つのつきのかみさま

きー子

国土の時代/6

 小隊長のつのなし──否、今や"国土解放軍軍団長"となったつのなしの宣言に連動して事態は急速に動きはじめる。領主の屋敷からまんまと逃げおおせた一部のつのなしは大いに叛軍のあらわれを喧伝し始める。それはつのつきたちにとってもなんら意外なことではなく。むしろつのつきたちも積極的に、"国土解放軍"の樹立を一斉に触れ回るつもりみたいだった。各地に潜伏していた短角のつのつきたちは揃って情報工作に身を費やし、後は人の口を介して広がるがままに任せてしまう。工作というだけあって情報の精度はかなりいい加減で、まるで詩文もかくやというくらいに大げさに虚実織り交ぜて宣伝するつのつきもいた。それどころか、本当に吟遊詩人に扮して酒場で即興歌として演じてしまうつのつきすらあった。帽子ひとつとってしまえば"悪鬼"の証である角があらわになってしまうのに、そのうえあえて注目を集めるなどくそ度胸もいいところ。心臓に角が生えているのかもしれなかった。
 むろんのこと、そうやってつのなしの領地内で噂を広げているときにはすでに正確な情報がつのつきの国へと報告されている。かつてつのなしたちを捕虜にとり、やると決まったその日から、だいたい半年くらいの年月が流れていた。決して短くはなかったけれど、ほとんど全くの空手から始まったにしてはあまりにも早い叛乱だった。おそらくは、それだけ水面下に抑圧されてきた反感という火種が大きく、激しかったということなのだろうと思う。
 いずれにしても、半年という時間はつのつきたちに軍備を整えさせるには十分すぎた。収穫期を過ぎているため物資面も万端というほかなく、内政面で心配することは全くといっていいくらいにない。例年だったら散発的に帝国からの攻撃が繰り返される北面の辺境も今年はだいぶん大人しい。ただの偶然かもしれないけれど、あるいはそれも叛乱の影響が如実にあらわれた結果なのかもしれない。十分にありえることだった。足元に火が回っているのに、どこに手を伸ばす余裕があるというのやらという話。兵力を遊ばせているのを嫌って攻撃に出てくる可能性を考えて、防衛兵力を全部攻勢に回すというわけにはさすがにいかなかったのだけれど。
 ──かくしてつのつきたちは国土解放軍と連携するかたちで、各領地の兵力からひとまとまりの連合軍を編成。その数はだいたい二千にも達している。あまりたくさんの人数を率いることがあまりないつのつきたちにしてみれば、これはほとんど有数といっていいくらいの大軍といってよかった。まさに前代未聞。中には領主に雇われたのではない実験的な部隊まで加わっていて、彼らはどうやら交易都市にある学問所から送られてきた兵力らしい。
 百には及ばないくらいの彼らはみんな夜色のローブをすっぽりと羽織っていて、"笛"──によく似た、けれどもつのなしたちが作ったものより鋭角的な輪郭の、"角笛"とでもいうべき長筒を肩にかけるみたいにして担いでいた。おそらくは以前の要塞での戦いで持ち帰った"笛"を分解・解析──後につのつきたちが自家製で作り直したものなのだろう。感嘆すべきは、たった半年という短期間でこれだけの数を揃えてみせたつのつきたちの技術力こそに違いない。彼らは学徒由来の実験部隊とはいえども行進はとても整っていて、浮ついたり浮世離れしたような様子は全くない。ともすれば半農の兵などよりずっと軍隊然としているくらいだった。
 つのなしたちの領地では、今も国土解放軍の面々が周囲のちいさな村を取りこんでしまうために一気呵成の奮戦を続けていた。戦況は五分五分。けれども、本国からの援護なんか微塵も期待できない解放軍は、戦が長引けば長引くだけ徐々に不利になる。その様子は軍団長に付き添ったつのつきから随時伝え続けられていて、今は戦から戦の谷間のような小休止中。この時を待っていたとばかり、つのつきたちの連合軍が行軍を開始する。狙いはただひとつ、以前は見逃した要塞を一気に落としてしまうことにほかならない。兵力のいくらは解放軍の鎮圧に回っているだろうから大した反抗はされないだろうし、いざ落としてしまえば出撃している兵は帰る家がなくなる。食べるごはんもなくなる。つまりは投降せざるをえなくなる。
