異世界レストランガイド
たまごやき
その日はやってきた。
正確に言えば、俺は眠れなかった。まったくもって眠れなかったのだ。
それは期待と同時に悲観していたからかもしれない。いつこの場所にまた戻ってこれるのか、という不安と、たくさんの美味しいものを食べることができる期待。その二つの思いが入り混じっていたのだ。
ちなみに俺の住んでいるアパートはこのままアカリが買い取ってくれるのだという。俺が帰ってくるまでこのままにしてくれる、とのことだ。そのことに関してはずっと俺もどうするか悩んでいたので嬉しかった。
「……これを最後に」
カバンの中に入れたのは、一冊の日記帳だ。今まで俺が、美味しかった食べ物を販売しているお店を書いたメモ帳のようなもの。もし、レストランガイドが無事に作ることができるのならば、先ずはこれから……と思った。
荷物を確認して、俺はひとり頷く。
すっかり綺麗になってしまった自分の部屋を見て、小さく溜息を吐いた。
「さあ、出かけるか……」
俺はカバンを背負って、外へ出た。
旅団の待ち合わせ先は、小さな門だ。この街セプターはリージア王国の中でもそれなりに大きな街になっている。貿易が盛んな街、って感じかな。因みに首都もここセプターになっている。今まで言っていなかっただけだが。
……しかし、腹が減った。思えば昨日の夜から寝ずに準備をしていたため、食事を摂っていないのだ。充分にお金はあるが……あまり無駄遣いは出来ない。それにこんな朝早くにやっているお店も見当たらない。
いや、それはウソだった。目の前に、一軒のお店があった。
そこはテイクアウト専門のおにぎり屋だった。しかし、外にあるテーブルでも食べることが可能だ。
俺はそこに行き、カウンターでニコニコと笑顔を振りまく女性に言った。
「おにぎり二つと……なんかおすすめの付け合せを一つ」
「おすすめねえ……。今ならちょうど卵焼きが出来上がったばかりだよ」
女性はすぐそばにある厨房に目をやって、そう言った。卵焼きか。なるほど、朝にはぴったりのメニューだ。
「じゃあ、それください」
俺の言葉に女性は笑顔で頷いた。
「それじゃ、二百五十エンね。そういえばおにぎりの具は……」
「好き嫌いもないんで、特になんでもいいです。はい、二百五十エン」
言いながら、俺はお金を渡す。女性はそれを確認して頷いた。
「はい、ちょうどね。ちょっと待っててね」
そして女性は俺にあるものを手渡した。――コップだ。コップには何か暖かい液体が入っているのか、それから湯気が出ている。
注文していないものが出てきたのでちょっとばかし驚いていたのだが――。
「これはおまけ。テパスープだよ。わかめと豆腐がはいってる。暖まるよ」
そう言って、手渡してくれた。なるほど、テパスープのプレゼントとは気が利いている。
テパスープとはテパスというペースト状の調味料を使ったスープのことだ。そもそもテパス自体大豆に麹と塩を混ぜ合わせ、それを発酵させることで大豆のタンパク質が分解、かつアミノ酸が発生する。それによって非常に旨みのあるものが出来上がる。まあ、詳しいことを聞いたことがないのでよく解らないが、これがテパスの元になっている。ちなみにこれも制作はマキヤ・コーポレーションが開発している。すごい会社だ、改めて思う。いつか行ける機会があればいいが……それは旅団の可能性に賭けてみよう。
テパスープを飲みながら外にあるテーブルに座っていると、わざわざ女性が外までそれを運んできてくれた。
「はいよ、お待たせ。卵焼きとおにぎり。具材は梅干と昆布だよ」
梅干と昆布か。こりゃまた美味い組み合わせを持ってくるものだ……。考えるだけで涎が出てくる。
俺は女性に礼を告げ、おにぎりを一つつかみ、先ずは一口。
この前そうめん屋でおにぎりを食べたことがあるのだが……そこに比べると、塩は控えめだった。まあ、考えてみれば解る話だ。あっちは確か塩だけだった。それに対してこっちはきちんと具材が入っている。塩を控えめにしないと、特に昆布や梅干というそれ単体でそれなりに味のついているものが具材になっていると、塩味と具材で喧嘩してしまう。だからその処置は、案外当たり前のようにも思えた。
