ルーツレス・クラン

井上数樹

始動

『リュカ、メーデーを受信しました。本船の前方一・二光秒のポイントからです』
「情報が当たっていて良かった。でなきゃ、スターストリームの傍流にまで出てきた意味がない。誤差は無いんだな?」
『外に出るまでに、目視可能な距離に到達させます』
「頼む」
 ハンガーにぶら下げたリング・コムに言葉を吹き込みながら、リュカは着替えを続けた。クルスタの操縦服であるトランスミット・スーツは、操縦するには欠かせないものだが、着用する際の面倒さは全く改善されてこなかった。下着に当たる保護スーツに両手足を入れて密着させるのはまだ良いのだが、その後、籠手やら靴やらといったこまごまとしたパーツをいくつもアタッチメントにつけていかねばならない。これが面倒だった。しかも、付けたら付けたで、今度はリング・コムが嵌められなくなってしまう。スーツにはスーツの通信機があるから支障は無いが、一々電源を入れて、チャンネルを合わせて、とやるのも手間だ。
「全く、貴種連中のすることはこれだから……」
 思わず愚痴を言ってしまった。が、着なれたスーツの感触は安心感を与えてくれる。二、三度両手を握っては開き、身体に馴染んでいるのを確認する。
「よし」
 リュカは呟き、腰にクルスタの操縦桿であるNCロッドを差した。二本差しのような格好だ。どちらも刀剣の柄のように見えるが、握りの片方には数種類のボタンやホイールがついており、もう片方には接続端子が隠れている。NCというのは中枢神経の略であり、文字通りこの二本の小さな桿がそのままクルスタの脳髄として働いているのだ。
 最後にヘルメットを抱えてリュカは待機室を出た。外で壁にもたれかかっていたカーリーが彼の前に立った。中肉中背の典型的なコーカソイドのデザインで、特別美人というわけではないが、少なくとも整った顔立ちではあった。ただし髪だけは常に銀髪であり、新しく身体をデザインするたびに必ずそう設定してきたが、そんな彼女のこだわりにリュカは興味が無かった。
「いいね。よく似合ってるよ」
 微笑を浮かべて彼女はそう言った。確かに均整のとれた体格だから、体型の現れやすいトランスミット・スーツを着ても見苦しさは全く感じさせない。ただ、リュカはそういう点を褒められても嬉しいと感じる類の人間ではなかった。
「そんなことは良い……とは言えないけど、今は重要じゃないな。カーリー」
「ん」
 二人は額を触れ合わせた。見ようによってはキスをしているように見えるかもしれないが、やっていることはある意味、キスより濃密なことかもしれない。
 カーリーの思惟が流れ込み、終わるのと同時に、それまで彼女の入っていた肉体が床に崩れ落ちた。
「マヤ、すまないが部屋に戻しておいてくれ」
『分かりました、リュカ』
「ん。具合は悪くないか、カーリー?」
(問題無いよ、いつも通りだ)
 カーリーの声が直接脳に響いた。頭の中に二人分の意識が並立しているのは奇妙な感覚であるが、七年も同じことを繰り返しているとさすがに慣れてしまった。頭蓋の中にコブが出来たような感じなのだが、それが良い具合に戦闘を控えた脳を引き締めてくれる。カーリーのドミナとしての能力が優れていればこそ可能な芸当なのだ。並みのドミナでは寿命も肉体も超越して生き続けることなど出来はしない。
 格納庫に出た。二機のクルスタが並び立って、パイロットが乗り込むのを待っている。片方は黒を、片方はマゼンタを基調に塗装されており、一見するとまったく別タイプの機体と思えるほど外見に差異があった。
 マゼンタの機体が多数の装甲板や火器で武装しているのに対して、黒い機体はごくシンプルにまとめられている。ほとんど火器らしきものを積んでおらず、曲線と直線の見事な混合が機能美を感じさせる。が、どこか悪魔的な刺々しさがあり、フルフェイスの兜を被ったような形状の頭部ユニットも厳つい印象を与えた。V字型のスリットが人間の目に当たる部分に刻まれており、人型のくせに表情というものが全くない。脚部は猛禽のような形状をとっており、凶悪な印象に拍車をかけている。左肩にはトランプのクラブのような、意匠化されたクローバーが塗装されていた。
