つのつきのかみさま

きー子

異界の時代/5

 怒り心頭のつのつきたちは、けれどもすぐに軍を組織し始めるようなことはなかった。現在"安全保障維持軍"が駐留している西方諸国家周縁とつのつきの国との地理関係上、ことが起こったとき真っ先に被害を負うことになるのは連邦だからだ。百年ものあいだ矢面に立ってつのつきたちの平和に貢献してきたかの国に、無用の損害を押し付けるわけにはいかない。連邦は内戦をいやというほど繰り返している西方諸国家よりかはよほど豊かであったけれども、だからといって"安全保障維持軍"にかなう武力があるとはとてもいえないのである。つのつきの国主と連邦の総領主はこの問題をいかにして解決すべきかと話し合った結果、あるひとつの密約を交わした。
 それは連邦の自国民を守るためならば、"安全保障維持軍"の麾下に加わることも辞さないということ。そしてそのとき、例え異邦人たちがどのようなことを命じてきたとしても、軍をつのつきの国に向かわせるようなことは決してない、ということだった。
 現在の総領主はあれから代を重ねた結果、過去のつのなしたちよりもいくらかつのつきたちを憎む心が薄れてきている。なによりも恐ろしきは時の流れというべきかもしれない。もっともそうさせたのは間違いなくつのつきたちが連邦の樹立に支援を惜しまなかったからで、そのことを今代の連邦のつのなしたちはよく覚えていた。よくよく、知っていた。
 つのつきの国主はなんと脅しつけてでも軍を出させる可能性を懸念していたが、それは無いだろうと総領主のつのなしは考えた。"安全保障維持軍"の有する武力はつのなしの軍をはるかにこえて圧倒的であるから、じかに軍を出させるよりも物資を出させるほうに興味を持つだろうと推測しているのだ。もちろん領民が精魂をついやしてひねり出した物資を吸い上げられるのは全く了解できることではないけれど、つのなしはそれも一時のことであればしかたないと述べた。
 一時のこと。つまりは、つのつきたちは異邦人たちを打倒し得ると、つのなしの総領主はほとんど確信していた。どこからそんな自信が出てくるのか、これまでを見守ってきたわたしにもわからなかった。それは連邦の主としてはちょっと無責任にも思えたものだけれど。国主のつのなしがいぶかる目を向けると、つのなしは事も無げにいった。
「"内陸の悪鬼"のほかに、いったい誰が奴らにかなうという? おまえたちが敗れるときは、つまりこの世界がみな奴らに屈するということだ」
 思わず、頷かざるをえなかった。それは確信しているというより、確信するほかにないのだろう。つのつきが最後の頼みの綱というのは、ちょっと想像がつかないけれど。かつて悪名として知られた"内陸の悪鬼"こそがよく似合った。総領主のつのなしは、そのあだ名を呪うでもなく蔑むでもなく口にした。まるでひとすじの希望の名前を謳うように。
 西方諸国家での内戦の後始末をしている"安全保証維持軍"はしばし駐屯地から動かないでいたけれど、そのうち何らかの反応を見せることだろう。それくらいにつのつきの反動は高まっていて、輸送車の通行などは一切許さないようとする村もあちこちから出ていた。当たり前といえば当たり前というほかなかった。こればっかりは理屈ではなく感情の問題で、いかに"角張網"上での議論を重ねようとも当事者でなければ到底納得のいく話ではない。国主のつのつきにしても、現地の反対をしいて我慢させるようなことはこれっぽっちもしなかった。これ以上、ただのひとつの間違いも起こしてはならなかったからだ。
 十分な休養を取ってから元気いっぱいの"安全保障維持軍"と事を構えなければならないというのはちょっと考えるだけでも厄介な問題だけれど、実際はそこまで悲観したものでもない。武力介入を受けた小国でもまた異邦人に対する反感がおびただしく高まっていて、これは怒りのほどでいえばつのつきたちなど全く比にもならないかもしれない。小規模の反動勢力による攻撃が引っ切り無しに巻き起こり、昼夜を問わず異邦人たちの安全を脅かしているそう。なんでも異邦人たちの武器をぶん取ってしまったつのなしなんかもいて、殺害した兵から弾薬を奪い取るかたちでさらなる攻撃を許してしまっているらしい。武器なんかは後々の禍根を大いに残してしまいそうな気がしたけれど、持ちこまれてしまった以上はもはや仕方がない。異邦人たちにはせいぜい自分たちが持ちこんだ武器に苦しんでもらわないといけない。異邦人に命じている誰かがいるとすれば"安全保障維持軍"が悪いわけではないような気もしたけれど、つのつきたちが実際に相対するのはやっぱり彼らなのだから。
