つのつきのかみさま

きー子

領地の時代/11

 戦争は終わったのだけれども、本当の戦いはここからだった。つくることは壊すことよりずっと難しい。あまりに簡単に壊されたものを直すのは、ひょっとしたら一からつくるよりも難しいことなのかもしれない。けれどもやるからにはそうと決まった。つのつきたちは、つのなしの村の復興に手を貸すことにした。つのつきがつのなしをみんな放り出すには、ちょっと関わりすぎてしまったのかもしれなかった。
 つのなしたちの村からはたくさんのものが失われた。食べ物のたくわえに、耕してきた豊かな土に、つのなしたちが終生の住まいにするはずだった家々。そしてなにより、人手があまりにもたくさん奪われてしまった。建物は人の手でいくらでも直せるけれど、つのなしたちの命をどうこうできるわけがない。そんなことは誰にもできない。もちろんわたしにも。
 だからなにより率先して貸すべきは人の手そのものだった。武器を片手に周辺警戒を怠らない衛視のつのつきが彼らの領地を歩きまわるのは拒否反応が大きいのではないかと心配したものだけれど、そこは月詠の少女の一声で押し切られた。それは無理やりに反発を抑えこんだというより、最初から必要だとはわかっていたみたいだった。暫定的につのなしたちの村はつのつきの領地ということになって、衛視や狩人、そして大工のつのつきなんかが率先して拠点との行き来を繰り返した。
 最初のうちはつのなしの村とつのつきの拠点はくっきりと分かれていたけれど、一部のつのつきが便をよくするためにとそれぞれの領地から道を敷き始めた。そのうちにおたがいの土地のみならず道の途上も栄えるようになって、またその真ん中くらいに中継地となる辺境が生まれた。それはつのつきの土地ともつのなしの土地とも言いにくく、どちらの別もなく彼らは同じ領地に住むようになった。元は大国の兵だったつのなしなどは特にそうだった。初めは荒れ果てた村の北部に原住民から離れて住んでいた彼らも、そこでは肩身の狭い思いをする必要がないからである。時が経つにつれて村のつのなしたちの態度もずいぶん軟化したみたいだけれど、やった方はやった方で思うところがあるみたいだった。つのなしは難しい。
 復興は意外なまでに早く進んだ。数が一気に増えたのはやっぱり大きい。技術や手段、道具などは元から基盤がそれなりにできているし、お互いの足りないところを補完し合うことで完璧に少しずつ近づいていけるのも強みだった。そこで本当だったら目先の問題──暫定的につのつきの領地としていたつのなしたちの村をどうするかというところに戻りそうなものだけれど、そうはならなかった。つのなしに角が生えたからだった。
 それははじめ、おかしな流行病ではないかと思われた。つのつきからはかかるものが出なかったけれど、つのなしたちから頭痛や熱をうったえるものがしばしばあった。命に別状はないし症状もまれにしか起きないけど、月に一度ほど定期的に起きるので気味が悪いといえばその通り。月詠と呼ばれた指導者の少女も、また例外ではなかった。病のような現象の正体は、時が経つとともに明らかになった。はじめは子どものそれのようなちいさな角がつのなしの頭から生え、そして緩やかに──けれども着実に伸びていった。
 それはまさに、つのなしがつのつきと化する瞬間だった。生まれる子どももまたそうなった。つのつきと化することに反発がないわけではなかったけれども、我が子がそうであるのを見て愛さない親は早々いるものではない。つのつきとつのなしがその別なく暮らす辺境の存在もあって違和感は少なく、急激に起こった事態は緩やかに受け入れられていった。当たり前だけれどそのおかげで、つのつきの数はこれまでないくらいに劇的に増えた。増えるだけつがいの数もたくさんになるので子どもも多い。今までの増え方からは考えられないくらいに、つのつきたちの数は爆発的に増えた。
 たくさん増えたつのつきを受け入れるため、以前よりもずっと大きな土地が必要になってくる。村のつのなしたちを受け入れたからこその事態ではあるけれども、彼らの領地がなければ危ないところだったと思う。各地に攻めこんでいたつのなしたちも、そんな風に住む土地に困っていたのかもしれない。つのつきたちは相変わらずいくつかの家族単位で家に住んでいたものだから、そのぶんだけ必要とする領地は少なく済んでいる方だけれど。
 その反対に、元はつのなしであったつのつきたちは、流石にそれには馴染めなかったよう。そのぶんを補うみたいにつのつきたちは熱心に土地を開拓したものだから、辺境の集落を中心にしてつのつきたちの領地は一足飛びに広がっていた。
 はじめはふたつの拠点の間で辺境として栄えていた集落は、いつの間にかそれらの拠点と接するまでになった。元々はなにもないような平原に過ぎなかったのに、そこには今やつのつきのための家屋があって、ごはんをつくるための農地があって、交通の要衝という役目を果たすためにも綺麗な道が敷かれていて。南北のつのつきがひっきりなしに往来する必然からか、それぞれの拠点で育てられる作物もさかんに行き来するようになる。お互いの土にあった栽培方法が編み出されて、結果的に南北の拠点どちらともが潤うことになる。理想的といってもよかった。
 かつて酋長と呼ばれていたつのつきは今や総領主といわれるまでになって、各領地にも領主といわれるつのつきたちが自然発生的に生まれてくる。
北辺の村にいる月詠と呼ばれた少女もまさにそのひとりで、彼女の力はおおいにつのつきたちに貢献した。空模様を読んだところで嵐を避けられるわけではぜんぜんないけれど、あらかじめ来るとわかっていれば話は違う。かつてつのつきたちが、来るとわかっていた大軍を見事に打ち払ってみせたように。追い払うまではいかないけれど、しっかりと対策をほどこせば、被害は最小限に抑えられるとわかったのだ。つのつきたちは一気に何倍という数にふくれあがったのに、ひとりの死者も出ないときさえあった。わたしは全く驚くばかりだった。
 激的にめぐりゆく季節はわたしに年月を忘れさせる。いくつもの月を見送って、わたしはじっと見守り続ける。しっかりと敷き固められた地盤のうえに、着々と築き上げられていくつのつきの街。その領地の大きさたるや、国と呼んでもあながちおかしくはないように思った。大国と呼ばれたかのつのなしの国には、まだまだ及ばないかもしれないけれど。それでもわたしは盤石に、つのつきたちの繁栄と発展を見守っていた。
 そのはずだった。

