つのつきのかみさま

きー子

異界の時代/6

 南方辺境からの凶報は"角張網"へと共有化されることなく、極秘機密という扱いでつのつきの国主へと届けられた。仕方のない措置だったというべきだろう。こんな情報が国中に広まってしまったら相当な騒ぎが起きることは間違いないし、その騒ぎを収めることに時間を費やしていたら本当にすべきことができなくなる。なすべきことはそれこそ山のようにあったし、時間にそれほど余裕があるとは思えなかった。実際、国主が準備を始めてから程なくして連邦は"安全保障維持軍"の統治下に置かれてしまった。こんな時のためにいつかの密約があったというのは間違いがないけれど、それにしても素直に喜べる話では間違いなかった。
 つのつきの国主は"安全保障維持軍"の陣地に隣する要塞の防備を徹底的に固め、そこから手広く防衛戦を伸ばす恰好を取った。あちこちから密偵のつのつきを飛ばして陣地の様子を絶え間なく探り続け、初動を決して見逃さないように心がける。鉄の車による圧倒的な機動力はつのつきにとってなによりもの脅威で、対応するには敵が来てからでは遅い。たどり着くまでに準備している必要が絶対にある。ゆえに、なにか異変が起きたら要塞を率いる将を筆頭に国中の有力者へ情報がすぐさま流れこむ体制を整える。兵の集結は国中の"鉄馬"を全力回転させることによって難なく間に合わせた。もっとも、仮に兵が足りなかったらつのつきの民を戦わせることはさして難しくもなかったろう。あらゆるつのつきにはその素質があるし、だからそうしないで済むことは権力者のつのつきにしても幸いなことだ。
 準備をしていた成果は、存外に早く現れた。"安全保障維持軍"が行軍のための車両を整えながら、陣地を基点にして軍を推し進めているという知らせが入ったのである。空模様はほとんどまばゆいほどの秋晴れ。つのつきたちも敵に合わせるべく、要塞からは相当数の守備兵を残して中隊規模のつのつき兵が出撃した。これはあくまで防衛のための動きで、敵軍に一撃の反攻を食らわせるためのものではない。弓と槍などで"銃"を振り回す"安全保障維持軍"に突っ込んでいくなんて、自殺行為もいいところ。つのつきたちには戦場跡から鹵獲した"異邦人"の兵器がわずかながらあったけれど、弾薬が心もとなくてあてにはなりそうにもない。
 つのつきたちが"安全保障維持軍"を迎え撃つかたちで実行したのは、塹壕作戦だった。戦場の只中に数人のつのつきが入ってしまえるくらいの穴を掘り、その中にすっかり隠れてしまう戦術である。それは極めて単純なものだけれど、それなりには効果的だ。角の槍を使えば穴はかなり早い速度で掘れるし、そうなればたくさんのつのつきがすばやく布陣することもかなり容易い。さすがに穴に入るだけではちょっと心もとないけれど、土塁に砂を詰めた袋なんかを使えばそう簡単には手出しができなくなる。中型ないし大型の"銃"は要塞の壁をまるで紙のように破壊してしまう恐ろしい兵器だけれど、砂袋を盾にされるのには結構弱かった。衝撃はかなり殺されて、ちょっと掃射されたくらいで貫かれることはない。そもそもつのつきたちが異邦人の兵器を持ち帰ったのは、自分たちで使うよりも"弱点を探りだす"という目的のほうがずっとずっと強かった。
 つのつきたちが素早い防御陣系を敷くと、案の定というべきか、"安全保障維持軍"の進軍はそこで止まった。止まってしまったというより、あえて止めたと言うべきだろう。車両の機動力を無理やりに使えば突破することは難しくないだろうけれど、異邦人の物資には限りがある。車両ももちろん立派な資源だ。塹壕ひとつを突破するために車両をぶっ壊されるなんて割に合わないに決まっている。それになにより、どんな兵でも、最初の犠牲者になりたがるものがいるわけはない。
