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異世界レストランガイド

巫夏希

キャラメル(前編)

 早朝。
 ディクスの門外では静かに旅団のメンバーが整列していた。
 その旅団メンバーを見渡せる位置――正面に立つのは団長のウィリアムだ。

「諸君!」

 ウィリアムの声とともに、旅団には静謐な雰囲気が立ちこめる。それと同時にぴんと背筋が伸びる。
 きっとそれは俺だけじゃない。ほかの人間だってそうだろう。それくらいウィリアムの言葉には人を惹き付ける何かがあるようだった。
 ウィリアムの話は続く。

「本日、ブランシュ・インダストリィに我々は潜入することとなった。目的はただひとつ、ブランシュ・インダストリィが公害を撒き散らしている証拠を見つけることだ。決して、見過ごすことのできない極めて重大な犯罪であることは諸君も承知していると思う……。だからこそ、看過できない! 人々を困らせているのを、このままのさばらせておくわけにはいかないからだ」
「それでは、どのようにすべきでしょうか?」
「A班とB班は陽動だ。正面で魔法を行使し、玄関を破壊する。そのとき、俺たちが行っていると気づかれてはいけない。明確な証拠さえなければ相手だって国に抗議したり大々的に発表は出来ないからな」

 それを聞いて旅団メンバーは頷く。ちなみに俺はC班なのでその役目ではない。

「実際に動くのはC班、そしてD班だ。C班とD班は下水道を通って、工場地帯から本社へと入ってもらう。そのとき、有害な物質を浄化する装置が備わっていないようなら、それを報告しろ。それで凡てが解決する」
「証拠などはいかがいたしましょうか」

 訊ねたのはレイカだった。

「……写真でも撮ればいいだろう。ほら、君たちのチームにはハルがいる。念写ソートグラフィー魔法を使えば、なんとかなるんじゃないか?」

 念写ソートグラフィーは、心の中に思い描いたことを紙に画像として焼き付けることをいう。かつては『超能力』として扱われていたこともあったが、今は魔法で実現可能であるとして魔法の一分野として存在している。
 しかしながらその念写魔法を使えるのは相当少なかった……はず。なぜ知っているかというとアカリがこのまえそんな話をしていたからだ。確か一級魔法に属するんじゃなかったかな。

「解りました。それでは、私たちは実際にはハルのサポートに回ればよろしいのですね?」

 レイカの言葉にウィリアムは頷く。なるほど、そういうことか。おそらく班の一人が確実に何か任務を行うために、残りの二人はそのサポートに徹するということだ。

「まあ、そういうことになるね。いうなれば君たちのチームが一番頑張ってもらわなくてはいけない感じだ。そうでないと、証拠を掴むことができない。裏を返せばそれ以外の班はC班のサポートに徹する」

 ウィリアムの言葉を聞いて、俺は理解する。この作戦は、ハルがいなかったら実現できない作戦だ。きっとハルがいなかった場合の作戦も考えているのだろうが、これが最善の策なのだろう。
 そして、俺たちは――作戦の舞台。
 ブランシュ・インダストリィへと足を運んだ。



 亜麻色の髪をした女性を中心に、ブランシュ・インダストリィ本社目指して走る影があった。彼女たちは旅団のA班であり、そのリーダーはシャノン=ユーリティスであった。シャノンを中心にして三名の人間が彼女を守るように陣形を立てている。レイヴン=アウゼロート、バリカル=ジャメー、それにパートン=レブカだ。特にパートンはこの班の副長を務めている。理由は単純明快、その実力だ。パートンはシャノンの力を信用していたし、シャノンもパートンの力を信用していた。お互いがお互いの力を認め合っていたのだ。
 シャノンは後方を走り、殿しんがりを務めるパートンに向かって言った。

「パートン、後方に怪しい影は?」
「未だ、見られない! たぶんあちらもまだ気づいてない感じなんだろうが……」
「油断は禁物、よ。パートン。何が起きるか解らない。それが戦場なのだから」
「戦場、たってこの世界で戦争が起きたのはもう数え切れないくらい昔だぞ。人間たちが手を取り合ってこの世界を守っていこう……って決まりから戦争をしない条約を取り決めたんだから」
「でも代わりに傭兵が蔓延るようになった。表向きに戦争ができないのなら、誰も見ることのできない暗部……裏で戦争を行おう、ってね」

 パートンとシャノンの会話は続く。こんな緊迫した状況であるにもかかわらず、彼の会話は長々と続いていた。
 まるでティータイムで紅茶でも飲みながら優雅に会話でもしているようだった。それを傍観していたほかのメンバーは何をしているんだこのふたりは? なんてことを思っていたがそれを口に出すことはなかった。やはりリーダーと副長にそう口を出すことはできない――そういう立場に旅団の前から所属していたのかもしれない。

「戦争とはいえ、今回のケースは違うんじゃない? 戦争というよりも見せしめ。見せしめというよりも報復めいた行動に見える」
「報復ったって、それは実際に違うでしょう? 報復はあくまでもどちらかが最初にした『何か』について反抗することであって、はじめから攻撃することは報復とは言わない。ただの攻撃よ。そして、攻撃をした、イコール、それは開戦宣言ってことよ」
「開戦宣言、ねえ。それは一番こちらにとっては最悪の結末になるかもしれないってのに……シャノン、どうして君はそこまで笑っているんだい?」

 そう。
 シャノンは笑っていた。
 このように、決して笑えるような場面でないというのに。どちらかといえば、こちらは窮地に立たされているというのに、だ。
 それを聞いてシャノンはさらに唇を緩める。

「だって、考えてみてよ。楽しい要素しかないじゃない。これから私たちは反抗しに行くのよ。相手から仕向けられた刺客が与えたダメージ……まあ、あんなの蚊が刺すレベルだったけど、そのダメージの何百倍にも返してあげるのよ。それを考えるだけで楽しいったらありゃしないじゃない」

 狂っている。
 それがパートン以外のA班のメンバーが持った、シャノンへの印象だった。仕方ないだろう。この旅団のメンバーは殆どが初めて顔を合わせたメンバーだらけ。パートンとシャノンのようにもともと顔見知りだったケースもあるがそれは例外に近い。初見なのだ。
 旅団がセプターを出発する前に一応の顔合わせは行ったがその時は名前を言うだけ……つまりその人間がどういう人間なのかというのはまったく知らないのだ。
 だから、彼らはシャノンの本性を今ここで――初めて知ったということだ。
 シャノンは笑みを浮かべながら、誰に宛てたわけでもない言葉を呟く。

「さあ……最高のショウタイムの始まりだ」

 それを聞いて、パートンは小さく溜息を吐くのだった。

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