体を加速させる。全天周モニターの正面方向に、銃口を向けた敵の狼狽する姿が見えていた。
ライフルの照準をつけようとしていたエクエスは、ダイヤモンドの中に捉えていた敵機が急に掻き消えたことに動揺したのか、咄嗟にその場から離脱しようとした。が、それよりも速く、懐に飛び込んでいたウッドソレルが胴体を斬り抜けて行った。
 背後で球形の光が閃くが、次の標的に狙いを定めていたカイルにはそこまで意識を配る余裕が無かった。左腕のフィッシュアンクをシールドにして射撃を防ぎつつ、右手に持たせたライフルで砲台を撃ち抜く。
「撃墜……ッ!」
 いつまでもその場にとどまっていることは出来なかった。砲台やクルスタが放つ火線が網の目のようにカイルを追い詰め、致命的なポイントへ誘おうとする。カイルは機体の推力に物を言わせ、無理やりその場から後退した。やや、突出し過ぎていた。
 素早く周囲に目を走らせると、味方の機体も敵と接触し始めていた。敵が態勢を立て直す前に少しでも数を減らす必要があった。
こちらの総数はカイルとリュカも合わせて十機程度。対する敵方は、奇襲をかけられ浮足立っているとはいえ未だに兵力を温存している。これだけの武力を個人で所有しているというのだから、サヴァス・ダウラントの財力には心底驚かされた。
 だが、その感嘆をさらに上塗りするのが、白いエクエスを駆っているリュカの動きだ。ライフル、対殻刀、バルカン砲というごく基本的な装備しか持っていないにも関わらず、その全てをフルに活用することで、他のどの機体よりも敵にプレッシャーを与えている。
 バルカン砲で敵の持つライフルやカメラを狙いつつ、嫌がって逃げ出す先を読んでライフルを放っている。バルカンは頭部についているため、銃口と機体のカメラが別方向を向く。そのことが不意打ちとして上手く機能していた。冷静に考えれば、クルスタ自体は機械であるためノールック射撃をしているわけではないのだが、人型であるため顔と銃口が別の方を向くわけがないという心理が働くのである。リュカはそこに付け込んでいた。
「ああいうのが、テクニックってことか」
 ライフルのマガジンを交換しながらリュカの戦いを横目で見ていたカイルは、思わず呟いていた。
 リュカだけでなく海賊たちも良い動きをしている。彼我の性能差が無いとはいえ、数で圧倒的に劣勢であるにも関わらず、上手く敵を釣り出しては三機掛かりで叩きのめしていた。
「俺も……俺だって!」
 カイルは気を吐き、自分に向かってきたエクエスと切り結んだ。
 その光景は当然リュカの方からでも見えている。カイルの戦い方が、数週間前より格段に上達しているのを認めたリュカは、思わず感嘆の溜息を漏らしていた。自分よりも呑み込みが早い、と。
『良いタイミングじゃないの?』
 カーリーが話しかけてくる。彼女の言う通り、敵の視線は完全にこちらへと向けられている。マヤを突撃させるなら今しかない。
「そうだな」
 エクエスの腰に提げていた爆雷を一つ取り外す。それが緑から赤へと色を変えながら強烈に発光し、マヤに突撃の合図を知らせるとともに、リュカが戦場から立ち去るのを隠した。


「……来た」
 モニターが、リュカの発した合図を読み取ってアラートを鳴らした。両手を組んで祈るように目を瞑っていたマヤは、深呼吸を一つついてからヘルメットをかぶり、シートに乗せたお尻の位置を直した。
 マヤの乗るウルティオ一号機『ムーンダスト』は、他の二機と比べて大幅な仕様変更がなされている。コクピットの内装はリアクト・スパインを用いた一般的なクルスタと異なり、戦闘機のようなスロットルと操縦桿、そして深く腰掛けられるようなシートが設けられている。天井に当たる部分には小銃を模した照準装置が取り付けられていて、これを引き下ろしてくることで狙撃形態へと移行するのだ。反面、操縦桿にあらかじめ割り振られた動作しか出来ないため、近接戦闘能力はほとんど無いと言っても過言ではない。この仕様変更は、マヤの操縦適性の低さを鑑みたリュカが採った措置だった。
