異世界レストランガイド
コロッケカレー
ぐう、と腹の音がラッパめいて鳴り響いた。
ちくしょう、飯を食べたのはついさきほどのことだというのにもうお腹が空いてしまった。ハンバーグランチ。少々子供めいた食べ物だったが、あれはあれでとても美味しかった。またあの店に行きたい。
などと考えていたらまた噴水のようにどこからか涎が出てくる。おっといかん。早く食べ物を食べられる場所を探さなくては。
「えーと、ここは……『グラン大通り』か」
呟いて、俺は自分の居る場所を把握した。グラン大通りということはリージア王国の街、セプターの中心部をぐるっと一周するようにできている道のことだ。
グラン大通りは美味しいお店がたくさん並んでいるが、生憎俺の手持ちは乏しい。モンスターを狩っていないし薬草を摘んでいない。いや、後者は嘘だ。薬草は摘んでいたが、大してものがなかったから換金しても大した金額は得られなかった。
俺の手持ち、八百エン。
それを考えると、ぎゅるる、とさらにお腹が鳴る。早く飯を食わせろ、と言わんばかりに俺の胃の中に住んでいる小人が主張しているようにも思えた。うるさい。俺だって食べたいんだ。
グラン大通りに俺の払える金額の食事を出してくれるお店はないと早々に諦めた俺は、一本裏の道に入った。
ペリエ通り。
ペリエ通りはグラン大通りと比べれば決して立派な通りであるとはいえない。しかしペリア通りに入った瞬間、スパイスの香りが俺の鼻腔を擽った。
これはきっとカレーだろう。カレーはたくさんのスパイスを入れることでその味を引き立てている。クミンなどがその一例だ。クミンを入れることでカレーの香りが引き立つ。
とはいえクミンは別にカレー専用のスパイスってわけでもない。肉料理に入れると効果的だ。野菜炒めに使ってもいいしソーセージに使ってもいいだろう。
決めた。今日はここにしよう。
そう思いながら俺はペリエ通りにある黄色い板に太く、『まんぷく亭』と書かれた看板の掲げられたお店に入ることにした。
まんぷく亭の中は意外と狭かった。いや、別にこのお店が狭いなどと言っているわけではない。思ったより、狭かったのだ。
中はカウンター席だけ。しかしそのカウンター席の半分は埋まっていた。皮の鎧を装備しているということはまだ新米冒険者だろうか。まあ、俺も似たようなものなんだが。『冒険者』というカテゴリーだったら俺の方がまだ先輩なのかもしれない。
「いらっしゃい、お客さん。メニューは壁に貼ってあるからそれを見てね」
そう言って白い背高帽子を被った店主と思われる男性は俺に水の入ったコップを渡した。ありがたい、喉も乾いていたんだ。そう思いながら俺は水を一口。
……ほのかにレモンの香りがする。なるほど、レモン水か。ただの水ではなくてレモン水を注ぐことで汗をかいて疲れてやってきた客にも、食事中に喉が渇いてしまった客にもリフレッシュ効果があるのかもしれない。まあ、ただ俺が考えただけの話だが。
さて、腹の音が店内に響く前にさっさと注文してしまおう。店外にまで匂ってくるスパイスの香りからして、やはりここはカレーの専門店らしい。周りを見渡すとみんな汗をたらふくかきながらカレーを頬張っている。見ているだけで涎が出てきそうだ。
「すいません、ポークカレーひとつ」
そう言うと、はいよとだけ店主は言った。短い返答だった。
注文を済ませたなら、あとは待つだけ。
しかし音だけ聞いていると気になってしまうものだ。油が爆ぜる音とともに油の香ばしい匂いが届いた時はもう我慢が出来ない、と思ってしまった。
いいや、我慢だ。我慢。
そう思いながら、待っていた。
――三分くらい経っただろうか。俺の隣に座っていた皮の鎧の男が立ち上がり、「オヤジ、勘定」とだけ言った。
オヤジとは店主のことだろう。店主はそれを聞いて、腰にかけていたタオルで手を拭くと「五百エンね」とだけ短く言った。
