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異世界レストランガイド

巫夏希

キャラメル(後編)

 A班はB班とともに正面玄関へと到着した。もちろん正面から潜入するわけではなく、障害物など物陰に隠れているわけだが。
 そしてその物陰からは見える。A班からはB班が、B班からはA班が見える仕組みになっている。
 A班リーダー、ウィリアムがB班リーダーであるシャノンの顔を見て、様子を窺う。
 どうやらシャノンも玄関の様子を窺っており、どのタイミングで攻撃をするかまだ悩んでいるらしかった。
 パチン。
 そんな時だった。シャノンが唐突に指を弾いたのは。

「!?」

 その行動を予想できなかったウィリアムは驚いてそちらを眺める。
 もちろん、その音は玄関にいた警備員が気がつかなかったわけではない。警備員は首を傾げながら、シャノンたちが隠れている遮蔽物へと近づいていく。

(馬鹿! シャノン、急いでそこをでろ!!)

 そう言いたくても言えない。なぜならそれと同時にウィリアムたちA班の位置も知られてしまうからだ。そもそもこのミスをしたのはほかでもないシャノンだ。だから、ウィリアムが何をする必要もない。
 だが、見ていてヒヤヒヤするものだ。やはり自分が出る必要があるだろうか、ウィリアムはそう思った。ミスをしたのはほかでもないシャノンだったが、この作戦を指示したのはウィリアムだ。
 だが、シャノンは笑っていた。
 それを見てすぐ――シャノンが何かを考えているのだと悟った。何か策があるのだ、だからあんなことをしたのだ――と悟った。
 そして。
 警備員がその遮蔽物に手をかけた。
 その時だった。
 遮蔽物が爆発した。そして遮蔽物に手をかけていた、警備員もまた吹っ飛んだ。
 何があったのだ、と玄関から多数の人間が押し寄せてくる。そしてその騒動に乗じるようにシャノンたちは中にはいっていく。一瞬、シャノンはこちらを見たときウインクした。
 まるで、早くこっちへこいと言っているかのように。

「あのやろう……」

 そう言ってウィリアムは笑みを浮かべる。
 そして直ぐにA班もB班のあとを追うのだった。



 その頃。
 C班の俺たちはハルを先頭にして、俺が右後方、レイカが左後方を守るスタイルで下水道を通っていた。正直言って下水道はひどい。吐き気を催すレベルだ。吐いてしまいそうだ。というか既に昨日のラーメンもどきを吐いている。朝は下水道を通るからということであまり食していないが、想像以上だ。

「大丈夫か? 君はあんまりこういう場面に慣れていないと聞いたし……ゆっくりでも大丈夫だよ? もう少しペースを落とそうか」
「いえ、それをするとA班とB班の陽動が無駄になります」

 そう言ったのはレイカだった。それもその通りだ。この作戦はA、B両班の陽動があってこそのもの。なのに、C班が何かあったとしてもグズグズと動いていてはいけない。作戦の成功失敗に関わる、大事な役目なのだ。
 だから俺もこんなところでへこたれてはいけなかった。だから俺はハルに向けて笑みを浮かべる。

「大丈夫だハル。心配してくれてありがとな」

 そう言った。
 ハルはそれを見て溜息を吐く。

「まあ、いい。もう少ししたらゴールだ。みろ、光が見える」

 それを聞いて俺はそちらを見る。すると確かにそこには光が見えていた。それが外の光なのか、工場のネオンめいた人工光なのかは、誰にも解らない。でも、その光が俺にとって少なくとも希望となったのは事実だった。
 そして俺たちは外に出た。
 そこは、やはり外だった。紛れもない外だった。工場地帯の中には入っているものの、外であることには間違いなかった。
 その出口のそばにはダクトがあった。早くこの下水まみれの汚い服をどうにかしたかったが、俺はそのダクトから漏れる香りが気になって仕方なかった。

「どうした」
「これ……キャラメルだな。とてもいい香りがする」
「馬鹿! そんなことより本社に入る方法を考えるぞ。どうやら、陽動は成功しているらしい。巡回していると思われる警備員の姿が誰ひとりとして見えないからな」

 それを聞いて俺はダクトから名残惜しく離れていく。キャラメルの甘い香りを嗅いで、キャラメルが食べたくなってしまったが、そのあと下水の香りを嗅いで直ぐに吐き気を催してしまった。
 たぶんきっと当分、キャラメルの匂いを嗅いだらこれがフラッシュバックするんだろうか――そんな考えたくもないことを考えながら、俺はハルに従って工場地帯を縦断していくのだった。




「爆発があった?」

 社長室では、報告を聞いた社長が目を丸くした。社長に報告しているメガネをかけた男は汗をだらだらかいている。恐らく警備関連を担っているのだろう。
 社長は考える。それをするとすれば、考えられるのは――。

「あの『旅団』め。やはり化かしておったか」

 そう言って、社長は葉巻を咥える。

「いいか。総力を挙げて爆発物を持ち出した犯人を捕まえろ。きっと面白いこと……いいや、必ず面白いことになる! いいか、ぜったいだぞ!!」

 そう言われた男は大急ぎで外を出て行った。
 社長は座っていたロッキングチェアを回転させ、外を眺める。ディクスの町並みは今日も綺麗だ。雲ひとつない青空である。
 しかし、下を見ればどうか。下には廃材で造られた区々が広がる『貧民街』と、綺麗な石材で構成された区々が広がる『表町』の二つが綺麗にくっきり分かれていた。
 これでいい、これでいいのだ。表町にいる人間は貧民街に住む人間のようになりたくないと思い、貧民街に住む人間は表町にいる人間のようになりたいと必死にあがく。これこそが彼の考えていたシステムの完成形に近いものであった。

「だが……まだ足りない。この完璧なシステムを作り上げるためには、まだ一ピース足りない」

 そう言って社長は不敵な笑みを浮かべた。
 それを見たものなど、誰も居ない。

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