 まるでうごめくみたいに情勢が刻一刻と変化し続ける中、時にはつのつきたちがほんのひとかけも予想だにしていなかった働きかけもあった。それは"安全保障維持軍"が西方諸国家の戦乱をあらかた平定したころ、つのつきの国の南方辺境でのことだった。それはまさに"裂け目"の調査団がいまだに駐屯しているつのつきの領地で、ゆっくりと要塞化が行われ続けている土地でもある。
 その異邦人たちは、何の知らせもなくつのつきの領地にまでやってきた。トラックよりもさらに頑丈そうな装甲車両と思しいものは辺境から距離を置いた地点で停められていて、彼らの代表は無抵抗を示すために両手を軽くあげていた。軍服は"安全保障維持軍"のそれと大差ない灰色と迷彩色の中間──ただし、その肩にはたくさんの星の散りばめられた不思議な紋様があることだけが違った。彼らの国旗なのかもしれない、とわたしは思う。代表らしい男性の異邦人は遠くから見てもわかるくらいに黒い肌をしていて、見るからに特徴的だった。特徴的なのは彼ばかりではなく、一度見ているものだから見間違えようもない集団だった。彼らこそは、かつてつのつきの調査団と邂逅した異邦人たちであった。かの黒肌の異邦人は、対応に出てきた白鑞の瞳のつのつきを見かけるやいなや、笑みともなんともいいかねる表情で会釈した。少なくとも、襲撃をかけにきたというわけでは全くなさそうだった。
 つのつきたちは対応に一瞬迷った様子だけれど、すぐにも秘密裏に迎え入れることを決めた。今は砦内で人目にふれることのない場所を選んで、こっそりと話が出来る状況を取り持っている。異邦人たちとつのつきたちとの関係はとても微妙なものといわざるをえないけれど、それでも個人レベルでの話し合いを断固拒絶するほどではない、ということ。なにより彼らは輸送隊縦列を通すための交渉にきたというわけでは全くなさそうだったし、悪意的な行動に踏み切る気配も一切読み取ることはできなかった。
 いったいどういうつもりだと白鑞のつのつきが問いただそうとした矢先、開口一番、黒肌の異邦人は挨拶もそこそこに真っ向から吹っかけてきた。
「国をかついで逃げたほうがいい」
「馬鹿をいうな」
 即答する。後ろに控えていた調査団のつのつきのうちひとり、髪をひとつ結びにした男性のつのつきが背中から漆黒の"角笛"を引き抜きかけるも、白鑞のつのつきはそれを無言で制した。
 ただの降伏勧告というわけではなさそうだった。そんなことのために、彼らのような特殊部隊が自らやってくるわけはないだろう。たぶんだけれど、それこそ考えにくいことだけれど、彼らは個人的にこの土地を訪れている。「なぜここがわかった」「偶然さ」黒肌の異邦人はおどけるみたいに肩をすくめる。「対話ができりゃあよかった。だから、まあ、知ってる相手が出てきたのは僥倖ってことになるな」あれからずいぶん情勢は変わって、けれども彼の諧謔的な様はまるで変わったところがない。
「害されることは、お考えになりませんでしたか」
 漆黒の"角笛"を担いだつのつきが、淡々としていう。みんなで四人いるつのつきのひとりだった。
 以前は公的な対話であったために言葉を控えていた団長以外のものも、今回はそうではないことを察したのだろう。忌憚ない物言いに、異邦人たちからもまた別のひとりが応じた。小柄で、性別すらもいまいち判然としない異邦人だった。「我々は、いつでもそのことに気をめぐらせている」透徹とした声色。「当然、今も」そういう異邦人の手はからっぽだった。目につくところに武器らしいものはひとつも見当たらない。
「そして、できればその必要がなければありがたいね」
 金髪碧眼の異邦人が皮肉っぽく言葉を引き継いだ。余裕があるように見える態度は単なる見せかけのようでもあったし、実際いざというときもなんとかできるという自信の表明にも思える。
「了解した」白鑞のつのつきは生真面目に応じた。お互いにこの場での交戦は望ましくないと考えているのは明らかだった。「続けてくれ。そういうことになるわけを」そして、黒肌に禿頭の異邦人をそっとうながす。両方の指揮官はふたりしてひそかに頷きあった。
「あんたらの……領土にまぎれるトラックのことだが」黒肌の異邦人は、だいぶん言葉を選んでいるように見えた。「あれらはNSF安保軍の一員というわけではない」それは、予想できたことではあった。語り口からして、話は長引きそうだ──錫色の髪をした女性のつのつきがいくつか水入りのコップを持ってきて、見せるようにしっかり混ぜたあと、それぞれを一口含んでから机上に置いた。ありがたい、と褐色肌の女性の異邦人が会釈して応じる。
