つのつきのかみさま

きー子

国土の時代/8

 短角のつのつきはしばし観測を続けるも、少しずつ"援護射撃"の間隔は広がっていく。それで帝国軍が立ち直る機会を得たかというと、そんなことは全然なかった。混乱しきった軍勢を立てなおして帝国兵のつのなしが再起をはかろうとした矢先、まるで思い出したみたいに超長距離の"角笛"の投射が降りそそぐ。しかもその最中、解放軍の"笛吹き"たちは一瞬たりとも手を休めない。"笛"が幾度ともなく火を吹く。敵陣から放たれた槍や矢が、ときおり柵の隙間をすり抜けて解放軍のつのなしを貫いていく。一瞬前まで健在だった同志のつのなしがすぐ隣でぶっ倒れ、けれどもつのなしたちは脇目も振らない。そんな余裕はとうにない。彼らの逃げ場はすでに軍団長によって絶たれてしまっているから、攻撃を続けるほかないという妄執にとらわれてしまっている。なにかに取り憑かれたみたいに"笛"を握りしめるつのなしたち────それはきっと、"悪鬼"に並び立つ軍勢の名にこの上なく相応しいのだろうと思う。
 すでに作戦目的は半ば以上達していた。それこそ山のようにいる帝国兵をいくら薙ぎ倒しても何にもならないに等しいけれど、混乱にまぎれて攻城兵器に損害を与えられたのは僥倖だった。もちろん、ここにあるだけが全てなはずはないけれど、巨大な攻城兵器は大きいだけに引っ張ってくるのに時間がかかる。時間がかかるだけならまだいいけれど、これだけの大軍を引っさげてきたにも関わらず無駄足で追い返せるというのはとても大きい。最後の仕上げに、短角のつのつきは後方から工作兵を呼びつけ、残り少ない火薬を使って仕掛けをほどこす。
 準備を終えたあと、総指揮官と補佐官はふたりして頷きあった。瞬間、軍団長のつのなしはすぅっと息を吸い込んで、声を張り上げるみたいに、叫んだ。
「──全軍、撤退するッ!!」
 あわせて、短角のつのつきが盛大に高らかに笛を吹き上げる。決して逃げないことを覚悟していたらしいつのなしたちは、命令に一瞬反応できずに手を止める。それでも笛の音を聞くやいなや、意識よりも先に身体が反応するみたいにそれぞれが撤退を実行するべく後退する。
 実際、それを命じるにはちょうどいい時のようだった。後方の輜重隊に運ばせてきた弾薬はそのほとんどを撃ち尽くしていて、もはや帝国軍に有効打を与える術はない。ならば彼らが揃って統率を取り戻してしまうのに先んじ、混迷に乗じるかたちで逃げてしまうことだ。幸いにして死ぬ覚悟を決めていたつのなしたちの心変わりはとても早い。いざ生き残る可能性が与えられれば、それにすがってしまうのはどうしても避けがたいのだろう。そこはつのなし、つのつき問わず重大な弱点にもなりえるだろうけれど、今ばかりは功を奏しているみたいだった。
 背中を向けて殿となる"笛吹き"の一隊ははために見れば危険きわまりない姿だけれど、後ろからかけられる追撃は至極手ぬるい。そんな場合ではない様子で、これが白兵戦を挑むというのならばまだしも弓矢で狙いをつけるなんて芸当は不可能に近い。かといって開いた距離を強行しようとすれば、めいっぱいに張り巡らされた防御柵や凸凹に掘り下げられた土がそれを邪魔する。ただでは済ませない、といわんばかり。柵と柵の間には鉄条網が張られて道を塞いでおり、これがまた邪魔なことこのうえない。それがすっかり取り払われてしまうまでに距離を稼げば、若干むちゃな撤退も決して不可能ではないというのが軍団長のつのなしの判断みたいだった。
 逃げるつのなしにしたって疲労の度合いが色濃い。決して順調な速度での転身とはいかないけれど、それでもつのなしたちは必死だった。ただひたすらに、遮二無二に逃げることに必死だった。ふいに短角のつのつきが背後を確認するように帝国軍をかえりみれば、またも"角笛"の投射が帝国のつのなしを襲う。援護射撃はまだ、終わっていない。"呪術"からは、逃れられない。