五百エン。その金額を聞いて俺は目を丸くしていた。隣にいた皮の鎧の男が食べていたカレーの量は決して少ないわけではない。だから、疑問だった。もしかして、常連だったから安いのかもしれない。ただ、値段を見た限り俺の持ち金を上回る注文は出来ないので問題ない。
「ありがとよ、また来るぜ」
そう言って皮の鎧の男は去っていった。それを聞いて店主は笑みを浮かべながら軽く頭を下げた。
そして店主は再び調理を再開する。
俺の頼んでいたポークカレーが出来たのは、それから数分も経っていなかった。
「はいよ、ポークカレーお待たせ」
そう言って店主はカウンターにそれを置いた。カウンターの幅の殆どを取る直径の丸い皿だった。その真ん中に楕円形にして盛り付けられたサフランライスと、それを囲う海のように満たされたカレールー。そしてそのカレールーに三分の一ほど浸かるかたちでサフランライスに盛り付けられているのは、こぶし大ほどの茶色の塊だ。
そして、俺は直ぐにその茶色の塊がコロッケであると理解した。
「……コロッケは頼んでいなかった気がするんだが」
「おまけだ、おまけ。あんた、見た感じ来るの初めてだろう? 初めての人間にはサービスしてんだよ」
そう言いながら店主はフライパンを振った。
なるほど、サービスというのなら有り難く戴くことにしよう。
俺はスプーンが入っているケースからスプーンを一本取り出し、サフランライスの島を崩し始めた。直ぐにサフランライスはカレールーと馴染み、サフランライスのあいだに染み込んでいく。
カレールーとサフランライスを、ちょうど半分づつくらい入れたかたちで、俺はスプーンを持ち上げ、一口。
直ぐに口の中にスパイスの香りが充満する。このスパイスの量は尋常ではない。きっと二十、いや三十種類くらいのスパイスが入っているのかもしれない。それくらい深みのある味だ。決してすごい辛いわけではない。だが、その味はどこか大人らしさを感じられた。
ふとそこで俺はあるものに視線がいった。
漬物だ。カレーには漬物があう。中でも福神漬け。これは完璧だ。福神漬けの汁を少し入れてカレールーの味が変わるのが、個人的には好きだった。
俺は即座に福神漬けをスプーンで掬い(もちろん汁も込みだ)、それをカレールーの脇に置く。福神漬けの汁がカレールーに流れ込み、お互いが溶け合う。
その福神漬けの汁とカレールーが溶け合っている部分を掬って、サフランライスと一緒に口に入れる。先ほどの深みのある味にさらに福神漬けの味が混じって、美味しさが引き立てられる。
半分ほど食べたあたりで、俺はコロッケの存在を思い出した。正直な話、カレーの味が美味しくてコロッケの存在を忘れていた。すっかりカレーに浸かってしまい、サクサクだった衣がふやけてしまった。残念。
まあ、衣にカレールーの味が染み込んでいるのも事実だし、サクサクのコロッケはまたいつか味わうことにしよう――俺はそう思ってコロッケを口に入れた。どうやら中に入っているのはマッシュポテトのようだった。マッシュポテトにひき肉を入れたりするケースもあるが、このまんぷく亭のコロッケは凡てマッシュポテトだ。だからじゃがいもの味が直接届く。それとカレールーの味が相まってとても美味しい。これがサービスというのが未だに信じられないくらいだ。
「ふう……美味かった」
スプーンを置いて、両手を合わせる。
「会計をお願いします」
丁寧に言った。とても美味かった、という意味を込めて言ったのだ。
店主は「はいよ」と言ってタオルで手を拭く。
「四百五十エンだ」
店主の言葉を聞いて耳を疑った。あれほどの美味さで四百五十エンだというのか。正直採算が取れているのか不安になるレベルだ。
まあ、だが払わなくてはならない。ほんとうはもっと出したかったが、俺は四百五十エンをぴったり出して店をあとにした。
ペリエ通りは俺が出てからもスパイスの香りがつんと鼻腔を刺激する。空を見ると、もう西の空が赤く染まっていた。夕暮れだ。
俺は、次また来てサクサクの揚げたてコロッケを食べる風景を思い浮かべながらまた唾を飲み込むのであった。
