つのつきのかみさま

きー子

国土の時代/7

 ちいさな村はつのなしも必然的に少ないわけで、つまり周囲の森を切り開き、開墾するつのなしの人数が少ないということもある。そのため周囲が森に包まれているのはある種当然のことで、けれども街道を敷設するために最低限の道幅は確保されてもいる。それはある程度の規模までなら、軍が布陣するにも全く問題はでないくらいの地形だった。
 防衛側のつのなしにすればすこぶる都合は悪い。けれどもやるしか道はない。今まさに帝国軍のつのなしは街道沿いに軍を進めていて、解放軍の斥候が今まさにそれを観測したばかりだった。帝国軍には案の定たくさんのつのなし兵のみならず各種の攻城兵器も一揃え引き連れていて、遠距離から手厚く攻められたりしたら、解放軍の陣取った村は絶対に数時間ともたないだろう。いくら要塞化しているとはいえ、元はただの農村にすぎないのだから限度がある。塞いだ門に兵が取り付いて同時に攻められたりしたらひとたまりもない。
 ゆえに、守りぬくためには完全に籠城を決めこむわけにもいかないのが解放軍の現状だった。軍団長はよくよくそれをわかっていて、周囲の引き止める声はあったけれども自ら陣頭に立って指揮することを決めた。もし総指揮官を失ったら解放軍は総崩れになる、というのが元は小隊員だったつのなしの言い分だけれども、「ここであやまつのなら、俺がいようといなかろうと、同じこと」と彼は断固として退けた。極論ではあるけど、事実でもあった。潰走が決定的になれば一部の残党を指揮して逃げ出す手もないではないけれど、そこからの再起の目はほとんど無いに等しいだろう。結果だけ見れば、解放軍の活動は領地の民と国土を疲弊させているのもまたどうしようもなく事実であったからだ。
 この日"神代"の少女が知らせた空模様は、全天にわたって晴れ。打って出るには、悪くない。
「無駄な犠牲に終わるか、必要な代価であったか。裁かれるときが、きたんだろう」
 軍団長のつのなしは、装備を整えて出陣の用意を終えたあとでぽつりといった。その声を聞くものはわたしと、そして補佐官の短角のつのつきただひとり。軍帽をすっぽりとかぶって角をかぶしている彼に、すでにわだかまりはほとんど無いように見える。それなりに長い時間をほとんど付かず離れずに過ごしていたのだから、それも当然のなりゆきだったのかもしれない。つのつきという種全体への感情まではわかったものではないけれど。
 協力者でもありお目付け役でもあり、上でもなく下でもないというとても微妙な関係で結ばれた補佐官──短角のつのつき。そもそもこれほど危険な正念場を共にする義理は彼にはないように思えるけれど、なにか別な理由があるのだろうか。あるいは単に、個人的な付き合いの一環なのかもしれない。なんにしても短角のつのつきは今、そばに仕えるようにそこにいた。口を開いては、軍団長のつのなしの言葉にも忌憚なく物をいう。
「必要な代価など、ない」
「救えたかもしれない、と?」
「わからない。でも、死を不可欠というのは間違っていると思う」
「言いたいことは分からんでもない。だが、飲みこむしかない」
 ふたりは、静かに頷きあう。許容すべきではないけれど、起こってしまったことは受け入れるしかない。できることは、少しでも犠牲になってしまうつのなしを減らすこと。この戦いが、そのためにあることを、わたしは祈る。めっきり祈られることは減ってしまったわたしなのだから、だれかに祈るくらいはいいと思う。だれに祈ればいいのかは相変わらずぜんぜんわからないけれど。
「──ところで、おまえたちの神は、罪を裁くのか?」
「おまえらのは、そうではないのか」
「ああ。見守っていて下さる。それだけだ」
「ずいぶん頼りないな」
 ……おはずかしい限り。
 不甲斐ない限りなのだけれども、短角のつのつきは何の気なしに笑っていう。ぐいっと軍帽を目深にかぶり、時間だというように部屋の扉を押し開いて。
「ところが俺たちは負けなしでね。今までずっとそうだった。これからもそうなる」
「そりゃあいい。上手くいったら改宗してやる」
 軍団長のつのなしも、また笑って後に続く。すでに解放軍の兵はほとんどが揃って作戦の準備を済ませている。軍団長のつのなしはみんなの前に姿をあらわし、彼らを率いるべく、長としての厳しさを身にまとう。その所作はあまりにも板についていて、わたしもすっかりと見慣れてしまったくらいのもの。
