つのつきのかみさま

きー子

国土の時代/2

 つのつきの都市には城壁がない。あまりにも極端なことに門すらない。そのわけは遡れば少しばかり長くなってしまうので、ひどく端的にいってしまえば、つまるところ頻繁に行き来するつのつきたちにとって邪魔くさいからである。面倒くさいからである。極言してしまえば、いらないからである。
 それは確かに一理あるつのつきたちみんなの考えであったけれども、にしてもわたしは不用心が過ぎると思った。壁や門が無ければ町中にどれくらいのつのつきがいるのかもわからなくなるし、いざというときに敵の侵入を遮ってくれるものすらない。それに集まったつのつきたちは各領地から持ち寄った交易品を手に好き勝手に商いをやるので、果たしてそんなのでいいのだろうかと思うところがわたしには大いにあった。
 けれどもそんなわたしの懸念をよそに、つのつきたちはその自然発生的な交易都市をどんどん拡張させていった。つのつきの多さからして問題が起こらないわけはもちろん無いから、都市内を民警──かつての衛視の発展形みたいなもの──が見回りするようになって、都市の周囲には立派な観測塔が建てられることになった。なにせ"つののしらせ"のおかげで揉め事が起きたときはすぐさま通報を行うことができたし、そのおかげで迅速に現場に駆けつけることも決して難しくはないので、結果的に都市の治安はかなりよくなった。たくさんのつのつきがいるため必然的に起きる摩擦は、けれども当人たちの間での自主的解決がはかられることも少なくなかった。民警のご厄介になるくらいなら大人しく矛を収めたほうがいい、という暗黙の了解が緩やかに流布され始めたのだった。
 都市内部での問題はそういうふうに片がついたけれども、本当の問題は外部から来るものだった。つのつきたちの分布は今やかなり広い領地──国土とすらいえるくらいの領域にまたがっていて、その強大な勢力はどうやら外のつのなしの警戒心をひどく煽ってしまうものらしい。相手がちいさな村だったり東部の領地だったりすれば、辺境のつのつきたちとの小規模な交易が成立していたりもするのだけれど。あいにくながら、世の中そうそううまくいくものではないみたいだった。
 特につのつきの国から西方にあたる帝国支配下の領地に顕著なことだけれど、つのつきたちの風評はわるかった。すこぶるわるかった。びっくりするくらいにわるかった。かつて帝国のつのなし兵から"人喰いの悪鬼"と呼ばれたつのつきだけれど、各地のつのなしからの認識はおおむね似たり寄ったりといったところ。それは決して比喩なんかじゃなく、本当につのなしをごはんにして食べていると思われているふしすらあった。以前はつのなしの村であったはずの土地が、みんなすっかりつのつきと化してしまっていることが悪かったのかもしれない。多分そう。
 ともかくつのつきの国はそういう複雑な状況に置かれていたから、他方から都市の近辺につのなしが出入りすることなど大して珍しくもない。つのつきたちの有する国土と帝国の領地を分かつ線引きはとても曖昧で、誰かがこうと決めているわけでもなかったから、譲れない一線はつのつきたちが自分で守らないといけない。その結果、都市に先付けして突出する角のようなかたちで要塞はつくられた。
 要塞内部には少数のつのつきの兵──常日頃から"戦うため"の訓練を行っている、指揮官格の常備兵が配備されていた。みんながみんな常備兵というわけではもちろんなくて、下級兵の多数は半農のつのつきだ。体力の基礎をつくりあげるための単純な訓練を省いてしまえば、普段は要塞内部でのんきに畑を耕していたりする。それだけで総勢千は下らないつのつき兵のごはんを賄えるわけはもちろんなかったけれど、少しでも自給できるようにするのは悪くない考えだと思った。足りないぶんは、もちろん最寄りの交易都市から買い入れるという手はずである。それが全く問題にならないくらいの市場規模を、つのつきたちはきちんと形成していた。