 リュカはその黒い方の機体に近づき、リフト伝いにコクピットへと滑り下りた。
 クルスタのコクピットにはシートが無い。コクピットの中心よりやや後ろに、背骨のように曲がった接続装置……リアクト・スパインがあり、そこに背中を預けてから両手足を接続する。パワードスーツ開発の黎明期における、強化外骨格と同じようなものと見れば良いか。スーツと接続することで、パイロットの動作を機体に直に伝えるのである。だから当然立ったまま操作することになるし、とても安定した姿勢とは言えない。優れたバランス感覚と筋力、そして体力の三つが備わっていなければ、クルスタは本来の力を発揮出来ない。何かと非効率的な兵器なのだ。
 生体反応を解析した機体が搭乗者を認め、コクピットに光が点った。全天周モニターに周囲の風景が満遍なく映し出される。
 次いでリュカは、二本のロッドを可動式アームレストの端末に接続する。内部に記録されていたOSが適用され、コクピット内に何枚ものホロディスプレイが現われた。このロッドがすなわち剣の握りとなり、また銃把となるのだ。中にはリュカのこれまでの戦闘データや、好みによって設定され最適化された戦闘用OSが詰まっている。上体を何度傾けたら最高速度になるか、リミッターはどこにするか、ホイールを何回転させるとどの武装を選択するか、等々。
 最後にサイコ・エクステンダーを起動させる。セルヴィであるリュカには不要な装置であるが、これが無ければカーリーのスペルをクルスタのサイズに適用させて使うことが出来ない。
全ての機能が正常に作動しているのを確認してから、リュカはブリッジと回線をつないだ。
「空気を抜いてくれ。人工重力も」
『済んでいます』
「ン……ウルティオを出す。ハッチ開け」
『はい。リュカ、無事の帰還を』
「ありがとう」
 通信装置の向こうから聞こえてくる声は、いつも通りやや硬質で冷たい印象を与えた。十六の少女がするにはやや硬すぎる気がする。が、カーリー曰く、そういうつんけんした所もマヤなりの照れ隠しだという。それに声の冷たさを言うのなら、リュカも偉そうなことを言える立場ではない。彼がマヤのことを気にするようなことを言うと、カーリーは笑う。
(ああ言ってくれてるのに、少しそっけないんじゃない?)
「緊張を壊したくない。一応、戦闘なんだからな」
(でも、ウルティオの性能なら、スペルも無い海賊なんて蹴散らせるでしょ?)
「手加減しながらやるのは手間なんだ。ハッチが開くぞ」
 やや上体を前に傾けて機体を前進させる。地面と足が接している間は人間と同じように歩いてくれる。その両脚をカタパルトに乗せ、ハッチが開ききるのを待った。 
 扉の向こうには無数の星の煌めきと渺漠たる暗闇が待ち構えている。スーツの下で皮膚が泡立つのをリュカは感じた。戦闘に対して緊張は感じているが、恐れは無い。怖いのは宇宙の暗黒そのものだ。漂流した時の生々しい記憶が否応なしに思い出される。
 狭く苦しいコクピットの中で、なんとか持ち込めた水や食料を食みながら、少しずつ命が削られていく感覚を味わった。薄いハッチを一つ越えれば、何も無い、ということによって肉体が死滅する。あれだけの星があるにも関わらず、宇宙は無情で冷たい。その時の冷たさと孤独、そして絶望を敵に叩き付けなければ、死んでも死にきれない。
「出るッ!」
 瞬間的に重圧が加わり、それが消えた時には、リュカのウルティオは船の外へと投げ出されていた。接地面が消えたことを認識した機体が、状態を歩行から飛行へと切り替える。
 リュカは上体を前に傾け機体を加速させた。ウルティオは彗星のように光を撒き散らし、宙を駆ける。
「五つか」
 レーダーを一瞥し、左手のロッドに備えられたホイールを回転させる。同時に、ウルティオの両肩に内蔵された四つのビーム砲門が開いた。
 左手の指をトリガーに添え、最も近い敵機に視線誘導で照準を合わせる。
(脚を狙う!)
