つのつきのかみさま

きー子

国土の時代/9

 かくして解放軍と帝国軍の会敵は、何人かの解放軍のつのなしや、わたしのこころなどを犠牲にしたものの、結果的にはほとんど一方的な解放軍の勝利に終わった。帝国軍の被害は端的にいって甚大で、反撃どころか行軍すらも中止して一時撤退を余儀なくされるほど。けれども問題なのは、あくまでその結果は当座を凌ぐことができたという程度の話で、根本的な事態の解決には至っていないということだった。確かに今回の軍勢に与えた被害は大きいけれど、それでも帝国という勢力全体から見れば被害程度は微々たるものといっても全く過言ではないのである。物量こそは脅威で、数こそは質に勝る。活躍できる場所が与えられる限りは、という但し書きは付きまとってくるけれども。
 けれどもわたしは、数という絶対的なその信仰に目をくらまされていた。つまりはいっぱしの叛徒に過ぎない"国土解放軍"が躍進している様子を目にしてもなお、わたしはいまだ信じて止まなかった。国の民というものはいざというとき国の土のもとにひとつで、ずっとずっとつのつきを見守り続けていたわたしはそのことを疑いもしなかった。だからわたしは、帝国のほこる数とは決して一枚岩ではなく、時にはその物量こそが足かせになり得るということに、ひとつも気づくことができなかったのだ。
 そして、"それ"の引き金をひいたのは、間違いなく解放軍の大勝が前提にあった。おかげで解放軍はあれからずっと万全の防衛体制を敷いていながら、攻撃らしい攻撃はほとんど受けずに済んでいる。"それ"はまるで、今まで撒いてきた種が萌芽するみたいに、始まった。
 ──"国土解放軍"、否、帝国辺境に起こったただの叛乱のひとつ。それを速やかに鎮圧するべく軍勢を送りこんだ帝国軍は、無惨なまでの敗退を喫した。たくさんの兵を死なせ、たくさんの兵器を失い、そしてなにより大切な冬までの時間を浪費させられる有り様だった。
 けれどもそこまでなら、まだよかった。なんとか取り戻すことができる失態だっただろうと思う。なにせ解放軍の懐事情はかつかつで、食糧には冬に備えて余裕があるけれども、火薬の類がほとんど切れてしまっているのはあまりにも痛い。もしもう一度、前と同じ規模の軍勢が送りこまれたら、解放軍はなすすべもなく敗退するだろう。打つ手は全くないというほかない。後方、つまりはつのつきからの物資支援が間に合ってくれることを祈るだけ。それこそ天にすべてを委ねるようなものだ。
 しかし帝国は、それよりもっともっと大切なものを失っていた。反乱軍鎮圧を失敗したという報は瞬く間につのつきを代表とした情報工作兵によって喧伝されていて、その衝撃的な事件はものすごい速度で西大陸の各地を席巻した。この出来事が象徴しているのは、"帝国には地方の叛乱を速やかに鎮圧する力がもはやない"ということ。もちろんそれは現実よりもだいぶ誇張された情報だけれども、実際に与えた影響を考えれば似たようなものだ。以前つのつきによって呆気無く要塞を落されたことを思えば、こうなるのはもはや時間の問題だったのかもしれないけれど。
 つまり帝国は、彼らが各領地を支配するのに一番有効だった"威信"──それをすっかり殺されてしまったのだ。
 崩壊はまさに雪崩を打つようだった。ちいさいものならば税の期限交渉、ひどいものならば集団での叛乱。帝国の息がかかった領主が殺されることなんて、もはや珍しくもなんともない。対応の優先順位は帝国本土にほど近い領内が先で、必然的に辺境の解放軍なんかは後回しにされることになった。放ったらかしである。青息吐息とはいえそれなりの領地を有している解放軍を放っておくのはあまりに命取りだったけれども、規模が大きいからこそ後回しにせざるを得なくなったのかもしれない。"国土解放軍"を相手取るにはそれなりのまとまった規模の軍勢がいるし、それだけの軍をまかなう物資や兵を送りこむ手間暇は本土から遠いせいで跳ね上がる。あちこちでの対応に追われる今の帝国にはちょっと耐えられる負荷ではない。臨時の徴発をしようにも、そもそも税から出せない、出さないというのだから話にもならなかった。
