つのつきのかみさま

きー子

異界の時代/10

「こうしてたって埒が開かねえ」"スラッシュ"がいった。全くもってその通りだ。つのつきホーンドの一隊はいまだ五人に向かって睨みをきかせており、空間の断裂に守られた領域を抜け出せばすぐにでも不可視インヴィジブルの投射が行われるだろう。つまり、先んじてはあれを防がなければならない。そして不幸にも五人にのんびり相談をやっているような猶予はない──だが、幸いなのは解決策がすぐに打ち出されることだ。「これを飲んで」"リキッド"が腰から試験管を四本引きぬいた。その内側から生じるかのごとく青色の水薬がみるみる溜まり、ついには試験管内が得体の知れぬ液体でいっぱいになる。とぷん、と重たそうに液体が飛沫を跳ねさせた。
「いいね。気持よくトべそうだ」"スラッシュ"がおどける。「心中するつもりはないの」"リキッド"がいう。「議論をする暇もな」"ボマー"がいさめる。"ゴースト"がまるで掠め取るようにして試験管の一本を手に取り、ものもいわずキャップを外して飲み干した。
「ぜひもない」"キャリア"が続ける。「俺たちにはそれが必要だ。それが何かは知らんが」わざわざ問いつめる必要はない。あるいは説明は飲みながら聞けばいいといわんばかり。全くもってその通りだった──少なくともESSF超常能力特殊部隊という運命共同体の内側においては。「神経強化薬よ」"リキッド"が手短に述べる。その時すでに他の四人は水薬を口にしていた。「推測距離から着弾までの時間から弾速をおおよそ計算した。反応速度を強化するわ──"回避できる程度"には」「上出来だ」"ボマー"がいった。「制限時間は一時間。気をつけて」全員が頷く。"リキッド"自身はわざわざ口にする必要がない。その水薬は彼女の体内で調合され、精製されたものなのだから。すでに彼女の体内にはその薬がある。
「行くぞ」全員が無言で頷いたあと、"ボマー"のカウントが始まる。ゼロカウントとともに"スラッシュ"の空間歪曲が解除され、五人は一斉に散開した。
 相対する敵は四人いる。散開したひとりにすぐさま漆黒の"角笛"が向けられた。その筒先が唸りを上げる。狙いは──"スラッシュ"。「ひゅっ」音もなく迫る呪力の投射だが、しかし"スラッシュ"には大気中を何かが通り過ぎて行くのを確かに感じ取った。そして、避けた。不可視インヴィジブルはあえなく土を穿つにとどまり、異邦人の肉体を抉るには至らない。
 その後も立て続けに無音の投射が続く。夜の森に白鑞しろめの瞳が、銀色の角が、錫色の髪が──そして漆黒の角笛が躍る。だが、不可視の投射はすでにESSFの面々にとって脅威ではない。そうとわかれば、彼らはすぐさま間合いを詰める方針に移行した。メンバー間の思考は常に脳内IRCによって共有され、闇の中離れ離れであろうとも連携を行うことは至極容易い。
 ただし"ゴースト"だけは別だ。彼には彼の役目がある。その小柄は近づくどころか遠ざかり、さらにつのつきどもとの間合いを刻む。それでいい。"ゴースト"は観測手であり、そして狙撃手でもあり──なにより"ゴースト"以外のなにものでもない。
「俺は銃手をやる」「先走るなよ」"スラッシュ"を"ボマー"が諌めるが、その宣言を止めはしなかった。四人のつのつきたちの中でも、遠距離から投射に専念している漆黒の角笛の担い手はとりわけ厄介だ。奴を潰せるのならば"スラッシュ"を差し向ける価値はある。そして"ボマー"の役割は、その道を切り開いてやることだった。騎馬に蹂躙された歩兵を薙ぎ払うように楽な仕事である。"ボマー"が前方の宵闇を一瞥した。先の言葉は彼より前に出るなという意味でもあり、巻き込まれるような場所に位置している間抜けはESSFには存在しない。
 ────刹那、前方の空間から指向性を有する爆撃が炸裂した。それはさながら扇のごとく広がっていき、茂みや木々をごく無造作になぎ倒していく。土を巻き上げる。もうもうと煙があがり、爆風が周囲を引っ掻き回す。攻撃そのものの派手さに比して、"ボマー"の爆撃は存外に撹乱や煙幕にも有効だった。黒煙にまぎれて爆撃の跡地を迅速に辿っていけば、相手に気づかれることなく敵の懐に踏み入るのもさして難しいことではない。"スラッシュ"はまさにそれをやった。「援護する」爆撃の範囲内にまぎれるように飛び退った錫色の髪──夜闇に映えるそれを目印にするかのごとく"キャリア"が機銃を撃ちまくる。銃声が立て続けの爆音にまぎれ、"キャリア"の位置を探り当てるのは決して容易なことではないだろう。
