つのつきのかみさま

きー子

異界の時代/8

 そこは"裂け目"を抜けてそう遠くもない。茫漠と赤土の広がる不毛地帯を乗り越えた先、一台の軍用車両が砂漠を避けて西方の山岳地帯へと侵攻する。端的にいってそれは道無き道であり、とてもではないがまともな車が通ることのできる道では全くない。民間に流通する当たり前の車両ならばほんの一時間もせぬうちに悲鳴をあげ、山間であえなく立ち往生する羽目になっただろう。
 さらにはそれが大荒れの嵐の最中ともなれば何をいわんや。ほとんど自殺行為にも等しい悪路を、しかし迷彩を施されたその車両は物ともせずにひた走る。五人の悪魔を腹の中に詰めこんだその車両には、そうするだけの理由があった。砂漠を突っ切ってつのつきホーンドの南方辺境に正面から乗り込むより、悪路を走ってでも蛮族のはびこる迂回路を取ったほうがよほどいい。少なくとも、それができる車両が生きている限りは。そういう判断だった。彼らは極めて賢明な、"此方側"の世界にとっての異邦人であった。
「ひでえ天気だな」
 黒人の男は助手席に座ったまま、フロントガラスを睨みつけるようにしてつぶやいた。吹きつける強風と横殴りの水滴のおかげで視界は最悪といっていい。車両に搭載された探知機が唯一の頼りだが、幸いにして最新鋭の電子機器は些少の大嵐でへこたれるほどやわではない。インジケーターはすべてオールグリーン。その表示を目にした黒肌の男が、投げやりに禿頭を掻いて諧謔的に笑う。
「死ぬにはいい日だ」そう応じたのは運転席に座するひとりだ。いかにも陰気な雰囲気を身にまとっており、雨がよく似合う男だった。目蓋を隠しかねないほどに伸びた前髪は率直にいってうっとうしい。五人揃ってカーキ色の軍服を身につけている彼らだが、運転手の男からは軍人らしいマチズモ的なにおいが微塵たりとも感じられなかった──間違いなく、かたぎでもありえないが。「やつらが死ぬにはね」金髪碧眼に甘い顔立ちの青年が後部座席から顔を覗かせ、うそぶいた。一見して華奢にすら見えるその体躯はその実極限にまで鍛えあげられていたが、軍服の上からそれを知るすべはじかに手で触れるほかはない。
「油断するな」黒人の男が戒めた──彼こそは五人の隊長格に他ならない。「なにをしでかすかもわからん」そのくせ、彼の言葉には緊張感がすこし足りない。
「けど、この天気は悪くない」褐色の女性──後部座席のもうひとりが淡々としていう。その姿には髪一筋の乱れさえもうかがえなかった。道無き道を行く軍用車両は強烈な嵐に車体を引っ掻き回されながら、それでいてほとんど車内が揺らぐようなことはないのだ。装甲車両とも呼ばれるそれは実際、RPGの直撃を受けようとも平気で無視して走行を続けることができる。走る要塞といっても決して過言ではない代物だった。「私達の浸透に気づくのは、かなり難しいだろうから」「まあな」黒人隊長が鷹揚にうなずいた。緊張感がないのは、一種の余裕でもあった。それは相手に見せつけるための余裕ではなく、自分が持っておくための余裕だった──つまり、緊急的な判断について選択の幅を持たせるための。
 残るひとり──小柄で、性別さえも判然としないひとりの異邦人は、最後部の座席でものも言わず膝を抱えていた。一見すれば穏やかに眠っているようにも見える姿だが、膝に回された両の腕の中には一丁の物々しいライフルがあった。「"ゴースト"」金髪碧眼の青年が、ふいに呼びかける。「寝てやしないだろうな」皮肉っぽい声に、彼は敏感に頭をあげて応じた。湿っぽい目つきが青年をじっと見据えている。"ゴースト"はただ頷き、また頭を膝に埋めた。挨拶どころか言葉さえなかった──吐息のひとつも漏らしていないようにさえ思われた。
「"スラッシュ"。あまり遊ぶな」「悪いな」隊長の釘を刺す言葉に、金髪碧眼の青年──"スラッシュ"が唇を歪めた。「そうしないではいられないたちでね」「いつも退屈しているからな、おまえは」「いいや」"スラッシュ"が首を振る。「あんまりこいつがさみしそうだからさ」"ゴースト"が不服げに顔をあげた。あいも変わらず性をうかがわせない涼やかな面差しが凝視して、また視線を落とした。くすくすと褐色の女が悪戯っぽい笑い声をもらした。
