異世界レストランガイド

巫夏希

ホットチョコレート

 旅団の馬車はディクスの正面玄関ともいえる、門前広場に置かれていた。とはいえ、必ず数名がついているためもぬけの殻というわけではない。
 俺とハルは急いでそこにやってきた。ちょうど団長であるウィリアムとその秘書ミリアが話をしているところであった。
 ウィリアムは俺たちがやってきたのを見てこちらを振り返ると、頷く。

「どうやら全員揃ったようだな」

 俺たちが最後だったらしい。
 ウィリアムは直ぐに俺たちから目線をそらし、話を続ける。
「さきほど、ブランシュ・インダストリィの社長と話をしてきた。相手はなおすというつもりはないらしい」

「改善するつもりはない、ということですか?」

 団員のひとりが訊ねる。
 それにウィリアムは頷いた。

「そこで我々は……ブランシュ・インダストリィに報復を仕掛ける。現に我々旅団を攻撃してきている輩がさきほどから増えているのもまた事実だ。仕方あるまい、真実を知ろうとする人間を殺そうとするのは常套手段だと言えるだろう。まあ、そういうことをするのは頭の悪い人間だといえるのだがな」

 ウィリアムの口調は、もはやこの前チーズフォンデュの店であったような温厚なそれではなかった。

「団長、実は俺たちも……」

 ハルが一歩進んで、ウィリアムへ報告する。

「やはりお前たちもだったか……。これは確定事項だな。ブランシュ・インダストリィへ潜入し、何らかの情報を掴む。それが一番だろう」
「ブランシュ・インダストリィに潜入する? どうやって?」

 俺は気が付けばその疑問を口から発していた。
 ウィリアムは俺の言葉を聞いてニヤリと笑みを浮かべる。

「正面突破……と言いたいところだけど、生憎僕たちは国の人間だ。正面突破でもして顔が割れたらすぐ批判が集中するだろう。だから、ブランシュ・インダストリィが何かしていたという証拠をつかめない限り、旅団としての顔を出してはならない」

 ウィリアムは言った。
 それもそうだろう。その場面で姿を見せてしまってはいけない。見せてしまったらこちらの立場が悪くなる一方だからだ。

「諸君……開始は明日だ。今日はゆっくり眠ってくれ。英気を養い、明日から本番を迎えるので、それに備えてくれ。以上!」

 そして旅団のメンバーはその場で解散することとなった。




 その夜。
 旅団は門の外にテントを立てていた。
 眠れなかった俺は毛布から出ると、外に出た。
 外には満天の星空が広がっていた。が、しかしセプターやユニで見るそれよりもどこか淀んでいるようにも見えた。

「お前にも解るか、星空の見えにくさ、星空のよどみが」

 その声を聞いて俺はそちらを振り返る。そこにいたのはウィリアムだった。ウィリアムは笑みを浮かべて、言った。

「眠れないのか。まあ、仕方ないだろう。明日は決戦だ。早く寝たほうがいいと思うがね」
「そういうあんたはどうして寝てないんだ?」
「団長だ。……まあ、そんな堅苦しい言葉を使うのはよそうか。こっちも疲れてしまうからね」

 そう言ってウィリアムは何かが入ったコップを口につけて傾ける。金属製のコップは熱伝導が良い。だから、彼がそれを口につけた瞬間、あまりの熱さに口からコップを近づける。

「それは?」

 コップからは甘だるい匂いが漂っていた。
 ウィリアムは、ああこれかと言いながら俺にコップの面を見せた。

「ホットチョコレートだよ。眠れないときはよく飲んでいてね。というか、今は寝ちゃまずいんだがな」

 そう言って笑うウィリアム。
 俺はその言葉の意味が理解できなかった。

「お前、全員寝てしまったら寝耳に水だぞ? いつ何が起きるかもわからない状況だっていうのに全員寝ていられるか。今回宿屋を使わない理由もそれだ。ああ、別にほかの町でもこうするわけではない。別の町ではきちんと宿屋を借りるぞ。これくらいの大所帯が入る宿屋があれば、の話だがな」
「流石にこう何度も野宿だと困るな。一日二日なら構わないがずっとこれが続くようならストレスが貯まるだろうよ」
「そりゃ、みんなそれに備えて訓練を積んでいる人間ではないからな」

 それを聞いて俺は耳を疑った。
 どうやら俺が思っていた、『旅団とは全員が鍛錬を積んだ兵士によって構成されている』というのはデタラメのようだった。
 ウィリアムは顎を弄りながら、

