異世界レストランガイド
焼き鳥とビール
夜だ。
月の光が区々を照らしている。その明かりはとても繊細で今にも崩れて消えてしまいそうなほどだった。
ああ、それにしても腹が減った。当然だろう。ついさっきまでモンスターを狩っていたのだ。モンスターの皮は鞣すといい素材になる。それが普通に売れることもあるし、それが高値で取引されることもあるのだから、そういうのは慎重にやらねばならない。
そして、その慎重に鞣しをやって換金したらもうあたりは真っ暗だった。
「……腹減ったなあ」
しかしこの時間にもなれば普通のお店は終わってしまっている。となれば――。
目の前に小さなお店があった。煙突があって、そこから炭の匂いが漂っている。
「たまには焼き鳥もいいな……」
なにせ今日はたんまりお金がある。贅沢くらいしたってバチは当たらないだろう。
そう自らに言い聞かせて、俺は扉を開けた。
カウンター席に腰掛けて俺はメニューを眺める。見るといいものばかり揃っているようだ。先ずはネギマ、それにレバーかなあ……やっぱりメニューを見ると何が食べたいか目移りしてしまう。人間ってのはそういうもんだ。
「すいません、ネギマとつくね、それにビール」
そう言った俺の言葉を景気よく大声で復唱していくハチマキ姿の店主。顎鬚がたっぷり蓄えていて、それに火が燃え移らないかヒヤヒヤしてしまう。まあ、そんなことはないのだろうけど。
それにしても店内には炭の匂いが充満している。周りを見ると、焼き鳥のほかに何かを注文しているようだった。器に入っているそれは……はて、うどんか?
「すいません、それって何ですか?」
俺は思い切って訊ねてみた。美味しいものなら試す。それが俺の信条だ。
対して訊ねられた方は最初こそ驚いていたが、それが何であるか丁寧に教えてもらった。
その人曰く、それはうどんだという。いや、うどんだというのは充分に理解できるのだが、どうして焼き鳥屋にうどんが置いてあるのだろうか?
「焼き鳥をうどんに入れるんですよ。特にネギはおすすめです。ネギにうどんの出汁が染み込んでなかなかに美味しいですよ」
ふむ。それを聞いて試さないわけにもいかない。
「すいません、うどん追加で」
「はいよ! うどん一丁!」
俺は「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げる。対してとなりの人はそれに対して頭を下げ返した。礼儀は大事だ。
そんなに時間もかからないうちにそれはやってきた。ネギマとつくねが一本づつ。それにビール。そしてそれにつくイレギュラーにも思えるうどんだ。
うどんは鰹節か……いや、香りは似ているがこれはクラーツォ節だろう。クラーツォはセプター近海で漁れる魚だし、普通に刺身にしても美味しい。
先ずはうどんを一口すする。うむ、美味しい。うどんの味はやっぱりこの味だということを思い知らされるほどの美味しさだ。
次にネギマ。人によっては串から具材を取って戴くのが多いが、それはナンセンス。個人的には串にかぶりつくのが一番だと思っている。
だからそれに倣って鶏肉にかぶりついた。直ぐに鶏肉から染み出る肉汁。まるで滝のように出てくる。
そのあとにビールを一口。たまらん。このためだけに今日があったようなもんだ。ほんとうに、ほんとうにたまらない……!