 だが、操作系が航空機のそれと類似している理由はひとつではない。
 彼女が乗っているムーンダストは大型戦闘機の内部に格納されていた。正確にはクルスタのバック・ウェポン・システムの一種であるが、人型の部分は完全に内部に隠されており、主従が逆転している。
 全長約四十メートル、翼端まで含めた全幅は五十メートルにも及ぶ。翼といっても無論真空中なので、放熱板としての役割の方が大きい。
 格納されているムーンダストの全長は約十五メートルであり、残りの二十五メートル分は巨大なビーム砲の砲身になっている。EHSが採用している砲艦の主砲をそのまま取り付けたものだ。また、放熱板の下にはマイクロミサイルポッドが、機体下部には対艦ミサイルを装填したウェポンベイがあり、クルスタが単体で持つ火力としては破格のものを備えている。
 だが決して過信出来る機体ではない。ミサイルを多く載せられるということは、直撃を食らうと爆散するということだ。そのことを勘案して機首には強力なビームシールドを搭載しているが、集中砲火をもらえば簡単に崩壊する。
 つまり、敵の照準が集中しないうちに駆け抜けなければならないということだ。
 マヤはデブリに接続してあったアンカーを切り離し、一気にスロットルを押し上げた。身体に衝撃が走り、並走していたデブリ群が急速に後方へと消え去っていく。
 目の前には巨大なガラス張りのパイが浮かんでいる。そこからデブリ破砕用のレーザーが絶えず放たれており、内一本がムーンダストの翼のすぐ隣を通り過ぎて行った。焦げ付いた翼端に視線を送りつつ、ホロディスプレイを操作してシールドを展開する。
 アラートが鳴った。照準がムーンダストに向きつつある。マヤは少しだけ躊躇ってから、火器管制装置のロックを解除した。機体が自動で脅威対象を認識し、捕捉する。彼女の役割は引き金を引くことだけだった。
 ムーンダストのミサイルポッドから放たれた数十発のミサイルはそれぞれ目標のすぐ近くで近接信管を作動させ、爆発する。機体の前方にいくつもの火球が出現した。だが、生き残った機動砲台もムーンダストの位置を特定し、進行ルート上に虫取り網の如く火線を集中させる。
 マヤはそれら全てを力押しで突破した。シールドに完全に守られていなかった翼は、集中砲火のあおりを受けてあっさりともげてしまったが、既にミサイルは打ち切っていたため誘爆はしなかった。
「突入ポイント……そこ!」
 務めて冷静な声音を出した。そうすることによって自分はまだまだ判断能力を失っていないと思い込ませるためだ。彼女のすることは引き金を引く程度だが、戦い慣れてもいなければ、そもそも戦いに対して消極的である彼女にとってはとてもやり辛いことだった。
 恐る恐る操縦桿を掴んでいた右手を放し、頭上からつりさげられている照準装置を引き下ろす。視線のちょうど目の前にそれが来るのと同時に、コクピットのモニターが変化しサポート態勢へと移行する。
 ビームシールドが一部解除され、機首に備えられた砲門が姿を現す。エネルギーが充填されるまでの時間に焦れつつ、断続的に襲う揺れに耐えるべく歯を食いしばった。かすめて行ったビームが機体表面を焦がし、アラートが鳴り響く。もう待てない、撃つしかない。
「行けッ」
 引き金を引くと正面モニターが瞬間的に白熱した。砲口から吐き出された光の奔流は細かなプラズマの蛇を従えつつ、コロニー上部の強化ガラス面に向けて突撃する。
 直撃の寸前、それはエネルギーシールドによって阻まれ完全に相殺された。対デブリ用の低出力のシールドだったのか、過負荷に耐え切れずショートしている。完全にマヤの、いや、リュカの読み通りだった。