 軍団長のつのなしは解放軍のみんなに向けていかにもそれらしい訓示を終えたあと、最後にいった。今までは一度もいったことのない、それはある意味決戦にふさわしい一言なのだろうか。「神の加護は我らにこそあらん」と。
 ──縋れるものならば藁にでも、というやつなのかもしれない。あいにくわたしには彼らを見守ることしかできないし、加護なんて与えられるわけもないのだけれど。加護なんてものがあるとするなら、それはつのつきのを置いて他にあるはずもなかった。
 帝国のつのなし軍は今なお進軍を続けていて、ついには村のどまんなかに立てられた高高度の監視塔からその全容がうかがえるまでになる。監視を担っているのは短角のつのつきのひとりであって、その情報はすぐさま補佐官のつのつきへと伝達される。ほんの少数では大した力を発揮できないけれど、"つののしらせ"による即応性はやっぱり十二分に有用だった。報告をもたらされたつのなしの軍団長は必要十分な最低限の解放軍兵を率い、すぐさま村からうってでる。当然のごとく傍らには補佐官として短角のつのつきが付き添っていて、帝国軍の位置情報は監視塔に待機したつのつきから常に観測され続けることになる。
 軍団長のつのなしが選抜して率いる軍勢の規模は、せいぜいが全軍の半数にも満たない数だった。兵種は主に槍兵、各種工作兵、そしてありったけの"笛"の担い手。騎手は斥候のつのなしくらいのもので、後は皆無といっていい。弓兵もかなり少ないけれど、これは単純に練度の問題だった。技術情報・体験を共有化すれば事が済むつのつきとは違い、弓に習熟するには数年という時間がかかってしまう。そんな訓練ができる余裕なんてあるわけがなかった。
 一方、"笛"にはそういう手間がほとんどない。そもそも"笛"は狙いをつけたりすることに向いていないから、ただ真っ直ぐに撃てればそれでいい。だから帝国ではこういう武器が開発され、広まったのだろうと思わず納得するくらいの単純なもの。訓練するための物資さえ惜しまなければ一個部隊がものの数週間で出来上がってしまうし、元をたどれば解放軍の火薬は帝国軍から奪ったものだ。だからというわけではないだろうけれど、びっくりするくらい遠慮なしにやった。これでもかというくらいに使いまくった。その成果こそが、ずらりと並んで整然と行進する"笛"の担い手だった。
 解放軍のつのなしたちは帝国軍と会するのに先んじて停止。工作兵が即席の防御柵を張り巡らせ、簡素な陣地を構築する。帝国軍が今どこを進んでいるかを逐一掴んでいるからこそ可能な作戦で、"笛"持ちのつのなしたちはまるで守りの影に潜むかのように揃って身を屈める。監視塔のつのつきから得られた情報によれば、どうやら帝国軍はそう遠くない場所で攻城兵器の用意を始めているみたいだった。決して村のほうから大きく離れてはいないけれど、こんな場所から攻撃を受け続けたら解放軍の拠点は反撃するべくもなく崩壊してしまうだろう──と、そう思わせられるには十分な距離がある。彼らの目と鼻の先でありながら死角ともいえよう地点に布陣できたのは、いわば解放軍にとって不幸中の幸いといったところか。
 陣頭に短角のつのつきが率いての簡易陣地構築を完了し、工作兵が速やかに交代する。それと入れ替わりに"笛"のつのなしがまるで柵に寄り添うみたいに前進する。左右の森の林木を用いた欺瞞が取り払われて、両軍は距離を取ったまま互いに目指できる範囲内で正対する。"笛"の筒先は、すでにみながみな、帝国軍のほうへと真っ直ぐに向けられていた。
 帝国軍のほうはといえば、彼方に見える数多の人影に一瞬反応しかねたみたいだった。無理もない。確かにそこは少し前につのなしの斥候が通ったばかりの場所だったし、それを短角のつのつきから知らされた総指揮官は、だからこそ解放軍のみなに進軍を命じていた。間隙をぬって虚を突く。解放軍は、先制攻撃の権利を得た。あとは、ただ、撃つだけ。
 いくつもの引き金がしぼられる。火薬の怒号がいくつも折り重なって鳴り響く。巻き起こる風が無数の葉っぱを揺らし、掠れさせ、散らしさえする。筒の先からまっすぐと放たれた弾薬は、やっぱり真っ向から前衛の帝国兵を容赦なく撃ちぬいていった。帝国のつのなしは金属の鎧を身にまとっているけれども、それすら脆くも紙のように食い破ってしまう。あとから金属片がこぼれ落ち、肉片がはじけ、血煙がくゆる。そして最後に、音が遅れてくるみたいに悲鳴があがった。