 むろん、あまりに都合のいい──敵にすれば最悪のタイミングではあるけれど、連携していることを臭わすような真似はしない。つのなしたちは独自に解放軍を率い、つのつきたちはそれに勝手に乗じて攻め入るだけ。つのなしたちにとって不倶戴天の怨敵でもあるつのつきたちと、ほんの一朝一夕で手を取り合って戦うような真似は、そもそもはなから無理に決まっているのだから。
 つのつきたちは攻城を行うにあたって、夜を選んだ。以前は陽動のためにも昼を選んで派手に攻撃をしかけたものだけれど、今度はそんな必要は全くない。ただ淡々と、要塞をひとつ陥落させるだけ。二千にも及ぶつのつきたちはびっくりしてしまうくらいの行軍速度で要塞へと迫り、かの敵城を拝むかたちで集合。地形は大軍に向いていない森だから、大半は森の中にまぎれるようなかたちで潜伏する。そして、攻城兵器は以前と違ってありったけの数を用意していた。投石機、破城槌、攻城塔に大型弾道砲バリスタ──たくさんの大型兵器を率いていながらかなりの行軍速度を維持できたのは、やはりつのつきたちの数の賜物というべきだった。人力ってすごい。
 夜の視界はすこぶる悪いけれど、それもつのつきたちの力によって解決がはかられる。"つののしらせ"によって共有化されるつのつきたちの数多の視界──それはわたしには見えないけれど、つのつきたちの眼には複雑に絡み合った巨大な網の目のように夜の暗闇へと張り巡らされているはずだった。闇の中でさえそれぞれの瞳が捕らえる数多くの光を束ねれば、それで十分な視界は確保される。実際に光が収束しているわけではないけれど、わずかな光で夜を見通す数多のつのつきたちの"視界"──それがひとつにまとめあげられているのだから、実際的には同じようなものだった。
 かかげられる灯籠の光も最小限に、つのつきたちはそれぞれの攻城兵器の矛先を要塞へと定める。実際のところ、これだけの大掛かりな準備をはかっていたらいつ見張りの兵に見つかってもおかしくはない。数多のつのつきたちは揃って息を詰め、足元も立たないくらいに静まり返り、その時を待つ。ただ組み木や石の擦れる音が葉擦れの音に重なって響く。
 声がした。それは、わたしにも、そして全てのつのつきたちにも届いたに違いないと確信させる声だった。
『────さあ、征きましょう。我らが神がお見守り下さるならば、我らの勝利に疑いはない』
 まさにそれが合図だったように、つのつきたちが一斉に動きはじめる。それはさながらひとりひとりが機械仕掛けの歯車のようで、全てが噛み合って連動するかのように。巨石が放られ、ほとんど槍のような矢が放たれ、それらは夜の闇の中でありながらなお的確につのなしの要塞を打ち抜いていく。打ち砕く。たくさんの声が響き渡る。断じてつのつきたちのそれではない。つのつきたちに戦場の叫びウォー・クライは似合わない。つのつきは、角を介して繋がり合うがままに静かに動く。きっと彼らの頭の中にはたくさんのつのつきの声が幾重にも届いていることだろうけれど、それがわたしに届くことはない。
 ────わたしは、ここに、いるよ。
 果たしてわたしは、それを誰にいったものだろうか。誰にいったものでもなく、あんまりにもたくさんのつのつきに、それがきちんと伝わったのかわかるはずもなく。けれどもわたしがむかし言った通り、ただ見守っているだけであっても、確かに今もそうしているという、それを知らせたかっただけのこと。ふっと何かを気取ったかのように空を見上げるつのつきの姿もちらほらあったけれど、それはひょっとしたら単なる気のせいなのかもしれない。輝く月の光を頼りにしているだけなのかもしれない。言葉が返らないことを、わたしは少しばかり寂しく思う。
 けれども、それでよかった。数知れぬくらいにいて、底知れぬ力を持つつのつきたちに、わたしが口出しできるわけはなく。貸せる力などありはしない。それで、いい。つまりはこれが、親離れというやつなのかもしれないと、わたしは不意にそう思った。
 あいにく、お腹を痛めたわけでもないわたしは子離れできそうにもないのだけれど。

 つのなしの要塞は夜明けを待たずに陥落した。
 以前と性能的には大差のない攻城兵器とはいっても数の力はやっぱりとんでもなくて、それぞれで連携しての攻撃は初撃だけでも要塞を回復不可能の混乱状態に追いやっていたのだ。同時に破城槌が要塞の城門に取り付いて攻撃を開始。その近くではものすごい勢いで城壁を乗り越えてしまうための攻城塔が組み上げられていて、邪魔が入らなければそれが完成してしまうのは時間の問題だった。