「ねえ、"ボマー"」
「なんだ」
「私、それなりに意外よ」
「なにがだ」
「私達が、こうしていることが」
 五人はかつて、"メーヴェの一ツ角の民"の一部と接触をはかり──まさに機密ともいえる攻撃情報を知らせた五人であった。このことが露呈していれば五人が五人とも国家反逆罪で処刑台送りか、あるいは死ぬまでどことも知れぬ研究場で身体をいじくりまわされることだろう。彼らはそういう特殊な立場であった──米国が本来有する特殊部隊員をはるかに超えて。
 彼らがそれぞれのコード・ネームで呼び合うのはひとえに欺瞞の意味ももちろんあったが、ただ単純に、彼ら五人には本名ファミリー・ネームなんて贅沢が許されていないからでもある。"人間らしい"偽名ならば山のように持ち合わせがあったが。しかし彼らにいわせてみれば、そんなものよりコード・ネームを使うほうが、まだよっぽどマシだった。
「それだけ切羽詰まっているのだろう。どうせ俺らの行動は筒抜けさ。そうは考えなかったか? "リキッド"」「そうじゃあない」褐色の女、"リキッド"が首を振った。黒人の隊長──"ボマー"がいぶかる。「あなたの気が進まない任務だと思った」そういう彼女の表情には、"ボマー"を気遣う様子が全くない。ただ単に面白がっている。彼女もまた同じ任務に、"ボマー"の指揮下で就任しているにも関わらず、だ。
「いいや」"ボマー"が首を振った。「実際のところ、全く気が進まない」「同意見」"ボマー"は笑わなかった。"リキッド"が笑う。まるで人を食ったような笑み。「だが、やるかやらないかという話とは別の問題だ」「タフ・ガイね」「くそくらえ、だ」"ボマー"は諧謔的に笑った──笑うほかないというように。
 運転手の男は黙りこくり、運転へと集中していた。東洋人らしい顔つきだが、別に英語が不得手なわけではない。悪路と悪天候に手こずっているわけでもない。この程度の道を運転することなどなんでもない。ただ思索しているだけだ──じかに言葉を交わし、関わりを持ち、そして最終的には近々殺しあうことになるだろうつのつきホーンドについて。
 実際問題"安全保障維持軍"がやりあった相手は話にもならなかったようで、中東のゲリラのほうがまだしも上等という段階の手合いだったらしい。未開といってしまえば言葉は悪いが、つまるところが未発達の文明なのだ。そうなることに不思議は全くない。国も民も放ったらかして戦に明け暮れる軍など、せいぜいそんなものだ。"此方側"がみんなそうであったならば、こんなに楽な仕事はないだろう。ESSF超常能力特殊部隊はあまりに貧乏くじを引きすぎているし、さらに悪いのは、彼らがあまりにろくな目にあっていないことを国民の"誰もが"知らないということだった。
 そして、あいにくなことに、今回の任務もすこぶる後味がよろしくない仕事になりそうだった──相手がよき隣人になり得る民族であったばかりに。そんなことはこれまでに珍しくもなかったが、今回はとりわけだった。男は、錫色の髪をしたつのつきを思い出した。お辞儀とは、参るね、まったく。
「"キャリア"」「ああ」「どうした? 嬢ちゃんのことでも思い出したか」"スラッシュ"は鋭い男だ。この程度の運転は意識することもなく脊髄反射的にやってのけると、彼はよくよく知っている。"キャリア"は億劫そうに頷く。「"彼女"はいい」「へえ。何を知ってるってんだい」「この悪路でも緩めずに済むのはすばらしい。ただの四輪駆動ではこうはいかない。補助輪の賜物だ。おまけに車体は比較的軽い。ウニモグならもう三回は道からこぼれてるだろう。できれば電磁装甲も望みたいところだが、まあ、あまりガードが堅いばかりでもかわいくないだろう。全く最高だな、AHAアーマード・ハイ・エースは」"キャリア"はにこりともせずにいった。"スラッシュ"はたちまち辟易した顔になった。
「また始まったぜ。"きちがいフリークス"だ」
