異世界レストランガイド
ビスケット・リターンズ(後編)
「これは確固たる証拠だ。ブランシュ・インダストリィが人を材料にして食品を作っていた……それが世間に出れば、ブランシュ・インダストリィは壊滅するだろう。……それにしても、人命を冒涜してまで、これをするとはな」
ハルが何か言ったが、そんなことよりも俺の心の中は怒りで満ち満ちていた。
どうしてこんなことをしたのか? こんなことをする必要があったのか? その思いは募っていく。
「それが、人間だから。それがこの世界の宿命だからですよ」
その声を聞いたとき、俺は振り返った。
そこに立っていたのは、男性なのか女性なのか若者なのか老人なのか解らない――ただ、『人間』と形容していいのか解らない存在だった。
「人間……人間が人間の命を冒涜して、何が『人間だから』だ! それだけで解釈できるわけがないだろ!?」
俺は感情的にそう言って、それをその存在にぶつける。
その存在は笑みを浮かべながら、
「だからどうしたというのですか?」
丁寧にそう言った。
だからどうしたというのか――それはそう言ったのだ。俺の怒り、俺の考え、それを凡て捨て去るような、いや実際に捨て去っている発言だ。どうしてそこまで冷酷に発言出来るのか。あれには人の心が備わっていないのではないか――そう思うくらいだ。
そもそも。
どうして俺は怒っているのにここまで冷静に対処出来ているのかも解らん。分析できているのは、俺にも驚きだ。
「……人間とはどうしてここまで愚かなのでしょうね。まったくもって面白い。だから我々はまだ地上の監視を続けているのですから」
その笑みに、恐怖すら覚えた。
地上の監視。まるで自分が地上ではない、別の場所に生きているような言い草だ。
「……天界人、か!」
俺とその存在に割り入るようにハルは言った。
天界人。
その単語は聞き覚えがなかった。
ハルの話は続く。
「天界人は……なんて言えばいいかな。簡単に言えば世界樹の上に住んでいる民だよ。それと区別するように僕たちは地上人と呼ばれる。それが蔑称として使われている時もあるから、実際にはあまり使わないようにという条約は締結されているけどね」
「でもそんなことはどうでもいいでしょう? だってそんなことよりも面白いことが起きているのだから……面白いでしょう。人間が人間を食らっている、この現状を知ってあなたはどう思った?」
ああ、思ったさ。
最高にくそったれだとな。
「その表情を見るだけで……ぞくぞくくるね。君って演技派かな? 感情をそのまま前に出しているとはいえ、いい表情しているよ。そのままどっかの舞台俳優として活躍してもいいくらい」
「ふざけるのも大概にしろよ……!!」
――俺がそのあと、何をしたのかはっきりと覚えていない。感情に身を任せていたからかもしれない。
俺が次に目を覚ましたときは、馬車の上にいた。しかし馬車は動いていない。みんな救護にあたっているためだ。
俺のいる馬車の周りには別の馬車がきていた。高尚な制服を身につけているから、きっと警察か軍かどっちかなのだろうか。
「お、目を覚ましたか」
ウィリアムが俺の上から俺を見下ろしていた。
笑みを浮かべて、ウィリアムは俺の隣に腰掛ける。
「あれからどうなったか、独り言めいた話になるけど聞いてもらうよ」
俺がそれを拒否する理由なんてない。
拒否する必要なんてない。
「あのあと、ハルがいうには君は突如現れた謎の存在に斬りかかったらしい。だが、その存在は避けてしまいそのまま逃げてしまったのだという」
……ん? 謎の存在?
ちょっと待て、どうしてそこではぐらかすんだ? 俺はウィリアムにその旨を聞いた。
ウィリアム曰く、
「ん、別に僕はそれ以上の情報をハルから聞いてないからね。それに、君は何か知っているのかい?」
隠蔽。
直ぐにその単語が俺の頭の中に浮かび上がった。ハルは天界人の情報を隠蔽したのだ。なぜ、何のために?