 もっとも、彼らを妨害するはずだった見張りの兵は瞬く間にして掃討されている。森の中にひそみながら奇襲をかける従来型の弓兵の活躍はもちろんのこと、実験的な部隊とされた夜色のローブをまとうつのつきたち──学者のつのつきたちがいうところの"呪術部隊"のあげた成果には目覚ましいくらいのものがあった。
 呪術と聞いただけでは全くぴんと来なかったわたしだけれど、実際に彼らの戦闘行動を見てみると、全くわからなかった。
 本当にさっぱりわからなかった。何が起こっているのかすらわからなかった。わたしが見ているぶんには、担いでいた"角笛"を構えて、狙いを定めるでもなく虚空に向けて引き金をことりと、静かに落とした。ただそれだけ。
 それだけのことで、ばたばたと要塞内のつのなしたちが雪崩を打つように倒れた。城門に迫るつのつきたち向かって今にも襲いかかりそうな騎兵のつのなしが勝手に落馬し、転げながらその頭を馬の足に踏まれて死んだ。引き金を絞っても"笛"のように弾を吐き出すわけではなく、かといって空砲を派手に鳴らすわけでもなく。金属音すらほとんど立たないくらいに静かなもので、なにが起こっているのかわたしには全くわからない────けれども、明らかに、そして確かになにかが起こっていた。それだけは間違いがなかった。そして彼らがその原因であることも、やっぱり疑う余地はない。
 引き金が落ちるたびにつのなしの兵が倒れる。まさに、呪われたように、ばたばたと倒れる。どうやら無差別に無制限にできるわけではなくて、時折りローブのつのつきたちは弾込めのような仕草をしていたのだけれど、実際に何かを放っているようにはぜんぜん見えない。発射間隔も時間が経つにつれて少しずつ開いていて、百にも満たないつのつきたちはそれぞれ時間差で"なにか"を放つようになる。見てみればその表情に疲れが見えるつのつきもいて、消耗がないというわけではないみたいだった。それでも脅威には違いがないし、夜の要塞が見せる抵抗を剥ぎとってしてしまうにはあまりに十分すぎる戦果だった。
 城門をすっかりぶちぬいてつのつきたちが流れ込んだとき、倒れているつのなし以外はそのほとんどがすっかり戦意を失ってしまっていた。完全に破壊してしまうのはもったいないからと攻城はすぐに中止されて、つのなしの兵たち全員に降伏を勧告する。抵抗せずに下るならば情状酌量の余地はあるが、そうでなければ──といういつも通りのありふれた常套句。それでもつのつきの軍が垣間見せた力のほどはあまりにも圧倒的だったからか、反感をはるかに通り越して降伏を選ぶつのなしたちが予想していたよりもずっとずっと多かった。夜明け前、要塞はつのつきの連合軍の手に落ちた。作戦時間は半日どころか四半日にすら満たっていない。いっそもう少し長引かせたほうがよかったかもしれない、と参謀のつのつきが反省するくらいの有り様だった。そうすれば解放軍を鎮圧するために出張っていた兵力を引き戻せたりして、少しは時間を稼ぎながら被害を拡大させることができたかもしれない。
 ともあれ済んだことは済んだことと、今ある状況を使って参謀のつのつきは方針を立て始める。
 まず真っ先に行われたのは兵糧の確保。後方の輜重隊を含めたって二千ものつのつき軍をいつまでも保っておけるわけはないから、余剰した兵力は付近一帯の開墾に回してしまう。半農の兵が少なくないのも生きてくるというもの。後方を完全に確保してしまえば本土からの補給線を維持することもできる。幸いにしてつのつきたちにはそれだけの蓄えがあるのだから。戦争というのはだいたい準備の段階で決まってしまうのだなあと思わずにはいられない光景だった。
 続いて捕虜にとったつのなしたちは、けれども遊ばせておくようなことはしない。捕虜とはいえども生きていて、つまり彼らを生かしておくにはごはんを食べさせなければならない。ならばいっそ働かせたほうがずっといい。そういうわけで、つのなしたちにはつのつきの戦勝──そして要塞陥落の報を喧伝する役目が負わせられる。つのなしたちにすれば予想外もいいところだから流言と断じられる可能性は高いけれど、決して無駄にはならないはず。なにせ、要塞は実際につのつきの兵によって完膚なきまでに占領されているのである。
