異世界レストランガイド
ホットサンド
馬車に揺られながら、俺は外を眺めていた。
もうセプターから出て、数時間は経った。若干の休憩を挟みながら、ここまでずっと馬車で来ている。ひとまずの目的地はセプターから西方に位置している、ディクスという街だ。ディクスはこの国の一番西にある街であり、隣接するグランバニア王国との国境にほど近い街である。
……この世界について、簡単な説明をしたほうがいいかもしれない。この世界は楕円形のプレートになっている。その六割を海が占めており、プレートの端は大瀑布と呼ばれる巨大な滝となっている。その先に挑んだことのある人間はいない。空を飛ぶことができないからだ。大瀑布の先には永遠の暗闇が広がっていると言われており、大瀑布まで数キロと近い『監獄島・ニヴルヘイム』からそう見えるのだという。
陸地は残りの四割を占めている。巨大な大陸が一つ(大陸には名前が無い)、あとは小さい島が幾つか存在するばかりだ。
大陸には大小合わせて十一もの国家が存在する。ヴァーニア神霊王国、聖帝アルジウム領、アルヴヘイムやヒュージンなど六カ国が共同で建国したフロスト連邦に龍の王国レヴール、そして今から向かうグランバニア王国にリージア王国だ。
グランバニア王国の東側には天まで届く巨大な樹木がある。神話にも語り継がれていて、それをユグドラシルという。世界のはじまりの樹とも呼ばれているそれは、ユグドラシルをはじまりとしてこの世界を構成していったとも言われている。今回の旅団でそれも調査できればいい――ウィリアムはそう言っていた。しかし、そんなもの簡単に調査できるのかね? いくら戦争なんて当分起きないだろう、ってくらいこの世界が平和だからといって、いつ何が起こるか解らないというのに。
そして今、俺たちはグランバニア王国に向かっているわけなんだが――。
「……腹が減った」
数時間も馬車の中で、ろくに運動もしていない気がする。にもかかわらず、どうしてかお腹が空くのだ。細々と揺れているのが辛いのかずっと外の景色ばかり眺めている人もいるし、本を読んでいる人もいるし、自分の剣を磨いている人もいる。なんだろう、食事をしている人は誰ひとりとしていないのか。
俺は心の中で溜息をついて、カバンから小さな包みを取り出した。門の前でなぜか待っていたアカリがくれた弁当だ。まさかアカリが弁当を作ってきてくれるとは、まさかアカリが送ってくれるとは思いもしなかったので驚いたが、俺はそれを受け取った。
「あ、それって彼女サンがくれた弁当のこと?」
声が聞こえた。
振り返ると俺の後ろにひとりの男が立っていた。ショートカットでメガネをかけている。知的そうに見えるが俺は知っている。こいつは名前をよく間違えるのだ。
「違う。あいつは今は彼女じゃない」
「それじゃ、前は彼女だったってこと?」
……墓穴を掘った。
俺は直感的にそう思った。男――確か名前はハルだったと思う――はそういう噂話が好きだということは、さきほどあった自己紹介の節で知っていた。
「ああ、まあ……昔の話だ」
「でもそれにしてはさっきすごい親しげに話をしているようにも思えたけど……まだ脈はあるんじゃない?」
俺は軽くハルの話を無視しながら弁当の包みを広げていく。中にあったのは金属製の箱だった。保温性を保つためによく金属製の弁当箱が用いられる。ということは温かい何かが入っているというのだろうか?
弁当箱を開けると、そこに入っていたのは……ああ、なるほど。それで弁当箱か。
「おっ、ホットサンドだね」
ハルの言葉が入ってきて思考が中断される。
そう。
中に入っていたのはホットサンドだ。チーズとハムをパンで挟んだ非常にシンプルなサンドウィッチをバターで焼いたのだろう。焦げ目がついていて、まだ温かい。
「……そんなに言うならお前も食べるか?」
「おっ、いいの? 悪いねえ」
そう言って遠慮もせずにハルはホットサンドの残りの一つを取っていった。
俺は残ってしまったホットサンドを一口。口の中に溶けかけているチーズの濃厚な味を感じる。シンプルな味付けなのは、チーズの味を前面に押し出すためなのだろうか。だとしても、ちょっと味が薄い気がする。いくらなんでもチーズとバターの塩分に頼りすぎな気がしてならない。
「微妙な顔してるけど、どうしたの? 僕はこの味付け好きだと思うけどねえ」
そう言ってハルは最後の一口を放りこんだ。随分とあっさりしていた。
まあ、まずいというわけではない。だが、ちょっと味が薄いかな……あとで手紙でも送ることにしよう。
「みんな、居心地はどうだい」
そんな時だった。
前部の方にいたウィリアムがこちらにやってきたのは、ちょうどそのタイミングでのことだった。それを聞いて旅団の全員はウィリアムへ視線を集中させる。
「……なんだか、まだ慣れないな。こうして幾人もの視線を一斉に浴びるというものは」
そう言って笑みを浮かべるウィリアム。
咳払いを一つして、本題に入る。
「さて、もうすぐディクスに到着する。ここで我々は二日ほど滞在する予定だ。物資をたくさん手に入れる予定であるし、資料をたくさん収集しなくてはならない。エリザはディクスの地理を、マックスとバートはディクスのマップ、カイトはディクスの料理を……そうだな、三種類か二種類か、それくらい探してくれると助かる。ほかのみんなは物資を探す! 二日後にはここを出て、グランバニアへと向かう。いいね?」
その言葉に、全員は頷く。