「あれは、我が国の国防総省が契約を結んでいる社のものだ」
 黒肌の異邦人が続けた言葉は、十分すぎるくらいに驚きに値する言葉だった。彼が口にしたのがどういうものかはちょっとわからないけれど、少なくとも一国の機関であることは間違いがないだろう。それにしては、あまりにも程度が低いようにわたしは思った。
「そりゃあ、大変だ」銀色の角をしたつのつきが飄々としていう。「好き勝手に入りこんできたやつらと思っていたが、お墨付きだったなんてな。笑えねえや」
「同感だ」と、黒肌の異邦人が頷く。「だが、"此方側"は一国家の承認無しで介入できる状況にない。省は社に現地業務を丸投げし、代わりに社は認可を得る。業務量は、膨大だ。オペレータの質的問題に、全く手が回っていない」半分くらいはわかったようでわからない話だけれど、つのつきたちは理解にさしつかえもなさそう。「監視機構が働いていないどころか、"此方側"は一種の治外法権とさえ見なされている」「ま、そちら側の法が届かない場所であるこた間違いない」銀角のつのつきが茶化した。黒肌の異邦人はあいまいに笑った。
「私たちにも、法がある」白鑞のつのつきが憮然としていう。「それを知らないのか、意識的に無視しているのか、私には判断のしようもないな」「可能であるならば、俺は見て見ぬふりをしているほうに賭けるだろう」褐色の女が淡々としてつぶやき、長い前髪を垂らした男性が投げやりに続けた。
 性別さえも判然としないひとりの小柄な異邦人は、ただ傍らでなにもいわずにたたずんでいる。なにを見ているのかも、果たして話を聞いているのかさえもわからなかった。
「で、無法が許されていることが、どうしてこちらが逃げることに繋がる?」笛を担いだつのつきは、解せぬといわんばかりに眉を釣り上げる。「慌てないでくれ」黒肌の異邦人はいって、褐色の女性が水をのむのを確かめたあと、ちょっとだけ水を含んで飲み干した。「あんたらが、輸送車をおおいに厄介がっていることはわかっている」「その通りだ」白鑞のつのつきの首肯。「しかし本国は、奴らを退かせないだろう」頷いたばかりの彼が、けげんそうに瞳を細めた。「むしろ、あんたらの反感を、おおいに利用する」黒肌の異邦人が断じた。端的にいって、しぶい顔だった。
 一瞬誰もが判じかねる中で、錫の髪のつのつきが真っ先に口をはさんだ。「私達の──"此方側"の──ことは、そちらで、どのように知られていますか」てんで話の流れと無関係な問いに思えたけれど、金髪の異邦人はひゅうっと調子のいい口笛を吹いた。黒肌の異邦人が言葉を継ぐ。「ろくに知られていない。少なくとも、正確なことはなにも」「民間の方が来ておられるのに?」「民間には違いないが、軍事に関わる人間と、その他の人間というやつは、隔絶している。それも、かなり著しい度合いで」端的な隊長の言葉に、陰気な前髪の男性が付言する。「NSFとPMC民間軍事会社の間を国防総省が取り持つ。この繋がりは絶たれることがない。でなければ、国防総省はすっかりやることがなくなる──そしてこの一種の腐敗的三位一体を、また別勢力が必死に隠蔽をはかっている」「どの程度に?」「数年は持つだろう」それは"此方側"の世界が深刻な状況に陥るには、きっと十分すぎる時間だろうとわたしは思う。
 ありがとうございました、と錫の髪のつのつきが丁寧に礼をする。頭を下げるのは角をさらす最上礼だ。陰気な男が、ちょっと懐かしいものを見たような顔をした。まるで、ぜんぜん知らない異国の地で故郷と共通するにおいを見出したかのような。
「つまり、一般の人間は"此方側"に全く無知だといっていい。知られているのは、"安全保障上の観点"から軍が派遣されているということぐらいだ」「しかし、西方諸国家の鎮圧はあらかた済んだはずでは?」「それはまだ公表されていないことだ」黒肌の異邦人が軽く首を振った。白鑞のつのつきの表情がますます怪訝になる。わたしだって不思議にもなる。勝っているのにどうしてそれを明らかにしないのだろう。戦意高揚が望めるのは間違いないのに。残党に手間をかけたことはあまり知られたくないだろうけれど、それこそ隠蔽すればいいだけなのに。
 黒肌の隊長は、一瞬ためらった──そして、異邦人たちがみんな首肯した。これといった反応をひとつも見せていなかった、小柄で、短い銀髪の異邦人さえも。