 ともあれ要塞の占領が済んだことはつつがなく短角のつのつきに伝えられ、解放軍とつのつきの連合軍はお互いの戦況を密に共有し続ける。つのつきのほうはこれで一段落といったところだけれど、朝を迎えて今度は解放軍のつのなしたちが踏ん張りを見せる番だった。つのつきが解放軍に出来るのは最大限でも後方支援まで、援軍に駆けつけることは絶対にできない。それだと解放軍とつのつきの関係が明らかになってしまうし、そうなれば解放軍が内部から崩壊してしまう可能性も十分にありえる。苦戦を強いられているこの状況では、なにがあってもおかしくはないと考えるべきだろう。
 実際問題、解放軍のつのなしにとってさえ要塞陥落の報は半信半疑といったところだった。いくら叛軍の鎮圧にあたっているせいで守りが手薄になっているとはいえ、これほどまでに早く落とすことができるものだろうか、と。けれどもあらかじめ要塞の近くに潜伏されていた"元"小隊員のつのなしが実際にそれを眼にして伝えたため、疑念はすぐさま確信に変わる。そしてこれは、半ば膠着状態に陥った戦況を劇的に動かすことができるくらいの変化でもあった。
 まずは要塞の方から情報工作の兵が差し向けられているのと同じように、解放軍からもまた要塞陥落の報を喧伝するべく早馬を目いっぱいに走らせる。真偽は確認できずとも、そんな突飛な話が根も葉もないままにぽっと出てくるわけはないのだ。士気は間違いなくがた落ちするし、実際の様子を確認するまでは軍全体のつのなしがいてもたってもいられなくなる。そして実際には無事であるのならばまだいいけれど、本当に陥落してしまっているのだから最悪だった。解放軍にとって、これを活かさない手があるわけはない。
 朝方から始まった会戦は昼までに帝国軍が半ば撤退してしまうかたちで、解放軍が大きく軍勢を押し返すという結果に終わる。結果としてつのなしたちは近隣のちいさな村を解放軍の占領地とすることに成功する。圧政に耐えかねた地方のつのなしたちはすでに解放軍の面々に加わっているから、やるべきことといえば領地の後始末くらいのもの。とはいえこの地の領主は始まりの村のように手ひどい搾取をやっていたわけではなくて、帝国側から強いられた税制をやむ無く受け入れながらも決して無理はしないよう心がけているふしがあった。作物を強いて取り立てるようなことはなく、凶作に見舞われたときにはすっぱり貢物を免除してしまうような年もしばしばあった。その結果、実質的な支配者であるところの帝国官吏と現地民との板挟みに陥っていて、彼の頭髪は焦土にも例えられるほどの甚大な損害をこうむっていた。
 それがここにきて、"国土解放軍"の樹立はいわば好機といえる出来事なのだろうと思う。解放軍からしても実際的に領地を治める領主が一派に加わるという意味合いは大きかった。どれだけ領地を取り返したって治めるつのなしがいなければ話にならないし、おまけに方法論もわからないとくればとても困る。ひょっとしたら今以上に困ったことになるかもしれない。まずは勝つことが大事だけれど、つまりは勝った後のことも考えておく必要があるということだった。
 解放軍が領地を広げる中で撤退した帝国軍は、いざ要塞に帰還しようとしたところで泡を食うことになる。まさにやかましく宣伝されていた噂の通り、古巣の要塞がすっかりとつのつきに占領されていたのだから当たり前だった。帝国軍は奪還のための作戦を立案したようだけれども、それは実行にさえ至らずあえなく難航する。攻城兵器の持ち合わせがないからだった。叛軍鎮圧に攻城兵器を引っ張りだす必要があるわけはなく、むしろ機動力を損なうだけでお荷物でしかない──そんなもっともな理屈は、けれども今回ばかりは仇になった。おまけに万全の用意があったとしても守勢に回ったつのつきの軍を果たして打ち破れるかどうか。つのつきの擁する多勢を見れば、誰がどう見たって勝算はきわめて低かった。