 こういった半農のつのつき兵は、訓練の差が出るせいで常備兵のつのつきとかなり実力が違ってくる──ように思えるものだけれど、実際はそうではないみたいだった。そもそもつのつきたちにも兵になるまでの色々な事情があって、その大半は職務を求めたきたものなのだけれど、特に狩人を廃業したつのつきが少なくなかった。つのつきの国では獣の家畜化がかなり進んでいたから無理に狩りをやる必要はなく、というよりも"やり過ぎる"ことによって当の獣が絶えてしまうことが危惧される時機に入っていたのである。それで狩人のつのつきはしばしば自主的に山を下り、経験を活かすべく兵に志願するというようなことが相次いでいた。おかげで、たとえ下級兵であってもつのつき兵の戦力は相当に高い。口伝できる知識は"つののしらせ"で共有化することもまた難しくないから、根っこからの全体的な質的向上も容易にはかることができる。
 そこにきて、十人単位の部隊で威力偵察を実行しにくる帝国兵らしいつのなしたちは、つのつきたちにとって恰好の実戦経験の場といってもよかった。わざわざ踏み込んできてはつのつきの軍に場数を踏ませてくれているようなもの。つのなしたちはたいてい夜の暗闇にまぎれるように訪れて、つのつきの要塞を大きく迂回しながら周囲の状況を確かめるみたいに偵察を続行する。まさかそんな規模で攻め入りにきたわけはないだろうから、純粋に探りを入れにきたか。あるいは哨戒のつのつきに向け、いやがらせ程度の攻撃が行われることもあった。それをやり過ごして反転したときには彼らはすでにすっかりと逃げ去っていて、影も形もなくなっている。死体を確認しようともしない思い切りのいい逃げっぷり。被害は出れば儲けもの程度で、つまり結果はどうだろうと構わないのだろう。ひょっとしたら、それは一種の示威行為──つのつきたちが領土拡張に踏み出すような真似を抑止しているのかもしれない。だとすれば、それはたぶん逆効果もはなはだしいというほかにない。実際、つのつきたちには大した被害が出ていないことを別にしても、彼らのいやがらせ攻撃を苦々しく思っているのは間違いがないのだから。
 そしてこの夜も、帝国兵の攻撃はまた行われた。当直の歩哨のつのつきと監視塔から目を光らせるつのつきに向かい、風切り音ばかりをきざしにして伝えながら降りそそぐ矢。それは城郭の物陰に隠れればあっけなく凌げるほどの他愛ないもので、しばらく矢羽根が風を切る音が続いても、つのつきたちはてんで慣れっこといった感じだった。奇襲への動揺は最小限に抑えこまれている。おそらく矢を打ち切るまで続けられるのであろう攻撃をやり過ごす最中に、つのつきたちは何の気なしに話し始めた。
「隊長、やるんですかい」
「おうさ」
「放っておいても構わないのでは?」
「奴ら、逃げ足が速い」
 つのつきたちは兵のわりに結構くだけた喋り方で、それは隊長と呼ばれた目上のつのつきに対してもさして変わったところがない。軍の制度を成り立たせる際に上下関係を徹底させるかどうかという問題が出たのだけれど、それは結果的に曖昧なものになった。"つののしらせ"がそれを必要としなかったからだ。つのつきたちは例え下級兵であろうとも、命令に従わないことは隊の崩壊に直結しかねないことをよくわきまえていたから、ほとんど文句もなしに素直に動く。代わりに意見の具申はする。特別な命令が無い限り現地徴発──つまり略奪の類を禁ずるといった諸々の軍規はしっかりと定められているくせに、ヘンに大雑把なところは残っている。それがつのつきの軍の特徴だった。
 中でも彼らは軍の夜を預かるつのつきたちだった。人呼んで夜警隊ナイトウォッチ。角を装飾するかのような額当てだけが唯一異なる隊長──常備兵のつのつきを筆頭にして、彼の率いる小隊規模のつのつきたちが音もなく一律に揃って状況を開始する。こちらがかかげた灯火を目印にして攻撃をしかけているのだろうからと、あえて灯火は置き去りにしていくみたいだった。そんなことをしたら辺りが見えづらくて仕方なさそうなものだけれど。しかし隊長のつのつきは、まるでわたしの疑問を先回りするみたいにして言い切った。
「視界を束ねろ」
「了解」
 ただその一言でつのつきたちは一様に頷き、全てを理解したみたいに動きはひときわ迷いがない。ともすればおぼつかなかった足取りは嘘みたいに有機的に動き、灯火もないままに城郭の胸壁から飛び降りを敢行する。正面から出て行けば矢の雨あられをまともに食らうことになるからだった。
 今やつのつきたちは、視界の不安などまるで初めからなかったかのようだった。さっきまでは確認されていなかった敵兵の位置もしっかりと認識しているみたいで、夜警隊は分散してばらばらに動きながらもそれぞれの向かう先は変わらない。