「それを公表したら、NSFの仕事が終わってしまうからだ」「いいことじゃねえか」銀角のつのつきがおどけるも、こればかりは別とばかりに彼は取り合わない。「本国は終わらせることをやめた──つまり、あんたらの反感が高まっている状況を機に、西の諸々も、あんたらの国も、まとめて掻っ攫っちまおうって腹だ」銀角のつのつきの笑いが止まった。言葉を失った。それはわたしにしても同じことだった。
「その手始めに、本国は……あんたらの、土地を……攻撃するつもりでいる」黒肌のつのなしは、ふいに言葉を濁した。決定的な開示──同国の軍人として、それは踏み越えることができない一線を感じたのか。もっとも、すでに彼はきっと相当の綱渡りを踏んでいる。今ここにいることすらも重大な背信の範疇に含まれるだろう。つまり、身の危険を呈してでもつのつきに警告を送りに彼らはやってきたのだ。ただ一度、初めて出会ったときの縁のために。こんな状況になるのを望んではいなかったときのために。
「空爆ですね」錫の髪のつのつきがぴしゃりといった。問いですらない。反論を許さないように泰然とした。「先日"鉄の鳥"を空に確認しました。続けてください」そちらがいわずとも、と告げるように。一瞬、異邦人たちさえも絶句したみたいだった──そんな気配もすぐに掻き消えてしまったけれど。
「いいや。これで終いだ」黒肌の彼がゆっくりと席を立った。「国を担いで逃げるべきだ。できるならば」もちろん、そんなことができるわけはない。いくらつのつきにしたってそんなことは無理だ。全領地にわたっての情報拡散くらいなら"角張網"によって容易に行えるけれど、いったいどれだけのつのつきが決断できることだろう。生まれ故郷を打ち捨てて、その地を誰とも知れぬ異邦人に支配されるとわかっていながら、逃げ出すなんて。
 逃げ出すという判断は、この場合、きっと戦って死ぬよりもはるかに難しい。死ぬほうがまだいい、と考えるつのつきは、たぶん少なくはない。
「それだけか」白鑞のつのつきは立ち上がりもせずに、黒肌の異邦人を見上げた。「十分すぎると思うね」金髪の異邦人が口添えする。「逃げ出す理由には十分だ」「戦って死ぬのにもな」ふざけたようにいう銀角のつのつき。異邦人はさっと碧眼を睨めつけるように向けたけれども、なにも言えなくなった。銀角のつのつきは真剣そのものだったからだ。
「御忠告には感謝します」そこまでに、と掌を打ちながら角笛のつのつきは静かに制した。「あなた方が、おそらく相応の代償を払っているということにも」黒肌の異邦人がばつの悪そうな顔になった。
「私らは、所詮、本国から生かされている身にすぎない」褐色女性の異邦人が、決然としていう。「この程度のことがばれても、事になったりはしない。大勢に影響はないだろうから」つのつきの国土が焼かれるのは、すでに決まりきっている未来なのだといわんばかりに。「つまり、私たちには情報があるけれど、この件には毛ほどの権限もないってこと」偽情報を吹きこんでつのつきを陽動している可能性は、全くないとはいえない。けれども、異邦人たちの語り口、そして振る舞いから策動の気配は感じ取れなかった。それはつのつきたちにしても同じことなのだろうと思う。
 白鑞のつのつきが緩慢に立ち上がって、そしていった。
「残念だ。とても」
「どういう意味で?」
「こんなかたちでしか相見えなかったことを」
 白鑞のつのつきは一国の国主でもなんでもないし、ましてや土地の領主でさえもない。極めて優秀ではあっても、精鋭たる兵のひとりに過ぎない。だというのに、伝わってくる反抗の意志は、つのつきという民族種の運命を物語っているかのようだった。
 黒肌の異邦人は──異邦人たちはにこりともせず、それぞれに会釈すると部屋を出ていった。国旗に背負われた星と月が、交わることは、もう二度とないだろう。
 異邦人たちは見送りのものをやって、あくまで客人として最後まで丁重に扱われた。彼らがなんらかの特殊部隊であるとすれば、ここで亡き者にしてしまったほうが得策であるような気もする。単に現地のつのつきに累が及ぶ可能性を嫌っただけかもしれないけれど、あるいは、四人のつのつきが異邦人たちに最大限の敬意を払ったのだとも考えられよう。
 ────その日から程なくして東進した"安全保障維持軍"は、極まった迅速さで連邦首都の無血開城に成功。勢いをつけた彼らはそのまま東方の辺境へと陣地を構築し始める。その地を足がかりにしてつのつきの国土を侵略にかかることは、誰の目にも明らかだった。
 はからずしも異邦人たちの誠実さを裏付けることになったのは、数少ない不幸中の幸いだったのかもしれない。

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