俺はそれを知りたかった。だから急いでそこから飛び出した。
「んで返り討ちを受けた君は倒れてしまってそれをハルが……っておーい! どこへ行くんだ! まだ傷が完全に治りきっていないのに!」
ウィリアムが言ったが、俺は気にしない。ただハルからあの情報を聞いておきたかった。どうしてあいつが、そんなことをしてしまったのか……ということを。
意外にもあっさりとハルは見つかった。ハルはコンクリートブロックに腰掛けてタバコを吹かしていた。
俺を見て、ハルはにっこりと笑みを浮かべる。
「どうしたんだい。傷は治ったのか?」
「はぐらかすんじゃねえよ。ハル、おまえどうして天界人の情報を団長……ウィリアムに言わなかったんだ?」
「ああ、なんだそんなことか」
立ち上がって、ハルは話を続ける。
「どうしてか知らないけどさ、君は真実を知ったらそのまま開けっ広げにするのかい? それってどうもおかしな話だとは思わないかい。……真実は、知られなくてもいい真実だってあるんだ。今回のようにね。特に天界人がああいう立ち位置にいたってことを知られちゃ困るんだよ」
「おまえ……天界人のためにそんな隠蔽工作をしたっていうのかよ!?」
「ああそうだよ」
ハルは笑みを浮かべる。
「だから君が感情的になって……僕にそれを聞いたってことはあれから先を覚えていないんだろ? よかったよ、君が『綺麗さっぱり忘れてくれていて』。天界人から得たあの魔法はどうやら成功したみたいだ」
それを聞いて俺は冷や汗をかいた。
おい。それってどういうことだよ……!
「記憶操作魔法、とでも言うのかな。簡単なことだ。それで君の記憶を操った。それによってあの出来事をしっているのは僕だけってことだ」
その言い回しからすると、俺とハルと一緒にいたC班の残りのメンバー、レイカもその魔法を受けたということだ。
「彼女には強めに魔法をかけたからね。たぶん君よりは魔法が解ける可能性は低い。それにしても……君がそう簡単に魔法が解けるとはたまげたな。もしかしたら効いていなかったのかもしれないけど」
そう言ってハルは俺の頭を掴んだ。俺はそこから逃げようとしたが動けなかった。
やめろ、やめろ……!
「大丈夫だよ、痛いことはない。眠くなるだけ。簡単だろ?」
やめろ。そんなことして……眠気が……こんなところで眠っちゃ……!
「バイバイ、それじゃまたね」
ハルの笑顔を最後に、俺の意識は――落ちた。
◇◇◇
馬車は動いていた。ディクスを出て、これから漸くリージア王国を出るというところである。
ブランシュ・インダストリィは汚水をそのまま街に垂れ流していたとして勧告処分をうけた。それ以上になにか大きなことがあったようにも思えるが、おもいだせない。
「どうしたんだい、浮かない顔して」
ハルが言った。
俺はその気分を感じ取られないように、ただ笑みを浮かべた。
まもなくリージア王国を抜け、次の国へと向かう。
その国では何が起きるというのか、どんな食事を食べられるのか、楽しみで仕方なかった。
ハルが何か言ったが、そんなことよりも俺の心の中は怒りで満ち満ちていた。
どうしてこんなことをしたのか? こんなことをする必要があったのか? その思いは募っていく。
「それが、人間だから。それがこの世界の宿命だからですよ」
その声を聞いたとき、俺は振り返った。
そこに立っていたのは、男性なのか女性なのか若者なのか老人なのか解らない――ただ、『人間』と形容していいのか解らない存在だった。
「人間……人間が人間の命を冒涜して、何が『人間だから』だ! それだけで解釈できるわけがないだろ!?」
俺は感情的にそう言って、それをその存在にぶつける。
その存在は笑みを浮かべながら、
「だからどうしたというのですか?」
丁寧にそう言った。
だからどうしたというのか――それはそう言ったのだ。俺の怒り、俺の考え、それを凡て捨て去るような、いや実際に捨て去っている発言だ。どうしてそこまで冷酷に発言出来るのか。あれには人の心が備わっていないのではないか――そう思うくらいだ。
そもそも。
どうして俺は怒っているのにここまで冷静に対処出来ているのかも解らん。分析できているのは、俺にも驚きだ。
「……人間とはどうしてここまで愚かなのでしょうね。まったくもって面白い。だから我々はまだ地上の監視を続けているのですから」
その笑みに、恐怖すら覚えた。
地上の監視。まるで自分が地上ではない、別の場所に生きているような言い草だ。
「……天界人、か!」
俺とその存在に割り入るようにハルは言った。
天界人。
その単語は聞き覚えがなかった。
ハルの話は続く。
「天界人は……なんて言えばいいかな。簡単に言えば世界樹の上に住んでいる民だよ。それと区別するように僕たちは地上人と呼ばれる。それが蔑称として使われている時もあるから、実際にはあまり使わないようにという条約は締結されているけどね」
「でもそんなことはどうでもいいでしょう? だってそんなことよりも面白いことが起きているのだから……面白いでしょう。人間が人間を食らっている、この現状を知ってあなたはどう思った?」
ああ、思ったさ。
最高にくそったれだとな。
「その表情を見るだけで……ぞくぞくくるね。君って演技派かな? 感情をそのまま前に出しているとはいえ、いい表情しているよ。そのままどっかの舞台俳優として活躍してもいいくらい」
「ふざけるのも大概にしろよ……!!」
――俺がそのあと、何をしたのかはっきりと覚えていない。感情に身を任せていたからかもしれない。
俺が次に目を覚ましたときは、馬車の上にいた。しかし馬車は動いていない。みんな救護にあたっているためだ。
俺のいる馬車の周りには別の馬車がきていた。高尚な制服を身につけているから、きっと警察か軍かどっちかなのだろうか。
「お、目を覚ましたか」
ウィリアムが俺の上から俺を見下ろしていた。
笑みを浮かべて、ウィリアムは俺の隣に腰掛ける。
「あれからどうなったか、独り言めいた話になるけど聞いてもらうよ」
俺がそれを拒否する理由なんてない。
拒否する必要なんてない。
「あのあと、ハルがいうには君は突如現れた謎の存在に斬りかかったらしい。だが、その存在は避けてしまいそのまま逃げてしまったのだという」
……ん? 謎の存在?
