つのつきのかみさま

きー子

異界の時代/3

「確信を得る必要がある」と、黒肌のつのなしはいった。調査団長のつのつきにしてもそれは全くの同意見だった。なんのためかは言うまでもない。つまりお互いの元いた世界、あるいは宇宙、もしくは次元────とにかくどんな呼び方でもいいけれど、それを確固とした情報として持ち帰る必要があった。すでにして黒肌のつのなしの推論は明白な気がしてならないけれど、できる限り情報の確度を高めようとつとめるのは全く悪いことではない。むしろ是非ともやらなければならないことだった。
「あなた方はずいぶん、多様なようだ」
 団長のつのつきは慨嘆し、白鑞しろめの瞳を向けていった。すなわち、つのなしたちの部隊のあんまりのまとまりのなさに対してだ。つのつきの調査団にも女性はひとりいたものだけれど、どうしたって向き不向きというものはある。男性が多くなりがちな傾向は否めないし、つのつきは領土が広範に至っても種族的な特徴はおおよそ均一だった。そしてなにより、角があった。
「あんたらほど個性的ではないな」そういったあと、言葉を次ぐ。「珍しいか? 俺たちのような部隊チームが」
「珍しくない国もあった。が、絶えて久しい」
 帝国軍には様々な肌の色や髪の色のつのなしが無秩序に混ざっていることは、なんら珍しくもない光景だった。数多の土地を征服して支配下に置き、その血を幾重にも交わらせているのだから当然のこと。本土から派遣した軍に各地で徴募した兵などを合わせれば、あっという間に多国籍軍の出来上がりだ。もっとも、当の帝国はあえなく崩壊の憂き目を辿ってしまったのだけれども。
「崩壊した、か」
 黒肌のつのなしは端的にいった。白鑞のつのつきは応じなかったけれど、それは事実上の肯定にも等しい。下手に否定したってすぐに見破られてしまうだろうから、仕方のないことではあるけれど。たぶん、戦なんてものは彼らの世界にしてもなんら珍しいものではないのだろう。そもそも軍というものの存在がそれを如実に物語っていたし、ともすれば彼らの世界とこの世界には大した違いなんて無いのかもしれない。だとすれば、明確な"裂け目"で隔たれてはいても地続きになったのはある種の呪いであるようにも思える──例えばつのつきがやったではないにしても、ふたつの世界をひとつのものと見なす超自然的な呪術が働いたとか。
「で、あんたらのそれだ」黒色の目立つ指先が、つのつきの額、頭の天辺から生え出した角を指し示す。「あんたらは、みんな揃ってそうなのか」
「その限りではない」白鑞のつのつきは鷹揚に首を横に振った。「あなた方と同じような姿形をしているものもいる──あるいはその方が多いだろう」
 黒肌のつのなしはその言葉に頷きながら、ふいに禿頭を掻いて思いをめぐらせているようだった。つまりは彼らを真っ先に迎えたのが、彼らと同じつのなしではなく、いわば彼らにとっての異形にあたるつのつきだったというその意味を。
「あなた方の国は、どのようなものだ」にわかに空気が張り詰めるような感じ。言葉と会話を重ねてはいても、どことはなしに彼らの雰囲気は硬化しているような気がした。今の状況さえ、どこか腹の探り合いのようなものにも見えてくる。「私達のようなものは?」
「俺の知る限りは、ない」黒肌のつのなしが首を振る。「"カートゥーン"を除いては」それはつのつきたちの知らない概念だった。呪術はその言葉を絵付きの小冊子程度のものと解釈する。つまりは紙の上、想像上の存在でしかないということだった。つのつきたちにしてみれば、肩を落としたくなるのも致し方あるまい。
「俺たちの国、は──」彼はゆっくりと白鑞のつのつきを見て、またひとりひとりのつのつきを順番に見ていった。調査団の制服は軍服ほどにかっちりとはしていなくて、通気性や柔軟性を高めるためにも端々は肌があらわになっている。日焼けを避けるときには上着を羽織ることになっていて、それにはつのつきの民族的な紋様が編みこまれていた。紋様は様々であったけれども、主に天体をモチーフしていることだけは一致している。「ここよりはいくらか豊かだろう」諧謔的な言葉だった。つのなしは赤土と土煙にまみれた周囲をゆっくりと見渡した。