「さて……」
俺は呟くと、うどんと対面した。
うどんは美味しい。だが、焼き鳥とうどん……まあ、合わないことはないだろうが、なんだか微妙な感じがしていた。あの時はとても美味しそうだと思ったが、いざ対面してみるとこれである。自分の臆病さに呆れてしまう。
少しだけ試してみることにしよう。そう思って、俺は残していたネギと鶏肉、それにつくねをひとかけらうどんのスープの中に入れた。
そして俺はうどんを一口啜った。
むむ。これはただのマキヤソースをベースにしたスープではないらしい。俺は直ぐにそれを悟った。
マキヤソースとは液体調味料だ。主に穀物を発酵させて作っている。マキヤ・コーポレーションが開発・販売を手がけているため、マキヤソースと呼ばれている。味は塩辛く、なんでも合う。だからうどんの出汁にも使われているし焼き鳥のタレにも使われている。また、用途に合わせて濃さが調整できるのもマキヤソースの売りの一つでもあり、だからこれほどまでにマキヤソースがポピュラーになったのだろう。
そんなことを考えながら、俺はうどんを啜っていく。美味い、美味いぞ。さきほど食べたうどんはただのクラーツォ節仕立てだったが今は違う。鶏肉から染み出た肉汁がいい感じにうどんに絡まって、鶏肉の味がうどんに伝播しているのだ。
気が付けばうどんが空になってしまっていた。ああ、あっという間だった。物悲しさと、もう少し食べたいという欲求が同時に俺を襲った。
「うどんのお代わりってできます?」
「できるよ!」
店主からの返答は淡白かつ簡潔だった。俺はそれを聞いて少し考えると、
「それじゃうどんのお代わりと、ネギマもう二本。それから……ハツも!」
「りょーかい! ちょっくら時間かかるぜ」
そう言って、店主は調理を再開した。時間かかるくらいがちょうどいい。疲れたあとの焼き鳥とビール。この味を知って、漸く大人になるのだ。
俺はそんなことを思いながら、追加注文の焼き鳥とうどんを待った。ふとビールの入ったコップを見ると、もう三分の一程しか入ってなかった。脳内で自分の財布を開いて相談する。
……そのあと、俺がビールの追加注文を入れたのは、言うまでもないことである。
「いやー、美味かった」
会計を済ませ、外に出るともう人もまばらだった。それにしてもこれほどまでに美味しい焼き鳥のお店があったとは。メモしてまた来ることにしよう。えーと、名前は。
「スザク、か」
店名の書かれた看板を見つけ、俺は店名を呟く。それにしてもこのあたりはいいお店が揃っている。いつかまたこの通りにあるお店を探索するのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、店じまいをとっくに済ませた『まんぷく亭』を横目に家路に着くのであった。
月の光が区々を照らしている。その明かりはとても繊細で今にも崩れて消えてしまいそうなほどだった。
ああ、それにしても腹が減った。当然だろう。ついさっきまでモンスターを狩っていたのだ。モンスターの皮は鞣すといい素材になる。それが普通に売れることもあるし、それが高値で取引されることもあるのだから、そういうのは慎重にやらねばならない。
そして、その慎重に鞣しをやって換金したらもうあたりは真っ暗だった。
「……腹減ったなあ」
しかしこの時間にもなれば普通のお店は終わってしまっている。となれば――。
目の前に小さなお店があった。煙突があって、そこから炭の匂いが漂っている。
「たまには焼き鳥もいいな……」
なにせ今日はたんまりお金がある。贅沢くらいしたってバチは当たらないだろう。
そう自らに言い聞かせて、俺は扉を開けた。
カウンター席に腰掛けて俺はメニューを眺める。見るといいものばかり揃っているようだ。先ずはネギマ、それにレバーかなあ……やっぱりメニューを見ると何が食べたいか目移りしてしまう。人間ってのはそういうもんだ。
「すいません、ネギマとつくね、それにビール」
そう言った俺の言葉を景気よく大声で復唱していくハチマキ姿の店主。顎鬚がたっぷり蓄えていて、それに火が燃え移らないかヒヤヒヤしてしまう。まあ、そんなことはないのだろうけど。
それにしても店内には炭の匂いが充満している。周りを見ると、焼き鳥のほかに何かを注文しているようだった。器に入っているそれは……はて、うどんか?
「すいません、それって何ですか?」
俺は思い切って訊ねてみた。美味しいものなら試す。それが俺の信条だ。
対して訊ねられた方は最初こそ驚いていたが、それが何であるか丁寧に教えてもらった。
その人曰く、それはうどんだという。いや、うどんだというのは充分に理解できるのだが、どうして焼き鳥屋にうどんが置いてあるのだろうか?