 四本の光線がウルティオから伸び、あやまたず敵機を貫いた。爆発の閃光と上に逃げるスラスターの光を見て、撃ち抜いた敵機のパイロットが健在であると確認した。機動力も大きく損なわれ、下手に手出しをしてくることはあるまい。そう判断し、リュカはウルティオを敵中に突撃させた。
 右手のホイールを回転、背部のウェポンラックに装着された大刀を引き抜く。伸縮式対殻刀ヴァイパー・エッジ。この機体の主武装だ。それを振りかぶり、迎撃の砲火の中に身を投じる。ライフルやマシンガン、ミサイルの弾幕を潜り抜けながら、一切速度を落とさずに、むしろ加速しながら新たな標的の脚を斬り抜ける。
「……ッ!」
 そのまま身体を捻り、強引に方向転換。G・アブソーバーの許容を越えた重圧が襲うが、リュカは耐えきった。刃を返し、火器の握られた右腕を斬り飛ばす。首と左腕だけになった機体を蹴り、その反動を活かして次の挙動へ。全てが淀みなく流れる、完成された型のような動きだった。
 敵は、何をされたのか分からない風だった。さもあらん、ウルティオの全身はほとんど黒一色だ。背景に溶け込み目視では見え辛い。しかも、手にしているヴァイパー・エッジの刀身もこれまた黒色。刃には微かにレーザーを発振させているが、それだけで見切るのは至難だ。
 それでも加速時や旋回時のスラスター光は残るし、レーダーでも捕らえられている。ドミナの船に攻撃を仕掛けるだけのことはあり、海賊達は技術も肝も持ち合わせていた。残った三機のうち一機が突出し、残りの二機がL字型に陣形を組む。
 海賊らしいカトラス型の対殻刀を両手に構え、フォワードが突っ込んで来た。ほとんど回避動作もとらない手なれた感じのする突撃だ。ホイールの回転と照準が間に合わないと判断したリュカは、砲撃の選択肢を捨て、敵の望み通り斬り合いを受けて立った。逆手に持ちかえたヴァイパー・エッジで左手の薙ぎを受け止め、右手の突きをウルティオの膝で蹴りあげる。相手の同様する顔が装甲越しに見える気がした。
 戦闘中の駆け引きに勝った瞬間の愉悦はどうしても抑えがたい。だが、唇が釣り上がるのを抑えて、小さく鼻を鳴らすに留める。二体の敵機がウルティオの右と後方に躍り出たからだ。
(スペル、使う?)
 リュカは「必要ない」と言いたかった。自らの技量に対する強烈な自負心があるだけに、スペルなどという超常の力を使うことは不愉快極まりないのだ。
 しかし今、このウルティオに乗っているのはリュカではない。ドミナの青年エドガー・ドートリッシュなのだ。ならば、それらしいところも見せないわけにはいかない。
「頼む」
 ウルティオを挟んだ二機がほぼ同時に対殻ライフルを発射する。弾種はABCSS、円柱形装甲破壊弾。真空中でレールガンによって発射されることを前提とした、徹甲弾の末裔であり、そして退化した姿である。
 大気圏内で使用されるAPFSDSが、空気抵抗や空力を考慮してダーツのような形状をとっているのに対し、ABCSSは弾帯から弾頭までほぼ円柱に近い形となっている。無論先端部分は尖らせてあるが、地上で使われる弾丸に比べれば微々たるものだ。
 これは空気抵抗の無い真空中だからこそ採れた形状である。弾丸に可能な限りの質量を持たせることで、戦艦の堅固な装甲すら破砕することが出来るのだ。
 もちろん、重くなった分半端なパワーでは発射することが出来ない。そこにレールガンの生み出す圧倒的な初速を加えることで、速度と重さの融合した必殺の威力を実現させているのである。
 直撃すればどんなクルスタとて無事ではすまない。ましてやウルティオは、貴種が一般的に使用している機体に比べてずっと小柄で、装甲も薄い。当たればそれで仕舞いだ。
 だが、そうそう上手くいかないことは海賊たちも承知していた。承知していたが、いざ目の前でABCSSが弾かれたのを見ると意気が下がる。着弾する寸前に、射線上に現れた二枚の光の壁が、ABCSSを完全に無効化してしまったのだ。