「なんというかそういう根も葉もない噂が流れるのはあまり好きではないんだよ。旅団はそういう訓練をまったく積んでない。しかし才能がある人間を呼んでいるのは事実だ。君と今日一緒にふらついていたハル。あいつは魔法師の才能に秀でている。あの年齢にして一級魔法を使える。すごいやつだろ?」

 あいつ、あんなすごいやつだったのか。いや、確かにあのフレンチトーストサンドの店であった暴漢相手に圧倒的力を見せつけていたけどさ。
 ということはほかにもすごい人間……いや、待てよ。

「ちょっと待ってくれ。それなら俺は……いったいどういう才能を持っていたんだ?」
「言ったじゃないか」

 ウィリアムは息で冷やし続けてようやく人肌くらいまでになったホットチョコレートを一口。

「君には料理の味をみんなに伝えることのできる才能がある、ってね」
「それじゃみんなの足手まといだ。本当は別の才能を見出しているんじゃないのか?」
「いいや、全然。君ははっきり言って戦闘能力は皆無だよ。けど、料理の才能はピカイチだ。料理は言語だよ。言語だけど、それは誰にだって通用する。料理が美味しいという気持ちは誰にだって変わらないし、誰にだって持っているものだろう? つまりはそういうことだよ。料理の美味しさがあって、人は喜ぶ。料理の美味しさがあって、人は楽しむ。料理とはそういうものだ。世界にある料理、美味しいと言われている料理はその人々の『笑顔』をもとに作られていると言っても過言ではないだろう? それを君は伝えるんだ。そういう才能を、君は持っているんだから」
「でも……俺はみんなの足手まといのままだ」
「それでいいんだよ」

 そう言ってウィリアムは俺の頭を撫でた。

「それでいいんだ。みんながみんな完璧じゃなくていいんだよ。みんな完璧だったらそれこそ生きづらいだろ? そういう人間がいていいんだよ。みんな違うからこそ、みんなという存在を、コミュニティを、カテゴリを形成できる。それでいいんだ」
「でも……それでも俺が参加できないのは変わりない。なにも変わらないぞ」
「ハルとレイカをつける。レイカは銃の使い手だ。彼らと一緒に行くがいい。君だって安全な場所にのほほんといるのはいやだろ」

 俺はそれに頷く。
 ああ、そのままでいるんなら男が廃るってものだ。
 でも、俺が行ったとしても戦力が増えるわけでもなく、寧ろマイナスになる可能性だってある。
 なのに、ウィリアムは、俺をチームへと入れてくれる。
 俺を単純に『食べ物』というカテゴリだけで旅団に入れたのだ。
 なんというか、ひどくこそばゆい。自分の実力を冷静に分析してくれているのはとても嬉しいことなのだが、それ以上にウィリアムがいい人過ぎるのだ。

「……団長、交代の時間です」

 そんな時だった。俺の背後から声が聞こえた。
 そこに立っていたのは金色の長い髪をもつ女性だった。目がきつく、耳が少し尖っているようにも見える。
 寝間着は女性らしく……なのかは知らないがスリットが入っている。麻の服で染色もしていないので非常に地味だが、こういうところで寝るにはこれくらいの配色がちょうどいいらしい。
 彼女の名前は、さきほどウィリアムが言っていた、レイカだ。レイカ=ウィルチェンソン。ハーフエルフと聞いている。非常に冷たい目を持つ女性だった。
 レイカは俺の方を見て、

「団長」

 短く告げた。
 対してウィリアムは立ち上がると俺の肩を叩いた。

「あー、大丈夫だ。僕が眠らないように彼に少し話し相手になってもらっていただけ。今から寝るさ。な、そうだろ?」
「あ、ああ……」

 とりあえず、俺はウィリアムの話に賛同するほかなかった。
 それを聞いてレイカは小さく溜息を吐く。

「解りました。それでは二人共、明日は早いですので急いで、かつゆっくりとお休みください」

 それって矛盾してないか……? と言おうと思ったがそんなツッコミはこのタイミングでは野暮だ。ともかく俺はこの場面においてすることとは何か考えた。


 ――考えるまでもなかった。俺はただウィリアムに付いていき、寝るしかなかった。


 まだホットチョコレートの甘い香りが残るコップをもって、ウィリアムは俺と一緒にテントへと戻っていった。

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