 そのとき、わたしははじめてぴんと来る。なんの道具を使うでもなく、それぞれのつのつきが力をあわせて瞬時に発動することのできる身体感覚の強化。そんなことが仮にできるとするのなら、わたしにはもうたったひとつの可能性しか思い当たらない。そして、それはとても有力な可能性であるとも思う。"つののしらせ"────それを意識的に行使する一種の技術、"天羅地網"。つのつきたちが有する先天能力の純粋な発展形ともいえるそれはあまりに未知数で、けれどもだからこそわたしなんかでは想像だにもしないような活用方法が十分にありえるはずだった。つのつきたちみんながそれぞれの視覚野を"共有"したならば、それぞれが別な方を注視したならば、またそれぞれの視力感覚が相乗的に高まるのならば────。
 そしてつのつきたちは、意識的にそうしなければならないはずのその力をあまりにも自然に行使していた。まるでずっと長いこと慣れ親しんできたかのように。生まれて間もないはずの技術を、けれども夜警隊は迅速に取り入れているその証左。そして成果は間違いなく、まさにつのつきたちの行軍速度にあらわれているみたいだった。
 降りそそぐ矢の音がにわかに消える。ほとんど飽和気味だった攻撃が打ち切られる。もちろんそこにつのつきたちはすでにいないのだから、被害が出ているはずもなかった。続けざまにつのなしのひとりが火炎瓶を手にして投擲する。それからすぐに、結果を見届ける暇もなく彼らは背を向けて逃走を開始する。統率が取れた素早い行動であるのは間違いがないけれど、今までさんざんつのつきたちもやられてきた手なのである。もう逃しはしないとばかりに、つのつきのひとりが背負った弓を構えるとともにすぐさま矢を引く。よもやつのなしたちはつのつきの射程範囲内に収められているなどと考えもしないだろうから、その背は至って無防備なもの。つのつきにとってはまさに絶好の的以外のなにものでもない。
 放たれた矢が狙いすましたようにつのなしの脳天を刺し貫く。直撃だった。夜の暗闇の中だというのにそれは凄まじい腕前で、特別な力を抜きにして出来るわけのない超常の域にさえ達している。当然、やられた方のつのなしが平然としていられるはずもない。どよめきをあらわにしてしまう隙を縫って指揮官のつのつきが駆ける。精緻に鍛えあげられた頑強な斧槍を、そのつのつきは軽々と担ぎあげて振るってみせる。なぎ払うとともに、まともにそれを食らったつのなしはほとんど瞬く間もなしに肉の塊と成り果てる。
 そのまま容赦の無い蹂躙がはじまる────とわたしが予感したその時、つのなしたちはふいに大人しく武器を手放した。帝国のつのなしはその多くが敵に下ること無く最後まで抵抗することが多かったから、これには夜警隊のみんなも少しばかり驚いたみたいだった。彼らの部隊の仲間を殺した直後でもあったのだからなおさらのこと。けれどもつのなしは確かに降伏の意を示していて、ならば基本的にはそれを受け入れる方向で動くのがつのつきの軍の基本方針だった。
 つのつきたちは彼らをすっかり武装解除させてしまったあと、生き残りをそれぞれ率いて要塞まで引っ立てていくことになる。後々の扱いは尋問を経たあと、たいていはそこで決まる。つのなしたちの態度が過剰に反抗的でない限りは無理に殺したりすることもなく解放して、場合によっては──例えば彼らの祖国に居場所がなかったりする場合は、つのつきの国に組み入れてしまうようなこともしばしばあった。以前は遠慮なしにあっさりと殺してしまう例が珍しくもなんともなかったのだけれど、つのつきたちも彼らの風評がいささかよろしくないことを少しは気にして、方針を転換したのだった。つまり、すでにつのつきたちはかなり大きな勢力なのだから、やたらに乱暴な真似をして悪目立ちをする理由はないということでもある。
 降伏してはいても毅然として引くことをしないつのなしのひとりに、指揮官のつのつきはやっぱり堂々として向かい合う。まだ年若いつのなしだった。隠し武器もふくめて装備はみんな取り上げたはずなのに、瞳はまっすぐと力強くつのつきを睨んでいて、敵意がまるで収まっていないのもあからさまに。かといって、無闇に暴れたりしてつのつき兵の手をわずらわせるようなこともない。それはまるで、頭のなかでは敵意を向けることの無意味さをわかっているのに、どうしても抑えきれないものがその眼に出てしまっているかのようだった。