 カーリーが発現させたスペルは、直径二十メートルにも及ぶ円形の光となっていた。近くで見ると単に小さな光の粒や寄り集まっているだけのように見える。だが、通常の物理法則から外れたスペルの盾は、本人が解除しない限りいかなる攻撃をも防ぎきる。問題は至近距離で弾丸やミサイルの弾ける光景を見て動揺した挙句、反射的にスペルを解除してしまうことなのだが、彼女は自らのスペルに絶対の自信を持っていた。加えて、リュカと出会ってからの七年間で銃口を向けられる経験は嫌と言うほど積んでいる。パイロットの尋常ならざる技量への信頼もあり、そう簡単にスペルを解除してしまうことはあり得ない。
 気を取り直した敵機は上下左右に機動しつつ、あらゆる角度から弾丸を撃ち込んでくる。だが、スペルに守られたウルティオは全くそれを意に介さず、ヴァイパー・エッジで眼前の敵を無力化した。
 無力化と言えば聞こえは良いが、要は嬲り者にしているということだ。スペルという理不尽な力に阻まれ、一方的に味方の機体が切り刻まれていく様は、怒りを通り越して生理的な恐怖を抱かせる。なまじクルスタという兵器が人型であるだけに、その光景は一層残酷だ。
 第三者にもそれだけの衝撃を与えるのだから、当事者たるパイロットの心境たるやいかほどのものか。クルスタはパイロットの動作がそのまま反映される。両腕でコクピットをガードしているが、その形はガードというより、これ以上甚振らないでくれと懇願しているように見えた。無情に、それも斬り飛ばす。
 リュカも自分の戦い方が忌むべきものであることは自覚していた。自覚どころのものではない。知り過ぎているほどに知っているからこそ、最もドミナらしい戦い方としてこの戦法を選んだのだ。
 反撃など一切許さない。戦闘とはドミナとドミナによって行われるからこそ戦闘であり、ドミナとセルヴィの戦いはすなわち狩りである。常に一方的な蹂躙でなければならない。エドガー・ドートリッシュを演じるつもりでいるのなら、避けられないことなのだ。
 ウルティオの右側に現われた敵機に向かって、コクピットブロックだけになった残骸をグイと突きだす。さすがに撃つのを躊躇ったのか一瞬動きが止まった。敵が照準を修正した時には、ウルティオは捕らえていた機体を放り投げ、後方に回り込んでいた敵機へ踊りかかっている。
 宙返りをするような形で敵機の頭上を飛び越えながらヴァイパー・エッジを一閃。ライフルもろとも腕を斬り捨て、肩のミサイルポッドを根元から引き千切る。
「動くな、退け。これ以上あの船に手を出すつもりでいるなら、皆殺しにするぞ」
 刀身を機体に当てながら勧告する。海賊に無傷の機体は一機しかいない。運動性能と腕の差は痛感しているだろうし、到底襲撃を続けられる状態でもない。損傷した味方を連れて、何とか逃げられるかといったところだ。
 彼らが少しでも冷静な部分を残しているなら、一人を捨て置いて逃げるという選択肢もとるだろう。一向に構わない。追う気は無かった。
「どうする?」
 どうしても納得しないようなら、パイロットごとコクピットを貫いても良い。自分は何も困らない。強いて言うなら、この後顔を会わせる人物に、血の臭いを嗅がせてしまうかもしれないことだが……。
 ほんの一瞬の油断が、機体に現れた。
「ッ!」
 うかつだった。ウルティオの胸部に肘鉄が撃ち込まれる。
「やったな!」
 ほぞを噛む思いだった。抵抗した敵に対してより、油断した自分に対する怒りが額を熱くする。すぐさま体勢を立て直すが敵機はすでに動いていた。残った腕に対殻ナイフを持たせ、ウルティオの懐に飛び込んで来た。
 敵機は果敢に攻め立ててくる。ほとんど密着した状態では、ヴァイパー・エッジはかえって使い辛い。だが、距離を離せばまた包囲される。