 それは、本当につのつきたちを生み出した本物の神の座に届くものではなくとも。ひょっとしたら、その足元くらいには及んでしまいそうな神秘の開闢──"呪術"というものの黎明ともいえるこの瞬間を、わたしは知った。つのつきたちに、思い知らされた。
 そして、そんな神秘に対抗するのは、物量だ。数は嘘をつかない。多大な混乱をきたしていながら、それでも先行した帝国兵の一隊は解放軍のつのなしへと追いすがる。単純な話、彼らは帝国軍のごく一部に過ぎないけれども、今や解放軍のつのなしは丸腰に等しいのだ。武器といえば懐に秘めた短剣か工作兵のスコップくらいのもので、"筒"は白兵戦では何の役にも立たない。追いついてしまえば、解放軍のつのなしを蹂躙するのはわけのないことだった。──彼らの怒り方を見ると、そういう判断が含まれているのかはいまひとつよくわからないけれど。
 とげとげのついた鉄条網さえも篭手のうえから力づくで排除しようとする帝国兵に、しかしまだ解放軍の反撃手段は残されている。短角のつのつきがやらせた仕掛けがそれだった。
 短角のつのつきは機を見て発火石と短剣を打ち合わせ、火を起こした。火は軍団長のつのなしが手にした矢に分かたれ、ろうそくめいて大きな火をともす。
「腕は鈍っていないか?」
「おまえたちを狙ったときよりは、冴えている」
「じゅうぶんだ」
 静かに笑い声が重なる。殿から放物線を描いて、即席の一本の火矢が放たれた。それはなにを狙っているかも判然としないで、ただ解放軍が陣取っていた場所──防御柵の近辺に飛来する。帝国の兵を狙ったものだとすれば大外れもいいところで、一瞬空を見上げた彼らはすぐ気にもしなくなる。いっそ穏やかに火矢が落ちた。
 乾いているはずの土のうえに落ちた火が、すぐさま地面に燃えうつる。よくよく見ると、そこだけがわずかに湿って土色を濃くしている。油だった。撤退の際にめいっぱいぶち撒けていたのだろう、土の上に広がった油が炎を瞬く間に拡散する。赤い稜線が波のように周囲を侵食して、挙句の果てに空高くまで──つのなしの身の丈なんて軽く超えてしまいそうなくらいに、燃え広がる。いくら油をまき散らしたにしても、ちょっと尋常ではない勢いだった。
 時折りなにかが派手に弾ける音がしていて、おそらくは防御柵にでも火薬を引っかけておいたのだろう。短角のつのつきが工作兵に命じていたのはまさにそれみたい。炎に煽られて爆ぜた火薬が一段と炎を強め、熱風を巻き起して、さんざんに帝国のつのなしを追い散らす。防御柵にまでも油をしみこませていたのか崩れ落ちたそれを焚き木にして、炎はまるでおさまる気配を見せない。それはまるで炎の壁のように、撤退する解放軍と追走する帝国軍を決定的に分け隔ててしまっている。
 地獄のような怒号と悲鳴がひびきわたる。けれどももう遅い。炎にまともに巻き込まれたり、逃げきれず飲み込まれてしまったつのなしは悲惨な最期を遂げた。帝国のつのなしの装備は多くが金属鎧で、外側の肉を焼かれながら熱された金属で内側までも焼かれてしまっているらしく、ぶすぶすと煙をあげながらくずおれる遺体の有り様を見ればものもいえなくなる。真っ黒な燃えない炭みたいだった。
 火炎と熱風の災厄はとどまるところを知らなかった。帝国のつのなしたちは目一杯の石や泥をぶちまけて火をなんとか収めようとするものの、焼け石に水もいいところ。それどころか、不用意に近づいた帝国兵が顔を熱風に焼かれてその肌をただれさせてしまう有り様。命と肉と油を燃料にして炎はひときわ激しく燃えさかる。弱まるどころかよりいっそう強まっているそれは、ともすれば森にまで燃え移ってしまいそうだけれど、それを気にかける余裕は帝国軍には──もちろん、解放軍のつのなしにも全くない。後ろですべてを灼き尽くそうとするかのように燃え続ける獄炎を振り返りもせず、解放軍のつのつきたちは一目散に逃げ続けた。その脚はみながみな疲弊しきっているに違いないのにも関わらず、ただの一度たりとも止まることはなかった。