リージア王国最後の街、ディクスはもう目と鼻の先まで近づいていた。
もうセプターから出て、数時間は経った。若干の休憩を挟みながら、ここまでずっと馬車で来ている。ひとまずの目的地はセプターから西方に位置している、ディクスという街だ。ディクスはこの国の一番西にある街であり、隣接するグランバニア王国との国境にほど近い街である。
……この世界について、簡単な説明をしたほうがいいかもしれない。この世界は楕円形のプレートになっている。その六割を海が占めており、プレートの端は大瀑布と呼ばれる巨大な滝となっている。その先に挑んだことのある人間はいない。空を飛ぶことができないからだ。大瀑布の先には永遠の暗闇が広がっていると言われており、大瀑布まで数キロと近い『監獄島・ニヴルヘイム』からそう見えるのだという。
陸地は残りの四割を占めている。巨大な大陸が一つ(大陸には名前が無い)、あとは小さい島が幾つか存在するばかりだ。
大陸には大小合わせて十一もの国家が存在する。ヴァーニア神霊王国、聖帝アルジウム領、アルヴヘイムやヒュージンなど六カ国が共同で建国したフロスト連邦に龍の王国レヴール、そして今から向かうグランバニア王国にリージア王国だ。
グランバニア王国の東側には天まで届く巨大な樹木がある。神話にも語り継がれていて、それをユグドラシルという。世界のはじまりの樹とも呼ばれているそれは、ユグドラシルをはじまりとしてこの世界を構成していったとも言われている。今回の旅団でそれも調査できればいい――ウィリアムはそう言っていた。しかし、そんなもの簡単に調査できるのかね? いくら戦争なんて当分起きないだろう、ってくらいこの世界が平和だからといって、いつ何が起こるか解らないというのに。
そして今、俺たちはグランバニア王国に向かっているわけなんだが――。
「……腹が減った」
数時間も馬車の中で、ろくに運動もしていない気がする。にもかかわらず、どうしてかお腹が空くのだ。細々と揺れているのが辛いのかずっと外の景色ばかり眺めている人もいるし、本を読んでいる人もいるし、自分の剣を磨いている人もいる。なんだろう、食事をしている人は誰ひとりとしていないのか。
俺は心の中で溜息をついて、カバンから小さな包みを取り出した。門の前でなぜか待っていたアカリがくれた弁当だ。まさかアカリが弁当を作ってきてくれるとは、まさかアカリが送ってくれるとは思いもしなかったので驚いたが、俺はそれを受け取った。
「あ、それって彼女サンがくれた弁当のこと?」
声が聞こえた。
振り返ると俺の後ろにひとりの男が立っていた。ショートカットでメガネをかけている。知的そうに見えるが俺は知っている。こいつは名前をよく間違えるのだ。
「違う。あいつは今は彼女じゃない」
「それじゃ、前は彼女だったってこと?」
……墓穴を掘った。
俺は直感的にそう思った。男――確か名前はハルだったと思う――はそういう噂話が好きだということは、さきほどあった自己紹介の節で知っていた。
「ああ、まあ……昔の話だ」
「でもそれにしてはさっきすごい親しげに話をしているようにも思えたけど……まだ脈はあるんじゃない?」
俺は軽くハルの話を無視しながら弁当の包みを広げていく。中にあったのは金属製の箱だった。保温性を保つためによく金属製の弁当箱が用いられる。ということは温かい何かが入っているというのだろうか?
弁当箱を開けると、そこに入っていたのは……ああ、なるほど。それで弁当箱か。
「おっ、ホットサンドだね」
ハルの言葉が入ってきて思考が中断される。
そう。
中に入っていたのはホットサンドだ。チーズとハムをパンで挟んだ非常にシンプルなサンドウィッチをバターで焼いたのだろう。焦げ目がついていて、まだ温かい。
「……そんなに言うならお前も食べるか?」
「おっ、いいの? 悪いねえ」
そう言って遠慮もせずにハルはホットサンドの残りの一つを取っていった。
俺は残ってしまったホットサンドを一口。口の中に溶けかけているチーズの濃厚な味を感じる。シンプルな味付けなのは、チーズの味を前面に押し出すためなのだろうか。だとしても、ちょっと味が薄い気がする。いくらなんでもチーズとバターの塩分に頼りすぎな気がしてならない。
「微妙な顔してるけど、どうしたの? 僕はこの味付け好きだと思うけどねえ」
そう言ってハルは最後の一口を放りこんだ。随分とあっさりしていた。
まあ、まずいというわけではない。だが、ちょっと味が薄いかな……あとで手紙でも送ることにしよう。
「みんな、居心地はどうだい」
そんな時だった。
前部の方にいたウィリアムがこちらにやってきたのは、ちょうどそのタイミングでのことだった。それを聞いて旅団の全員はウィリアムへ視線を集中させる。
「……なんだか、まだ慣れないな。こうして幾人もの視線を一斉に浴びるというものは」
そう言って笑みを浮かべるウィリアム。
咳払いを一つして、本題に入る。
「さて、もうすぐディクスに到着する。ここで我々は二日ほど滞在する予定だ。物資をたくさん手に入れる予定であるし、資料をたくさん収集しなくてはならない。エリザはディクスの地理を、マックスとバートはディクスのマップ、カイトはディクスの料理を……そうだな、三種類か二種類か、それくらい探してくれると助かる。ほかのみんなは物資を探す! 二日後にはここを出て、グランバニアへと向かう。いいね?」
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