 よく晴れたある日のこと。朝早くから、つのつきの拠点にとても多くのつのつきが集まっていた。総領主のつのつきが直々に"つののしらせ"をもって招集をかけたようで、別の領地からわざわざやってきたつのつきも決して少なくはない。それは各々の領地を渡り歩くつのつきばかりではなく、農作やパン焼きにいそしむつのつきにも例外なく数日間の暇が出されているみたいだった。全領地をあげての一大事らしいことは、わたしでもちょっと見るだけですぐにわかる。問題はそれがいったいなんなのかということ。
 それもまた、見てみればすぐにわかった。大きな白い木の棺に入れられている、老い衰えたひとりのつのつき。彼女は百や二百じゃきかないようなたくさんのつのつきに囲まれながら、静かに身を横たえて眠っていた。その身体は汚れなどぜんぜんなく綺麗に見えて、丁寧に清められていることが見て取れた。わたしが一目見た瞬間、眠っているとそう錯覚してしまうくらいのものだった。それから一瞬して、わたしは気づいた。盛大に焚かれている火を見れば、わかっていたはずだというのに。
 彼女は死んでいた。彼女は、わたしを神様カミサマだといった。祈祷師で、まだまだ少ししかいなかったつのつきたちをそれでもまとめ上げた酋長で、わたしがはじめて話したつのつきだった。彼女はもう、動かなかった。ものもいわなかった。その手が祈りのかたちを象ることも、なかった。
 彼女の娘であるところの、総領主のつのつきが粛々と弔辞を読み上げる。彼女もそれなりの年齢だったから、粛々としようとはしているみたいだけれど、だめだった。大勢の前でありながらかすかに声がかすれ、無理に嗚咽を抑えようとしているせいで上ずってしまっている。とはいえ集まったつのつきたちにしても似たり寄ったりで、程度の差はあっても平静でいられるものはあまり多くはなかった。多かれ少なかれ、ほとんどのつのつきは彼女に恩義あるものといっても過言ではない。
「一雨、きそうね」
 こっけいなくらいに晴々とした空を見上げて、月詠の彼女はぽつりといった。彼女の傍仕えのつのつきが一瞬不思議そうに目を丸くするけれど、すぐに納得したように頷いた。時を経たにも関わらずほとんど歳を重ねた様子がない少女は、変わったところといえば角が生えたくらいのもの。彼女も今やつのつきで、見て取った予報はすぐさま"つののしらせ"が共有化する。それが外れたことは一度たりともいまだ無く、月詠の力はつのつきたちに絶対的な信頼を得ているみたいだった。
 一通りの挨拶と弔辞を終え、果てた彼女に多くのつのつきから花が捧げられる。弔いの花だった。それらはみんな彼女の骸と一緒に焼かれ、残るのは彼女の角だけになる。その角は当然、総領主のつのつきが受け継ぐことになるだろうと思う。ならば、彼女がいくつも身に帯びていた──彼女自身が受け継いできた角は、果たして誰が受け継ぐのだろうとわたしは思う。今よりずっとずっと死者が多くて、生き残ることができたつのつきが少なかったからこそ、必然的に起こってしまった角のかたより。彼女がつのつきとして永い間生き続けた、ほとんどその証みたいなもの。
「ちょっとばかり、待ってなね。じきに私も行くよ」
 以前から増して腰が曲がってしまったように見える薬師のつのつきが、ゆっくりと火の元に運ばれていく彼女に声をかける。びっくりするくらいにやさしい声。本当にあの老婆が発した言葉なのかと思ってしまうくらいで、弟子のつのつきがそっと彼女の裾を引く。少女はあれから歳を重ねて、前よりもずっと女性らしく綺麗になっていたけれど、まだ若い。しっかりと角が生えそろっても、まだ少し子どもなところがあった。