おにぎりを右手に構えながら、俺は箸を左手に構えた。しかしまあ、どうして箸という文化が根付いたのだろうな。フォークやスプーンに比べて持ちづらいことこの上ない。まあ、麺類とかではこっちの方がよかったりするケースもあるので、ケースバイケースで用いるのが正解だといえるだろう。ちなみに俺はマイ箸もマイスプーンもマイフォークもマイナイフも所持している。
卵焼きを箸でつかみ、そのまま一口。直ぐに口の中に砂糖の甘味が広がる。しかし甘すぎずに仕立て上がっている。なるほど、おにぎりは塩気があるから若干甘く感じているのかもしれない。実際そうなのかどうかは定かではないが。
ところで卵焼きは塩気のある派か甘味のある派かに分かれるが、俺個人としてはあまり甘味のある卵焼きは好まない。俺自身、甘いオカズはご飯に合わないという固定観念に囚われてしまっているからかもしれない。まあ、どちらにしろ甘いオカズはあまり食べようとはしない。
だが、この卵焼きは別格だ。美味い。美味すぎる。甘味があるが、それによっておにぎりの塩気が引き立てられる。甘すぎないからこそ、主役の味を落とさないようにしているのだ。
テパスープも忘れてはいけない。テパスープもおにぎりにマッチングする食べ物だといえる。テパスープはきっとおにぎりに合うようにあそこの女性が何度も開発を重ねたに違いない。そうでなければ、この味を生み出すことは難しいだろう。おにぎりを食べて、直ぐにテパスープを飲むと米粒と米粒のあいだにテパスープが染み入り、そしてその米粒にテパスープの味が染み込んで、さらにテパスープを楽しむことができるのだ。
おにぎり二つとテパスープ、そして卵焼きを食べ終えた俺はふうと一息ついた。
空になったお皿が載ったトレーをもって女性に手渡す。
女性は笑みを浮かべながら、
「ずっと見ていたけど、美味そうに食べるねえ。どうだい、今度からうちの広告塔として毎日ここで飯を食べないかい。報酬もきちんと出すよ!」
「そうしたいのは山々ですけど、俺はこれから旅にでないといけなくて……。だから、できません」
それを聞いて、女性は目を丸くする。
「あら、そうかい。残念だねえ……」
そう言って溜息を吐く女性に俺はもう一度頭を下げる。そして俺はそこを後にした。
満腹だ。腹が減っては戦ができぬ、なんてことも言うしこれで準備は本当に万全だといえる。
そして俺は旅団が待つ門へと向かって、歩き始めた。
正確に言えば、俺は眠れなかった。まったくもって眠れなかったのだ。
それは期待と同時に悲観していたからかもしれない。いつこの場所にまた戻ってこれるのか、という不安と、たくさんの美味しいものを食べることができる期待。その二つの思いが入り混じっていたのだ。
ちなみに俺の住んでいるアパートはこのままアカリが買い取ってくれるのだという。俺が帰ってくるまでこのままにしてくれる、とのことだ。そのことに関してはずっと俺もどうするか悩んでいたので嬉しかった。
「……これを最後に」
カバンの中に入れたのは、一冊の日記帳だ。今まで俺が、美味しかった食べ物を販売しているお店を書いたメモ帳のようなもの。もし、レストランガイドが無事に作ることができるのならば、先ずはこれから……と思った。
荷物を確認して、俺はひとり頷く。
すっかり綺麗になってしまった自分の部屋を見て、小さく溜息を吐いた。
「さあ、出かけるか……」
俺はカバンを背負って、外へ出た。
旅団の待ち合わせ先は、小さな門だ。この街セプターはリージア王国の中でもそれなりに大きな街になっている。貿易が盛んな街、って感じかな。因みに首都もここセプターになっている。今まで言っていなかっただけだが。
……しかし、腹が減った。思えば昨日の夜から寝ずに準備をしていたため、食事を摂っていないのだ。充分にお金はあるが……あまり無駄遣いは出来ない。それにこんな朝早くにやっているお店も見当たらない。
いや、それはウソだった。目の前に、一軒のお店があった。
そこはテイクアウト専門のおにぎり屋だった。しかし、外にあるテーブルでも食べることが可能だ。
俺はそこに行き、カウンターでニコニコと笑顔を振りまく女性に言った。
「おにぎり二つと……なんかおすすめの付け合せを一つ」
「おすすめねえ……。今ならちょうど卵焼きが出来上がったばかりだよ」
女性はすぐそばにある厨房に目をやって、そう言った。卵焼きか。なるほど、朝にはぴったりのメニューだ。
「じゃあ、それください」
俺の言葉に女性は笑顔で頷いた。
「それじゃ、二百五十エンね。そういえばおにぎりの具は……」