 そしてつのつきたちは、引き入れたつのなしを営倉に押しこむ。ただ閉じ込めておくだけならば窓も無ければ出入口は天井にしかない地下牢があったけれども、尋問のためには一対一ないし一対多の状況をつくることが必要だった。仮に一対一だとしても外には他のつのつきが待機しているため、実質的に逃げ出すことは不可能といってもいい。
 その夜の尋問を担当したつのつき兵は、つのなしたちの作戦目的や出自をひとりひとりに問い質していく。成果は皆無というほかない。彼らは一様に口を割ることがなかったし、命を楯にして脅しをかけてもまるで堪えた様子がなかった。それが仲間の命であっても反応は全く変わらなかった。捕まったその瞬間から、殺されることをとっくに覚悟していたのかもしれない。もちろんそれではつのつきたちも困る。厄介な敵の虚を突いてせっかく生け捕りにしたというのに、その出処もわからないとなればまた同じことの繰り返しになる可能性は低くない。
 人質のつのなしを何人か殺して本当にやるという意志を示す手もあったが、実行にはいたらなかった。それでつのなしの口が緩んでくれるならばまだしも、今回のような場合はむしろ態度を一層硬化させてしまいかねないという懸念があったのだろうと思う。半ば途方に暮れたつのつきたちは尋問を一旦諦め、あとで要塞のつのつきみんなに妙案を求めることにした。夜警隊ばかりではいささか心もとないものがあったのだろう。
 妙案、というより単純な解決策はあっさりと見出された。"つののしらせ"の運用に一等長ける参謀のつのつきが名乗りをあげ、つのなしの持つ情報をみんなさらってやろうと言い切ってみせたのである。他のつのつきたちは半信半疑といった様子で、護衛をつけた参謀のつのつきが営倉に向かうのをどこか不安げに見守っていた。わたしもすこぶる不安だった。見守るほかはないけれど、参謀のつのつきはとても落ち着いた様子で捕虜のつのなしに向かい合う。捕虜のつのなしはやっぱり無反応だった。それどころか、つのつきから供された朝食にすらも手を付けていなかった。よく見れば水すらもあまり減っていないように見える。
「答えてください。名前は?」
 死ぬつもりにしか見えない覚悟を秘めたつのなしに、参謀のつのつきが口にした言葉はあまりに平坦なものだった。迫力なんてみじんもないし、底冷えのするような怖気も感じはしない。そういったことに慣れているような感じでもない。捕虜のつのなしは、やっぱりというべきか、無反応だった。参謀のつのつきは、くいっと眼鏡を持ち上げたあと、手にした羽ペンを素早く羊皮紙に走らせていく。
 それはだれかの名前のつづりだった。つのなしたちの言語で書かれている。それを目にした捕虜のつのなしが、不意にかっと目を見開いてめちゃくちゃに驚く。それは彼が始めて晒した反応らしい反応といってもいいだろうと思う。まさかとは思うけれども、図星なのかもしれない。果たしてどうやって参謀のつのつきが彼の名前を知ったのか、はために見ているだけではぜんぜんわかりそうになかった。
「あなたの率いた部隊構成。生まれの土地。総人口。答えてください」
 参謀のつのつきが問いを投げかけるたび、彼女はほとんど間も置かずにすらすらと答えを記していく。つのなしはなにひとつ答えていないにも関わらず、だ。筆運びには迷いというものが全くなく、わたしからすればでたらめにそうしているようにしか見えなかったけれど、まさか当てずっぽうで当たるわけのない問いかけばかりでもある。
「貴方、口かせをして」
 筆を走らせながら、目の前の男性のつのなしが自死を試みる気配を察したのだろう。参謀のつのつきが命じるやいなや、護衛のつのつきはすぐさま捕虜のつのなしの顔を掴んで無理やりに轡を噛ませる。最初から言葉で答えさせるつもりなど全くない仕打ちだった。にも関わらず参謀のつのつきは当たり前のように尋問を続けて、狂ったように捕虜のつのなしは拘束をほどこうと藻掻くばかり。それでも答えは何の滞りもなく記されていく。なにひとつ自ら屈しないうちに秘めた情報が羊皮紙の上に暴き出されていく。それはちょっとした戦慄をともなう光景だった──その情報が本当で、参謀のつのつきが正気なのならば、という但し書きはつくけれど。