「そんなにいい"女"なら、俺にだって使わせてもらいたいもんだ」"ボマー"が諧謔的にいった。先ほどの韜晦とは打って変わったように、すっかりと元の調子を取り戻している。あるいはそれも韜晦に過ぎないのだろうが。"キャリア"は依然として微動だにせぬ無表情。「隊長にはロックがおにあいだ」「同感だな。実際、俺にはこいつはすこし"きつ"すぎる」「お国柄ってやつね」動く要塞の名は全く伊達ではなく、搭載限界はゆうに十人を超越する。それでいてまだ大人しいほうというのが現代の最新鋭軍用車両の事情であり、車両前面にはTOYOTAの社名が嵐の中で輝かしくきらめいていた。いつもの調子になってきた、と"キャリア"は心中つぶやいた。これでいい、と思った。これくらいでなければ、そのうちやっていけなくなる。俺たちには、こうするほかに生かしてもらえる術などないのだから。それは彼が若くして抱いた一種の諦観であり、おそらくは一生涯付き合っていくことになるだろうという予感があった。
 ふいに、"ゴースト"が顔をあげた。それに合わせたというわけでもなく、五人は席についたままで油断なく周囲を窓から観測する。前もって現地諜報員が知らせた、蛮族の居住域に入り込んだためだ。つのつきの国土に真っ向から侵攻するよりは他部族の領域を侵犯するほうがよほど安全であり、幸いつのつきの索敵もこの地までは届かないであろうという算段があった。
 狙うべきは国土の中心部。他方からは陽動のために"安全保障維持軍"が残兵を一挙に進め、空中からもまた二度目の爆撃を試みる。その裏側でひそかに領内へと侵攻するとともに、敵味方あらゆる犠牲を問わず、電撃的に"聖地"、そして立て続けに首都を制圧するというのがESSFの作戦目的だった。この場合の敵とは、つのつきのみならず他部族を含む、目的の前に立ちふさがるあらゆる障害を意味している。
 通常ならばそれなりの規模を有する都市を、ほんの数人の兵士が攻略するなど荒唐無稽といってもいい。だが、彼ら五人にはなんでもない。可不可を語る以前に実績はすでにしてあり、それこそが彼らの存在意義であり、それが不可能であるならば彼らは今に至るまで生かされてはいないのだ。そのことを彼らは五人とも確信していた。だから彼らは、また実績を示さなければならない。有用性を証さなければならない。我らが愛すべき母国へと。星条旗に誓って。くそったれ、と"キャリア"は心中毒づいた──他のものも似たり寄ったりであり、ただ"ゴースト"だけは内心の一切をうかがわせずにいる。
 ほとんど無意識のままに"キャリア"は運転を下り向きのそれにスイッチした。平時でさえも乗り越えることをためらうような過酷な山岳地帯を踏み越えてきたのだ──あらゆる地形的不利を蹂躙する車両を有するものならばまだしも、よもやつのつきにそれが考えられようものか。唯一の懸念はまんまと爆撃機を彼らの前に披露してしまったことだが、この天候ならばその心配もない。どれだけ腕利きの操縦士だろうと理屈抜きにためらわせるものがこの雨にはある。そしてこの天候であろうとも爆撃を可能とする機種は"安全保障維持軍"がしかと用意している──問題はなにもない。なにも。
 軍用車両──AHAはなおも速度を緩めずに走行し続け、ついにはほとんど行く手を遮るものない平原へと車体を躍らせた。山越えは無事に、成った。下山を果たした影響だろうか、雨足もわずかに弱まったような気配がある。果たしてこれが吉と出るか、凶と出るか。しばらく部隊揃って車体を進めた結果、答えは出た────凶である。まさに哨戒中と思しき山岳民族──つまるところが蛮族の一派に出くわしたのだ。この一帯の蛮族は物資輸送を担うPMCオペレータに損害を与えられることがしばしばあり、異邦人への敵意は極めて高い。車両を見るやいなや襲いかかるのも辞さないほどに。「面倒なことだ」"スラッシュ"がうそぶいた。もっとも、面倒事はないに越したことはないが、今回の場合は織り込み済みだ。この地点を通行する以上に有効で、かつ安全なルートは見つけられなかった。「どれほどのことでもない」"ボマー"はなおも泰然としている。彼の命令がない以上、"キャリア"は車両の速度を緩めることはない。ただ窓のロックを解除した。