ちくしょう、飯を食べたのはついさきほどのことだというのにもうお腹が空いてしまった。ハンバーグランチ。少々子供めいた食べ物だったが、あれはあれでとても美味しかった。またあの店に行きたい。
などと考えていたらまた噴水のようにどこからか涎が出てくる。おっといかん。早く食べ物を食べられる場所を探さなくては。
「えーと、ここは……『グラン大通り』か」
呟いて、俺は自分の居る場所を把握した。グラン大通りということはリージア王国の街、セプターの中心部をぐるっと一周するようにできている道のことだ。
グラン大通りは美味しいお店がたくさん並んでいるが、生憎俺の手持ちは乏しい。モンスターを狩っていないし薬草を摘んでいない。いや、後者は嘘だ。薬草は摘んでいたが、大してものがなかったから換金しても大した金額は得られなかった。
俺の手持ち、八百エン。
それを考えると、ぎゅるる、とさらにお腹が鳴る。早く飯を食わせろ、と言わんばかりに俺の胃の中に住んでいる小人が主張しているようにも思えた。うるさい。俺だって食べたいんだ。
グラン大通りに俺の払える金額の食事を出してくれるお店はないと早々に諦めた俺は、一本裏の道に入った。
ペリエ通り。
ペリエ通りはグラン大通りと比べれば決して立派な通りであるとはいえない。しかしペリア通りに入った瞬間、スパイスの香りが俺の鼻腔を擽った。
これはきっとカレーだろう。カレーはたくさんのスパイスを入れることでその味を引き立てている。クミンなどがその一例だ。クミンを入れることでカレーの香りが引き立つ。
とはいえクミンは別にカレー専用のスパイスってわけでもない。肉料理に入れると効果的だ。野菜炒めに使ってもいいしソーセージに使ってもいいだろう。
決めた。今日はここにしよう。
そう思いながら俺はペリエ通りにある黄色い板に太く、『まんぷく亭』と書かれた看板の掲げられたお店に入ることにした。
まんぷく亭の中は意外と狭かった。いや、別にこのお店が狭いなどと言っているわけではない。思ったより、狭かったのだ。
中はカウンター席だけ。しかしそのカウンター席の半分は埋まっていた。皮の鎧を装備しているということはまだ新米冒険者だろうか。まあ、俺も似たようなものなんだが。『冒険者』というカテゴリーだったら俺の方がまだ先輩なのかもしれない。
「いらっしゃい、お客さん。メニューは壁に貼ってあるからそれを見てね」
そう言って白い背高帽子を被った店主と思われる男性は俺に水の入ったコップを渡した。ありがたい、喉も乾いていたんだ。そう思いながら俺は水を一口。
……ほのかにレモンの香りがする。なるほど、レモン水か。ただの水ではなくてレモン水を注ぐことで汗をかいて疲れてやってきた客にも、食事中に喉が渇いてしまった客にもリフレッシュ効果があるのかもしれない。まあ、ただ俺が考えただけの話だが。
さて、腹の音が店内に響く前にさっさと注文してしまおう。店外にまで匂ってくるスパイスの香りからして、やはりここはカレーの専門店らしい。周りを見渡すとみんな汗をたらふくかきながらカレーを頬張っている。見ているだけで涎が出てきそうだ。
「すいません、ポークカレーひとつ」
そう言うと、はいよとだけ店主は言った。短い返答だった。
注文を済ませたなら、あとは待つだけ。
しかし音だけ聞いていると気になってしまうものだ。油が爆ぜる音とともに油の香ばしい匂いが届いた時はもう我慢が出来ない、と思ってしまった。
いいや、我慢だ。我慢。
そう思いながら、待っていた。
――三分くらい経っただろうか。俺の隣に座っていた皮の鎧の男が立ち上がり、「オヤジ、勘定」とだけ言った。
オヤジとは店主のことだろう。店主はそれを聞いて、腰にかけていたタオルで手を拭くと「五百エンね」とだけ短く言った。