 すさまじい破壊力の一言だった。訓練なんてまともに積んでやいない解放軍のつのなしの一射が、いとも呆気無く帝国のつのなし兵の命を散らす。そこに個々の武勇が入りこむ余地なんてほとんどないようにすら思えた。"笛"の存在が、本来かけ離れているといっていいほどに隔絶した両軍の兵の質を無理やりに均質化してしまっていた。
 とはいえ、奇襲には成功したものの状況はさして有利でもない。そもそも一度目の斉射は期待したほどの被害を与えられなかった──風向きかなにかのせいなのか、放たれた弾丸の半分くらいは狙いがそれて土を抉るだけに終わっている。距離があるだけあって命中率はすこぶる悪い。かなりの密度をほこる帝国の軍勢を前にしてなお相当わるい。それでも撃つしかない"笛"の担い手はそろって次弾の装填をすぐさま開始。その最中、一度目の斉射には加わらなかったつのなしたちが改まって"笛"をかかげる。いわずもがな、それは射撃を間断なく続けるために帝国が考案した"笛"の運用術──その定石。帝国軍斥候小隊長のつのなしは、解放軍軍団長のつのなしは、それを知っていた。よく、知っていた。
「射ぇッ!!」
 怒号と同時に放たれる二度目の斉射。それはまるで真っ直ぐに飛んで行く火の矢の群れで、けれども破壊力はてんで比べものにならない。初撃に統率を乱している帝国軍側が立ち直ろうとするところに追い打ちをかけ、混乱の火にありったけの油をぶちまけるかのごとき一手。放たれたいくつかが着弾して鎧をつのなしの肉を食い破り、なけなしの悲鳴と血を容赦なく絞り尽くす。乾いた土が真っ赤な血の色に濡れていく。たくさんの悲鳴と死はまるで伝染病のように周囲へと瞬く間に広がり、それはとどまることなく軍の混迷を助長する。あらぬ叫び声に命乞いさえ混じりだし、けれども解放軍のつのなしはそんなものなどお構いなしに再装填した弾丸を撃ち放つ。"笛"の火の音がほとばしる。さらなる悲鳴が空に消える。発砲を確認した工作兵はすぐさま"笛"のつのなしに次の火薬を手渡す。油のさされた歯車みたいにとどこおりのない流れ作業。"笛"のつのなしたちの攻撃は着実に被害を与えていて、けれども彼らに余裕なんかない。敵の悲鳴に気をとめる余裕も無論ない。ただ必死だった。弾をこめ、放ち、それを正確に過つことなく続け、続け、続けることに。
 ──けれども射撃はいつまでも有効ではない。解放軍のつのなしが"笛"を有効利用していることへの戸惑いはあるようだけれど、帝国はすでに立ち直りをはかっている。いくらかはやられたといってもあくまで一部、それになにより数の上では圧倒的に彼らが上なのだ。指揮官がつとめて冷静に声をあげれば思いの外、混乱は火元を石で押し潰したみたいに静まっていった。瞬く間に騎兵を中心にした反撃の部隊が両翼から編成されていく。火薬と鉄の弾頭が飛び交う戦場にあって、けれどもやっぱり帝国の騎馬兵は健在だった。それどころか、よりいっそう重要性を増したといってもいいかもしれない。騎兵の速度で迂回機動をとられれば"笛"の狙いは追いつけないし、まともに突っ込まれれば密集陣形をとる"笛"の担い手たちは一瞬にして潰乱する。騎兵は──特に強い突破力を持つ重騎兵は、"笛"を、殺してしまう。
 それでも射撃は続けられる。前衛の帝国兵がまばらに倒れて崩れる最中、けれども後方では着々と拠点攻めのための攻城兵器が組み上げられていく。そこに圧力をかけ続けるためには、どうしても射撃を止めるわけにはいかない。けれども彼らを退かせなければ、潰れる。騎兵の突撃を食って、みな死ぬ。避けなければいけないことが、あまりにも多すぎた。みんな台無しにしないためには、なにかを捨てなければいけない。なにを捨てるのか、選ばなければいけない。
「──退く。限界だ。退くぞ」
 軍団長はごく小声でつぶやく。戦場の鉄火がけたたましく鳴り響く中、それは誰にも届いてはいない。わたしと、傍らの短角のつのつきを除いては。それこそは彼のくだした選択だった。解放軍のもとにある彼らの命を、なにを置いても優先する、と。
 それを聞いた短角のつのつきが、ちいさく首を振る。帽子が取れてしまいそうでどことなく危なっかしい。
「お待ちください」