「どうする? 隊長殿」「わざわざ用意してくださったのだ。たいらげてやろう」"リキッド"がおどけて、"ボマー"は大真面目にそういった。そのときすでに、開けた窓から"ゴースト"がライフルの経口を覗かせている。迷うことなく引き金を引いた────数百M先で弓を手にした蛮族のひとりが瞬く間に血の花を吹き上げて即死。まるで取り囲むようにして肉迫する蛮族たちを、"リキッド"と"スラッシュ"が斉射してことごとく掃討していく。"キャリア"はただ運転に集中している。「能力ちからを使う必要も感じないな」"スラッシュ"はふざけた物言いをどこに捨て去ってきたように淡々と。「あれはそれなりに邪魔」前方から迎え撃つつもりなのだろう、蛮族が土塁の壁を築き上げているのを見て"リキッド"がうそぶく。それしきの壁はAHAの装甲が押し通るのも容易いが、速度が緩むのはよくない。車輪に負荷をかけるのもうまくない。
「構わん。"キャリア"、緩めるな」"キャリア"は彼の意を汲み、さらにアクセルを踏み込んだ。なおも速度を上げながら、いまだ"ゴースト"の狙撃は一発たりとも無駄弾がない。数km先の標的さえも狙い違わず一撃で仕留めているのだ。驚異的というほかなかった。
 そして"ボマー"が土塁の壁の手前、その一点を見やった刹那────破壊的な爆発が巻き起こった。それは車両の前方へと真っ直ぐに侵略する指向性を持った爆撃であり、車両は全くといっていいほど揺るぎもしない。その奇異な現象はあからさまに人為的な力によるものだったが、その徴候などほとんど無きにも等しい。爆風にさらされた土塁が千々に吹き散らされて壁が台無しになり、その向こう側に隠れていた蛮族どもはことごとく聞き苦しい悲鳴をあげながらのたうち回る。壁越しの爆撃であればまだよかったが、爆心地近辺にいた蛮族などはものも言えず一瞬にして吹き散った。死体は原型を留めず四散する──骨も残さない。
「大盤振る舞いじゃないか、"ボマー"」「礼ぐらいは、くれてやるさ」「いいね。付きあおう」"スラッシュ"が淡々としながらいって、軽く手を掲げた。眼前には数多の木々が深く根を張った森林がかいま見える──人の手がまだ及ばない土地なのだろう。人目を避けられるうえに、真っ直ぐ突っ切ってしまえばつのつきの国土などもはや目と鼻の先といってもいい。「ルートからはそう離れない」意図を察した"キャリア"が口添えする。「やってやれ」"ボマー"が命じた瞬間、それは始まった。
 ひうん、といびつな音がする。空間に裂け目が生じた。それはまるで宙空に虚が生まれたかのようで、虚空は眼前の樹木を横切るように一本線を描いていた。
 やがて"虚空"が通り過ぎたあと、全ての木々が断ち切られた。切断面からずるりと滑るようにして幹が地に落ち、ぐらりと地を揺るがすような音を立てる。しかし音のいくらかは土に吸収され、もはや周囲にまで響き渡るほどのものではなかった。後から絶え間ない雨音が全てを塗りつぶしていく。痕跡といえば数多の切り株が残された寒々しい光景にほかなく、その程度の障害物はAHAが余裕綽々で乗り越えてみせる。
 もはや車両に追いすがってくる蛮族はなかった。やはり、大抵の人間とは戦闘そのものが成り立たないだろう。全く"安全保障維持軍"の語る通りだ──彼奴らが"未開の蛮人"を相手にさえ損害を出しているという事実さえ脇においておけば。そして彼らは、つのつきと交戦し、完膚なきまでの敗北を喫した。戦線に投入された兵の八割方は死亡しており、これは全兵数の三割ほどにあたる。これはほとんど戦闘不能といってもいい──被害の拡大を防ぐことに全力を尽くすべき段階だった。であればこそ彼ら五人が出張ってくることになったのだが、自らが漏らした情報がその一因とするならば、これは全く。"キャリア"ならば自業自得だの身から出た錆だのとうそぶくことだろう。
 しかしそもそも、全てが予想外だった。ESSFの五人はもちろんのこと、"安全保障維持軍"、そして本国の誰一人とも考えてはいなかった。よもや爆撃をゆうゆうと封じせしめ、さらには怒涛の反攻による破滅的な損害を許すなど。つのつきたちは、あまりにも規格外だった。
 恐るるべきは彼らを置いて他はない。望まざるともやらねばならない。つのつきホーンドの国土への道は開けた。後はただ征くのみ。