 時折り敵軍からは手投げの爆弾なんかも放りこまれてきたけれど、これに反応するのは難しくない。"角張網"によって知覚強化されたつのつきにすれば、どこに飛んでくるかなんてことは目で見るまでもなく手に取るようにわかるはずだ。実際大抵の手投げ弾はほとんどが空中で撃ち落とされ、あるいは投げ返され、てんで的はずれな方向に打ち返されたりして呆気無く処理される。物量で押されたら話は別だったろうけれど、そこまで本気になって攻めかかってくる気配は感じられなかった。
 とはいえ、守ることはできてもつのつきたちには今、決定的な攻め手がない。無理攻めは当然被害が出る。数の上で不利になれば徐々に困るのは、当然つのつきのほうだ。結果としてつのつきたちと"安全保障維持軍"は、そうなるべくして膠着状態に陥った。ほとんど必然的ともいえる帰結だった。
 そして、つのつきたちは、まさにこの瞬間に相手が切ってくるであろう手札をあらかじめ知っている。
 それは、空の上からやってきた。唸りを上げて、雲を切り、冴え渡る秋天に火を撒きながら大気を引き裂いていく。おどろくべき轟音は、それが飛翔したあとからようやく届くほどの疾さ。"鉄の鳥"なんて表現が生易しく思えるくらいだった。錫の髪のつのつきはきっとどうかしていたのだろう──あんなものを目にして、あれほどに澄ました顔をしていられるなんて。
 それは今まさに"安全保障維持軍"の上空をゆうゆうと通過し、ほんの少しだけの空白地帯を乗り越えてつのつきたちの頭上に迫る。速度は一瞬たりとも、一分たりとも緩まない。まばたきもしないうちにつのつき軍上空を"鉄の鳥"が通過する刹那、それはひゅるるるとどこか間の抜けた音を立てて落ち始めた。それは"鉄の鳥"に格納されていたと思しいもので、ともすれば彼のお腹から産み落とされた卵のようでもある。数多のつのつきたちは音より早く過ぎ去ってゆくその影につられてみたいにして、視線を上空に跳ね上げた。本当にたくさんのつのつき兵が、それを見た。
 つのつきたちは、それを、とらえた。
 瞬間、空高くでガンガンと甲高い金属音が跳ね上がった。なにかが音を立てている。何の音かはわからない。なにがそこにあるのかさえもわからない。わからないのに、確かになにかが音を立てていた。それは空中の爆弾が四方八方からめった打ちにされている音だった。音が絶え間なく響く。"鉄の鳥"が機首を翻して反転したそのとき、すでに爆弾は呆気無く限界をこえた。爆弾はいまだつのつきたちのはるか上空にあったけれど、それが地表にまで落ちてくる望みは一片もない。
 轟音とともに、上空で爆弾が炸裂した。夥しい爆風が吹き上がるものの、それが下方にいるつのつきたちに与える影響はごくごく微細なものだった。降る火の雨は火の粉にも等しく、ちょっと払えばそれで済んでしまうような程度のもの。つのつきひとりに傷も残らない。国土にいたっては、いわずもがなだ。
 なんのことはない。それがなにかはわたしにはわからないし、目にも見えないけれど、確かにわたしはそれを知っている。呪術。つのつきの"角笛"による呪力の投射。要塞に控えていた守護兵のつのつきが、爆弾を目にしたつのつき兵の感覚を介し、一片の容赦も存在しない全力の一斉射撃を行ったのである。呪力の投射はすでにして距離を問わない域にあり、その威力もまた先の時代の比では全くない。考えてみれば、当たり前のことだった。呪術とは、信仰するものが増えれば増えるほどに力を増させる普遍的な神秘という極めて矛盾した技術であり、それを可能とするものこそつのつきたちの冠する角に他ならない。"角の生えそろった全てのつのつき"があまねく呪術の使い手となり得る現在、その威力もまた過去の呪術をはるかに凌駕している。爆弾ひとつを叩き壊すなんてことは児戯にも等しい。実際、投下から破壊に至るまで一秒もかかってはいなかった。