 銀角のつのつきはまた反対の方向に飛び退っていた。つのつきたちもまた、特殊な訓練を受けた手練であることは間違いがない。どうして先の爆撃を予期して避けられようものか。あるいはひとりでも巻き込むことができたならば幸いだが、それを決して期待すべきではない。「────ッ」"リキッド"が静謐とともに投げナイフを放った。爆音の中でなお無音のそれを、しかし銀角のつのつきは紙一重で避けきってみせる。"リキッド"の水薬はあらゆる種別を問うことがない──水薬の超常能力者である彼女は、つまりあらゆる毒にも精通する。刃には恐らく、掠めでもすれば瞬く間に全身を腐食する致命的な猛毒が仕掛けられていたことだろう。
 瞬間、銃声が届く。銃弾が二発。それら二発はそれぞれが時間差で放たれており、にも関わらず銀角と錫色の髪のつのつきに到達したのはほとんど同時だ。極めて精密な狙撃は"ゴースト"のなにより得意とするところであり、なにより奇異なのは弾丸の出所を一切掴ませないことだった。あらゆる手段を講じたとして、"ゴースト"のやられる可能性が絶無であることをESSFの四人は確信している。"スラッシュ"の空間歪曲フィールドなど問題にならないほど、防御力において"ゴースト"の右に出るものは存在しない。"此方側"の世界にも──また、"向こう側"の世界にも。
 薙ぎ払われ、焼き払われた土の上からもうもうと煙が上がる。降りしきる雨に濡れそぼったそこから熱された水蒸気が吹き上がるのもまたおぞましい光景だった。迂闊に踏みいれば地獄の熱にまみれて悶え苦しむことは必定だが、"スラッシュ"はそんなものをなんら意に介するところがない。文字通り空間を切り裂き、周囲の悪環境から受ける影響を全く隔絶しながら突き進む。距離を詰める。警戒を張り巡らせているであろう錫色の髪のつのつきと銀角のつのつきを、"リキッド"と"キャリア"が固める。そして"ボマー"は闇の向こう側を一瞥する。茫漠と降りしきる雨の中、爆撃に照らし出された夜の森──濁って輝く白鑞の瞳を"ボマー"はとらえる。
 そして"ボマー"はさらなる爆撃を重ねた。前方を薙ぎ払うものではない。白鑞のつのつきを穿つ直下型だ。それはさながら漆黒の角笛を担ぐつのつきとの壁を築き上げるようでもあり、その動作をも極端に制限する。足を止めたところに超遠距離から"ゴースト"の狙撃が風を切って飛来する。それはつのつきの投射とは違い可視的な弾丸だが、弾速はゆうに音速を超えている。おまけに"ゴースト"の姿はどこにも全く見当たらない──また別の不可視なのだ。
 つのつきたちの状況はあえなく封殺に陥った。ものをいうのはやはり数だ。つのつきたちが四人であるのに対しESSFは五人である。たったひとりの差だが、しかし一騎当千とさえ評せよう彼らの激突で考えればそれは決定的な優越だった。"スラッシュ"はものもいわず迫る──爆撃の跡地たるもうもうと吹き上がる黒煙の中から顔をのぞかせ、刹那、空間の裂け目がスラッシュの手元から直線めいて真っ直ぐに駆け抜ける。"スラッシュ"の超常能力は射程範囲がごく限られているのが大きな欠点であったが、射程内に限ればその攻撃力・防御力において無敵といってもいい。原始的な剣に似通っていることも"スラッシュ"の由縁だったが、それは誰にも止めることができない──決して打ち合うことを許さない絶対の刃だ。
 断裂が走り、それをかいま見たつのつきが目をみはる。片手は漆黒の角笛を手にしたまま固まり、もう片手はなめらかに腰から提げた短槍を引き抜いていた。まるで流れるように虚空の波へと槍がまっすぐ突き出される。"スラッシュ"には、それがとても無駄なことにしか見えなかった。あらゆる物体は断裂した空間を通れない──あえなく全てを呑み込まれて死ぬ。
 瞬間、二者の激突は決した。朱い血華が夜の森を濡らす。か細い悲鳴があがる。
 その死因は過信以外のなにものでもない。"スラッシュ"は死んだ。"角の槍"が虚空の壁をぶち抜いて青年の喉を呆気無く貫き、ただ一撃のもとに必殺していた。その眼は驚愕に見開かれており、その死に様は苦痛にあえぐ暇もなかったことをひどく如実に物語っていた。
 角の槍に貫けぬものはない。信仰と歴史によって担保された絶対的な力は、一代きりの超常の力を凌駕しうる。理屈は別にしても、厳然たる事実は現実に横たわっていた──"スラッシュ"の死体とともに。
 部隊に動揺が駆け抜けるとともに、その動揺はESSFの挙動を微塵も崩すことはなかった。それは悲しいほどに染み付いた軍人という種族の習性だった。ひとりの欠員が出るということはすなわち敵をひとり自由にさせることでもある。呪力の投射はもはや脅威に値しないが、かといって野放しにするのは決して賢明なこととはいえなかった。この状況をもっとも簡単に解決する手段は、すなわち、つのつきをひとりでも速やかに排除することに他ならない。残る四人は即座に狙いをつけた──攻め手に長ける"リキッド"を補助することがなによりの次善策であるとして部隊を運動。銀角のつのつきに、すぐさま直下型の爆撃が仕向けられる。