 元はつのなしの兵であった男たちが、恭しくほとんどひざまずくように礼を捧げる。総領主のつのつきをお供にして葬列が進む。やがて棺は、組み木の中心で激しく燃え盛る熾火を前にして止まった。いよいよ、その時がきたということ。すでに彼女は亡くなっていて、けれどもそれを確かに認めて前に進むという儀式。つのつきは今をもって、彼女に別れを告げるということだった。不条理でもそうしなければならない。わたしには命をどうこうすることはできないと、すでにどうしようもなくわかってしまっている。
 ────さよなら。おやすみ。
『はい。いま貴方様の御下みもとに参ります─────』
 ────え?
 一瞬、わたしの思考が空白になった。確かにそう聞こえた。彼女のしわがれ声で笑うのが、確かに聞こえた気がしたのだ。
 わたしは改めて何度も何度も呼びかける。けれども答える声はなかった。当たり前だった。死者はしゃべらない。ものをいわないし、ものも思わないし、なにかに祈るようなこともない。確かにわかっているはずなのに、わたしは彼女が確かにそういったのだと疑ってもいない。
 棺ごと、彼女の亡骸が熾き火に呆気無くくべられる。白木に火がつく。声のひとつもなかった。燃え盛る炎が棺を取り巻き、絡みつくようにして渦を巻く。死体を焼いた傍から立ち上る煙が、わたしのいる空の高みに少しずつ近づいてくる。確かに間違いなく、彼女はわたしのいるところにまで届いていた。彼女だけではなく、また数えきれないくらいに死に絶えた数多のつのつきたちの命も同じように。
 私達を見守っていて下さる神様のお膝元に、死者の魂がどうか届くように。つのつきたちが亡くなったつのつきを焼いて葬るのは、そのような考えがあるのだと総領主のつのつきがいう。魂なるものがなんなのか、命をどうこうすることができないわたしにはぜんぜんわからない。わかるのは、彼女の声が届くことは、もうきっと無いということだった。
 数えきれないくらいにたくさんの死を見た。見守り続けたつのつきの死はいわずもがな、つのなしの死も本当にたくさん見た。けれどもわたしにとって、その多くは、数が減ったということだった。数が増えたら嬉しいし、数が減ったら悲しい。だからつのなしが死ぬのは悲しい。けれどもわたしは今、地平にはあの時よりずっとたくさんのつのつきがいて、その中でたったひとりのつのつきが死に、けれどもわたしはそれが無性に悲しくてしかたがない。なぜだかまるでわからない。だからわたしは今までずっと、死というものを知らなかったのだと思う。
 死とはそういうものだったんだ。
「貴方様も泣いてくれるのかい。神様や」
 薬師のつのつきが空を見上げていった。わたしが気づかないうちに、いつの間にか雨が降りだしていた。水桶をひっくり返したようなにわか雨で、けれども彼女を葬る炎が絶えることは一度もなかった。しばらくして死体はすっかり焼き尽くされ、あとに残るのは骨と灰と艶やかな角ばかり。彼女が受け継いでいた角は、総領主のつのつきの差配で各領地のつのつきに行き渡ることになった。ひとつ残らず持っていたいというのが本音ではあったけれど、彼女はそれを望まないだろうというのが総領主のつのつきの見解だった。間違いはない、とわたしは思った。
 国葬の後の三日間、雨は中々降り止まなかった。ついに川の氾濫が心配されたころ、雨はようやく収まった。つのつきたちは悲しみを忘れず、それでも前を向いて日常に帰っていく。彼女が死んでもつのつきたちは続く。わたしもそうしなければならない。つのつきたちを見守り続けること。約束がなくてもわたしはそうするけれど、それは確かに彼女との約束でもあるのだから。
 わたしは、ひとつの時代の終わりを知った。

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