 そうこうしている間にも時間は当たり前に流れる。帝国の事情なんかまるで知ったことではないというように冬が来る。それは遠征がこの上なく難しくなる季節で、行軍には絶対に適さない季節で、けれども地道な悪だくみや草の根活動をするには絶好の季節といっていいだろう。日夜ずっと屋内にこもって暖炉を囲んでいたって、誰に怪しまれることもない。冬のための備えであるかのように叛乱のための蓄えを肥やし、武器になるものなんかをひそかに貯めこみ、時には領主の軍を積もり積もった白雪に埋もれるみたいにしながら偵察する。冷たい刃を研ぎ澄ますみたいに事態は秘めやかに進行していて、けれどもそれは最早どうすることもできない。押さえつけられていたものが反発して、吹き上がった。そうとしか言いようがなかった。強いて無理やりにねじ曲げられてきたものが、あるがままに、あろうとしている。ただそれだけのこと。
 帝国がすっかり手を引かざるをえなくなったことに気づくと、解放軍のつのなしもまたみんなの日常へと戻っていった。軍を完全に解体してしまうわけではもちろんなく、組織自体は現状を維持して残される。軍事力を保持したままで、けれども支配下に置いた領地をきちんと治めるための再編は行わなければならないということ。要塞化された村も前線基地としてそのままだ。まだ帝国の支配下にある領地も全て奪還する日が訪れるまで、今は静かに雌伏の時である。
 つのなしとつのつきの間には、正式な同盟関係の締結が決定した。これには、ほんとうに驚かされた。実際に遭遇してしまえば流れるように戦争が起こってもおかしくはないと考えていたから、まさに僥倖と言うほかにない。確かに利害関係が一致するところは大きいけれども────対帝国における協調関係をとれば両者が共に利するところは多いし、なによりつのつきが占領した要塞のあつかいがあまりに面倒くさい。つのつきたちが領地から退いて綺麗さっぱり解放軍に明け渡してしまうのが一番手っ取り早いけれど、それはそれでまた帝国に奪い返されたりしたら面倒この上ない。領内で無闇に睨み合っているより、さっさと同盟関係を築き上げて要塞の占領は継続するのが得策ということだった。
 元より国土解放軍はつのつきの差し金ではあるけれど、それらが表沙汰にされることはとうとう無かった。軍団長のつのなしが声をあげたりすればまた別だろうけれど、おそらくはそのまま歴史の闇に消えることだろう。軍団長──今は総領主という統治者としての地位にある彼は、真実を公表することによる悪影響をよしとはしないはずだ。せっかく掴んだ機をむざむざ投げ捨ててしまうような真似は誰だってしたくない。つのつきもつのなしもそれは同じだった。
 停戦協定・同盟締結の調印はごくちいさな村で行われた。珍しくすっかり雪が降り止んだとある冬の日のことだった。それは村の名前にちなんで"雪解けの誓い"と呼ばれ、両種族間のしばしの安寧を約束することになる。しかし、現地のつのなしたちがつのつきと同一化してしまうようなことは決してなかった。それはいまだつのつきたちに対してわだかまりを残している一種の証といってよく、同時にわたしの罪の証を突きつけられているようでもある。それらの問題をみんなつのつきたちに丸投げしなくてはならないのが口惜しくて、けれどもわたしになにができるというわけでもないのがまた歯がゆい。率直にいってどうしようもなかった。本当の意味での"雪解け"の日は、まだ、遠い。
 その一方で、悪感情に由来する民族間での問題や対立はあんまり表面化することもなく穏当にことが進んだ。というのも、解放軍のつのなしたちはいがみあったりすることに精を出している場合ではぜんぜんなかったからだ。帝国領あらため独立連邦と名付けられた解放軍支配下の土地は度重なる戦ですっかりと疲弊しきっており、これをなんとか立て直すことが目下の解放軍のつのなしにとってなによりの急務だったのだ。
 総領主のつのなしは前線基地に残りながら小要塞の城主として収まり、各地の統治を差配する。いくら帝国の支配から解放されたとはいっても、そこで以前と似たり寄ったりの圧政が敷かれたりしたらなんにもならない。各地の領主となるにふさわしいつのなしたちを人材不足の中からなんとかひねり出し、出身地や住民感情なども勘案しながら当地へと斡旋。なるべく当面の納税などは免除する方針で、やむを得ず徴税を行うにしてもその量は総領主が定めた以上は決して取らないようにするといった約定が全領主会議で正式に決定された。その他諸々の細々とした内政上の決め事が話し合われて、これは権力を持った統治者にしても必ず守られなければならない連邦法として後々に制定されることになる。