 そして、その爆弾はつのつきの軍にこれっぽっちの影響しか残さなかったけれど、いまだ上空にある"鉄の鳥"からすれば話は別だ。音よりも早い"鉄の鳥"でさえも爆風からは逃げきれず、鉄片の炸裂をほとんどまともに受ける。それでもなお航空を維持しているのは驚嘆に値すべきことだろう。しかしつのつきたちに慈悲はない。要塞に居並ぶ呪術守備隊が揃って角笛を構える。ことりと、静かに引き金を落とす。
 つのつき軍の上空で反転したところを、めちゃくちゃに撃ちまくられる"鉄の鳥"。つのつきの呪力投射は正確極まりなく、射撃にはほとんど絶え間がなく、さらにいえば悪趣なまでに執拗だった。呪術の普遍化によって呪力総量もまた飛躍的に増えているのか、つのつきたちがいくら投射を行っても疲弊するような気配は全くない。"鉄の鳥"はもはや機体が傷だらけなうえにあちこちからは煙を吹いていて、いつ落ちてしまってもおかしくはない。すでにほとんど制御を失っていて、慣性でふらふらと空をたゆたっているようなもの。
 ことここに至ってつのつきは、撃つのをやめた。否、完全にやめてしまったわけではない。中空でもたつく"鉄の鳥"を観察しながら引き金を落とす──翼の根本がにわかに爆ぜる。のたうつ様子を見守ってはまた撃つ。搭乗席の前面にある硝子が弾ける。また撃つ。後方からぼっと火を吹いて"鉄の鳥"が錐揉みする。
 わたしにはどこからどう見ても嬲り殺しにしているようにしか見えなかったけれど、どうやらそうではなさそう。というのも、"安全保障維持軍"が不意に騒然としていたからだ。おそらく彼らは"鉄の鳥"と連携するため、陽動としてつのつきたちを引きつけるためにも真正面からの布陣を行っていたのだろう。その連携が全くの予想外の失敗に終わったのなら、混乱をきたしたって不思議ではない──そして、それだけではなかった。ふらふららと制御を失って落ちていく"鉄の鳥"は、まさに敵陣のど真ん中へと向かっていた。ほとんど機首の切っ先が地面へと突き立ってしまいそうだった。
 わかってしまえば、なんのことはない。つのつきたちは投射攻撃の影響をかんがみて、制御を失った"鉄の鳥"の航行距離を微調整し、わざわざ敵陣地のど真ん中に落ちるよう仕向けたのだ。一見すれば単なる偶然のようで、一連の現象を見守っていれば決して偶然ではありえない。悪魔的な所業とすらいえた。"悪鬼"なんてまだまだかわいいほうだ。
「空を侵した報いだ」
 角笛の担い手のひとりが、秘めやかにうそぶく。どうやらつのつきたちにとって"空"というものは、わたしが思うよりずっと神聖なものなのかもしれない。"神代"の少女の働きぶりからしても無理からぬことだけれど、なんだか不思議な気持ちになる。だって空のずっと高くにいるわたしはすっかりと忘れられてしまっているし。恨めしいわけでは全くないけれど。悲しいわけでもない。いや、これは嘘だ。
 ともあれ"鉄の鳥"は墜ちた。どうしようもなく、抗いようもなく。機首が地面に突き立ちかねないほどに真っ逆さまで。
 衝突。聞き苦しい破砕音。そして爆発────鉄の外殻が四散する。それらは否応なく、無慈悲に"安全保障維持軍"の陣地をぐちゃぐちゃに引っ掻き回した。何人死んだかなんて確かめようもない。壊滅的な被害だった。
