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異世界レストランガイド

巫夏希

ミネラルウォーター

「団長、お顔の様子が優れないように見えますが」

 ミリアからそう言われて、僕は手鏡で顔を見た。うーん、そうかな? 今日の僕はいつも通りのかっこいい顔にしか見えないと思うぜ?

「ああ、失礼しました。団長はいつも頭がおかしかったですね。訂正いたします」
「ちょっと待って! そう面と向かって言われるとチョー傷つく! やめて!」

 それはそれとして。
 僕たちは今、ある場所に向かっていた。ただし歩いているわけではない。
 トレインだ。
 もともとは荷物運搬用に開発されたそれだけど、こういう時にも用いることはあるらしい。ますますこの会社が胡散臭く見えてくる。
 まあ、そんなことはどうだっていい。内情を知らない僕たちが憶測を言ってもそんなことは無駄だ。
 ブランシュ・インダストリィ入口と書かれた看板を横目に、僕たちはディクス中心部にある一大工業地帯、ブランシュ・インダストリィエリアへと入った。



 ブランシュ・インダストリィエリアは名前の通りブランシュ・インダストリィという一大企業がその土地を所有する場所である。本社ビルに工場、社員寮まで存在する。
 僕たちが辿り着いたのは、そのブランシュ・インダストリィエリアの中心部――本社ビルである。天まで高くビルが聳え立っていた。高さはどれくらいのものであるかは、ちょっと正確な資料を持っていないから解らないのだけど、まぁ、世界樹ユグドラシルよりは低いはずだ。
 ブランシュ・インダストリィビルへと入ると、若い女性が出迎えてくれた。その服装は表町や貧民街で見るよりもずっと綺麗な格好だった。

「どのようなご用件でしょうか」
「ちょっと査察ですよ。旅団と言っていただければと思います。一応、リージア王国国王の委任状もあります。ご確認しますか?」
「……いえ、大丈夫です」

 僕の言葉に女性は嫌悪感をあらわにしていた。そうだろうねえ、こういうのは事前に報告しておくのが常だ。でも、そんなことをしてしまえば都合の悪い情報は隠されてしまう。だから、このタイミングでやってきたのだ。

「ただいま、上の者をお呼び致しますので少々お待ちくださいませ」

 そういって足早に去っていった。きっと大混乱しているのだろうな。流石に時間稼ぎをして証拠を隠すなーんてことはしないか。そこまでしたら確実に疑われてしまうものな。



 結局、僕たちが中へ案内されたのはそれから二分後のことだった。二分くらいじゃ工作もできないだろう。けど、油断は禁物。いつなにが起こるか解らないからね。
 案内された場所は、どうやら社長室のようだった。これは最初からすごい。相手は強気のようだ。
 社長室に入ると、男が立っていた。白髪交じりの男だ。メガネをかけていて、どこかがめつい雰囲気を漂わせているその男だ。
 僕が近づくと、男は笑みを浮かべて右手を差し出した。

「……私がブランシュ・インダストリィ社長のレヴィート・ブランシュルツといいます」

 僕はそれを聴きながら右手を差し出し、レヴィートという男と固い握手を交わした。
 ソファに腰掛け、レヴィートの姿を見る。腕を組んでいるということは防衛の意志を示しているのだろうか。まあ、無駄なことであるのは確かだが。

「……ところで、なんのご用件でしょうか?」

 秘書めいた女性が水をコップに注いでいく。
 僕はその口調が腹立たしかったので、すぐに要件を言った。

「はっきりと言いましょう。……ブランシュ・インダストリィは工業廃水をそのまま浄化せずに流していますね?」

 その言葉を聞いて、レヴィートは眉をひそめた。
 まるでそんなこと知らない――とでも言いたいような感じだった。

「何かと思えば……そんな単純かつつまらないことでしたか。国も大変ですね。そんな面倒臭い案件に兵士を呼び出すなんて」

 それを聞いて、僕は耳を疑った。
 つまらない、だと?
 ディクスの周りの人間が食事もできなくて苦しんでいる、というのに……つまらない。そう言っていた。

「つまらないじゃないですか。だってインダストリィが廃水をきちんと浄化するのに予算をどれほど使い、業務にどれほど支障が出るとお考えですか? いったい、どれくらいだとお考えなんでしょうか」
「それとこれとは違います。人間が生活していくために、自然は必要不可欠なのです」
「それは自然にしか頼るものがない、いわば前時代系の人間が言う戯言ですよ。魔法と科学……この二つによって世界は大きく変貌を遂げています。蒸気機関、でしたっけ? 十年前に開発されたその技術を我々は直ぐに導入して、そして開発が一変しました。スピードが恐ろしい程に増加したのですよ。増加したということは生産量も自ずと増加していきます。これが言いたいことを、お解りですか? もう、工場で働く人間なんて限られた人間でいい。科学の悪い面なんてどうだっていい。それで人間が死んでしまっても……それは科学に、時代についていけなかったというだけのことですよ」