 同盟が締結された関係上で総領主のつのなしのかたわらにはかつてと同じように短角のつのつきがいて、各地に置かれた特使のつのつきを介して統治に関わる約束事がしっかりと守られているか監督することができた。万が一に違反があった場合には厳重な警告、ついで軍を差し向けての討伐もやむなし──というのが総領主のつのなしの正式な意向だったけれども、幸いにして横紙破りをするような領主が出てくるようなことは一度もなかった。
 わたしはそれを少し不思議に思った。領主たちは絶えず自分たちが監督されていることを知らないし、帝国の支配からの解放という志があったのは間違いないけれど、一人くらい欲をかく領主が出てきたっておかしくはないと思ったのだ。勢いは保っているとはいっても今の連邦の威信は以前の帝国に比べればはるかに劣るもので、実際的な対処を行うのはどう考えたって難しそうに見える。まずもって前線に常備されている兵力ときたら、軍と呼ぶのがおこがましいくらいのものだった。なにせ五十人にも達していないのだから、軍というよりそれは部隊というべきだった。ほとんどはかつての"小隊"のつのなし、また彼らの縁者が大半を占めているからしかたないといえばしかたのないことなのだけれど。
 疑問はすぐに氷解した。だいたいつのつきたちのせいだった、というか、おかげだった。つのつきたちは連邦と正式な同盟関係にあるのだからお互いに侵略行為は行わないという約束事があるけれど、連邦の規定に違反するようなことをやった領地は話が別になる。とある領地が連邦から爪弾きにされたとき、同時にその土地は同盟関係の"例外"となる可能性がある──つまり、つのつきたちの侵略行為を許してしまうという抜け穴があるのだ。それはあからさまに恣意的な条文で、つまりは総領主のつのなしが調印の際にわざと残した抜け穴に違いなかった。帝国軍を瞬く間に打ち払い要塞を占領した手腕のほどは連邦のつのなしたちにもよく知れていたから、うかつに彼らを敵に回そうなんて領主が出てくるわけがない。連邦最前線の貧弱な兵力を動員するならばいざ知らず、つのつきの軍勢にしたらそれこそ"落ちている領地を拾うようなもの"という事実も、不正に対する大きな抑止力となっているのだろう。総領主のつのなしもそれを見越して、彼らの有する軍勢をうまい具合に利用した恰好だった。つのつきを敵に回したくないとはいったものだけれども、なかなかどうしてやるものとわたしは思わず感心してしまう。
 そして、今はきっとそれでいいと思った。武器はつのつきたちが握る。そして連邦のつのなしたちに必要なのは武器ではなくて、農具だ。不毛な土地に鍬を入れ、木を切り倒し、豊かな恵みを収穫するための土壌をつくりあげることだ。それが連邦のつのなしたちを助けることで、巡り巡ってつのつきたちを利することにもなる。その点においてつのつきたちは知恵を貸すことを惜しまなかったし、物資的支援もやった。ただし人的支援は最小限に抑えられているみたいだった──無用な軋轢を防ぐ面もあるし、つのなしたち自身に経験を積ませることが先決と思えばそれも当然らしいこと。
 いざ各地での復興事業が始まってしまえば、流れる季節が通りすぎていくのはびっくりするくらいに早かった。雪がすっかりとけだす春がくる。荒れ果てた土地とはいっても農地がみんなやられたわけではなくて、むしろ帝国軍を最前線で抑え込めていたのだから被害はいっそ少ないくらい。素地が出来ているのだから農作や牧畜が軌道に乗り出すのもそんなに遠い話ではなくて、後は不幸がないことばかりを祈るのみ。冷夏、干ばつ、大嵐。努力をみんな一瞬で台無しにしてしまう自然の脅威はそれこそつのなしたちには祈るほかどうしようもないような代物だけれど、それらが訪れることはなかった。"神代"の少女が欠かさず伝える空模様はなにひとつ不安をもたらさないくらいに規則的で、曇り空が続いて陽を遮られてしまうこともなく、また晴天続きで水源を涸らしてしまうようなこともなく。
 だからその年の秋は、搾取とすらいえるほどの締め付けなんて一切ない、ともすればつのなしたちにとって全く初めての実りの季節、収穫の季節足りえたのかもしれない。それは歯を食いしばるみたいにして長い年月をずっと耐え忍んできたつのなしたちが、本当の意味で支配下から"解放"されたともいえよう瞬間だった。わたしはそれを、率直に喜ばしく思った。