「あるいは、私達よりも」冗句に付き合うように白鑞のつのつきが片目をつりあげる。黒肌のつのなしは、ほんの少しこわばったようだった。「見ればわかる」そしてつのつきは笑った。彼が腰の後ろに帯びている一振りの槍も、それを物語っているように見えたっておかしくはない。
「なるほど」黒肌のつのなしはひょいと両手をあげた。
「たぶん、俺たちは対応を元の世界に持ち帰る必要があるだろう。あんたらもだ」
「違いない」
 つのつきもまたちいさく手を振って応じた。少なくとも、性急な武力衝突は全く望むところではないということ。彼らが振るう脅威の程度はそれこそ未知数というほかなくて、けれどもそれは相手のほうからしても同じことだろう。つのつきがほんの短時間のやり取りで言語に習熟してしまったとき、彼らは相当驚いていた──それは彼らができないことをやってのけたというのを間接的に意味してもいる。どんな結果が出るのか想像もつかない戦いはできる限りすべきではないと、ただそれだけのこと。
 それぞれの民族を代表するつのつきとつのなしは、それぞれに簡単な挨拶を交わしたあと、ゆっくりと離れる。つのつきからは「手土産に」とちょっとつまめるくらいの保存食を手渡す。「とっといてくれ」と、黒肌のつのなしはつのつきたちに一枚のコインを投げ渡した。つのつきたちが使うものよりも軽く、そしていくらかちいさく見える。裏面には"1$"という刻印、そしてろうそくのようなものを掲げる女性らしい姿見が浮き彫りになっている。たぶん、腕の良い彫金師の手によるものだろう。これだけ見ても、彼らが有する技術程度の高さはうかがい知れる。それは友好的な態度の示唆のようでもあり、同時になんらかの抑止力を期待しているようでもあった。
「次に会うことがあれば、敵ではないことを祈る」黒肌のつのなしがいって、他の四人が先に"裂け目"のほうへと向かう。彼らはつのつきたちを一瞥して、けれども余計な口出しをすることはなかった。ひとりの隊長のもとに統率がなされているというなによりもの証だ。
「あなた方は誰に祈る?」
「"神"にだ」
「では、私達と同じだ」
「同じ神である保証はないが」
 そういって、彼らはみんな"裂け目"の向こう側へと帰っていった。極彩色の波打つ"裂け目"に呑みこまれていく光景たるや尋常なものではなくて、正気があるものなら少しはためらいを見せることだろう。かのつのなしたちには、それさえもなかった──もっとも、つのつきたちもやると決めたら迷いなくそうしただろうけれども。
 しかしつのつきたちは向こう側の調査をすることなく、すぐに帰国することを決定した。向こう側に広がっているであろう世界では、たぶん、つのつきが歓迎されないであろうことは明らかだったからだ。異界なんてものに手を伸ばすには今の調査団の手持ちはあまりに心もとないし、今のところはそうすべきかどうかさえも定かではないのだ。先の会話で得られた情報は全て"角張網"を通して共有化されていて、それを元に始まった諸々の議論はいまだぜんぜん収まる様子を見せていない。それには時間が必要だった。それはきっと、調査団のつのつきが太陽で干からびてしまうには十分な時間に違いない。
 帰路に着くつのつきたちを見守りながら思う。どうか、つのつきたちに十分な時間がもたらされますように。
 わたしは、祈る。他の誰でもない、つのつきたちに。

 調査によって得るところは大きかったけれど、それは多くが頭痛の種というほかない。事態は進展したけれど問題はなにひとつ解決していないからだ。むしろ問題が増えた。気づかない間に水面下で問題が進行しているよりはよっぽどいいけれど、それでもつのつきたちの頭を大いに悩ませたことに変わりはない。
 ともかく、"大穴"──改め"裂け目"についてはやむ無く放置することを決定した。"角張網"上に共有化された"間近に見る裂け目"を感覚してしまえば、それはもうつのつきたちの手が及ぶものではないと、理屈ではなく理解してしまったからだった。大きさはただそれだけで脅威で、あんなに大きくて得体のしれないものをどうやって消したり閉じたりできるというのだろう。つのつきたちにわからないことがわたしにわかるわけはない。