「好き嫌いもないんで、特になんでもいいです。はい、二百五十エン」
言いながら、俺はお金を渡す。女性はそれを確認して頷いた。
「はい、ちょうどね。ちょっと待っててね」
そして女性は俺にあるものを手渡した。――コップだ。コップには何か暖かい液体が入っているのか、それから湯気が出ている。
注文していないものが出てきたのでちょっとばかし驚いていたのだが――。
「これはおまけ。テパスープだよ。わかめと豆腐がはいってる。暖まるよ」
そう言って、手渡してくれた。なるほど、テパスープのプレゼントとは気が利いている。
テパスープとはテパスというペースト状の調味料を使ったスープのことだ。そもそもテパス自体大豆に麹と塩を混ぜ合わせ、それを発酵させることで大豆のタンパク質が分解、かつアミノ酸が発生する。それによって非常に旨みのあるものが出来上がる。まあ、詳しいことを聞いたことがないのでよく解らないが、これがテパスの元になっている。ちなみにこれも制作はマキヤ・コーポレーションが開発している。すごい会社だ、改めて思う。いつか行ける機会があればいいが……それは旅団の可能性に賭けてみよう。
テパスープを飲みながら外にあるテーブルに座っていると、わざわざ女性が外までそれを運んできてくれた。
「はいよ、お待たせ。卵焼きとおにぎり。具材は梅干と昆布だよ」
梅干と昆布か。こりゃまた美味い組み合わせを持ってくるものだ……。考えるだけで涎が出てくる。
俺は女性に礼を告げ、おにぎりを一つつかみ、先ずは一口。
この前そうめん屋でおにぎりを食べたことがあるのだが……そこに比べると、塩は控えめだった。まあ、考えてみれば解る話だ。あっちは確か塩だけだった。それに対してこっちはきちんと具材が入っている。塩を控えめにしないと、特に昆布や梅干というそれ単体でそれなりに味のついているものが具材になっていると、塩味と具材で喧嘩してしまう。だからその処置は、案外当たり前のようにも思えた。
おにぎりを右手に構えながら、俺は箸を左手に構えた。しかしまあ、どうして箸という文化が根付いたのだろうな。フォークやスプーンに比べて持ちづらいことこの上ない。まあ、麺類とかではこっちの方がよかったりするケースもあるので、ケースバイケースで用いるのが正解だといえるだろう。ちなみに俺はマイ箸もマイスプーンもマイフォークもマイナイフも所持している。
卵焼きを箸でつかみ、そのまま一口。直ぐに口の中に砂糖の甘味が広がる。しかし甘すぎずに仕立て上がっている。なるほど、おにぎりは塩気があるから若干甘く感じているのかもしれない。実際そうなのかどうかは定かではないが。
ところで卵焼きは塩気のある派か甘味のある派かに分かれるが、俺個人としてはあまり甘味のある卵焼きは好まない。俺自身、甘いオカズはご飯に合わないという固定観念に囚われてしまっているからかもしれない。まあ、どちらにしろ甘いオカズはあまり食べようとはしない。
だが、この卵焼きは別格だ。美味い。美味すぎる。甘味があるが、それによっておにぎりの塩気が引き立てられる。甘すぎないからこそ、主役の味を落とさないようにしているのだ。
テパスープも忘れてはいけない。テパスープもおにぎりにマッチングする食べ物だといえる。テパスープはきっとおにぎりに合うようにあそこの女性が何度も開発を重ねたに違いない。そうでなければ、この味を生み出すことは難しいだろう。おにぎりを食べて、直ぐにテパスープを飲むと米粒と米粒のあいだにテパスープが染み入り、そしてその米粒にテパスープの味が染み込んで、さらにテパスープを楽しむことができるのだ。
おにぎり二つとテパスープ、そして卵焼きを食べ終えた俺はふうと一息ついた。
空になったお皿が載ったトレーをもって女性に手渡す。
女性は笑みを浮かべながら、
「ずっと見ていたけど、美味そうに食べるねえ。どうだい、今度からうちの広告塔として毎日ここで飯を食べないかい。報酬もきちんと出すよ!」
「そうしたいのは山々ですけど、俺はこれから旅にでないといけなくて……。だから、できません」
それを聞いて、女性は目を丸くする。
「あら、そうかい。残念だねえ……」
そう言って溜息を吐く女性に俺はもう一度頭を下げる。そして俺はそこを後にした。
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