異世界レストランガイド

巫夏希

閑話 ビスケット

 ディクスに入るとビスケットをもらった。

「……なんだこりゃ?」
「なんでもこの街にはいるともらえるらしいね。この街を経営しているブランシュ・インダストリィの施策らしいけど」
「ブランシュ・インダストリィ?」

 俺は隣に歩いているハルに訊ねる。
 というかどうしてハルと俺は一緒くたにされなくてはならないのか。ウィリアムからそれがいいだろうという結論を下されちまったからしょうがないんだが。

「ブランシュ・インダストリィはビスケットメーカ……いや、正確にはお菓子メーカーだよ。様々なお菓子を販売している。そしてそれを貧しい子供に定期的に分け与えるんだ。その商品の一つがそれ」

 ハルは俺が持っているビスケットを指差す。

「栄養ビスケットって言うらしいよ。それを食べると一日の三分の一の栄養が手に入るとか……。でも、あまりにも恐ろしいから何か薬物でも入っているんじゃないか、って噂になっているよ」
「そんなもん食わずとも自然食品を食べればいいのになあ……。ああ、でも貧しい子供は畑も耕せない、ってことか」
「畑を耕す以前に土地が存在しないよ。土地がない以上畑を耕すこともできないだろ。だからブランシュ・インダストリィが若い労働力を枯渇させないためにもこういうふうに頑張っているわけだ」

 そういう企業努力をしているのか。世間ってのはすごいな。
 俺はそう思いながらビスケットが包まれている銀紙を剥がしていく。あっという間にそれは剥がれてビスケットがお披露目した。
 ビスケットは二枚重ねで、そのあいだになにか白いクリームが挟まっている。バターか何かだろうか。そう思いながら俺は一口齧った。
 ……。

「……どうした、苦虫を噛み潰したような顔をして?」
「わかるだろ。クソまずいんだよ。このあいだに挟まっているクリームがなんともいえないまずさだ……。一週間洗っていない靴下の匂いがする!」

 つまり汗と垢とその他諸々の匂いがするということ。
 考えるだけで吐き気を催すレベルだ。
 一口だけで仕舞って、銀紙に包み直し、ゴミ箱に放り投げる。それを待っていたのかボロ布に身を纏った少年がそれを持ち去っていった。
 おいおい、まさかあれを食べるというのか? 栄養があるとはいえ、なんというか……味覚が消滅しそうだ。

「まあ、この街はあくまで貧民街が円形に広がっていて、その中心に普通の人たちが暮らしている場所があるからね。普通キャラバンは中心まで行くんだけど、貧民街も調査したいって団長が言うもんだから……」

 でも食べ物は中心までいかないとないのだ。
 なんというか、世知辛い。首都に比べてしまうと、悲しいものを感じる。
 そう思うと、俺は持っていたキャラメルを手に取った。何か考え事をするときに食べる、大事なものだ。

「おい」

 俺はビスケットを持つ少年に声をかける。
 ビスケットを持った少年は俺の言葉に振り返る。彼はおびえていた。別に、それについて咎めることも無いのに。
 俺はそう思うと、持っていたキャラメルを少年目掛けて放り投げた。
 少年はそれを受け取ると、きょとんとした表情を浮かべた。

「キャラメルだ。それを食べるといいぞ。……礼なんていい」

 そう言って俺は踵を返し、そのまま歩いて行った。

「あ……ありがとう……」

 そのか細い声は――はっきりと俺の耳に届いた。



 道を進む俺とハル。しかしどうもあの少年のことが……気にかかっていた。

「まあ、そう気を落とさないでよ」

 ハルは表情を読むのがうまいらしい。

「ともかくこの先にある『表町』にはラーメンが有名との噂が入っているよ。どうだい、ラーメンだ。お口直しにはぴったりだと思わない?」

 ラーメンか。それを聞いて俺は涎を垂らしてしまう。……そう思っていたが、しかしそんなことは無かった。

「……体調が悪いのかい?」
「いや……別にそういうわけでも無いのだが……」
「先ほどの少年のことが気にかかっているのならば、無視を決め込んだほうがいいと思うよ。この町はブランシュ・インダストリィが管理している。そこに僕たちが手を出してしまうと、向こうから攻撃をするための理由にされかねない」

 だからって。
 何もできないのはつらい。

「……まあ、俺たちは料理の調査に勤しむことにしようよ」

 ポン、と俺の頭に手を乗せるハル。
 そしてハルはゆっくりと歩き出した。

「きっと、リーダーたちが何とかしてくれているはずだから」

 何かハルが呟いたような気がしたが、それが俺の耳に届くことは無かった。

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