 今の今まで誰も口を挟めなかったところで、さすがに少し気がとがめたのだと思う。尋問途中だけれども指揮官のつのつきが入室して、逆に参謀のつのつきを問いただす。いったいこれはなんなのだ、と。それに対する参謀のつのつきはさして意に介した様子もなく、くいと鼻の上まで眼鏡を持ち上げてあっさりという。またフレームがずれている。
「"網の目"はご存知ですか」
「無論だ」
「それを無理やりに繋げただけです。確かめてはいましたが、"一ツ角の民"でないものにも引っかかるのですね」
 この答えには、つのつきの兵たちも開いた口が塞がらないみたいだった。つのつきの言語で交わされる会話は捕虜のつのなしには理解できないだろうけれど、それでも得体の知れないことをやられているのは十分すぎるほどに想像が及ぶだろう。
 つまり参謀のつのつきがいっているのは、"つののしらせ"をつのつきではない相手に使ったということだった。それは実際先例のないことではなくて、たいていの家畜化された獣には"つののしらせ"を用いた対話や躾がよく実践されている。その多くはやぎやひつじに鹿といった角を持つ獣だけれど、乱暴にくくれば"つのつき"の一種といっていいかもしれない。けれどもわたしは彼らと獣を一緒にはしたくないし、つのつきたちも当然同じ思いだろうと思う。つのつきたちは自らの民族を"メーヴェの一ツ角の民"といっていて、たいていの獣の角はひとつではないのだから明らかに違っていた。
 無意識的に"つののしらせ"が使われてきた時にさえつのつきでない獣と通じ合うことができたのだから、どうして他所よその民を相手に同じことができない理由があるだろう? 驚愕を表情に浮かばせた指揮官のつのつきに参謀のつのつきは朗々と語ってみせる。それにしても相手の頭のなかで考えていることを盗んでしまうのは行き過ぎな気がしたけれど、だからこその"むりやり"なのだろう。捕虜のつのなしにいちいち質問を投げかけるのは、相手の頭のなかに望んだ答えが浮かび上がるのを促すためかもしれなかった。
 参謀のつのつきは一通りの尋問を終えると、また別の捕虜にも同じことを繰り返す。まさに言葉通り、頭のなかにある秘密をまとめてかっさらっていくかのようだった。どれだけ口をつぐんでも彼女は答えを頭の中から盗み取るのだから、捕虜のつのなしにしたら理不尽極まりないとしか言いようがない。問題は彼女が掬いあげた記述が本当に正しいのかというところだけど、捕虜のつのなしたちの反応からしてまるっきり外れているというのは考えにくいように思う。彼らがそれぞれに見せた驚いた反応がみんな演技だとしたら、それこそつのつきよりもずっととんでもない。仮につのなしたちがそうするようにあらかじめ決めていたとしても、みんながみんな違和感を覚えさせないくらいの演技派というのはちょっとありえないだろう。
 ようやく全ての捕虜への尋問を終え、参謀のつのつきは改めて書き出した情報をまとめあげる。当然だけれど情報には重なりあう部分も少なくなく、その反対に一部のつのなしだけが知っていて裏が取れないという情報も多かった。それでも、つのなしたちの故郷や拠点としている砦の場所はわかったのだから十分といえば十分にすぎる。
 彼らの故郷はつのつきの国からやや西北にある帝国領のちいさな町で、砦はその町から少し離れたつのつきの国に近いところにあるという。つまりは前線基地というやつなのだろう。帝国からは税で作物や鉱石を持っていかれるほかに兵役も課せられていて、彼らこそ徴兵されて町から連れてこられた兵らしい。話を聞くだけでも、はっきりいってろくでもなかった。しかもわざわざ少数での斥候任務をやらされているのだから、帝国からの扱いもあまりよくないように見える。危険な仕事は現地から徴発した兵にやらせておいて、本国のつのなし兵はいざという時まで出張ってくることは無いかのような。
 けれどもそのわりに、彼らはずいぶん義理堅いみたいだった。とても命をかけるほどの国ではないように思えるのに、死んででも口を閉ざしておくという徹底ぶり。わたしは不思議に思ったものだけれど、参謀のつのつきはすでにその答えまでわかりきっているみたいだった。わたしの覚えるくらいの疑問は当然つのつきの口からも発せられて、参謀のつのつきは間を置かずにあっけらかんと答えてみせる。
「私達"一ツ角の民"が、初めて角無き民と邂逅した時のことをご存じですか」
「ああ」
