つのつきのかみさま

きー子

国土の時代/4

 つのつきの軍が擁する数は今や、ひとつの要塞につき五百くらいはゆうにこえていることがほとんどだった。中でも交易都市に隣接するかの要塞は特に兵力が潤沢で、半農の兵も含んではいるけれど、その数たるや千にまでもおよんでいる。そして一番の問題は、そのたくさんのつのつきが、どのように動いたら一番いいかということだった。
 帝国が多くのつのなしを率いるときにやるやり方は、いわば正解のひとつというべきだろうと思う。ひとり、ないし少数のつのなしの指揮官として多数のつのなしを率いるにはあれが一番のやり方に見える。まずもって密集、とはいわずとも陣形を組まなければ命令自体が届かない。笛や太鼓などの楽器で命令を全軍に届かせるといったこともやったようだけれど、それではどうしても簡単な命令しか与えることはできない。指揮官同士での連絡が伝令を経なければならないこともあり、大規模での柔軟な機動はどうしたって難しくなる。
 そしてわざわざいうまでもなく、つのつきはそういった前提条件をみんな無視していく。かつてほとんど無意識に運用されていた"つののしらせ"の強みは、今代に至ってすでにはっきりとした形で明らかにされているのだ。作戦を主だって提案する参謀のつのつきやその副官達がこれを考慮に入れないわけはなく、その結果、つのつきたちの基本とする戦術はつのなしたちとほとほとかけ離れたものになりはてた。
 重要なのは、部隊の役割を果たすために必要な人数を満たしていること。必要であれば大軍も率いただろうけれど、そんなのが必要になるのはまれなことだ。大抵は十人単位からなる小隊や百人単位からなる規模の中隊をいくつも構成し、それぞれがてんでばらばらに──けれども確実に連携しあうべく行動する。わたしにそれは聞こえないけれど、きっと絶やすことなく密な連絡を取り続けているのだろうと思う。
 今回、つのつきたちが要塞攻めを画策するにあたって、重要なことがある。つまり、それなりにこちらにもやる気があるように見せることだった。別働隊の彼らは叛軍のつのなし・つのつき混成部隊から目をそらす陽動に過ぎないのだけれども、あまり手を抜いていると目眩ましであることを看破されてしまう。場合によっては余計な攻撃などせずにこっそり突破したほうがまだよかった、なんてことにもなりかねない。それだけはよくない。
 だから別働隊──総勢二百のつのつきたちは、四人の指揮官に従って部隊をそれぞれ五十人からなる四つに分かつ。またひとつひとつの部隊がになう役割もそれぞれに異なる。別働隊全体としての役割は陽動なのだけれども、分けた四つの部隊の中でもまた陽動を担う部隊があったりするのではっきりいってかなりややこしい。わたしの頭では混乱してしまいそうなくらいだった。
 ひとつめの部隊の役割は観測──戦場を見回り、情報力を活かして戦況を的確に知らせること。防衛も兼任。
 ふたつめの部隊の役割は攻城──組立式の攻城兵器を用いて要塞の建物を狙うこと。これがいわば偽りの本命。
 みっつめの部隊の役割は陽動──積極的に接敵して敵の目をひきつけておくこと。攻城兵器の守りという側面も持ち合わせる。
 よっつめの部隊の役割は掃討──攻城兵器に釣り出されたり、陽動の隊が足止めしている敵を打ち払うこと。
 中でもつのなしにとって一番の脅威となりうるのは、錘とてこを利用して超遠距離から大きな石を放りこむことができる組立式の大きな投石機だろう。持ち運びを簡便にするためにも木でできているから脆いし、乾いているので火をつけたらよく燃える。おまけに移動させるためには一度組み立てたものをまた梱包し直さなければならない──そんな欠点をさしおいても、投石機の力はものすごかった。学問所なんかでは投石機の欠点を解消する"火砲"というものの研究が続けられているみたいだけれど、実用化は少しばかり先になりそう。安全性にも不安が残るとのことで、まだしばらくは投石機にお世話になることだろう。
 ともあれ当たり前のことだけれど、投石機がその力を発揮するためにはつのなしの要塞を射程距離に収めないといけない。そしてさらにいえば、投石機はとても大きいので、とてつもなく目立つ。笑っちゃうくらいに目立つ。大きさゆえに広く場所を取ってしまうから場所を選ぶし、いくら森にまぎれこませようとしても無理がある。見つからなければどうかしてるし、当然のように見つかった。つのなしの要塞のほうで派手に鐘の音が鳴り響いている。もちろんつのつきたちはみんな承知のうえでやってはいるのだろうけれども、はらはらさせてくれるものがある。ものすごくある。
