コンパイルキューブ

巫夏希

第三章 少年魔術師の反撃(9)


 香月は扉を見つけた。

「……ここが終わりか?」

 香月は首を傾げて、ドアノブに手をかける。
 油断していたわけでは無い。瞬時にドアの向こう側にいる気配を確認し、誰もいないことを確認したまで――だから、安心してドアノブに手をかけることが出来るわけだ。
 そして彼はドアノブに手をかけ、ゆっくりとそれを右に回した。

「やあ、久しぶりだね。お兄ちゃん」

 背後から声が聞こえたとき、香月は一瞬だけ――その行動が遅れてしまった。
 たったコンマ数秒の遅れだった。

「お兄ちゃん。私以外の女の子と一緒に歩いて、何がしたいの?」
「た、助けて……」

 背後に立っていたのは、少女だった。黒い帯のようなものを全身に巻き付けた、一見独特なファッションをした少女だった。
 その少女は透明なナイフのようなものを構え、それを春歌の首に当てていた。

「……何が『お兄ちゃん』だ。そんな作戦が僕に通用するとでも思っているのか?」
「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ。私だって一緒に手を繋いで歩いたことも無い……いや、あったかも。事故の前にあったかもしれない。けれど、それってもう十年以上前のことだし、忘れちゃうのも当然のことだよね?」
「いい加減にしろ。何が言いたいんだ」

 香月の表情がどことなく焦っているのを、春歌は感じていた。

(きっと自分が捕まっているからだ)

 自分が捕まっているから、その足枷となってしまっているということ。
 それを春歌は感じていた。

「お兄ちゃん。変わったね。普通なら、いつもなら、容赦なく私を攻撃しただろうに。何があったのかな?」
「五月蠅い。それに僕はお前のお兄ちゃんじゃない。関係なんて全くない。いい加減にしろ。僕には妹なんていないぞ」
「ほんとうにそう言える?」
「……何?」
「柊木香月には妹なんていない。それがほんとうに、はっきりと言える?」
「言える。僕には妹なんているはずが……」
「無い、って?」

 香月の心が揺さぶられる。

「もう一度思い出してみて。あなたの記憶に、ほんとうに妹は居ない? つらかったから、あの事故がつらかったから忘れただけでは無くて? 私の名前は柊木夢実。あなたの妹よ」
「何を言っている! 僕の妹は居るはずが……」
「――ったく、埒が明かない。このまま平行線をたどる議論を続けるくらいなら、さっさと終わらせてしまったほうが良かろう」

 香月は夢実との議論に集中していて、背後から迫るもう一つの気配に気が付かなかった。

「な……!?」

 そして。
 突然香月の身体は崩れた。
 香月の背後に立っていたのは、大柄な男だった。黒いスーツを着ており、エージェントのような恰好をしている。

「だーかーらー、私が全部やるって言ったでしょう? あなたが出てくる場面ではない、って」
「そうだとしても、時間がかかりすぎる。もしこちらが出てこなかったら、どれくらい時間をかけていたのか。そう時間もかけられないのだぞ。ボスが行う計画、それを実行するためには、あまりにも時間が足りな過ぎるのだから」

 それを聞いて溜息を吐く夢実。

「……解っているわよ、それくらい」
「解っていたのならば、もう少し時間をかけないで効率的にやってほしいものだけれどね。あのタイミングで君の正体を晒すべきでは無かったと思うけれど?」
「それは別にいいのよ。私だって考えはあるし。……おっと、『彼女』が起きていることを忘れていた」
「あ、あなた……ほんとうに、香月クンの妹、なの……?」
「そうよ」

 夢実は笑みを浮かべる。

「大丈夫。取って食うことなんてしないから。……さあ、ゆっくりとお休み」

 夢実が春歌の頭上に手を翳すと、春歌に急激な眠気が襲い掛かってきた。
 そして彼女が眠るまで、そう時間はかからなかった。






 次に春歌が目を覚ました場所は牢獄だった。石造りのそれは普通ならば背伸びしたって届かない位置に穴が開いており、そこから光が漏れていた。
 春歌は身体をゆっくりと起こしていく。生憎身体に痛みなどは無いようだった。

「目を覚ましたようだな」

 少し離れた位置には香月の姿もあった。香月の両手首及び足首には鉄球が鎖を通して結びつけられていた。
 どうやらそれは春歌も同じようだった。

「まったく……まったくもって迂闊だった。まさか妹の名を騙るとはね」
「……妹さんはほんとうに居るんですか?」
「あぁ」

 香月は意外にもあっさりと彼女の問いに答えた。

「だが、あの飛行機事故で死んでしまったがね。だから生きているはずは無いんだ。生きているとすればそれこそホワイトエビルが彼女を騙している……そうとしか考えられん。いずれにしても、コンパイルキューブが無い以上魔術も使えないしね」
「手詰まり……ってことですか?」
「君はそう思っているのかい?」

 香月の言葉に、春歌は首を横に振った。

「そうだろう、そう思ってくれないとね。……だが、残念ながら状況は非常に厳しい。ここから逆転することは難しいことじゃ無いと思う。だが、コンパイルキューブが取り返せないとね……。肉弾戦が苦手なわけでは無いが、やはり魔術師相手には魔術で攻撃しないとなんとも言えないのだよ」
「先ずはコンパイルキューブを取り返す必要がある……ってことですか」
「そういうことになるな」

 香月は頷く。
 簡単に言っているが、そう簡単にはできないことを彼は知っていた。彼が一番理解していた。
 だが、それを言うことは彼女の不安を煽ることにほかならない。
 だから、言えなかった。
 彼女には少しでも希望を持っていて欲しかったのだ。

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