 まさにESSFの総員が決意を新たにした、その矢先のことであった。
 音もなくして何かが空を切る──車体へと飛来するそれ。がんがんと引っ切り無しに前面装甲を叩く音がする。インジケーターがにわかにアラートをけたたましく響かせるも、これといった被害はない。射撃はそのまま雨のように降りそそぐも、それで軋みをあげるほど AHAの装甲はやわではない。「"インヴィジブル"か」"ボマー"がうそぶく。それはつのつき軍と交戦した"安全保障維持軍"の生き残りが端的に語った言葉であり、つのつきたちの脅威を示す象徴的な言葉でもなる。奴らは目に見えぬなにかを操り、それは爆撃機をも撃ち落とし、数多の兵を逃がすこと無く屠り続けた、と。「得体が知れんな」「竹槍ってのはどうだい」"スラッシュ"がうそぶくが、語り口だけは真剣だった。「そいつで爆撃機B-29を撃ち落としたのさ」「ふざけるのは後にしろ」"キャリア"に諌められ、"スラッシュ"は肩をすくめた。
 なおも射撃が続く最中、車両に搭載されたレーダーは絶え間なく捜索を続ける。敵影はまだ見つからない。先を取られているのはよくない徴候だ。"ゴースト"がライフルを掻き抱くように身体を丸める。「あしもと!」そして突然、飛び跳ねるように叫んだ。
 がつん、と車体が致命的な一撃を浴びせられていた。インジケーターが突如として危険信号のレッドアラートを鳴り響かせる。「な、ん……」さすがに一瞬唖然とする"キャリア"。そして咄嗟の判断でアクセルを緩めた。タイヤをやられていたのだ────無理に進ませればあらぬ方向に行き着く可能性がある。しかし解せなかった。AHAのタイヤはともすれば装甲並の防御力を有しており、衝撃を相殺する能力ともなれば前面装甲以上といっても過言ではない。"キャリア"はすぐさま車外の死角を映し出す外部カメラを操作し、被害状況を確認する。「ははは」インジケーターの隅に表示された映像は雨足のせいで乱れていたが、破壊をもたらしたものはよく見えた。"スラッシュ"は笑うしかない。かかったのはおそらく簡単なワイヤートラップだったのだろうが、飛び出していたのは……"角の槍"だった。極めて原始的な槍にしか見えないそれが、タイヤを覆う外殻を貫き、軸から車輪をぶち抜いて完全に破壊していた。「ありえなくもないわね」「なにがだ」"ボマー"は応えながらもすでに扉を開け放っていた。あの槍はまずい。装甲をたやすくぶち抜いて来るとするなら、車内に留まっているのは棺桶に入っているのも同然だった。"くろひげ"のように飛び出すはめになるのは誰だって御免被りたい。「竹槍の話」ジョークを飛ばす余裕があるのは結構なことだ。嘆くより驚くよりも先に、五人の肉体はごく自然に車外へと飛び出していた。すぐさま襲い来る"なにか"──不可視の投射を予期していた"スラッシュ"は即座に虚空を生じさせる。空間が断裂し、その裂け目は"なにか"をたやすく呑みこんでいった。それは確かに脅威だが、決して防げないわけではないようだった。そのまま"スラッシュ"は空間を切り裂き、五人全員を囲いこむ一個の隔絶した領域をつくりあげる。傷口を広げるように切断面からにじみだした虚無は、一切の攻撃を通さない。それは絶え間なく降る雨の一滴でさえも。"空間歪曲フィールド"──これこそは"スラッシュ"の十八番であり、コード・ネームの由縁のひとつでもあった。
「いるぞ」車外に出たせいか、雨足がまたぞろ強まったかと思われる最中、ひそやかな小声で"ボマー"が囁く。その視線の先に光が輝く。
 白鑞しろめの瞳、煌々と眩い銀色の角、夜に映える錫色の髪、闇よりもなお色濃い漆黒の角笛。それぞれに散開していたが、彼らが、確かにいる。なぜという疑問を考える余地はもはやない。
 奴がいる。奴らがいる。
 それを認めた五人は、言葉もなく頷きあった。"敵ではないことを祈る"──あの日の言葉が想起された。それももはや遠い。
 これから始まるのは、ただの殺し合いに過ぎない。

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