 幸いなのは、盛大に投げ込まれた初弾は見事に要塞から突き立った尖塔にぶち当たったということだった。少しくらいの角度は組み立てたままでも調整がきき、飛距離となればそれなりの経験が必要になるけれども、経験則が"つののしらせ"によって共有化されているつのつきたちにその心配はない。手触りでもって石の重さをしっかりと測り、それに合わせて反対側の秤にのせる錘の重さを詰め物などをして調整する。それぞれの分担ができているおかげで作業は滞りなく進み、次の弾の装填がすばやく完了する。攻城兵器の守りや敵の突撃を打ち払う役目は別部隊が担っているから、彼らはその作業に集中することができる。極端なことをいってしまえば、敵が眼前に迫っていてさえ彼らは次の投石の用意を続けることだろう。それが"一ツ角の民"だった。それがわたしの知る、つのつきだった。
 途端に彼方の要塞は火が点いたような騒ぎになる。というか、たぶん本当に火が点いているだろうと思う。つのつきたちもわざわざ昼時を狙った甲斐があったというものだろう。おかげで消火活動に手がいくらか割かれるかもしれないし、つまりは反撃の手が緩む可能性もある。そうなってくれれば、つのつきたちにしたら万々歳だった──さらに緩めることなく攻撃を続けられる。程よい大きさに切り出された石には限りがあるから、いつまでもそうするわけにはいかないけれど。
 そのまま錘を微調整して距離を変えながら石を放り込むこと二度、三度。そのたびに要塞へ与える被害は否応なく増えていくけれど、時間が経つにつれてどうしても初撃のような衝撃は与えられなくなる。そうこうしているうちに迎撃の歩兵も出撃を開始している様子だった。今はまだだけれど、少ししたらすぐに騎兵が出張ってくることだろう。対処を過てばつのつきが死ぬ。
「戦の作法も知らぬか、野蛮な鬼め!」
 口々に飛んでくるつのつきたちを罵る声。襲撃を受けたのに大層怒っているみたいだった。かつてつのなしの軍と相対したときもそうだったけれど、どうやら帝国のつのなしが戦争をするときには守らなければならない決まり事があるらしい。開戦の前に伝令などの使いの者を送り、必ず攻撃を知らせなければならないというのもそのひとつ。もっとも、知らせるといっても別に了解を取るわけでもなく本当に一方的に知らせるだけのものなのだけれど。兵数で敵わないとなったら屈することを選んでしまう地主も少なくないだろうと思う。そして、おそらくはそういうふうにして帝国の領土は広がっていったのだ。
 とはいえ、つのつきたちがそれを守る義理は全くなかった。わざわざ向こうから知らせてもらわなくたって、自分たちであらかじめ警戒をめぐらせるのがつのつきである。守ってもいいことは特にないし、むしろ束縛されることのほうがよほど多い。陣も組まぬと揶揄されることは少なくないみたいだけれど、それとて無駄だからやらないだけのこと。平野でありったけの軍を展開しての正面勝負など、わけもなく多くのつのつきを死なせるだけの無為無策にほかならなかった。まさに参謀のつのつきが一番きらうようなやり口だ。
 ゆえにつのつきたちは全く別のやり方を選ぶ──陽動部隊のつのつきたちは歩兵のつのなしたちの出現にあわせて進軍。小隊規模での戦闘に慣れているつのつきたちは個々の武技に秀でていて、それらは狭い森の中なぞでは特に活かされることとなる。しかしつのつきたちは無理に自ら仕留めることをせず、槍を手に撃ち合いながら不自然でないくらいに退いていく。そして、下がりすぎたつのなし歩兵から次々に射殺されていく。樹上に隠れ潜む掃討部隊の射程内にまで釣り出されたのだ。
 つのつきたちはこの辺りの地形に明るくないため、森の中を突っ切るような真似はままならない。それでも、まるで森に左右を挟まれるかのような間道での戦闘ならば十二分に林立する樹木を活用することができた。手早く歩兵を片付ければ騎兵を迎えるのにも余裕ができる。槍衾を立て、陽動のつのつきたちは素早く投石機の防御に回る。