 かたや帝国は、春先から全くの苦境に陥ってしまっていた。真冬の間から叛乱を企てていたつのなしたちが辺境で、あるいは内地の別なくあちこちで反旗を翻してそれぞれが好き勝手に独立を宣言する。もちろん帝国本土に近しい内地の叛乱なんかは真っ先に鎮圧されたりして、まがりなりにも帝国の軍力はいまだ健在であることを示したりもしたものだけれど、なにせあまりにも数が多い。下手に余裕があるためか叛乱鎮圧の功を狙って脚の引っ張り合いが起きたり、その反対に厄介者を中央から飛ばしてしまうために叛乱の鎮圧が口実として使われたり。危機感に欠けるというのはいささか言いすぎな感じがあって、つまるところ帝国というのは、たぶん、元っから身体に対してあまりに頭が多すぎるのだろう。
 主に周辺の土地を征服して国土を広げていったという来歴なのだから当然といえば当然で、征服地が少ないうちはまだどうにでもなるだろうけれど、三つも四つにもなったらあんまりに面倒くさい。それは頭が三つも四つもあることと同じだとわたしは思う。土地ごとの民は見た目こそ似たようなつのなしだけれども、その実はきっと、つのつきとつのなしくらいには習慣も生活様式もかけ離れていたっておかしくはない。そんなものたちの言い分を聞いてそれぞれの領地を真っ当に運営しようとしたら並大抵の手間では済まないし、やっぱりあんまりに面倒くさい。そんなになったらわたしだって力づくで抑えつけることを選ぶかもしれない。それはきっと手間がはるかに少なくて済むし、問題の解決がぐっと早くなるし、なにより面倒なことを考えなくたっていい。とっても楽だ。楽なのはいいことだ。
 そしてかの大国は今になって、楽をしてきたそのつけを払うことになったわけだ。楽なのはいいことだけれど、決していいことばかりでもないみたい。
 威信の低下が叛乱を引き起こし、相次ぐ叛乱の連鎖はただでさえ低下しきった威信を圧倒的に損なわせてしまう悪循環。この段にいたってはつのつきの情報工作兵の暗躍もほとんどなきに等しい。これはもうすでに起こってしまった潮流で、もはや誰にも止められるものではない。はっきりしているのは、その潮流に一個の国がすっかりと飲みこまれてしまうか、あるいは見事に逆境を跳ね返してみせるか、今こそがその分け目ということだ。
 かくして帝国軍は躍起になって叛乱の討伐に出向いていく。各々の将の手に分かたれた兵は方面軍として、ほぼ同時に各領地を担当するという算段だった。叛乱の中には軍とは名ばかりの小規模勢力なんてことも珍しくなく、同時多発的に発生した叛乱の多くは瞬く間に見事な手際で鎮圧されていく。けれども全てが全て駆逐されてしまったというわけでは決してなく、しかもそれは単純な叛乱の多さに由来するものではない。例えば峻険な山岳地形を有する土地では、地の利を知り尽くした反乱軍が帝国軍を圧倒してしまうようなことなどもしばしば。帝国側からもじりじりと被害が出て、おまけに独立連邦のみならず手放さなければならない土地が出てくるのは喜ばしい話では全くない。当たり前だけれど征伐軍を出兵するためにはたくさんの物資がいるし、その物資は国が出すものだけれど、元を辿ればそもそもはみんな国民からかき集めたものなのだ。出兵を重ねるにはさらなる物資が入り用になるものだけれど、手放さざるをえない土地が出てきたら実入りの総計は当然減る。そのぶん残った領地の民にかける負担は大きくなってしまうし、そんなことが続けばいやおうなく不満のほうも積もってくるもの。以前はなにごともなかったはずの領地ですら帝国本土への反感が高まり、また内地での叛乱が頻発する。重要な穀倉地帯でもことが起きたりして、安易に討伐を行うことすらままならなくなってくる。安易な解決は帝国の物資状況を深刻に圧迫するから、多大な時間をかけてでも話し合いでの解決はやむを得ない。端的にいって、ただ悪循環というのも生ぬるいくらいの惨状。
 これはもう、泥沼というべきだった。巨大であるがためにかの国は、その沼にすっかり足元を捕まえられてしまっていた。
 帝国が各地の平定や調停に奔走しているうちに、長い時間があっという間に過ぎてしまう。壊すよりつくるのはずっとずっと難しいとはいったものだけれど、それでも三年という歳月は連邦のつのなしたちが緩やかな復興をとげるのに十分な時間だった。餓えない程度にごはんが食べられて、雨風を通さない住処があって、冬をしのぐための薪に欠くようなこともない。怪我をしたら放っておいたりせず、とどこおりなく手当てを受けることができる。病に倒れるつのなしが出てくれば、彼らをゆっくりと休ませても日々に支障が出るようなことはない。つまりはそれらが、かつてかの国の支配下に置かれていたときにはとても考えられなかったあらまほしき領地の姿だった。