「待たん。死ぬぞ。兵が死ぬ」
「死なせない。必ず。支援を得た」
 兵の前だからという繕った言葉もかなぐり捨てて、短角のつのつきは決然としていった。ふたりがまっすぐ見つめ合う。言っている意味もはっきりとしないけれど、議論の時間なんてあるわけがない。
「死なせてみろ。おまえを改宗させてやる」
「死なせない」
 短角のつのつきはくりかえした。軍団長のつのなしは、声をあげて兵たちに命じることをやめた。"笛"持ちのつのなしたちは、一瞬こわばってからまた絶えることなく射撃を続けた。この期に及んで撤退の命令がくだされないのは、つまりそういうことだと、悟ったのかもしれなかった。まるで心の持ちようを決めたみたいに歯を食いしばる。敵陣から、とうとう重騎兵が動き始めた。

 それでもなお、軍団長のつのなしは、彼らをとめることは無かった。"笛"持ちのつのなしは、なおも長筒を握り続けた。馬蹄が土を踏み鳴らすその瞬間ですらも、それが刻一刻と近づいていながらも筒の中に弾をこめることを止めなかった。極限状況での、それはおそるべき集中力だった。あるいは、恐怖心というものがすっかりと麻痺してしまっていたのかもしれない。
 同時に短角のつのつきが柵を乗り越え帝国軍の矢面に躍り出る。後方からまるで飛び出すかのようにして、ただ前に。危険きわまりない行為だったけれど、それを止められるつのなしは誰もいない。みながみな、自分の役目を果たすことにただ必死だったからだ。軍団長のつのなしもまた同じで、一瞥しながらもその口がつむいだのは斉射の号令だった。
 短角のつのつきは、今まさに機動しながら解放軍の簡易陣地へと迫り来る重騎兵の姿を見る。その姿を視界にとらえる。とらえたその姿は、あまねく全てのつのつきへと届けられる。"つののしらせ"による共有化。それは周りのつのなしの誰一人にもわかることはないけれど、ただつのつきだけがそれを知っている。
 ふいに音もなく、なんの前触れもなく騎乗した兵が落馬した。それは振り落とされたというより、まるで全身から力が抜けて藁かなにかのようにふっと落ちたような感じだった。わけがわからなかった。その場にいる全員がなにが起きたかを理解するどころか、そのあまりの不条理さに、なにかが起こったことさえも認識できないような気配さえあった。それはわたしにとっても同じことで、けれども目に見えたものは現実に起こっていることなのだから疑いようもない。なにより敏感に事の次第を理解したのは乗り手を失った騎馬のほうで、手綱を握って戒めるものがなくなったそれはてんでがむしゃらに駆け出した。騎馬はまるで乗り手の意志を継ぐかのように真っ直ぐと突っ込んできて、けれども迂回機動がとれないせいでまともに防御柵にぶちあたって目を回す。なにがおこったのかてんでわからないわたしがいうのもなんだけれど、ばかみたいだった。
 つのなしたちが撃ち殺してしまうよりも先んじて、短角のつのつきは手綱を引っ張って騎馬を無理やりに射線から逃れさせる。そしてぐいぐいと手綱を引っ張りながら、咄嗟になにかを"いってきかせ"た。獣を手懐け、家畜化するのと同じように"つののしらせ"でそうしたのだろうけれど、つのなしから見ればそれは魔法か呪いのたぐいにしか見えないだろう。
 短角のつのつきが手綱を離すやいなや、騎馬はむちゃくちゃな勢いで帝国軍の軍勢に向かって走りだした。前衛の帝国兵が引きずり倒され、果てにはその巨体が後方の兵までも容赦なく巻きこんでいく。準備ができていたなら射殺してそれでお終いだったろうけれど、帝国からすれば完全に虚を突かれた恰好だ。こんなの、たぶんどうしようもない。
 乗り手を失った重騎兵はひとりではない。ひとりではないどころか、全員だった。これで騎乗していたつのなし兵になんらかの不幸が起こったという可能性は絶無になる。とても偶然で済まされるようなものではない。騎馬も揃って帝国軍側へと突貫を敢行──その足並みの揃い方はどことなくつのつきの連携にも似ているような気がした。まるでそれぞれが繋がり合っているかのように。槍兵が横から突くようにして引きずり倒し、冷静に処理しながらも、彼らがもたらした損害は相応に大きい。その最中に軍団長のつのなしの指揮下、この際なんでもいいと半ば捨て鉢に再開された射撃が否応なしに傷口をこじ開けるみたいに帝国軍の被害を拡大させていく。「なんだ……」軍団長のつのなしが囁くようにいった。その声には畏怖が混じっている。「あれは、なんなんだ」