 やむを得ず帝国軍は後方の都市部に引き下がり、要塞一帯の領地をつのつきに譲らざるを得なくなる。勢力図でいえば大軍を擁するつのつきの占領地に、今まさに拡大中の解放軍領土、そしてまだまだ残されている帝国支配下のつのなしの領地──主に都市部の三つ巴。けれども実際には解放軍とつのつきがぶつかりあう事態にはならないし、一方で帝国側は二正面への対応を強いられることになってしまう。こういった状況で必要されるのは優先順位の判断で、帝国のつのなしたちはおおかたの予想通り、先に全力をもって解放軍──反乱軍の制圧に踏み切ることを決定した。彼らが懸念するのは横からつのつきが割りこんで引っ掻き回していくことだろうけど、それはつのつきにしても望むところではぜんぜんない。乱戦は死人が出やすいというのもうまくない。けれどもつのつきたちはそういった意図を悟らせないよう、ちまちまとした遊撃をそれなりに欠かさず送り続ける。
 なにはともあれ、帝国軍は下がり、解放軍は踏み込んだ。それで一気に勢いづいたのかもしれない。解放軍は周囲のちいさな村を次々に併呑して支配下に治め、それだけでもちょっとした国土といえそうなくらいの領地を獲得する。まともな統治者が不足しているせいで国のていをなしているとはいえないけれど、まずなすべきは帝国におもねり、こびへつらう惰弱さを打ち払うことだった。解放軍軍団長のつのなしはそういった手合いのものをいっそ果断なくらいの容赦の無さで切り捨てていく。「負い目があるものは、それはそれで使いようもある」と補佐官の短角のつのつきはいったものだけれど、軍団長は意外なくらいに疲れた様子でふっとこぼした。
「解放軍といえば恰好だけはつくが、まあ、ろくなものではない。こうでもしないと、求心力が、持たん」
 反帝国を旗印としたからには徹底しなければ、ということらしい。明確な仮想敵をすえるのは組織を維持するにはちょうどいいやり方だろうし、つのなしたちには慣れたやり方でもあったろう。つまりは帝国の支配に耐え忍ぶため、つのつきを対外的な仮想敵に定めていたのと同じように。
 それは確かに褒められたものではないし、そんな大勢のつのなしを率いなければならない彼はきっと疲れもするに違いない。けれどもそれは、たぶん、つのなしたちが悪いというわけではないとわたしは思う。生まれついでの人格とか、性質とか、そういうのでは絶対にないはずだ。じゃあなにが悪いのかといえばこれはものすごく簡単な話で、要するにごはんがないのが悪いのだ。満足にごはんも食べられないせいで不満は否応なく蓄積するし、そういう現状不満のはけ口がどうしても必要になってくる。
 つまりごはんを食べればいいのだ。実際にそうできるようになるまでは気が遠くなるくらい時間がかかるかもしれないし、決して簡単なことではないだろうけれど、目指すべきところは極めて単純といってもいい。
「やれるのか」
「やる。灰になるまで」
 そんなわたしの考えはよそに、つのなしは断定的にいった。できるかどうかはもはや問題ですらないというような感じだった。わたしにはそれがどうしようもなく危なっかしくも見えるものだけれど、だからといってどうしようもない。まさかつのつきが代わって引き継ぐわけにもいかない。たぶんだけれど、事が済んだあとのつのなしたちからの反発があまりにも大きくなりすぎるだろう。戦が落ち着く暇すらなしにさらなる叛乱が起きかねないし、それは絶対に看過してはならないことだ。戦争は手段であって、目的ではないのだから。
 解放軍の指揮下にあるつのなしたちの士気は上々に保ったまま、解放軍と帝国軍はそれからもたびたび小競り合いを繰り返した。できれば冬までには決着をつけたいという雰囲気がかいま見えはするのだけれど、かといってどちらも攻勢に出るこれといったきっかけが見当たらないというのも正直なところ。
 けれども帝国軍が地続きの本土から援軍にあずかれる一方で、解放軍はとてもではないけれどそんなわけにはいかないのだ。時折り帝国支配下にある領地からつのなしが脱走してきて解放軍に加わるという事例が相次いだけれど、時が経つにつれてそれも減った。帝国の前線警備兵がお互いの領地の境目を哨戒するようになって、解放軍下への亡命を試みたつのなしたちは容赦なく捕縛されたからだった。締め付けを強くすれば音を上げて逃げ出す民が出てくるのは当たり前の話で、そうなるのも彼らにとっては承知のうえなのだろう。