 解放軍の一隊はたゆまぬ足並みで一心に退路を進み続ける。無事に村へと帰り着いたころには、すでに陽が傾きかけていた。彼らを認めて迎え入れた門番は、一様にひどく驚いたものだった。なにせ奇襲部隊の役目はほとんど決死隊もいいところで、これだけ長い時間の作戦を展開していながらきちんと帰ってくるとは思ってもいなかったのだろう。監視塔に陣取ったつのつきがあらかじめ門番のつのなしに知らせていなければ、彼らを帝国の部隊と誤認していてもぜんぜんおかしくはない。
 隊の損耗率はゆうに一割を切っていた。十分に無事といって問題はないくらいの割合で、だというのに与えた被害や稼いだ時間──その手でぶん取った戦果の丈たるやおぞましいほどの多寡にのぼる。つのつきの予想外、というか不条理ですらある援護がなければ全滅は免れなかったかもしれないけれど、結果だけを見ればまさに僥倖にもほどがあった。
 けれどもだからといって、死はなかったことにはならない。それは必要な犠牲といえるようなものではない。払わずに済んだかもしれない犠牲だった。ただひとつそれでも幸いといえることがあるならば、身軽になった工作兵が代わりに仲間の遺体を回収していたことだろう。あの地獄のような火に飲みこまれて失われた死体は無かったのだ。それだけは、不幸中の幸いだった。
 その夜はみなが万全の態勢で帝国の反撃に備えていたけれど、実際のところは斥候のひとりさえ見つからないくらいに静かなもの。何事もなく夜が明けた翌朝、葬儀がしめやかに執り行われた。"神代"の少女によって伝えられる空模様は雨。戦死者のみならず精魂が尽き果ててしまったように眠るように逝ってしまった解放軍のつのなしもいて、彼らはみな手厚く解放戦線の英雄として弔われた。そんな威名にどれだけの意味があるかなんてわからないけれども、今の解放軍にはそれくらいの慰みしか与えられないということでもある。
 死体はみな焼かれてしまった。つのなしはたいてい土葬にするのが多いのだと思っていたけれど、どうやらそうでもないみたい。つのなしを焼いてしまったらなんにも残らないように思ったけれども、実際には灰と骨が残る。それらはひとつの壺にかき集められ、墓の下に埋められる。それはまるでつのなしの元あった遺体を見立てて埋めているかのようでもあった。「いつから、ああしているんだ」短角のつのつきも少し気になったようで、軍団長のつのなしに聞いてみると、彼はひどく微妙そうな表情をした。
「俺の爺さんの、爺さんの、爺さんより、ずっと昔からだ」
「はじめっからか」
「いいや────昔々のおまえたちにやられたという死体が見つかったとき、それはそれは、ひどい有様だったと。それで、俺たちの遠い遠い爺さんは綺麗さっぱり焼いちまったというわけだ」
 軍団長のつのなしは少し皮肉っぽくいった。つのつきを責めているというよりは、口にしている自分も信じているか信じていないか、という感じ。なにせ昔っから伝わっていることだから、本当のことなんてわかったものではないとでも言いたげにひょうひょうとしている。短角のつのつきが少しだけばつのわるそうな顔をする。直接関わったという話では決してないけれど、けれども関わりがない話では全くない。
 けれども、なによりそれが刺さったのは、"わたし"だった。確かに、その死体は、ひどい有り様だっただろう。わたしはそれを知っている。わたしはそれが本当のことであることを知っている。今となっては、わたしだけがそれを知っている。昔々のつのつきたちは、とても鮮やかに槍を使って、わたしが命じた通りにつのなしたちを殺戮した。殺すためだけにつけられたような鋭利な槍の傷痕は、獣にやられた手傷なんかよりずっとずっと見るに耐えないものだったとして、なにひとつおかしなことはない。それこそ、二度と目に入らないように、綺麗さっぱり焼いてしまいたくもなるほどに。もうもうと空に上っていく煙をじっと見ながら、わたしは思う。死んだつのなしはどこへいくだろう。少なくともわたしのもとでは絶対にない。つのつきがわたしのもとには来ないように。せめて死んだあとくらい、彼らがひとつところにあればいい。
 ふと、わたしには我慢がならなくなった。つのつきたちに殺戮それをさせたのに、わたしはのうのうと彼らを見守っている。そのせいでつのつきたちはつのなしに忌み嫌われている一面が間違いなくあるというのに、わたしはその咎をなにひとつ負わされていない。わたしはただ一度たりともつのなしに忌み嫌われていない──それを向けられるべきは、つのつきたちでなく、わたしだというのに。
 わたしには、それが我慢ならなかった。
 ────それをしたのは、わたしだ。
 我慢がならないあまりに、衝動的に叫ぶ。いったかどうかも判然とはしない。振り返るものはなく、空を見るものはない。よかったのかどうか、わからなかった。いいはずがない、と思った────それを、したのは、わたしだ! わたしは同じ言葉をくりかえした。それはまるで降りしきる雨に溶けこんでしまうみたいに、滴のはざまに落ちて消えた。わたしの声は、届かなかった。今やすっかりたくさんになったつのつきみんなに散らばって、それだけにひとりひとりに行きわたる声もちいさくなって。わたしの声はもはや必要ないのかもしれなかった。あるいは、ずっと昔からそうだったのかもしれない。わたしがそうと気づいていなかっただけなのかもしれない。
 だとすれば、最後の最後、必要なたったひとつくらいは届いてもいいのに、と思った。
 そう願った──なにに願うのだろう。願うものなんてない、なんてことは、ない。つのつきたちを置いて、ほかにはない。
 わたしは、まだ、つのつきたちを見守り続けることに決めた。わたしの願いが、届くまで。
 わたしがつのつきに裁かれるその日まで。

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