 そういうわけで、目下の一番大きな問題は"裂け目"の向こう側のつのなしのことだ。つのつきたちにとって向こう側を調査するのはとても気が進まないことだったけれども、かといって彼らがつのつきたちと同じ気持ちだとは限らない。むしろ彼らは"裂け目"の隔たりを乗りこえてきたのだから、此方側の調査を望んでいる可能性はすこぶる高いだろう。今回つのつきたちが出くわしたのはごく少数のつのなしに過ぎないけれど、事と次第によってはそれがより大きな流れになって雪崩込んでくる可能性は十分にある。
 つのつきの存在を脅威に思ってくれればその目も少しは減るのだろうけど、それもまた難しい。つのつきたちは、彼らにとって、たぶんかなり異質な存在だ。頭に角をつけているというのはいわずもがな、文明にしても有する技術にしても相当に相容れない──理解しがたい民族であることは間違いがない。理解しにくいということは、単純に脅威と思ってくれるのか怪しいということでもある。つのつきにしたら彼らの手にした精巧な"筒"は、現存する技術の延長線にあるとてもわかりやすい脅威にほかならないのだけれど。
 最善策は"裂け目"の監視を怠らずに続けてつのなしたちの出入りを管理することだろうけれども、これがまた地理的に難しい。つのつきたちから"赤土の辺獄"とまで呼ばれるはめになった南の果ては、とてもではないけれどつのつきが居着くことのできる土地ではない。つのつきたちに与える悪影響、自給自足が可能かどうか、本国からの輸送は用意か否か。あらゆる面においてそれは最悪の立地といってもよかった。過酷な環境であることはいわずもがな、あんな土地で生きながらえることのできる作物があるとは甚だ思えない。なにせ調査団のつのつきたちでも、自生している木の一本すら見つけることができなかったのだ。ちょっとした拠点となる家屋をこしらえるのも一苦労になるだろうし、そこをなんとかしても吹き荒れる熱風にどれだけ耐えられるものかは定かではない。育てられないのならばと本土からの輸送を試みるのもまた、全く現実的ではなかった。あまりに負担が大きすぎて、"裂け目"の対処のために本国の民をおろそかにすることがあっては本末転倒だ。そもそも"裂け目"への対応は、つのつきの民の安全を守るためにやることなのだから。
 つのつきたちが紆余曲折を重ねた結果として、現時点で直接的な対処をするのは極めて難しいという判断がくだされた。彼らにしても本意ではないだろうけれど、現実的な可不可を考えればやむを得ないといったところ。最低限行うことのできる予防的な対応策としては、"裂け目"から北上した場合に通行上の要衝となる南の辺境の警備を強化。また、首都からの輸送体制を万全に整備することが確定的になった。
 調査団に選抜されていた生え抜けに優秀なつのつき兵たちも、南方の防衛に加えて定期的に"辺獄"への遠征を行うとのこと。率直にいってしまえば貧乏くじ以外の何ものでもないように思われたものだけれど、彼らが現場でくだした戦闘を避ける判断は大変賢明であったと認識されている。"異邦人"──つのつきたちは、特に向こう側のつのなしをそう呼んだ──との平和的な交流をはかった経験が、いわばよく評価されてしまった恰好だった。
 また"裂け目"に対するつのつきの方針がおおむね決まったころ、他国でもこぞって調査に乗り出す動きが起こり始める。連邦のつのなしなどはつのつきたちを介して情報を得ていたため静観を守っていたものだけれど、戦乱の最中にあるつのなしたちにはそうするだけの理由があった。"向こう側の世界"そのものだ。