「ひゅうっ」
 銀角のつのつきがおどけた声をあげる。絶体絶命の状況にありながら、爆発の炎に照らし出されたその表情は、笑っていた。彼はまるで転がるようにして爆撃の範囲内から逃れ出ると、錫髪のつのつきに手を貸されて立て続けに迫る銃撃を紙一重に避けていく。「わるいね」「言う余裕があるならば、真剣に」「こりゃ、手厳しい」ひひと笑う銀角に、錫髪のつのつきがぴしゃりといった。"リキッド"が立て続けに投げナイフを投げ放つ。味方を助けにかかるものを狙うというのは一種の基本といって差し支えないが、錫髪のつのつきはその対応もまた織り込み済みのようだった。短刀が空中で不意に弾き飛ばされる。「……は」白鑞のつのつきが、筒の短い"角笛"を手にして彼らを──ESSFを見ている。
 不意に、ひゅるひゅると音がする。銀角と錫髪のつのつきが固まっている一点へと飛来する弾頭。それは地面に着弾とすると同時に破壊と爆風を撒き散らすが、その一瞬前にふたりは散開してそれぞれに機動を開始していた。しかし分断が成功したのは悪くない結果だ。「こっちだ」"キャリア"がどこからか引き出したらしいロケット砲を投げ捨ててうそぶく。そしてどこからか──あらゆる物体の質量を無化する"内的世界インナー・スペース"からまた新たなロケット砲を取り出した。使い捨てであるがゆえに小型化と取り回しの利便性を向上させた小型のロケット砲は、まさに"キャリア"の超常能力にもっとも適した兵器である。在庫にはまだまだ余裕があった。あいにく、それを使い切るほどの余裕は与えてもらえないだろうが。
 そこに"ボマー"がまた爆撃を重ねる。まるで弾き出されたように銀角のつのつきが飛び出す。──否、爆撃の指向性を見切った彼が自ら前方へと踏みきったのだ。それを読みきっていたかのごとく飛来する"ゴースト"の狙撃を、また銀角のつのつきは予期していたかのごとく屈んで躱す。驚異的な反応速度だった。"神経強化薬"の恩恵にあずかっていない彼らは、また別の探知能力を有しているに違いない。
「しッ……」しかし、屈みこんだその姿勢は相対する彼女にとって隙以外のなにものでもない。"リキッド"が踏み込むとともに、携行していたアサルトライフルを引き抜く──引き金をひく。近距離から、確実に相手を仕留めるための射撃。
 弾丸の雨が降りそそぐよりもなお早く、銀角のつのつきは地を蹴ってさらに前方へと飛び出していた。まるではなからそうすると決めていたかのようだった。そして、前方から何の小細工もなくまともにぶち当たった。銀角のつのつきと"リキッド"が雨の中ほとんどもみ合うようにして地面へと倒れこむ。そうなればもはや周りの手出しはままならない。爆撃を叩き込めばつのつきはひとり仕留められようが、当然"リキッド"も死ぬ。"ゴースト"の狙撃にしても同じことだ。ほとんどひとつになってお互いの命を狙い合う彼らの、どうしてひとりだけを撃ち抜けようものか。そうできる確証などどこにもない──それも、味方だけを撃ちぬいてしまう可能性さえもある。
 雨と泥にまみれながら、銀角のつのつきと"リキッド"は視線を重ねた。悪辣な笑みと激情がぶつかりあう。それでいて冷静さを保つ"リキッド"はなめらかに腰から刃を引き抜く──その最中、銀角のつのつきは土の上をしきりに探っている。まるで死にたがりだ。腰にぶら下げた槍ではよもや間に合うまい。"リキッド"は短刀をかかげ、その刃先をまさに脳天へと突き立てんとする。
 そのまま静かに刃が落ちた。短刀は"リキッド"の手から滑り落ち、濡れた土の上をむなしく転がった。「わるいね」銀角のつのつきが、握ったナイフを"リキッド"の首筋に滑り込ませている。そのナイフは──なんともはや、先ほど"リキッド"が投げ放ったものである。"リキッド"の踏み込んだ場所の近くにちょうどナイフが転がっていたことを利用し、わざわざ抜き放つ必要がないそれを銀角のつのつきはまんまと利用したのだ。「か──ぁ、ふ……」"リキッド"はがくがくと震えたあと、引きつったように痙攣して、倒れこんだ。褐色の肌に、じっとりとした血の赤が滲んでいった。彼女の塗りつけた毒が彼女自身に作用することはなかったが、その刃だけでも"リキッド"の命を奪い去るには十分すぎた。

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