 それでも騎兵──いかめしい装備に身を包んだ重装騎兵はこわい。防御力はつのつきにとって脅威足り得ないけれど、鋼鉄の厚みは角の槍が貫くまでに多くの時間を要する。ほんの一瞬でも、それは騎兵が防御を突破することを許してしまう一瞬でもある。的確に対処できなければ被害が出る。幸いなことに対処方法はこの上なく自明だから、後は日頃の鍛錬が試されるだけ。
 道は狭い。随伴歩兵の露払いは済んでいる。ここまではいい。あらかじめ敷設した手頃な柵。それを前にする騎兵は、けれども槍を叩きつける。
「小賢しい!」
 軽装の騎兵であったころとは比にならないくらいの破壊力と衝撃。馬上からの一撃が柵を呆気無く破壊して退かしてしまう。
 ただしそうする瞬間、つのなしの重騎兵は犠牲にしたものがある。どうしようもなく、騎馬の速度は緩んでいた。そこを狙って掃討部隊の矢が雨あられと降りそそぐ。幾重もの矢が馬体に刺さる。あるいは射抜く。貫いている。それでいて重騎兵は止まらない。まさにおそるべき突破力だった。重装備にも関わらず遅いとは決して感じさせないのだから、馬そのものが昔よりずっと強いものになっているのかもしれなかった。
 けれども、茂みから飛び出した残りの掃討部隊が騎馬を横っから貫いていく。正面からの矢には止まらずとも、突撃し続ける馬はどうしたって横からの攻撃には弱い。騎兵が横倒しになる瞬間を狙って槍衾を立てていたつのつきたちが群がるように襲撃──角の槍に貫けないものは依然として存在しない。角の強靭さのゆえんを研究するつのつきたちは、かつて"一ツ角の民"の所有物であり証でもあった角は、今生きている"一ツ角の民"と共振、共鳴して特殊な力を発揮しているのではないかと考えているらしい。
 死者の角と生者の角がおたがいに繋がり合っているとしたら、あるいはこれも一種の"つののしらせ"の応用なのかもしれない。ここまで来ると、なんだかお呪いみたいだとわたしは思った。けれどもかつてつのなしが角の槍を振るったときはまともに機能しなかったものだから、あながち間違ってはいないような気もする。
 なんにしても騎兵を無力化することにはなんとか成功。難なく、といってもいいかもしれない。さらに投石での攻撃を続けながら、つのつきたちは揃って撤退の可能性を勘案している。けれども作戦を続行している時間を鑑みて、おそらくはもう少しこの場を維持したいということなのだろう。陽動としてこちらに惹きつける万全を期すため、つのつき兵はしばし待機を続ける。今の迎撃隊はおそらく露払い程度のものだから、次はまとまった数が送られてくるはずだった。心しないといけない。
 陽動部隊のつのつきたちが全体から突出するかたちで要塞に向かっての強行的な偵察を敢行。もちろんこれも誘い出しの一環に過ぎず、後ろから必ず観測部隊のつのつきが随伴している。そしてつのつきたちが眼前にみたのは、要塞の門の近くで今まさに編成されているつのなしの中隊だった。その半数以上は槍と盾をたずさえた歩兵に過ぎないけれど、後方には長い筒を持ったつのなしが控えていて、両翼にはやはり騎兵のつのなしも欠かさずにいる。そのまま手厚く迎撃に出られたら面倒と考えたのか、陽動部隊のつのつきはまさに打って出る瞬間を狙って攻撃を開始する。
 つのつきたちはそれぞれ背に負った槍を抜き放ち、投擲する。矛先は黒金と鉄の合金から鍛えあげられた灰鋼はいがねで出来ていて、投槍を代表に使い切りの金属器械のほとんどはそれで出来ていた。つのつきの数が少なかった昔とは違って、角の槍を気軽に投げ放つというわけにはいかなくなってしまったのである。弓につがえる矢の鏃もまた同じで、ほとんどの鏃はやっぱり灰鋼で作られている。ただの黒金よりもはるかに硬くまた頑強であり、角の槍ほどではないけれど攻撃力も決して低くはない。ゆえにつのなしの歩兵たちを殺戮するには至らずとも、降りそそぐ槍の雨は彼らに混乱をもたらすには十分な脅威だった。
 陽動部隊のつのつきたちは攻撃をすると同時にすぐさま散開。攻撃を仕掛けたほうを見もせず脇目もふらずに撤退──本隊への合流を開始する。攻撃の成果を確認するのは後方についている観測部隊の役目だった。