 それぞれの領地ごとで無軌道にやっていたらそうはいかなかっただろうけれど、復興を加速する助けになったのは、連邦の領地のあいだである程度の連携が取れたことだった。特使のつのつきたちを介して各地の物資状況などはいつでも確認することができたから、それぞれの過不足を補うかたちで融通を計らったりするのも至極たやすい。問題は実際的な物資輸送を誰がやるのかということだけれど、これは民間で商いをやっているつのつきを間に通すことで無事に解決した。ものを持ち逃げしてしまったりする心配は信頼関係の観点からありえないし、万が一の事故なんかがあっても"つののしらせ"を通していつでも状況を確認することができる。果たして連邦領のつのなしたちがそれを許してくれるというのが一番の懸念だったけれど、この点は偽らざる実績が背中を押してくれた────つまり、各地に配された特使のつのつきがよくやっていたということ。特に民間医療なんかは長い年月の間に培われた知恵と知識の蓄積の賜物といった面が強いから、つのつきたちの助言によって底上げが見られたというのはどうしても否めなかった。過去の因縁が無かったことになるようなわけでは決してないけれど、住民感情がそれによって和らいでいるのは間違いのないこと。行商のつのつきにしても復興に必要な資材が掃けてくれるし、土地の特産を仕入れたりもできたりで利のない話では全くない。利があるうちは、そういった領地間での緩やかなつながりは途切れることなく続くだろうとわたしは思う。復興の流れが途切れなければ、きっと現地民間での交流が興るのもそんなに遠い話ではないだろう。
 まさにそんな希望が見えてきた矢先、いまや解放軍の名も遠い元軍団長にして総領主のつのなし──彼はとある秋の日、各地で計上された石高を勘案しながら、ふっと思い立ったようにいった。
 否、それはたぶん、彼がずっと前から思い描いていたことなのだろう。今になってその思いが、ほんの些細なきっかけで口をついたという、きっとただそれだけのことなのだ。
「収穫の、ときだ」
 短角のつのつきが一瞬解せないようにして瞳をすがめる。そして、すぐにその真意を察した。
「俺たちの国を、手の届かなかった地を、刈り取りにいこう」
 その眼は、今も飢えにあえぐ西方の故郷のつのなしたちを見ているようだった。
 ──"解放"はまだ、半分しか、終わっていない。

 都市奪還は冬に行われることになった。連邦のつのなしたちは大軍を動員する必要なんかなくって、帝国の対応を遅らせることもできるのだからそれは自明の帰結だった。
 理由はいくつかあったけれども、一番大切なのは、今は帝国の支配下にある都市を壊すわけにはいかないということだ。もしも帝国と連邦、お互いの軍が正面から激突するなんてことになったら洒落にならない被害が出る。それはもちろん建物だけでなく、現地民のつのなしからも夥しいくらいの被害が出る。戦時下で都市に帝国兵が駐留するような事態になれば治安の悪化はまぬがれえないし、連邦側が都市を攻略するのも困難になる。それだけは絶対にあってはならない。
 要するに連邦側が打ち出した作戦は、短期間内での少数精鋭による都市機能の掌握。そして奪還。対応させるような暇も与えずに軍部の頭を押さえこみ、周囲の村や砦に駐屯している兵を動かさせない。つまりはすばやく首根っこを押さえ、ちょん切ってしまい、代わりに連邦を頭にすげ替えてしまうこと。鶏をしめるのと同じことだ。どことなくつのつきたちとやり口が似てきているような気はしなくもないけれど、それは意図されたことではなくて、人命を重視すればそういうやり方に収束してしまうだけなのだろうと思う。
 都市内部の地理などはとうに把握されている。行商のつのつきなどがひそかに出入りして、憲兵の眼についてしまわない程度に食糧配給などを行っていたからだった。他に配給が行われている光景なんて珍しくもないものだから、つのつきひとりが紛れ込むくらいわけはない。それも商魂たくましい強かな商人であればなおのこと、将来に向けての営業をするのは経済人であれば当然と言わんばかり。それらの食糧は連邦に納められた税から出ているものでもあるから、当地に対する一種の工作という側面もあった。実際ほかにも行われている配給は公的なものでは決してなくて、むしろ民間のつのなしたちがお互いにそれぞれを助けあっている面がずっと強い。そういう働きが表立ってあるのは、それこそ"お上は助けちゃあくれない"という意識のあらわれとさえいえようもの。