 照準装置を押し上げシートの脇にあったレバーを引く。強烈なGにシートへと押し付けられたマヤは、微かにうめき声を出しながら正面を確認した。追突寸前というところまで接近していたコロニーがぐんと遠くに離れて行った。正確にはムーンダストの方が離れていたのだ。ブースターをパージして、機体だけを放出させたのである。
 乗り手を無くしたブースターは撃ち残したミサイルとともにコロニーの外壁へと衝突する。先ほどの主砲発射時よりも一層大きな光が広がった。その中にマヤは機体を前進させる。
 壊れたガラスとガラスの間を潜り抜け、濛々たる煙の向こう側に進むと、頭上に大地が見えた。地球上と同じように森や湖や建物が配置されている。マヤは機体を側転させ、その奇妙な視点を正した。
 胸の中に溜まっていた空気の塊を吐き出し、機体の降下速度を緩めた。人工重力が発生しているため、地面に近寄り過ぎるとそのまま引きずり降ろされて飛べなくなってしまう。推力を強化してあるカイルのウッドソレルやリュカの三号機ならいざ知らず、シールドとジェネレーターにペイロードを割いているムーンダストでは、再浮上にかなりの隙を晒すことになってしまうのだ。
 コクピット内に現れたホロディスプレイが次なる攻撃目標を特定したと告げている。マヤから見て十時の方向、俯角は六十度。ムーンダストに装備された全火器を使用して、宇宙港とコロニー内部を隔てている隔壁を破壊しようというのである。
 ここまでは全てリュカの立てた作戦通りに進んでいた。だがこのまま撃てばコロニー内の気圧が変動するのみならず、重力制御に異常を来す恐れもある。襲撃をかけておいて今更何だという話であるが、必要以上の虐殺をする意思はマヤには無かった。
「それも傲慢だって、分かってはいるけど」
 ホロディスプレイを操作して、ムーンダストの両目を発光させる。古典的な光通信で本来遭難した宇宙船を解体する際に使用するものだが、要するに「危ないから注意しろ」という文言である。その発光パターンを五秒おきに三度繰り返し、十秒待った。それから引き金を引いた。
 肩部四連装ビーム砲、両脚部ミサイルランチャー、背部ミサイルポッド、そして対殻ロングレンジ・ライフル「へカート」。これらの武装が一斉に火を噴き、流星のようにコロニーの地面へと降り注いだ。バンカーバスターを含むミサイル攻撃が部厚い地表を掘り起し、爆発が土砂を噴水のように吹き上げた。その奥にある巨大な鉄板にビームとABCSSが殺到する。
 瞬間的に噴煙に包まれたムーンダストの装甲はマゼンタから黒色へと変貌していた。さらに冷却剤が機体の内側から吹き出し、白と黒の斑模様になる。
「これで、あとは……」
 撃ち切ったライフルの弾倉を交換しながらマヤは呟いた。あとはカイル達が乗り込んできて内部を制圧するだけだ。自分の出番は終わった、と。だが、その油断が敵弾を招き寄せた。
 噴煙の向こうから伸びてきた一筋の光が、ムーンダストの左肩を撃ち抜いた。力を抜いていたマヤは思わぬ被弾の衝撃に身体を揺さぶられたが、より強烈だったのは精神的な衝撃の方だった。照準がもう少し正確であったなら、間違いなくコクピットを撃ち抜かれていただろう。
 衝撃に揺らぐ機体を立て直すのに必要以上の時間がかかった。OSに任せておけば良いところを彼女自身がマニュアルで動かそうとしたため、命令の齟齬が起きたのだ。早く逃げ出したいという焦りが彼女から冷静な判断力を奪っていた。
 ようやく態勢を立て直し、ショートしている部分を切り離した時には、生き残った敵機がこちらに向かって来ているところだった。
 三機のエクエスがライフルを乱射しながら対殻刀を抜き放つ。狙いはほとんどつけられておらず、敵もかなり逆上していることは一目瞭然であったが、それはマヤも同じだった。肩のビーム砲を撃ちながら後退しようとするが、敵は一機が上昇して頭を押さえ、もう一機が背後に回って仕留めにかかる。