 歩兵のつのなしたちは恐々として腰が引けているものの、部隊そのものは作戦能力をほとんど損なっていない。その証拠のように、前衛は投槍の雨に崩されながらも後方のつのなし──長い筒を持った彼らは訓練通りと思わしい一律的な動きで、その筒先をなめらかにつのつきたちの方へと向ける。まるで雷鳴のような轟音が響き渡るのと、つのつきたちがその場から引くために飛び退るのとがほとんど同時に起こった。なにが起こったのかは、わからなかった。わたしにはそれが見えなかった。ただ、つのつきたちがついさっきまでいたところを辿るみたいに、物凄い速さでなにかが真っ直ぐ飛んでいったことだけはわかった。矢かなにかかと思ったけれども地面を見渡してもそれらしいものは落ちていないし、もし弓矢ならばあんなに大きな音は立てないだろう。つのつきたちが目下研究中の"火砲"の音によく似ている気がした。つのなしたちがそれぞれ手にしている長い筒の先から、黒く細い煙がゆっくりと空に向かって上りつめている。
 それはつのつきたちにとって、ほとんど未知の武器といってもよかった。運よく被害は出ていない。攻撃後、すぐに散開するという常日頃から何十回、あるいは何百回と繰り返された訓練が幸いしたという恰好だろう。まさに僥倖だった。
 観測部隊のつのつきがすぐさま"つののしらせ"を介して報告をあげる。視覚情報から聴覚情報にいたるまで余すところなく。もっとも、あんなに大きな音だから実際に耳にしたつのつきは決して少なくはなかった。その轟音は別働隊から離れた地点で浸透突破をはかっている本隊にまでも届いていて、小隊長のつのなしまでも必然的に耳にすることになる。
「なにかわかるか」
 本隊に組み入れられた短角のつのつきが端的に問う。小隊長のつのなしはあの筒のような武器を持ってはいないけれど、同じ要塞にいたのだからなにかを知っていてもおかしくはない。案の定、彼はうなずいて言う。
「最新の兵器だ。名前はまだ決まっていないらしいが、要塞では"笛"と呼ばれていた」
「武器らしからんね」
「火を"吹く"からな」
 つのなしはどうも結構しゃれたところがあるみたいだった。とはいえ威力のほうはぜんぜんしゃれにならなさそう。よくよく見れば何かがあたったらしい樹の幹がまるで食い破られたようにえぐれていて、その傷痕はやけに生々しい。つのつきたちが身に付ける軽装の鎧くらい簡単にふっ飛ばしてしまいそうだし、生身に食らえばいわずもがな。しかもそれが見えないくらいの速さで、遠くから飛んでくるとしたら。果たしてつのつきたちに対抗手段はあるのだろうか、とわたしは思う。
「急いだほうがよさそうだな」
「まあ、待ってくれ。あれは弱点がある」
 むろん、急ぐことには全くもって異論がなさそうではあるけれども。本隊がいよいよ要塞の脇を抜けるようにして進軍する最中、小隊長のつのなしはことさらに声を潜めてつのつきに語る。
 笛という武器はつまり弓矢の亜種で、遠くから敵を攻撃する手段のひとつ。筒の中にこめた火薬を使って弾丸を射出するため、その破壊力は弓矢の比ではなく、発射するときに立てるものすごい音もひとえにそれが原因らしい。射程距離も当然それなりに長く、特に速度は弓矢のそれを圧倒的に上回る。わたしでは見ることも難しいくらいのものなのだから、その速さのほどがよくわかるというもの。
 それだけ聞けばものすごい武器のようにも思えるけれど、実際はそれなりに問題も少なくないとのこと。それも、実際に訓練する光景を見ていればすぐにわかってしまいくらいの大きな問題。どうもわたしなんかは初撃の衝撃に惑わされてしまっていたみたいだった。
 まず、身も蓋もない話だけれど、うるさいのだ。大きい音はそれで敵と惑わせたり驚かせたりもするけれど、裏返せば自分たちの居所を知らしめてしまうことでもある。つのつきたちがよくやるような隠密には全く向いていない。
 さらに、連発は基本的にできない。手練のつのつき兵は次の矢を番えるのに何秒ともかからないだろうけれど、"笛"は次の弾を装填するのに六十秒──どれだけ訓練を重ねたつのなし兵でも最短で三十秒くらいはかかってしまうよう。戦場での三十秒は、特につのつきたちが相手になるならばあまりにも長過ぎる。散開して態勢を立てなおしてなお余りあるくらいの時間だった。その間につのつきたちが反撃に打って出れば、次の弾を撃たせないようにするのも決して難しくはないだろう。
 そして最後に、弾の命中精度は意外と悪いということ。大きな標的や大軍を前にして放つならば一向に問題はないというのが帝国の見解になるみたいだけれども、それはつまり少数の敵や散開した敵を相手取るときの命中率は基本的に期待できないということでもある。分散しながら連携行動を取ることができるつのつき兵ならば対処は比較的たやすいかもしれない。
