コンパイルキューブ

巫夏希

第二章 少年魔術師の授業(7)


12

 香月は街を走っていた。
 春歌は病院に預けて、コンパイルキューブを使う前の状態――即ち魔術コードの暗記を行っている。それが出来ればコンパイルキューブに言葉を紡ぐ。そうして魔術は実現される。
 香月ははっきり言っていらないと思ったからこそ――任務を一人でこなすこととした。
 ホワイトエビルに狙われてしまう可能性もあったが、それは果に任せることにした。
 それは彼が果に絶対的な信頼を寄せているからだろう。
 だからこそ、彼は安心して行動することが可能だと言える。

「先ずはここだ」

 立ち止まり、目の前を見る。
 目の前に広がっていたのは、海だった。
 聳え立っているのは、大きな石碑。


 ――石碑にはこう書かれている。『木崎湾飛行機墜落事故慰霊碑』と。


 向かい合うのは、久しぶりになる。本当はここに毎日でも訪れたいくらいだったが、どうも身体がそれを拒否してしまうのか、自然と足が遠のいてしまっていた。

「こういう機会じゃないと行くことが出来ないのは、本当に悲しいことだよな……」

 香月は呟きながら、石碑を撫でる。

「母さん……」

 その言葉には、怒りが、憎しみが、悲しみが、こめられていた。
 彼の両親はこの事故によって失われた。
 それについて彼は怒りを抱いていた。この状況を引き起こしたのは、ほかでもないホワイトエビルであることも突き止めていた。
 だが、警察が介入することも出来ないことだ。魔術師が引き起こした『災害』は、魔術師の手で解決せねばならない。
 それは魔術師でなくては魔術師に立ち向かうことが出来ないからである。
 彼が今まで時間がかかったのは、彼自身弱いと思っていたからだ。彼自身立ち向かうことが出来ないと思っていたからだ。

「……さて、向かうか」

 彼がやってきたのは、この石碑に祈りに来ただけではない。
 それ以上の理由がある。
 海を見る。
 海は波一つ立つこともなかった。穏やかな気持ちにさせてくれる、そんな海だった。

「海、か」

 海は嫌いだ、と香月は語る。
 別に海を嫌いだという人は当然なことかもしれないが、彼にとって、出来ることなら海を見たくないのが実情だった。
 だが、そう言って居られないこともまた事実。

「……行きますか」

 呟いて、香月は行動を開始する。
 目的地は決まっている。木崎湾を臨む場所にある図書館である。
 図書館にはもちろん十年前の事故における文献も残っている。そこに向かえばおそらく情報も収集することが出来るだろう。
 そして彼は一歩踏み出す。


 ◇◇◇


 図書館に入ると、静かな気配が彼を包みこんだ。
 書籍を探すために、棚と棚の間に入っていく。
 次第に古い本が増えていくが、それでも彼の捜索は終わらなかった。

「それにしても多いな……」

 最終的に十冊近くの本が集まった。発行年を見ても去年のものから五十年ちかく昔のものまで幅広い。
 しかし、彼が欲する情報を得るためにはそれ程幅が広くなくてはならない。一つ一つの文献だけでは、見えてこないことだって沢山存在する。複数の文献を見比べ、それにより一つの歴史を仮想的に再現する。

「文献は全部で……八冊か。少ないが、致し方ない。これを見て整合性を取るしか無い」

 そして彼は文献を見始める。彼が必要とする、ある情報を追い求めるために。


 ◇◇◇


「暇ですね……」
「そうねぇ」

 その頃、病院のとある一室。春歌と果がお茶を飲みながらのんびり過ごしていた。
 因みに今日、果は休診となっている。別にこの為にわざわざそのようなことをしている訳ではなく、いつもこの日はお休みとなっているのだ。

「……それにしても、香月くんはどこに行ってしまったのかしらねぇ。こんな可愛い子を置いて……」
「それって私のことですか!? 私のことなんですか!?」

 顔を紅潮させながら言う春歌。
 それを見ながら、いい弄り相手が見つかったとほくそ笑む果。
 春歌はお茶を一口。

「そんなことより、彼……香月くんはどういう人間なんですか?」

 それを言われた果はきょとんとした表情で春歌を見る。

「どう、って?」
「だから……こどもの頃からああいう落ち着いた人間だったのか、とかそういうことです。あの人に教えてもらったり助けてもらったりとされているのに、私は彼のことを知らないから……」

 それを聞いて果は察した。

「ははぁん……。成る程ね、春歌ちゃん、あなた香月くんのことが好きになっちゃったんだ?」

 直後。
 ぼんっ! と音が出たようなそんな感じで瞬間的に彼女の顔が真っ赤に染まった。茹で上がった蛸か、直ぐに沸いてしまう電気ポットか――今の果には彼女がそのように見て取られた。

「……解りやすいわねぇ」
「え……、あの……、その……。いつ、解ったんですか?」
「ボーイミーツガールには在り来たりな展開だったし」
「それ全然証拠になってないですよ!! ただの仮定じゃないですか!!」
「でも現状、あなたの顔は真っ赤に染まっているわけだけれど?」

 何も言い返すことが出来なかった。
 一つ咳払いをして、果は話を戻した。

「取り敢えず、話を元に戻しましょうか。香月くんの人となりについて……だったよね。彼は寡黙で真面目な少年だよ。あれで中学生だと言われても耳を疑うレベルだ」
「そうですよねぇ……」

 香月の年齢は十四歳だ。しかし、彼の落ち着いた行動の数々を見て来た彼女にとって、それはやはり信じられないことだった。


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