 戦力増強もまともには期待できないとくれば、つのなしたちには徐々に不利になる。数に劣る解放軍が真っ向からの会戦で勝ちを得られるわけはない。そう考えた解放軍は、いっそのこととと籠城戦に踏み切ることにした。最前線のちいさな村の防御を固めるかたちで要塞化し、攻め寄せる帝国軍を迎え撃つ。少数ではあっても有利な戦運びが期待できる守勢ならば、話は別──とまではいえなくたって、直接ぶつかるよりはよほどマシだろう。
 ここで役に立ってくるのは、かつてつのつきたちがちいさな村の拠点を要塞化して防衛戦を繰り広げた歴史だった。罠を張り巡らせ、防壁を築き、攻撃が行われる地点を極端なまでに絞り込む。当然帝国のつのなしもつのつきたちと同じように高度な攻城兵器を備えているだろうから、全く同じようにやるわけにはいかない。対策を施す必要が十分すぎるくらいにあるし、迎撃にしたってつのつきたちと同じようにはやれない──同じ力を、同じ角を持ってはいないのだから当たり前のこと。それでも代わりに"笛"とそれの担い手となるつのなしがいるのだから、やりようは十分にあった。短角のつのつきを通してあらゆるつのつきたちが知恵をこね回し、脳みそをしぼり、防衛作戦を捻出する。
 結果的に、解放軍は当座の方針である早期決着とは真逆の方向に舵を切ることになる。今は帝国軍は兵をかき集めて反乱軍鎮圧を画策しているわけだけれども、それは厳しい冬がきてしまえば重荷にもなりかねない。暖を取る炭や食料の消費も激しくなるし、だからこそ彼らは冬までの決着を望んでいる。ならば、つのなしたちはそれまでを持ちこたえてしまえばよい。それはつのなしたちの士気に水を差してしまいかねない方針だけれども、つのつきからすれば、まさに、これしかなかったのだ。
 なので軍団長のつのなしは方針を明言することは避けたまま、けれどもきたる帝国軍の大攻勢に備えるために村の防衛力増強を提案。攻撃をしのいだあかつきには反抗戦に打って出ることをにおわせ、物資ばかりは切らさないようにして解放軍の士気と治安を維持することにつとめる。つのつきたちはその横から援護するかたちで、帝国支配下にある周辺領地での情報工作につとめた。支配下の領地で解放軍なるものたちの暗躍をすっかりと許してしまっているこの状況、帝国の威信は以前には考えられないほど低下して余りあるものがある。これを利用しない手はない、ということみたい。
 かくして戦況はしばし膠着したまま、けれども水面下で角を研ぎ澄ませるかのように戦の準備は着々と進められつつあった。一度は帝国の側から和平交渉をお題目にかかげた使者が訪れはしたのだけれど、なんのことはない、要するに降伏すれば命だけは助けてやるといったたぐいの最後通告だった。ただし指揮官級のつのなし──解放軍総指揮官の補佐官にあたる短角のつのつきも含まれている──は、みんな連座で身柄を譲り渡さなければならないとのこと。まさか本気で受けるとは相手にしたって考えていないだろうし、長引く戦に厭戦の感が漂っている兵の士気を挫くためのものなのかもしれない。あるいは今も支配下にある都市部のつのなしたちに言い聞かせるためだろうか。寛大な申し出にも逆賊は聞く耳を持たず、出兵をやむを得ないこと、と。
 あまり手ぬるい処断では解放軍の同志たちを前に面子が立たないかもしれない──というわけで、軍団長のつのなしたちは一計を案じた。
 帝国使者のつのなしを捕縛するや否や、つのつきたちが占領した要塞の近辺に彼を放り出したのである。解放軍のもとに集った多くのつのなしは、つのつきが残虐で悪意に満ちた種族であると信じているから、これはあらゆる処刑の中でももっとも厳しい厳罰と受け止められた。具体的にどういう末路を辿ったかはわからないのが解放軍のつのなしたちにはまた恐ろしいようで、溜飲を下げるどころか「そこまでされるいわれはないのではないか」と物申すつのなしすらいた。これには短角のつのつきも苦笑い。ちなみに当のつのなしは今も要塞で元気に捕虜をやっている。
 それから少しして、もう冬もそんなに遠くはないというとき、一通の書状が送り込まれた。正式に帝国のものであると知らしめ、彼らの技術力を誇示するためでもあるのかもしれない──ひどく精巧な尾を食む蛇の印判が書面には捺されていた。
 けれども肝心なのは文面のほう。和平交渉では、もちろんない。
 堂々たる、宣戦布告だった。

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