 つのなしの小隊長から得た情報は短角のつのつきが速やかにつのつき全体へと共有化。やってやれない相手ではないということが認知されれば、つのつきたちの士気は今なお健在に保たれる。そこを逃さず参謀のつのつきは目下の対処法と指示をくだし、一瞬乱れかけた指揮系統を瞬時にして回復。別働隊のつのつきたちは全隊が半ば逃げ腰みたいに──森に紛れ込むかのように散開して、けれどもその実彼らの矛先は一様に進軍してくるつのなしの部隊へと向けられている。かたや、攻城部隊だけはいまだ根強く投石機を全力で稼働させては要塞への攻撃を継続していた。
 当然それを放っておくようなつのなしたちではなく、彼らは本命の狙いを投石機に定める。歩兵のつのなしが筒持ちのつのなしを守るみたいにして前に出て、両翼の騎兵がいつでも打って出られるように遊撃の姿勢を取る。そして肝心の"笛"の筒先は、みながみな、真っ直ぐと投石機のほうに向けられていた。
 まさに数多の"笛"が火を吹くかと思った瞬間、攻城部隊のつのつきは示し合わせたみたいに散開してほうぼうに散る。真っ直ぐと巨大投石機に向かって飛来する膨大な鉄量──たくさんの弾薬の群れが、まるで横殴りの雨のように組み木の攻城兵器を容赦なく食い破っていく。なにせ大きなものだから、どれだけ命中精度がよくないといっても当たって当たり前のマトだった。おそらくは命中精度の悪さを見越して、投石機の脅威度もかんがみて、つのなしたちは"笛"の標的に投石機を選んだのだろうと思う。
 それは、完膚なきまでにつのつきたちの目論見通りの展開だった。つのつきたちはすでにして投石機を捨てることを決めていた。それはもはや巨大な囮に過ぎない。つのつきにすれば、命をなげうつよりも攻城兵器を壊されるほうがよっぽどいい。つのなしたちはまんまと罠にかかった恰好だった──なにせ"笛"の弾はその半数ほどが撃ち尽くされている。一度に発射する数は全体の半数にして、それは射撃の間隔を少しでも狭めようとする工夫なのだろうけれど、いかんせん焼け石に水というしかなかった。涙ぐましい努力といってもいい。
 筒持ちのつのなしは投石機に向けて数多の射撃を食らわせるため、つのつきたちの間合いに踏み込んでいた。そしてそれは、すこし、踏み込みすぎていた。左右に散開していたつのつきが一斉に浴びせかける弓矢の斉射が、それこそ中隊にとっての致命傷となり得るくらいに。
 あいにく、弾薬を放っていないつのなしの筒持ちたちが反応できるほどの余裕は与えられない。仮に向き直って射撃したとして、闇雲に森の樹を撃ってしまうのが関の山だろう。つのなしたちは確かに投石機を見事に破壊したが、その代わりにおびただしいまでの死者を出した。慌てふためくつのなしたちの混乱に乗じるかたちで陽動部隊のつのつきが接敵、騎兵を横合いからかっさらうみたいに討ち取っていく始末。そのまま混沌とした戦況が拡散すれば一網打尽にできなくもなさそうだったけれど、つのなしたちは存外に素早く逃走を始めた。重軽傷の兵は少なくないだろうけれど、中隊の半数以上のつのなし兵は生きたままで撤退を完了する。
 やろうと思えば、つのつきたちはさらに彼らを追撃できたかもしれない。けれどもそれはやらなかった。なにか本能的なものが危険を察知したのか、それとも本来の任務であるところの陽動の役割はもう十分に果たしたということか。つのつきの別働隊は抜け目なく後に残されたつのなしたちの"笛"を回収したあと、つのなしの要塞から迅速に引き上げていく。つのなしたちの死体はすべて置き去りにした。ことによってはつのつきたちが手ずから葬っただろうけれど、さすがに敵地の真っ只中でそれをやるほど命知らずではないみたい。
 実際、そのときすでに短角のつのつきが随伴する混成部隊は要塞の監視領域を脱したとのこと。陽動は無事に成功で、問題があるとすればちょっとつのなしに被害を出しすぎたということだろう。それ自体は決して悪いことではないけれど、本格的な報復攻撃に出られたりしたらやっかいだった。要塞のつのつきたちは、この時からしばらく厳重な警戒態勢を強いられることになる。

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