 つのつきたちの間に共有化された情報の断片がどこかから広まっていったのか、「内陸の悪鬼さえも戦を避けた」という噂がにわかに拡散する。それは直接的なつのつきたちへの攻撃を引き起こすほどのものではなかったけれど、全く別の熱を西方諸国のつのなしたちに生み出した。「向こう側の世界には"内陸の悪鬼"を脅かすものがある」と。また、それを手に入れることができるかもしれないというかなり楽観的な希望だ。主に南寄りの諸国はほとんど自暴自棄としか思えないような探検隊を組織し、"裂け目"の向こう側へと調査の名目で送り出した。つのつきたちも似たようなことはやったのだし、"赤土の辺獄"は他の誰の土地でもない。力づくを抜きにすれば止められるわけはない。
 そして、送りこまれた九割以上は帰ってこなかった。全滅というしかない。たまにつのつきの調査団が遠征した際には渇ききったつのなしの骸が転がっていたりして、おそらくは命からがら向こう側から逃げ帰ってきたのだろうと推測された。例え命があっても、帰り路に死んでしまってはどうにもならない。お手上げだった。
 それで西方諸国家もすっかり懲りたのか、"裂け目"を気にすることはほとんど無くなった。なにせ目に見えてわかる脅威はないし、なにかの災厄を呼び寄せてくるわけでもない。遠く離れた土地にある"裂け目"を無視するのはそんなに難しいことではない。無謀な調査を諦めてやることが隣国との小競り合いだったりするから、それはそれでどうしようもないのだけれど。
 ゆえに"裂け目"はそのうちそのようなものだというように受け止められた。空には太陽がのぼり、夜には星が見え、月がかがやき、そして南の果てには"裂け目"がある。そういうもののように思われた。つのつきたちも"裂け目"そのものに気を払うことはなく、単純に"向こう側の世界"から発生する影響に気をつけるまでにとどまった。
 多くのつのなしたちが異変の衝撃を忘れ始めたとき、ことは起きた。
 彼ら──"異邦人"の集団が、"裂け目"を通じて此方側へと渡ってきたのだ。
 それを始めて気取ったのは、やっぱりというわけではないけれど、つのつきの調査団だった。"裂け目"から北上するかたちで、赤土に車輪の痕跡がくっきりと残されていたのである。荷車によく似たその足跡は、けれどもそれよりもずっと太くて重く、力強いものに見える。蒸気機関、あるいはそれ以上の動力で駆け抜けていったとしか思えない跡だった。つのつきたちの知る車ではとても通れやしない悪路にもゆうゆうと車輪の跡を刻みつけていて、その力強さたるやちょっとおぞましいものがある。少なくとも、自然には絶対にそんな生き物はない。なんらかの技術、文明によるものに間違いはない。
 車輪はまっすぐ北上すれば砂漠に続くところで横に逸れて、つのつきの国とはまた別の土地にまで続いていた。たぶん、車輪に砂を噛んでしまうことを嫌ってそうしたのだろう。足跡を追っていくべきかと悩んだものの、このまま追い続ければ西方諸国家の領地にまで行き着いてしまう可能性もある。それはうまくない。調査団のつのつきはそこで遠征を独断で中止して帰途についたものだけれど、帰り着いたときにはすでに諸国では"向こう側"からの影響が見られた。それはつのつきたちに累が及ぶたぐいのものではないが、それにしても電撃的な変化であることは間違いがない。
「"安全保障維持軍"を名乗るものたちが、西方諸国家の戦乱に介入を開始した」
 つのつきの首都国主による"角張網ネット"への共有化。それは決して愉快なことではない。送りこまれたつのなし軍が"向こう側"でなにをやったか、またなにをされたかはわからないけれど、なにかをやらかしたことは間違いあるまい。でなければ"裂け目"を通り抜けてまで武力介入に来るなんてちょっと考えにくい。もっとも、つのなしたちが"異邦人"の相手になったのかというとそれもちょっと疑わしいものがあるけれど。
 西方諸国の火種がつのつきの国にまで飛び火しないよう、各国にはつのつきの間諜が絶えずして潜伏している。それが全く予想外のかたちではあるけれども、功を奏した──つまり、"安全保障維持軍"の実態を知ることが可能となった。これにより、つのなしと"異邦人"のやり方にどれほどの違いがあるかという問題も明らかになる。
 答えは簡潔にしてひとつだった。話にもならなかった。"異邦人"の軍はつのなしの抵抗を全く問題にもしていない。