 連邦総領主が作戦のための軍を編成するにあたり、新たに徴兵したり志願兵をつのったりすることはなかった。どこに帝国の間諜がまぎれているかもわからないと、軍事行動をにおわせる動きは一切見せないようにしたのだ。結果的に面子は各領地お抱えの軍から極少数が選抜され、秘密裏に前線基地へと送りこまれることになった。足音ひとつも立てないような静けさで、作戦はすでに始まっているかのよう。それは水面下で着々と進行し続けていて、いざ冬を迎えてもその動きが止まることは決してなかった。
 最終的に出撃が決定したのは、二十四人編成の小隊がたったのふたつ。それぞれの部隊にひとりずつつのつきが加わる形で連携を密にする。ひとつの都市を奪還するという作戦規模に比してそれはあまりにちいさな軍にも思われたものだけれど、総領主のつのなしは「まだ、多い」と懸念する有り様だった。確かに隠密行動をするには多いといえなくもないのだけれど、二十四人の中には必要物資を運搬する輜重兵も含まれていて、これ以上に減らそうというのはちょっと無理があった。連邦の総領主も今や立場上戦場に出ることはできないから、彼のほうもあんまり無理を通すわけにはいかない。ただでさえ士気が上がらない冬の行軍に、あまり反感を植え付けては作戦自体が立ち行かなくなってしまう。
 ──けれども連邦上部のそんな心配をよそに、組成された特殊部隊の士気はちょっと驚くくらいに高かった。その日までに行われる特殊訓練にも身が入っていて、なにか熱のようなものまで感じさせるほど。もともと軍人であるとはいっても彼らは領民のつのなしに過ぎないのだから、戦を前にするよりは平和が続いたほうがずっといいように思えるのだけれど。しかし総領主のつのなしが訓練の様子をかいま見てもどこか納得で、特殊部隊・甲の副隊長に任命された短角のつのつきにしても決して意外そうではない。その理由は、端的に交わされる言葉からわたしの方にもそっと滑りこんできた。
「ずいぶん、我慢をさせてしまっていたな」
「復興は十分な速度だった。違うか」
「いいや。────それでも、二年は、長かった」
 その時間はつまり、連邦のつのなしが復興のために費やした時間で、一時の平和のもとに雌伏を続けた時間だった。わたしから見れば、それは怯えることのない穏やかな季節で──けれども、ある意味では違ったのだと、気づく。
 穏やかなばかりでは、なかった。先行きのあれこれを考える必要のない領民であっても、その心中は決して穏やかなばかりではなかった。圧政から開放された領地に暮らしながら、その一方で今でも他国の支配下におかれて苦しんでいる同胞がいる。中にはそのような領地から逃げ出してきたり、親類縁者をそこに残してきたつのなしだっているかもしれない。そんなつのなしたちは、決して穏やかなままではいられない。その心には絶えずして負い目がある。平和を享受することにさえ思うところがあるつのなしがいる。"解放"はまだ、終わっていない。それは解放軍を指揮した軍団長のみならず、領民にしたってまた変わらない。そういったつのなしの中には戦いに身を置くことを選んだものが少なくもなくて、だからか特殊部隊の士気は高かった。すこぶるつきに──異様なまでに、高かった。その心は、年を越して作戦開始の日時が正式に決定したあとも変わることはなかった。
 作戦開始の当日にあたって、宣戦布告が行われることはもちろんない。空模様はちらほらと降り落ちる淡い雪景色。火薬の使用に差し支えはない。出撃前に、総領主は部隊を前に堂々としていった。
「先の解放戦線は、まだ、終わってはいない。停戦のふれなど一度たりとも出してはいない。我々の戦いは、二年前から、ずっと地続きになって続いている。ずっとだ。そして今もだ。────そして今こそが、戦争を、終わらせるときだ」

 その宣言から、四十時間後。
 帝国の現地駐留太守の捕縛から都市機能を麻痺させた連邦軍特殊部隊は、速やかに現地衛兵の制圧を完了。
 周辺軍の介入を一切許すことなく、都市の奪還に成功した。自軍または現地のつのなしの死傷者は、誰一人としてなかった。
 全く、総領主のつのなしの言葉の通り。解放戦争が、おしまいの鐘をひびかせた瞬間だった。

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