 後ろから忍び寄る敵に、気付くことは出来た。反応して上に飛び上ることも出来た。それが敵の狙い通りであるところまでは判断が及ばなかった。
 頭上からもう一機、対殻刀を逆手に持ち替えて敵がムーンダスト目がけて急降下してきた。灼熱する刃を視界にとらえたマヤは、その光に背筋がゾッと凍り付くのを感じた。反面、生身の感覚が彼女の冷静さを少しだけ蘇らせてくれた。
「まだッ」
 マヤは咄嗟にコンソールを叩いた。同時にムーンダストに残されたもう片方の肩から光の壁が展開される。それがまるで雨傘のように、上方から降って来た刃を受け止めた。動揺した敵機の頭に、右手に持っていたヘカートの銃身を突き立てる。
 自分でもわけのわからない叫び声をあげながら機体の力まかせにエクエスを振り回す。ヘカートの砲身が中ほどから折れ、敵機と一緒に地面へ落ちていった。
 激昂したエクエスが真正面からムーンダストに斬りかかってくる。撃てなくなったライフルを投げつけるが、時間稼ぎにもならずあっさりと払い飛ばされた。さらに下方からもう一機が牽制射撃を加えて退路を断つ。
 右足をABCSSがかすめる。振動はわずかだったが、それに気を取られたマヤは正面から襲い掛かる敵機に反応しきれなかった。「やられる」。ネガティブな確信から、彼女は目を瞑った。
 だが、いつまで経っても刀身がコクピットの装甲を貫く瞬間はやってこなかった。『ぼさっとするな!』という叱咤の声に目を開くと、ムーンダストに飛びかかろうとしていたエクエスが空中でバタバタと両手を振り回している。
『オオッ!』
 マヤは最初、その咆哮が聞き慣れた少年の声と同じものだと思えなかった。飢えた若獅子が腹の底から絞り出すような、気迫と敵意に満ちた声だった。
 エクエスの真後ろに飛び出したウッドソレルは、フィッシュアンクを射出して敵の脚を絡め取り、推力を全開にしてその場に捕らえ続けていたのだ。そして機体のパワーに物を言わせて姿勢を崩させると、一転、急加速して胴体をビームブレイドで両断した。
 カイルは動きを止めない。倒した敵は一顧だにせず、ビーム砲を押し付けるように乱射しながらもう一機と距離を詰めていく。エクエスはスペルを展開して応射するが、そんな攻撃を物ともせず刃をスペルの隙間にねじ込み、コクピットを焼いた。
 カイルがあっさりと二体の敵を屠る光景を、マヤは茫然と眺めていた。窮地を脱したという安堵感よりも、彼が発散する気迫に気圧され未だにシートから背中を浮かせたままだった。
 ウッドソレルが上昇し、佇立するムーンダストの右腕を抱える。回線が開き、カイルの顔がホロディスプレイに映し出された。
『おい、怪我は無いか!?』
「え!? うん、大丈夫」
『そうか、ぼさっとしてるから、どこか怪我でもしたんじゃないかと思って……』
 矢継ぎ早にまくしたてるカイルの顔を見て、マヤはようやく緊張を解くことが出来た。何のことは無い、彼も自分同様に必死だっただけなのだ。
『これだけ滅茶苦茶にすれば、リュカだって満足しただろ。ずらかろうぜ』
「待って!」
 上昇しようとするウッドソレルの腕を振り払って、マヤは機体を地表へと降下させていった。カイルが制止しようとするが、「心配ないから」と言って聞かない。
「心配だから言ってるんだよ……!」
 カイルは彼女の後を追おうとしたが、唐突に聞こえてきた悲鳴に反射的に戦闘態勢を取った。海賊達との共有チャンネルから助けを乞う叫びが響いているのだ。焦燥感にかられるあまりほとんど言語として機能していなかったが、聞き取れた固有名詞に、さしものカイルも身を固くした。
『カタフラクトだ!』

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