 指揮官のつのつきは当然のように頷く。そういった歴史のたぐいは、ほとんどのつのつきが寝物語のように聞かされて知る。それも、"つののしらせ"を介しながら緻密に語られてきた口伝は驚くほどに正確なもの。つのつきが角も生えそろわない子どものうちは語って聞かせる他にないけど、それでも親の代はまるで自ら見聞きしたようによく覚えているのだから問題はなさそう。実際に見守っていたはずのわたしよりいくらか正確かもしれないと思った。なにぶんかなり昔のことというのもあって、覚えの怪しいところがけっこうある。
 わたしはそれを思い出す。ほとんど偶然にはち合わせたつのなしの一団からの襲撃を受け、また返り討ちにもしたこと。あれは間違いなく衝撃だった。つのつきたちが受けた被害は皆無といってもいいくらいだけれど、確実にあの出来事はつのつきたちに発破をかけた。領地の外にはなかば問答無用でつのつきを脅威と考える民がいて、つのつきはそういったものへの対処を余儀なくされる──ということが明らかになったのだから。
「おそらく、彼らはあの時の民の末裔なのでしょう。私達"一ツ角の民"に並々ならぬ恨みをお持ちのようです。帝国の支配も凌駕するほどに」
 参謀のつのつきがそういったのに、わたしは少なからず驚いた。あれはずっとずっと昔のことだというのに。それも仕掛けてきたのは彼らのほうなのだから、逆恨みもいいところだとわたしは思う。
 ──思ったけれども、改めて考えなおすと、ずっと昔のことだからなのかもしれない。つのつきと違って昔の出来事がどう伝わってるかなんてのはあやふやかもしれないし、こっちの意見を主張しても余計に彼らを怒らせてしまう可能性もある。それにきっかけがなにか覚えているのならばまだいい方で、理由なんかとっくに忘れ去られているのに、ただつのつきたちを恨む気持ちだけがずっと伝わっている可能性さえ考えられた。つのつきたちは"内陸の悪鬼"と呼び慣わされるくらいに悪名高く、頭から生えた角がわかりやすく特徴的でもあるから、そんなにありえないような話ではない。
「厄介な話だ」
「本当に」
 昔々に彼らがつのつきたちの領土に侵攻したりはしなかったのも、つまりは、帝国の支配下に置かれてそれどころではなかったからなのかもしれない。それならば、かつての帝国がつのつきたちのことを知って軍を差し向けてきたことにも合点がいく。今になって彼らがつのつきの要塞にちょっかいをかけてきたことにも。
「いっそ、綺麗さっぱり根切りにできれば話が早いのだがな」
「その時は、あなたのくびも切られているでしょうね」
「全くだ」
 指揮官のつのつきは嘆息して、都市の管理者でもある要塞の太守に報告をあげることを決定した。この件にどう対応するかは各地の領主──ひいては神殿の"神代"と呼ばれる総領主の末裔が協議して、最終的な結論を出すとのこと。要塞のつのつきたちはあくまでも兵で、国と国に関係してくるようなことを決める権限はないみたいだった。
 問題は捕虜のつのなしをどうするかということだったけれども、しばらくは捕虜としての扱いを続けるみたいだった。けれどもまとめて地下牢に放り込んでおくような真似はせず、個々の営倉を与えて様子を見るというかたち。完全な軟禁ではなく、監視付きなどの条件を満たしさえすれば外出も可能。彼らがつのつきに向ける恨みのほどがどのくらいのものかを推しはかる意味でもあったし、可能であれば懐柔するのも悪くはないという指揮官のつのつきの意向だった。
 幸い、尋問のときのように自死を試みようとするつのなしはいなかった。彼らはあくまで自らの口を封じるために死を選ぼうとしたのであって、それが叶わないならばそうしないということなのだろう。恨みの対象であるつのつきの虜になっているという状況はひどく自尊心を傷つけるのではないかと思わないではなかったけれど──やっぱり同じ思いだったのか、それとなく探りを入れてみる監視のつのつきもいた。
 当のつのなしたちはそれほど敵意を見せないようになったけれども、やっぱり依然としてかたくなだった。つのつきたちに心を開く気配などみじんもなく、口もほとんどきかなかった。たまに答える彼らの言葉は端的だった。あるつのなしが、こういった。
「俺たちに、命を無駄遣いする余裕は、ない」
 下手な反抗をしたり、無闇に暴れたりしないのも、そのためなのだろう。重く、低い声だった。

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