 判断は一瞬ですませる必要があった。このまま不利なレンジで戦うか、距離をとって包囲されるか。
「この程度……!」
 リュカは前者をとった。ヴァイパー・エッジを手放し、両腕に装備されている対殻ナイフ、レーザーピアスを抜き放つ。敵が突きだしたナイフを半身でかわし、マニピュレーターの付け根に刀身を突き立てた。
 痛みに苦悶するかのように、敵は半壊したマニピュレーターを振り回しながら距離をとった。急速後退しつつ、胸部に設けられた機関砲から弾丸をばら撒く。難なく火線を掻い潜りながら、リュカはどのように敵機を制圧するか考え、そしてすぐさま実行に移った。
 右手に残ったレーザーピアスを投擲し、その隙にヴァイパー・エッジを回収する。対殻刀を脇構えに構え、最大加速で突撃。この一太刀で息の根を止めるという意志表示であった。敵の視点から見れば、大刀を構えた敵が一直線に突っ込んできているのだ。当然、逃げるか応戦するかのいずれかを選ぶだろう。だが、それは罠だった。
 ヴァイパー・エッジを薙ごうというまさにその瞬間、リュカはウルティオの脚で敵機の腹部を蹴り飛ばしていた。咄嗟に敵機が腕で腹部を庇うが、レーザーピアスによって弱らされたそれでは勢いを殺し切ることは出来なかった。マニピュレーターが砕け、ウルティオの蹴りがコクピットに直撃する。
 蹴り飛ばされた機体は糸の切れた人形のように力を失い、くるくると回転しながら遠ざかっていく。その足首を引っ掴むころには、怖気づいた海賊たちは破損した味方を連れて撤退していた。
(見事な手並みだったね)
「嫌味のつもりか?」
(注意力散漫だったことは否定できないしょ?)
「ム……」
 リュカは掴んだままの敵機を見下ろした。
「確かに油断していたな」
 たかが海賊相手に一杯食わされるなど、屈辱以外の何物でもない。ヘルメットを脱いでリュカは軽く息を吐いた。ことの始めからこの体たらく、気を引き締めなければならないな、と思った。
「良い反応だったな」
(何が?)
「最後の読み合いだ。もし腕の強度が落ちていなかったら、防がれていたかもしれない」
 たとえそうなろうが、どうとでもやりようはあったので結局は無駄な抵抗なのだが、この鹵獲機体のパイロットに少し興味が湧いた。だが、今は他にやらなければならないことがある。
『リュカ、メーデーを発していた船から通信が入っています』
「読んでくれ」
『貴君の助力に感謝する。返礼のため、そちらに向かいたい。以上です』
「そうだな……そちらには、俺の方から出向くと伝えてくれ。それから、捕獲した機体を固定して、パイロットを保護しておくように」
(殺さないの?)
「少し興味が湧いた。どんな奴が乗っているのか知りたい。マヤ、抵抗されないように気をつけろ」
『分かりました、リュカ』
 通信を切り、シートの後ろに設けられた収納ボックスからカラーコンタクトの入った容器を取り出す。指先が狂い、容器がコクピットの中をふわふわと漂った。
(緊張しているの?)
「まさか。下準備に七年も使ったんだ。抜かりは無い」
 ケースに手を伸ばしながらリュカは言った。
(あの船に乗っているのが、君のターゲット?)
「いや、サヴァスはもうヴェローナに着いている。乗っているのは、その愛人だ」
(エルピス・ラフラだっけ。何かつながりでもあるの)
「……さあな?」
(教えてくれてもいいじゃないか)
「ふん、貴種でも頭の中までは読めないのか」
(これでも一応、人間だからね。そこまで万能じゃないよ)
「安心したよ。俺にだって隠したいことくらいはある」
 レンズをはめたリュカは、ウルティオを相手の船に向かわせた。

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