「援護射撃を得られた。感謝しよう」
 短角のつのつきは、さっきもいったのに、といわんばかりに事も無げ。
 さらに気持ちわるいことに、その怪現象はいまだ終わっていなかった。ちいさな、なにかが空から落ちてくるような、本当にちいさな音が聞こえてから不意に帝国のつのなし兵が矢継ぎ早に倒れていく。何の前触れもなければ傷を負わせられたわけでもなく、生気を失った表情で前のめりに、一瞬にして力尽きたかのように、倒れこむ。わけが、わからなかった。
 いや、違う。わからないわけではなかった。その奇妙な現象は、そんなに遠くない昔に見た覚えがある。わたしはそれを見ている。ただ、それを認めることがとてつもなく難しかっただけだった。ともすれば、長い間ずっとつのつきを見守り続けているわたしが、彼らに畏怖を覚えてしまいかねないほどに。帝国のつのなし兵が、まるで呪われたように倒れる姿をじっと見る。
 そのさまは、つのつきの"呪術部隊"の攻撃を受けたものの様子に、よく似ていた。とてもよく似ていた──認めづらくとも認めざるをえないほどに。
 一定周期で、帝国の陣営に"なにか"が投射される。なにかはわからないけれど、"なにか"が撃ち込まれていることは間違いない。目に見えるどころか感じ取ることもできない何かが、つのなしの兵たちをあざ笑うように打ち倒していく。その様子を、短角のつのつきはじっと見渡している。固唾を呑んで見守っているというわけでは決してなくて、せわしない所作で、まるで次の狙うべき一点を探索するみたいに帝国陣営をつぶさに観測し続ける。戦場の狂騒にまぎれているから解放軍のつのなしたちは気づけてもいないけれど、かたわらの軍団長だけは気づかないわけにはいかないみたいだった。
「おまえが、狙っているのか」
「そう」
「……どこからだ?」
 つのなしは信じがたいように重々しい声でいう。半ば以上その正体を気取ってしまっていて、けれども確かめずにはいられない答えだったのだろう。信じがたいというか、信じたくはないというべきだろうか。無理もなかった。
「占領下にある要塞から。観測を代行してはいるが長くはもたない。なにせ遠すぎる」
 それはどうしようもなく決定的な一言だった。"呪術"といってはいたけれど、ここまで呪わしいものだなんて聞いていない。ここからはずいぶん遠い要塞から、今も"角笛"が高らかに吹き鳴らされているのだろうか。短角のつのつきにしてみれば視界を共有するなどわけないことで、つまり"呪術部隊"は敵が見えさえすれば攻撃するのに事足りるということになる。例えそれがどれだけ超遠距離からのものでも。"つののしらせ"の有効射程を外れてしまえば話は別で、離れるほどに"呪術"の消耗は大きくなってしまうみたいだけれど──そんなのは気休めみたいなものだった。
 道理で、火薬も鉄の玉も放たれないはずだった。彼らはもっと得体の知れない"なにか"を扱っている。呪いの力、"呪力"とでも言いあらわすべき不可視の威力。
 思えば、むかしむかしのことを辿ってみれば、その素養はちらほらとあった。角を持つ鹿や牛などの獣のたぐいを自分たちの近似種と見なしたり、角を除けばよく似た姿を持ったつのなしを半ば強制的な"同一つのつき化"──それはほとんど侵略的な融和を果たしてしまったり。似たものを同じくするものとみなす、つののついたひとがたをつのつきになぞらえるかのようなごくごく基本的な呪いの源流。今わたしの目の前にある脅威は、ぽんと唐突に出てきたようなものなんかではぜんぜんない。ずっとずっと、つのつきの頭の上にそなわってそこにあった。ただわたしが、つのつきの可能性に気づいていなかったというだけのこと。
 解放軍軍団長のつのなしは、軽く肩をすくめた。そしてため息を零し、重たくいった。
「おまえたちの神だけは、絶対に敵には回さん」
「ぜひ、そうしてほしい」
 しかも、当たり前のようにわたしのせいにされている気がする。わたしはなにもしていないのに。そんなものを与えたのはたぶん、つのつきたちを本当に生み出した本物の神様か、あるいはつのつきたち自身の賜物だった。

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