ちょっと待て、どうしてそこではぐらかすんだ? 俺はウィリアムにその旨を聞いた。
ウィリアム曰く、
「ん、別に僕はそれ以上の情報をハルから聞いてないからね。それに、君は何か知っているのかい?」
隠蔽。
直ぐにその単語が俺の頭の中に浮かび上がった。ハルは天界人の情報を隠蔽したのだ。なぜ、何のために?
俺はそれを知りたかった。だから急いでそこから飛び出した。
「んで返り討ちを受けた君は倒れてしまってそれをハルが……っておーい! どこへ行くんだ! まだ傷が完全に治りきっていないのに!」
ウィリアムが言ったが、俺は気にしない。ただハルからあの情報を聞いておきたかった。どうしてあいつが、そんなことをしてしまったのか……ということを。
意外にもあっさりとハルは見つかった。ハルはコンクリートブロックに腰掛けてタバコを吹かしていた。
俺を見て、ハルはにっこりと笑みを浮かべる。
「どうしたんだい。傷は治ったのか?」
「はぐらかすんじゃねえよ。ハル、おまえどうして天界人の情報を団長……ウィリアムに言わなかったんだ?」
「ああ、なんだそんなことか」
立ち上がって、ハルは話を続ける。
「どうしてか知らないけどさ、君は真実を知ったらそのまま開けっ広げにするのかい? それってどうもおかしな話だとは思わないかい。……真実は、知られなくてもいい真実だってあるんだ。今回のようにね。特に天界人がああいう立ち位置にいたってことを知られちゃ困るんだよ」
「おまえ……天界人のためにそんな隠蔽工作をしたっていうのかよ!?」
「ああそうだよ」
ハルは笑みを浮かべる。
「だから君が感情的になって……僕にそれを聞いたってことはあれから先を覚えていないんだろ? よかったよ、君が『綺麗さっぱり忘れてくれていて』。天界人から得たあの魔法はどうやら成功したみたいだ」
それを聞いて俺は冷や汗をかいた。
おい。それってどういうことだよ……!
「記憶操作魔法、とでも言うのかな。簡単なことだ。それで君の記憶を操った。それによってあの出来事をしっているのは僕だけってことだ」
その言い回しからすると、俺とハルと一緒にいたC班の残りのメンバー、レイカもその魔法を受けたということだ。
「彼女には強めに魔法をかけたからね。たぶん君よりは魔法が解ける可能性は低い。それにしても……君がそう簡単に魔法が解けるとはたまげたな。もしかしたら効いていなかったのかもしれないけど」
そう言ってハルは俺の頭を掴んだ。俺はそこから逃げようとしたが動けなかった。
やめろ、やめろ……!
「大丈夫だよ、痛いことはない。眠くなるだけ。簡単だろ?」
やめろ。そんなことして……眠気が……こんなところで眠っちゃ……!
「バイバイ、それじゃまたね」
ハルの笑顔を最後に、俺の意識は――落ちた。
◇◇◇
馬車は動いていた。ディクスを出て、これから漸くリージア王国を出るというところである。
ブランシュ・インダストリィは汚水をそのまま街に垂れ流していたとして勧告処分をうけた。それ以上になにか大きなことがあったようにも思えるが、おもいだせない。
「どうしたんだい、浮かない顔して」
ハルが言った。
俺はその気分を感じ取られないように、ただ笑みを浮かべた。
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