異世界レストランガイド

巫夏希

ミートスパゲッティ

 セプターから遠く離れた街、ユニ。
 ユニはセプターと比べて小さな街である。規模からいえば村といったほうがいいかもしれない。特徴はこれといってなく、しいて言えば牧場が多い。ともかく、そんな場所だ。
 俺はこの周辺にしか出てこないレアモンスターであるゴールデンスライムを倒しそのドロップアイテムであるゴールデンエッグを回収し、疲れが溜まっていた。
 ああ、それにしても腹が減った。そりゃそうだ。ゴールデンスライムを倒してゴールデンエッグを三つ手に入れるまでに数え切れないほどの戦闘を続けたのだから。腹が減るのも当然のことだと言えるだろう。

「とはいえ……」

 俺はあたりを見渡す。
 そう。食べ物屋がないのだ。
 見つからない、というのもあるし普通の家だらけでどこに食べ物屋があるのか解らなくなっている。
 さて困った。食べる場所がないのなら、セプターまで何も食べることが出来ない。もちろん、セプターの道中に宿屋はあるがそういう場所はぼったくり価格であると相場が決まっている。だから出来ることならここで食べてしまいたいところだが……。

「ん? あそこにあるのは……」

 そこで俺はあるものを見つけた。看板だ。ただの看板ではない。『WELCOME』と書かれていたのだ。何かのお店である可能性が高い。
 看板を見るため、俺は家の前に立った。傍から見れば普通の家に見えるが、しかし中を覗いてみるとカウンターがある。そこで何かを食べている人がいる。俺は直ぐにここが店であることを確信して、中に入った。

「いらっしゃいませー」

 器量のいい女性が店主のようだ。何かを炒めている音が聞こえる。
 カウンターに座っている客が一人だけ。あとは誰もいない。うまく時間帯を避けて来たためかもしれない。
 適当な席に座り、俺はメニューを探す。壁には貼っていないようだ。

「すいません、メニューというのは……」

 俺は疑問を訊ねる。
 フライパンで何かを炒めながら、女性は言った。

「うちはミートスパゲッティしかやっていないんですよ。だから、来たらすぐうちはスパゲッティを作るんです」

 俺はそれを聞いて一瞬驚いたが、直ぐに頷く。
 なんということだ。ここはミートスパゲッティ専門店だったのか。まあ、別に悪いわけではない。ただ、こんな辺鄙な場所でミートスパゲッティだけを売っているお店……よほど自信があるのだろう。
 俺は少しあとになってもらった水を飲みながら、ミートスパゲッティが完成するのを待った。店の大きさはカウンターが四席、それにテーブル席四人掛けが一つだ。つまり八人が入ったら、この店は満席となる。非常に小さいお店だ。というか、最近はこういうお店しか行っていないきがする。チェーン店で食べるのもいいが、ああいう場所はどうも広すぎて困る。たまに行きたくなることもあるが……だとしても、俺はこういう小ぢんまりした店の方がいい。気兼ねなく過ごせる気がする。
 ミートスパゲッティがやってきたのはそれからそう時間が経っていなかった。ひき肉が小山のように積もっている。そのベースを組み立てているのは紛れもなくスパゲッティだ。そのスパゲッティは透き通るような白色をしていた。
 ひき肉――といったがなにも味がついていないひき肉というわけではない。恐らくトマトで味付けられたひき肉は濃い赤色に染め上げられている。
 少し遅れて女性から手渡しされたフォークを構えて、俺は食事に取り掛かった。先ずはひき肉の山を少し崩して、それをスパゲッティと絡めていく。直ぐにキャンパスめいた色をしていたスパゲッティはひき肉に染め上げられる。それを見ていると早く食べたいという衝動が体中を走る。
 もうたまらん。俺はそれを一口放りこんだ。巻き取っていないから一口分ではなく、少々汚らしい食べ方になってしまったかもしれないが、そんなことはどうだっていい。
 舌の上をスパゲッティが流れていく。アクセントとして玉ねぎとひき肉が中途流れていくが、これはこれでミートスパゲッティらしい、スタンダードだ。
 美味い。本当に美味い。少々トマトの味が濃いような気もするが、それがこの店の『ミートスパゲッティ』なのだろう。ミートスパゲッティにとらわれず、様々な料理は店によって味が変わり、まったく違うものになってしまうことだってある。このミートスパゲッティもいい例だ。
 出来立てだから熱いが、そんなことはどうだっていい。この味を冷める前に楽しみたいのは、誰だって当然のことだ。美味しいものは美味しいうちに食べるのが流儀ってものだと思うし、実際俺はそれを実行している。
 気が付けば器に盛りつけられていたミートスパゲッティは殆ど無くなってしまった。だが、ソースが少々多めだったためか少し余ってしまった。
 ふと隣を見ると、パンにソースをつけて食べていた。どうやらサイドメニューにパンがあるらしい。
 俺は即座にそれを試したくなって、思わず手を挙げて、

「すいません、パン追加で」

 言った。女性は笑顔でそれに応じた。
 パンが来るのはそう時間はかからなかった。こぶし大のパンが三つ、バターと一緒に置かれている。バターはおそらくユニで作ったものなのだろう。俺は先ずバターをつけてそのまま一つ食べた。
 とても美味い。まず、口の中に広がったのはパンのふわふわとした食感だ。ついでバターの濃厚かつミルキーな味が広がる。牛乳の味、というのはここまでバターに出てくるものなのだろうか。
 さて。お次はとうとうパンにソースをつける番だ。パンを一口大にちぎって余ったソースをパンに塗りたくるように皿にこすりつける。そう時間もかからないうちにたっぷりとソースがついたパンの出来上がりだ。
 躊躇なく一口。文句のつけようがない美味さだ。ミートソースの味は解っていたが、それがパンに塗られることでパンに染み込み、そのソースの味をさらに深く楽しむことができる。感無量とはこのことをいうのだろう。
 スパゲッティとパンを完食し、俺は会計を行う。値段は五百エン。まあまあだ。でも五百エンで得られたこの満足感は、代え難いものになることは事実だ。
 外に出て、空を見上げる。
 黒い雲が、ちょうどセプターの方に広がっていた。
 雨に濡れるのも悪くない。俺はそう思うとセプターに向かって歩き始めた。


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