 一方でつのつき兵たちはみんな塹壕に隠れてそれをやり過ごした。距離があったとはいえ全軍が全くの無傷とはいかないけれど、行軍に一切の支障はない。飛来した破片などで軽傷を負ったつのつきはその場に待機、後方から駆けつける衛生兵のつのつきに任せて残ったつのつきは塹壕から飛び出す。当たり前のように手にした槍や弓なんかは塹壕の中に残していって、つのつき兵の手の中には揃って腰の後ろや背中から引き抜かれた細長く鋭角的な輪郭の"笛"──前時代的な"銃"にして呪術の象徴"角笛"がある。これみよがしに古臭い武器を持って布陣したのは、いわずもがな、異邦人たちを油断させるためみたいだった。いわば"安全保障維持軍"は、陽動で敵を誘い込むつもりがまんまと誘い込まれていたということになる。
 角の生えそろったつのつきは遍く全員が呪術の使い手であり、そこにはただのひとりの例外もない。つまり、先ほど守備兵が垣間見せた超長距離呪力投射はつのつき兵の全員が使えるということにほかならなかった。
 ──怒涛の、反攻が始まる。そこには誰かの意志が介在するような余地は一切ない。"角張網"によって全軍に共有化された作戦は単純明快にも程があった。「逃げるものは撃つ」「向かってくるものは撃つ」「混乱しているもの、動けないでいるものは殺さない程度に撃つ」「助けに走ったものは撃つ」自明の理にあてはめられたつのつきの軍は、ただそうなって当然という結果を自軍へともたらす。
 引き金を落とすたび、悲鳴があがる。わざわざ追いかけてやる必要は全くない。射程はすなわちつのつきたちの視界内すべてだ。目に入った"安全保証維持軍"を片っ端から射る。混乱の極地にあるものの脚を射抜く。今まさに発車しようとしていた車両の車輪を撃ちぬく。まともに動けなくなった車体をつのつき数人がかりでめった打ちにする────限界をこえた車がぶすぶすと黒煙を上げ始め、それでも構うことなく呪力を投射し続ける。ついには車両が爆発四散して周囲にさらなる破壊と混乱をまき散らした。何人かの異邦人たちが巻き込まれて死んだ。
 つのつきたちは一切手を緩めることなく呪力の投射を続けながら、それでも呪力の容量プールはいつまで経っても底が見えない。いくらかつての呪術よりはるかに強度と確度が増しているとはいえ、つのつきたちはひとつの容量を共有してみんなで使い続けているはずなのだ。ならば、遠慮も呵責もない連発は以前のように心体の疲弊を呼んでしまうはず。
 わたしが思わず心配するのとは裏腹に、そんな徴候は全くなかった。撃つ。撃つ。遮二無二に撃つ。呪力の投射が乱れ飛ぶ。いつしか動けなくなった同胞を助けようという異邦人はいなくなり、それぞれがそれぞれに逃げ出すだけで精一杯になる。自然のなりゆきとしてそうなる。そんな中でもさらにつのつきたちは少しずつ戦線を押し進めていく。守るべき陣地の一線は完膚なきまでに崩壊していた。戦場が死体と重傷の兵に埋め尽くされるまで、つのつきたちの呪力容量が尽きてしまうことはとうとうなかった。
 そして、よくよく考えてみれば、それもそのはずだった。呪術を使えるつのつきには角が生えそろったつのつきの民族全体であり、そこにただのひとりの例外もない。つまり呪力の総量とは、"戦場で戦っているつのつきたち"に限って計上されるものではないのだ。いってしまえば、今も内地で農作に勤しんでいるつのつきさえ、呪力容量を構成するかけがえのないひとりということになる。呪術の──ひいてはその源泉となる"角"への信仰がある以上、つのつきはただ生きているだけでも呪いの力を生じさせる。呪術の強度を高めうる。
 つのつきの兵たちは、ゆっくりと"角笛"を下ろす。そして、その時はじめて実感を得たみたいに鬨の声をあげた。要塞のほうでは鐘の音が響く。
 この世の地獄めいた光景を産み落としてなお、数多の屍を踏み越えてなお、つのつきたちは生きていた。国土を踏みにじられることなく無事に済んだ。わたしはそれを嬉しく思った。
 ──自分でも、いかれているなと、そう思った。

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