五百エン。その金額を聞いて俺は目を丸くしていた。隣にいた皮の鎧の男が食べていたカレーの量は決して少ないわけではない。だから、疑問だった。もしかして、常連だったから安いのかもしれない。ただ、値段を見た限り俺の持ち金を上回る注文は出来ないので問題ない。
「ありがとよ、また来るぜ」
そう言って皮の鎧の男は去っていった。それを聞いて店主は笑みを浮かべながら軽く頭を下げた。
そして店主は再び調理を再開する。
俺の頼んでいたポークカレーが出来たのは、それから数分も経っていなかった。
「はいよ、ポークカレーお待たせ」
そう言って店主はカウンターにそれを置いた。カウンターの幅の殆どを取る直径の丸い皿だった。その真ん中に楕円形にして盛り付けられたサフランライスと、それを囲う海のように満たされたカレールー。そしてそのカレールーに三分の一ほど浸かるかたちでサフランライスに盛り付けられているのは、こぶし大ほどの茶色の塊だ。
そして、俺は直ぐにその茶色の塊がコロッケであると理解した。
「……コロッケは頼んでいなかった気がするんだが」
「おまけだ、おまけ。あんた、見た感じ来るの初めてだろう? 初めての人間にはサービスしてんだよ」
そう言いながら店主はフライパンを振った。
なるほど、サービスというのなら有り難く戴くことにしよう。
俺はスプーンが入っているケースからスプーンを一本取り出し、サフランライスの島を崩し始めた。直ぐにサフランライスはカレールーと馴染み、サフランライスのあいだに染み込んでいく。
カレールーとサフランライスを、ちょうど半分づつくらい入れたかたちで、俺はスプーンを持ち上げ、一口。
直ぐに口の中にスパイスの香りが充満する。このスパイスの量は尋常ではない。きっと二十、いや三十種類くらいのスパイスが入っているのかもしれない。それくらい深みのある味だ。決してすごい辛いわけではない。だが、その味はどこか大人らしさを感じられた。
ふとそこで俺はあるものに視線がいった。
漬物だ。カレーには漬物があう。中でも福神漬け。これは完璧だ。福神漬けの汁を少し入れてカレールーの味が変わるのが、個人的には好きだった。
俺は即座に福神漬けをスプーンで掬い(もちろん汁も込みだ)、それをカレールーの脇に置く。福神漬けの汁がカレールーに流れ込み、お互いが溶け合う。
その福神漬けの汁とカレールーが溶け合っている部分を掬って、サフランライスと一緒に口に入れる。先ほどの深みのある味にさらに福神漬けの味が混じって、美味しさが引き立てられる。
半分ほど食べたあたりで、俺はコロッケの存在を思い出した。正直な話、カレーの味が美味しくてコロッケの存在を忘れていた。すっかりカレーに浸かってしまい、サクサクだった衣がふやけてしまった。残念。
まあ、衣にカレールーの味が染み込んでいるのも事実だし、サクサクのコロッケはまたいつか味わうことにしよう――俺はそう思ってコロッケを口に入れた。どうやら中に入っているのはマッシュポテトのようだった。マッシュポテトにひき肉を入れたりするケースもあるが、このまんぷく亭のコロッケは凡てマッシュポテトだ。だからじゃがいもの味が直接届く。それとカレールーの味が相まってとても美味しい。これがサービスというのが未だに信じられないくらいだ。
「ふう……美味かった」
スプーンを置いて、両手を合わせる。
「会計をお願いします」
丁寧に言った。とても美味かった、という意味を込めて言ったのだ。
店主は「はいよ」と言ってタオルで手を拭く。
「四百五十エンだ」
店主の言葉を聞いて耳を疑った。あれほどの美味さで四百五十エンだというのか。正直採算が取れているのか不安になるレベルだ。
まあ、だが払わなくてはならない。ほんとうはもっと出したかったが、俺は四百五十エンをぴったり出して店をあとにした。
ペリエ通りは俺が出てからもスパイスの香りがつんと鼻腔を刺激する。空を見ると、もう西の空が赤く染まっていた。夕暮れだ。
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