 そういって、レヴィートは水を一口。
 その水は冷たいらしく、コップに水滴がついていた。

「どうぞ、その水はフロスト連邦のミーミル湖から取れたミネラルウォーターです。今はこんなものがあっという間に手に入るのですから、科学と魔法様様ですよ」

 魔法と科学が出現したのは、いったいどれくらい昔のことだっただろうか。すくなくとも魔法は古くから僕たち人間の生活に染み付いていたが、それを大きく活用することはない。強いて言うなら自分たちの範疇で使うだけに過ぎなかった。
 人々は怒るという感情に乏しかったためか、或いは戦争でなにも生み出さないことを知っていたからか、戦争を一度もやったことはない。ただ、あまりにも昔に一回だけ戦争があったと歴史書に記されており、その教訓から戦争はしてはならないと戒めめいて存在しているのだ。

「……魔法と科学による恩恵さえ自分たちが受けられれば、まわりに住む貧民はどうでもいいとおっしゃるのですか」
「ええ」

 レヴィートの回答はあまりにも淡白だ。

「あなたたち騎士だってそうじゃありませんか。国王直々に命令をくだされるとはいえ、それは戦争のないこの世界ではあまりにも少ないこと。にもかかわらず報酬は普通に働く国民よりも多い。これでよく騎士に不満が集まらないと思いますよ。まったく、陛下の求心力というのもすごいものです」
「今のは陛下を見下した発言ととれますが。不敬罪でしょっ引いても構わないんですよ?」

 そいつは手厳しい、と言いながらレヴィートは頭を撫でる。
 僕はその男の思考が読めなかった。魔法を行使してしまえば楽なんだけど、それをすると何だかズルした気分であまり使いたくない。

「……不敬罪なんて言葉を直ぐに出してくるところを見るとやっぱり怖いですなあ、騎士というのは」

 わざとらしくレヴィートは言った。なんというか、そういうところも腹立たしく聞こえてくる。
 レヴィートの話は続く。

「そもそもですよ、我々が科学を行使して何が悪いというのです。きちんとリージア王国に儲け分から決められた割合で税金は支払っています。ならば、それでいいのでは?」
「……リージア王国法第四十一条をご存知ですか?」

 僕はレヴィートに告げる。
 どうやらレヴィートという男は法律には滅法弱いのか、首をかしげていた。あれは嘘ではなくて、ほんとうに知らないのだろう。

「第四十一条は、国民の最低限度の生存について保証したものです。環境を保証したものでもありますね。……それについて、詳しくあなたは知っていますか?」
「……いやあ、恥ずかしいことに。まったく知りません」

 それを聞いて僕は心の中で溜息を吐く。せめてそういうことくらい知って欲しかったが、まあ、こういう人たちに言っても無駄なのかもしれない。

「それじゃ……知らないでこのことをやっているっていうんですか。会社の経営者ならば、それくらいは知っておかないと、やはり……ねえ?」

 そう言って煽っていく。こういう人間は煽っていったほうがいい。ベストな選択だ。
 ほうら、見ているうちにゆでダコめいて顔が赤くなっていく! その光景といったら、あとで団員全員に見せてやりたいくらいだ。

「……解りました」

 おっと? 直ぐに謝罪したぞ。どういう風の吹き回しだろうか。
 レヴィートは小さく頭を下げる。

「それでは、直ぐにこちらとしても損害賠償及び対象の修正を行います」

 あまりにも早すぎる対応だ。何か裏があるんじゃないか――そう思ってしまうほどだったが、しかしレヴィートがそれを考えているとも思えない。風貌からしてそんな利口な考えをしているとも思えない。
 まあ、何か起きたらそのときはその時だ……僕はそう考えて、その場を後にした。




「……どう思いますか、団長」

 帰りのトレインで、そう言ったのはほかでもないミリアだった。ミリアは僕と比べて随分と疑り深い。まあ、そういうのがあるから助かっているんだけど。どうやら今回のその例に漏れず、気になっているらしい。
 どう気になっているのか。
 僕はそれが知りたくなった。

「どう思うって、どういうことだい?」

 だから僕はわざとらしく、彼女に言った。駆け引き――としては無意味なものかもしれない。だけれど僕はそれを楽しんでいた。
 そして彼女もそれを解っているのか、小さく溜息を吐いたのち、

「私としては、あの男が気になって仕方ありません。逆上して私たち旅団を襲う可能性だって充分考えられますよ」
「だろうな」

 僕は彼女の言葉に肯定の意志を示す。こちらからは手を出せないけど相手からは手を出し放題……そんな状況なら、一方的にこちらが攻撃される可能性は充分にある。
 だが、だからといって、僕の心の中にある正義を捻じ曲げるわけにもいかなかった。
 ミリアは笑みを浮かべて、

「まったく、困った団長です」

 そう言った。

「そうかい?」

 僕はそれに答える。

「そうです」

 念を押すように、彼女は言った。

「僕としては、旅団のメンバーを信用しているからそういったんだけどねえ」
「それでは、旅団のメンバーが危険な目にあってもいい、と?」
「そういうのを言ったつもりではない、ってことくらい君だって解っているんじゃないの?」

 逆に訊ねてみた。
 彼女が応えることはなかった。
 まあ、しょうがない。別に、直ぐに答えを求めるものでもないからだ。僕はその解を僕なりに考えながら、トレインに揺られることにした。

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