 彼らの軍は、どこかつのつきたちに似通っていた。隊列を全く組まないわけではないけれど、秩序だった動きを保ちながらばらばらに機動する。それでいて連携と役割分担は明確で、進軍にも全くそつがない。彼らは手にした何かの道具を利用して密に連絡を取っていて、それもまたつのつきによく似ているところがあるように思った。"異邦人"の軍は、武器もまた多彩だった。ちょっと見ればごつくて物々しい"筒"ばかりに見えるというのに、それぞれの性質は全く異なっている。大きな弾丸を間隔を開けて放つものもあり、ちいさな弾丸をばらまくような勢いで絶え間なく吐き出すものもあり。撃ちだされた弾頭が着弾した途端に大爆発を起こすようなものもあって、まるでちょっとした展覧会だった。瞬く間に制圧された現地のつのなしたちは早々に撤退し、また大多数はあえなく降伏した。当然というほかない決着だった。
 その後、潜伏していた間諜のつのつきが危うく見つかりそうになったところで共有化記憶は途切れている。命からがら逃げのびたつのつきだったが、よかったといってそれで済む話ではない。たぶん、こういう動きはこの先いろんな国で起こることだろう。今は二国間の戦乱を鎮圧したに過ぎないけれど、この動きが拡大していったら他人ごとでは済まなくなる。その影響は必ずつのつきたちにも波及する。どのようなかたちで変化を巻き起こすかはそれこそ予想もつかないけれど、あんまり歓迎できない状況であろうことは予想ができる──帝国の再来、あるいはもっと悪い事態か。"異邦人"のそのつもりがなかったとしても、もし放っておけば西方の国々がまた荒れ始めるのは目に見えている。事実上の統治者が彼らになるのか、そうなる前にすっぱりと手を引いてくれるのか。これはそういう話だった。
 つのつきの国は正式に抗議を行うことを決定した。さんざっぱらにやられた小国のことは置いておいても、理由くらいは聞いておかなければ相手がどう出てくるかさえわからない。
 正式に連邦を経由して遣わせた特使が受け取った返事はこれ以上ないくらいにわかりやすかった。"見過しかねる我が国への侵略行為"、"その遠因に当たる内戦状況"、"そして我が国と地続きになっている地理的要因"──これらの理由によって西方諸国家は"異邦人"の国の平和をいちじるしく脅かしたと考えられ、今回の武力鎮圧行為に及んだとのこと。また現在にいたるまで継続している戦乱についても"将来的な安全保障上、見逃しかねる"として手段は問わず平定することを考慮しているみたいだった。確かに筋は通っているけれど、なかなかの不条理としか言いようがない気がする。"異邦人"の国にどれだけの被害を与えたか明らかでないし、少なくとも"安全保障維持軍"がそれ以上の死者を出していることは間違いがない。それを悪いとはいえるわたしではぜんぜんないし、思いもしないけれど、危ういと思った。怨恨の連鎖を招きかねない。それこそ、わたしが昔にやったように。
 これを外科的に解決するのは、つのつきにはちょっと手に余る問題だった。つのつきが連邦と交わしているような関係性を西方の諸国に持ちこめるのならば話は別だけれど、地理的な制約がそれを許さない。連邦と密な関係を保つことができているのは、ひとえに立地上の問題にすぎないとすらいえた。他国にまで支援や交流を頻繁に送ることのできる余裕は、つのつきたちには、ない。
 つのつきたちは西方諸国に早期の降伏を勧める通達を行おうとしたものの、これは最終的に否決された。つのつきという民族が異邦人の走狗とさえ思われかねないというもっともな危惧からだ。また、そうされる相手からしてもとても納得できることではないだろう。早いうちに降伏を選ぶことができる国は、たぶんわざわざいわれなくてもそうする。そうできないのなら、他人からいわれたってできないものはできない。そういうことだった。
 静観をなかば余儀なくされる状況下で、問題は存外に早く、つのつきたちに直接降りかかった。それはほとんど、起こるべくして起きた。

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