「焼き鳥をうどんに入れるんですよ。特にネギはおすすめです。ネギにうどんの出汁が染み込んでなかなかに美味しいですよ」
ふむ。それを聞いて試さないわけにもいかない。
「すいません、うどん追加で」
「はいよ! うどん一丁!」
俺は「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げる。対してとなりの人はそれに対して頭を下げ返した。礼儀は大事だ。
そんなに時間もかからないうちにそれはやってきた。ネギマとつくねが一本づつ。それにビール。そしてそれにつくイレギュラーにも思えるうどんだ。
うどんは鰹節か……いや、香りは似ているがこれはクラーツォ節だろう。クラーツォはセプター近海で漁れる魚だし、普通に刺身にしても美味しい。
先ずはうどんを一口すする。うむ、美味しい。うどんの味はやっぱりこの味だということを思い知らされるほどの美味しさだ。
次にネギマ。人によっては串から具材を取って戴くのが多いが、それはナンセンス。個人的には串にかぶりつくのが一番だと思っている。
だからそれに倣って鶏肉にかぶりついた。直ぐに鶏肉から染み出る肉汁。まるで滝のように出てくる。
そのあとにビールを一口。たまらん。このためだけに今日があったようなもんだ。ほんとうに、ほんとうにたまらない……!
「さて……」
俺は呟くと、うどんと対面した。
うどんは美味しい。だが、焼き鳥とうどん……まあ、合わないことはないだろうが、なんだか微妙な感じがしていた。あの時はとても美味しそうだと思ったが、いざ対面してみるとこれである。自分の臆病さに呆れてしまう。
少しだけ試してみることにしよう。そう思って、俺は残していたネギと鶏肉、それにつくねをひとかけらうどんのスープの中に入れた。
そして俺はうどんを一口啜った。
むむ。これはただのマキヤソースをベースにしたスープではないらしい。俺は直ぐにそれを悟った。
マキヤソースとは液体調味料だ。主に穀物を発酵させて作っている。マキヤ・コーポレーションが開発・販売を手がけているため、マキヤソースと呼ばれている。味は塩辛く、なんでも合う。だからうどんの出汁にも使われているし焼き鳥のタレにも使われている。また、用途に合わせて濃さが調整できるのもマキヤソースの売りの一つでもあり、だからこれほどまでにマキヤソースがポピュラーになったのだろう。
そんなことを考えながら、俺はうどんを啜っていく。美味い、美味いぞ。さきほど食べたうどんはただのクラーツォ節仕立てだったが今は違う。鶏肉から染み出た肉汁がいい感じにうどんに絡まって、鶏肉の味がうどんに伝播しているのだ。
気が付けばうどんが空になってしまっていた。ああ、あっという間だった。物悲しさと、もう少し食べたいという欲求が同時に俺を襲った。
「うどんのお代わりってできます?」
「できるよ!」
店主からの返答は淡白かつ簡潔だった。俺はそれを聞いて少し考えると、
「それじゃうどんのお代わりと、ネギマもう二本。それから……ハツも!」
「りょーかい! ちょっくら時間かかるぜ」
そう言って、店主は調理を再開した。時間かかるくらいがちょうどいい。疲れたあとの焼き鳥とビール。この味を知って、漸く大人になるのだ。
俺はそんなことを思いながら、追加注文の焼き鳥とうどんを待った。ふとビールの入ったコップを見ると、もう三分の一程しか入ってなかった。脳内で自分の財布を開いて相談する。
……そのあと、俺がビールの追加注文を入れたのは、言うまでもないことである。
「いやー、美味かった」
会計を済ませ、外に出るともう人もまばらだった。それにしてもこれほどまでに美味しい焼き鳥のお店があったとは。メモしてまた来ることにしよう。えーと、名前は。
「スザク、か」
店名の書かれた看板を見つけ、俺は店名を呟く。それにしてもこのあたりはいいお店が揃っている。いつかまたこの通りにあるお店を探索するのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、店じまいをとっくに済ませた『まんぷく亭』を横目に家路に着くのであった。
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